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花見2

それを見送って、炎嘉が翠明に言った。

「主は気が利くのう。あやつらは誠に仲が良い。会う度にあれほどに話して、まだ足りぬのかの。」

翠明は言った。

「後で綾に恨まれるからの。あやつは維月殿と話したい話したいと、輿の中からそれはうるそうて。元気に生きておる間でないと、一緒に何でも楽しめぬとか言うし、前世のことがあるから強う言えずでなあ。」

樹伊が、言った。

「楢もすっかり馴染んでおるようで。さすがに上位の宮の妃達だけあって、性質の悪い者は一人も居らぬのだなと感心しておった次第。新参者だと萎縮しておった初めが嘘のように、此度も月の宮の花見と聞いて、二つ返事でついて参ると申した。文も頻繁にやり取りしておるようであるし。」

維心は苦笑した。

「あれらに他を貶めようなどという思いは欠片もないわ。己が恵まれておるほど、気も大きくなるものだしの。まあ…だからこそ、玉貴のことでは心を痛めておったがな。」

樹伊は、ため息をついた。

「確かにあれのことは、我は未だに気に掛かっておるが、しかしどうしようもない。今は、甲斐殿が厳しくしておるようだが、皇女の(ねい)ことで。どうも、育てられぬようでの。そろそろ、こちらへ引き取る方が良いのではと思うておるのだ。」

志心が、言った。

「甲斐の宮では乳母は無理であろう。では、樹佐と共に、また楢が育てることに?」

樹伊は、頷いた。

「そのつもりぞ。楢も…言うておらなんだが今は身重での。次の子が生まれてからではこちらも忙しくなるし、その前にと思うておるのよ。」

焔が、言った。

「やはりそれなりの身分がないと、後に障害も出て参る。育ちは大切よな。価値観が違うゆえ、お互いに大変な思いをすることになる。」

蒼は、苦笑した。

「そう考えると維心様は本当に辛抱強いですよね。今は表向き妃らしく振る舞えてますけど、前世から維月は大変な様でしたし。何しろ、元は人ですから。」

維心は、苦笑し返して頷いた。

「何度諦めようかと思うたか分からぬわ。しかし、我にはあれしか居らぬからの。維月はよう励んでくれたわ。今では安心して見ていられるからの。」

炎嘉は、真面目な顔で頷いた。

「確かにあれの初めは今とは比べ物にならぬ。主、覚えておるか?前世、我がとち狂って龍の宮に攻め込んだ時に、主は大きな抵抗もせず、挙げ句我に斬られようとしたの。あの折、まだ婚姻前の維月が割って入って参って。」

維心は、遠い目をした。

「…そういえば、そんなことがあったの。」

炎嘉は、苦笑した。

「維月は、あの頃十六夜の妃でしかなくて。それなのに、世をはかなんでおる主に、子ぐらいいくらでも産んでやるから死ぬなと叫んだよの。あれを聞いて、何やら我はバカらしくなってしもうて。我に返ったのだ。」

維心は、まだ片恋であった頃の出来事だったので、何やらそれを思い出すと胸が締め付けられるような心地がした。

焔が、言った。

「何ぞ、そんなことが?皆の面前で子を産んでやるなど恥ずかしげもなく…とはいえ、あの性質ではそうか。我も、最初に会った時は空を飛んでおる時であった。我の前に草履が落ちて来てな。まさか、あれが維心の妃かと、大層驚いた。外向きには良い顔をできるが、今でも内ではあまり変わらぬのではないか?」

維心は、フッと笑った。

「確かにの。しかし、かなり落ち着いたのだ。庭の池で釣りをせぬようになったし、錦鯉も被害に合わずに済んでおるしな。」

それには、皆が仰天した。

あの、とんでもなく価値のある鯉か。

「…主、麻痺しておるぞ。あれを釣り上げるなど、臣下でも居らぬのに。ようそれで妃のままで居ったの。誠に驚くわ。」

維心は、ムッとした顔をした。

「庭の池で釣りをしてはならぬと知らなんだからぞ。釣り上げた瞬間我が針を抜いて鯉を逃がしたゆえ、被害はなかったしの。教えたら分かるゆえ、そこからはしておらぬのだ。」

そんなことまで一々教えて行かねばならなかったとは。

そう思うと、維心でなければ維月を娶って育て上げることはできなかったかもしれない。

炎嘉は、ため息をついた。

「それが麻痺しておると言うのだ。だが、それで分かった。維月は主が育てたのだ。だからああなった。誰も手を出す権利などないわ。主には感服するものよ。」

他の王達は、何度もうんうんと頷く。

やはり妃にするなら最初から実家でしっかり育ててくれている女神の方がいい。

維心は、軽く炎嘉を睨んだ。

「まだそんなことを言うておるのか?当然ではないか。維月は我の正妃ぞ。誰にも触れさせぬわ。」

だからそういう事を言っているのではないのに。

炎嘉は思ったが、苦笑しただけで何も言わなかった。

そうして、桜の花の見事さなどに話題が移って、王達は和やかに話し続けたのだった。


一方、妃達は共に桜の下で歩いていた。

樹伊は言っていなかったと言っていたが、妃達は楢の腹が大きくせりだしているのはとっくに知っていた。

もう産み月も近いはずだった。

なので、全員が楢を気遣っていた。

「楢様、おつらくはありませぬか?」維月が、言った。今少しで椅子がある場所に着きますの。今少しご辛抱なさってね。」

楢は、微笑んで首を振った。

「それが、全く平気でありますわ。悪阻も軽かったし、我はどうやら腹に子を抱えておってもそう、つらくはないみたいですわ。宮でも皆が気遣ってくれるのですけれど、逆に息が詰まると申しますか。」

