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そんなこんなで、暗くなって来たので、しばらくは桜の下で居たものの、皆は蒼に促されて宮の中へと場を移した。

当然のことながら、今夜は泊まる予定なので、まだまだ皆は語り足りずに話している。

維心が、言った。

「…そこまで申すのなら、蒼よ。此度持って来た中にはあの布の反物も多くあるはずぞ。見せてやればどうか?」

蒼は、驚いた。

「え、白い布ではないのですか?」

大体、贈るのは真っ白い布が多く、柄付きのものは少ない。

その宮々での柄があり、そこで細工をしてそれなりのオリジナルの着物を仕立てるので、始めから染めてあるものは少なかった。

特に、龍ともなると特徴的なので、どこかに龍身が描かれてあったりするので、いつも白だった。

維心は、首を振った。

「此度は月の宮用にとあれらが幾らか特別に織った物があるのよ。維月の里であるからな。」

焔が、言った。

「それは見たい!持って来させよ、蒼。くれとは言わぬから。」

月の宮用だもんね。

蒼は思ったが、頷いた。

「ではすぐに。」

急いで侍女に頷き掛けると、侍女は頭を下げてそこを出て行った。

維月は、維心を見上げて言った。

「皆様がこれほどにお気に入ってくださるのなら、漸様のご婚姻の御祝いには犬神のお姿を模した物を作らせてお贈り致しましょうか。」

維心は、苦笑して頷いた。

「主に任せるが、良いのではないかの。そも、漸の宮には婚姻という習慣がなかったゆえ、恐らく式は挙げまいし、品だけでも良い物を贈ってやりたいものよ。」

漸は、驚いた顔をした。

「式?式とは、婚姻のか。」

それも知らないのか。

炎嘉が、言った。

「そうだの、忘れておったわ。式は別に挙げても挙げぬでも良いし、我も話しておらなんだが、皆に己が正妃を娶る際には披露目も兼ねて式を挙げるのだ。皆を呼んで…まあ、別に今やっておることと変わらぬ。酒を飲んで話すだけ。」

漸は、焦った顔をした。

「知らぬ。どうするのだ、我にしたら一人きりであるから、正妃なのだろう?挙げねばならぬのではないのか。」

志心が、なだめるように言った。

「だから挙げるか挙げないかは主が決めることよ。此度のように、相手に事情があったりしたら、あまり仰々しい事をしても目立つゆえやらぬ事が多いし、挙げぬで良いのではないかの。今から準備となると、主の宮では慣れぬから大騒ぎしても間に合うまいし。来客は祝いを持って参るし、返礼に記念の品を誂えて配らねばならぬしな。到底無理よ。」

漸は、むっつりと言った。

「…知らぬでおったゆえ、それならばとても間に合うまいな。まあ、宮の者に負担はかけとうないゆえ、式は良いわ。松…瑞もそこは何も言うておらなんだしの。」

焔が言う。

「我なら、瑞が目立つとあの事情も公になるやもしれぬから、知っておっても挙げなんだわ。主は正しいと思うぞ。瑞も、なのでいわなんだのではないかの。」

そんなものか。

漸は、思いながら頷いた。

そもそも名を変えたのも、その過去という柵を捨て去り公にしないためもあるのだと聞いている。

漸も臣下達も、過去に誰の子を何人生んでいても全く気にしないが、こちらはこちらでの価値観というものがあるのだろう。

なので、あまり目立つ事はしないことにした。

そこへ、侍女達が幾つかの厨子を持って戻ってきて、蒼に頭を下げた。

「王。白布以外の龍王様からの品をお持ち致しました。」

焔が、嬉しそうに言った。

「おお!早うこれへ!」

何やら皆も目が輝いている。

厨子は、目の前の畳の上へと設置されたのだった。


王達は全員が畳の上に上がり、その布を広げてガン見して、いったいどうなっているのか調べていた。

維心と蒼だけは、そんなことには興味もないので席から立つ事はなかったが、炎嘉も焔も、布を手に難しい顔をしながら見つめていた。

志心が、言った。

「…結局は、これは一枚ではないのよ。」と、その布を持ち上げた。「三枚の薄い布の層になっておって、それぞれに絵柄が織り込まれておる。なので光のあんばいで、月が雲に隠れて行くように見えたり顔を出したりするわけだ。それをまた一枚に…どうやったのか分からぬが、組み合わせてこの布はできておるのよ。この絶妙な色合いは、重ねておるからこそなのだ。」

翠明が言う。

「今では夏の定番になっておる蝉という名の布に似ておるよな。もしやそれを組み合わせたのか。」

蝉も、重い着物を嫌がる維月のために、龍達が試行錯誤を繰り返してできた布だった。

維心が言った。

「よう分かったの、翠明よ。その通りよ、今志心が言うたように、蝉を更に薄く仕立てて三枚重ねておるのだ。中が透けてはならぬから、三枚目が鍵になっておる。染めで透けぬように考えていて、白が実は大変に難しいのだ。なので紅から白に変化する維月の着物より、白から藍に変化する我の着物の方が手が掛かったのだとあれらは言うておった。」

途端に、全員が維心の着物を穴が開くほどガン見した。

何しろ胸の辺りまで完全に白なので、その道理なら透けてもおかしくはない。

だが、当然のことながら全く透けてはいなかった。

維心は、皆に見られるのは基本的に嫌うので、眉を寄せた。

「…我を見るでない。手元の布を見よ。」

炎嘉が、フンと軽く鼻を鳴らした。

「主ではなく主が着ておる着物を見ておるのだ。全く相変わらずだの。」と、手元の布を見た。「…構造は分かっても、一枚にまとめるのは難しい。どうやっておるのか、やはり龍に教えを乞うよりないか。よう見なければ三枚には見えぬ。完全に一枚にまとめておるこの技術が素晴らしいの。そも、蝉を織るのも最近やっと技術が追い付いて参った所であるのに、それを更に薄くなど…上には上が居るものよ。」

炎嘉の口調は、どこか悔し気だ。

技術で職人達が競い合い、それがそのまま王の手柄のように言われる神世では、やはりこういうものを見せつけられると悔しく感じるのだろう。

志心が、フッと笑った。

「炎嘉、気持ちは分かるが昔からこういった細工は龍には敵わなんだであろうが。ここは、我もおっとり職人達の成長を待っても良いと思うておる。ここまでの物は、さすがに難しいゆえの。それは我も、一度は袖を通してみたいと思うが。」

維月は、相変わらず穏やかに場を和ませようとする志心に、思わず言った。

「志心様、今少しお待ちくださいませ。志心様が先日お送りくださった美しい香壺と香の御礼に、只今我が新しい着物をお仕立てさせて頂いておりますの。」

志心は、え、と目を輝かせた。

「誠か。思い付いて送っておくものよ。主が仕立ててくれる着物は月か地の気がして心地良いからの。」

維心が、むっつりと言った。

「…主があのように珍しい香を送って来るものであるから、我も急いで香合わせをせねばならなんだのだぞ。相変わらず、主は誠に気が利く奴よ。」

維月は、それを聞いて苦笑した。

志心が送ってくれた香は、珍しい香木を見つけたと志心が手ずから合わせたそれは珍しく、穏やかな心地良い香りの香で、維心と二人でそれを試したのだが、あまりにできが良いので維心が焦って、志心に対抗して急いで維月のために香を合わせると大騒ぎになったのだ。

こんなに珍しい物を戴いたのだからと、維月が手ずからまた、着物を縫う事になったのも、維心がそれぐらいせねば割に合わぬと仕方なく許したからだった。

焔が、言った。

「維月に香を贈れば縫ってくれるのか?ならばいくらでも合わせて贈るぞ。」

翠明が、顔をしかめて言った。

「こら。違うと思うぞ。志心殿が送った香が、珍しかった上に良いできだったからではないのか。こちらは、とにかく何かの祝い事でもあった時にもらえるのを待つのが良いのでは?」

焔は、うーっと唸った。

「祝い事とて、何も無いではないか。維心、もう一人ぐらい子を作れ。そうしたら我らが祝いを遣わせるから、それの返礼はこれにせよ。」

維月は、目を丸くする。

維心は、顔をしかめた。

「何を言うておるのだ主は。主らの着物のために子をとな?」

焔は、それでも頷いた。

「子の一人ぐらいあっさり作ろうが。前世は六人居ったのだろうが。今生少ないのではないのか。」

維心は、顔をしかめたまま答えた。

「別にいつなり子など作れるが、前世は多過ぎたしまだその子らも生きておるのだ。今生も何やかやでもう四人居るし、維月と話し合って今は良いかなと思うておる。着物ぐらい、いくらでも仕立てさせるゆえ、そんな無理な事を言い出すでない。ただ、時は待て。あれらも我らの着物を仕立てるのに忙しいのだ。」

維月は、こんな話題に真面目に答えている維心に驚いて目を丸くしたまま見上げていたが、炎嘉が言った。

「焔、落ち着け。欲しいのは分かったゆえ。維心は真面目であるからまともに答えておるではないか。別に友なのだからいつかはくれるわ。それを待て。」と、維心を見た。「維心も。それぐらい欲しいという事を言いたかったのだ、焔は。とにかく、我らは待つゆえ譲って欲しい。できたら職人を教育用に貸して欲しいが、それは難しいだろうしな。」

切磋琢磨している職人を、簡単に貸し出す宮はなかなかない。

余程の財政問題などを抱えていて、基本的な事を教えるのとは、ワケが違うのだ。

維心は、ため息をついた。

「さすがにそれは出来ぬが、しかし布を贈ることはできようぞ。それを見て、考えさせるが良い。」

着物の布一つで、ここまで大騒ぎになるなんて。

維月は、そう思いながらそれを聞いていた。


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