綾が、頷いた。

「分かりますわ。我もとても軽い方で、サクサク動いておりましたら王がご案じになってもう、座っておれとか、出掛けるのはならぬとか、誠にうるそう申されますの。維月様と琴の練習をするのも否とか仰って。もう、なので子は要らぬと王に申すのですわ。不自由になりますので。」

その言い様に、他の妃は驚いていたが、椿と維月は綾はそんな感じだと知っているので苦笑するだけだった。

天音が、言った。

「羨ましい限りですわ。我は、上の皇子の時からそれは初めからつろうて。もう、こんなことなら子など産みたくないと思うたものでした。王には言えませぬで、それからも二人産みましたけれど。」

維月は、微笑んだ。

「我もそうですの。最初の二月ほどがつらくて、王に毎日気を調整して頂いてなんとか過ごしておりました。二月もすると憑き物が落ちたように平気になるのですけれどね。」

天音は、それに頷いた。

「誠にそうですわ。我も、いきなり楽になり申して。毎回その時が待ち遠しくてなりませんでした。」

それぞれのお産があるものね。

維月は思いながら、やっと到着したベンチにホッとした。

その上にも、きちんと毛氈が掛けてあった。

「さあ、座りましょうか。」と、維月は先に足を進めた。何しろ自分が座らないことには、誰も座れないのだ。「皆様も。誠に公式の着物は重い物ですこと。」

一度倒れてからは軽い着物を着せてくれるようになったが、やはりまだかなり重い。

綾は、フフと微笑んだ。

「維月様が仕立ててくださった着物ですのに。我は、喜んで着ておりますわ。」

維月は、ハッとした。

そうだ、あれは私が贈った着物。

「まあ、拙い裁縫の腕でお恥ずかしいのに、着てくださって嬉しいですわ。」

天音が、え、と驚いた顔をする。

「え、これは維月様が縫われたのですか?」

綾は、誇らしげに言った。

「はい。我が琴をお贈りしましたら、維月様がお手ずから縫われたと言うこちらの着物を戴きましたの。あまりにも良いできなので、宮では職人達が大騒ぎで。もちろん、手を触れされてはおりませぬが、物欲しげに見ておりましたわ。」

維月は、椅子に座ってホッと息をついた。皆がそれぞれに分かれて座る。

維月は言った。

「織りと染めの職人が誠に励んでおって。我がいまいちでも、あれらのお陰でそれなりに見えるのですわ。綾様がお気に入ってくださったなら良かったこと。」

皆が、羨ましげに綾を見つめる。

綾は、あまり自分ばかりが目立つのもと思ったのか、話題を変えた。

「こちらの桜は毎年見事ですこと。ここは昔からこうなのでしょうか。」

維月は、綾の意を汲んで微笑んで頷いた。

「はい。我の前世から、王とはここの桜を見に来ておりましたの。皆立派に育って…昔は、もっと細い木でしたのに。もう、段々に老木となって来ておりますかしら。」と、大きな木々の間の、まだ添え木をされている幼い木を見た。「あの子はまだ若いのですわ。先に続けようと、あちこち若木を植えて育てておるようですわね。」

桜が、風もないのにさわさわと揺れた。

維月は、フフと笑った。

「まあ。」

楢が、興味深げに言った。

「どうなさったのですか?」

維月は、笑って答えた。

「我は月でありますので。木々の声が聴こえるのですわ。あの子が我に、もう十年ここに居るのにと申すものですから。まるで新参者のように言われたと思うたのではないかしら。」と、その若木を見た。「我らはもう、こちらに居る女神の若い方でも二百年以上生きておるのですよ。まだまだ、大きく育ってくれぬとね。」

すると、また若木がさわさわと揺れた。

維月は、頷いた。

「良いのよ。回りの木々が教えてくれるでしょう。これから学んで参れば良いの。」

綾が、ウズウズと言った。

「まあ、あれは何か?」

維月は、苦笑した。

「知らなかったからと謝っておったので。とても素直で良い子だわ。」と、回りの大きな木々を見た。「あなた達も、黙っておらずに少しは相手をしておあげなさい。あなた達があのような頃から我は知っておるのよ。育てるのもあなた達の責務です。分かった?」

今度は、側の大きな木が揺れた。

たくさんの花びらが落ちて来る。

「まあ!なんと美しいこと…!」

妃達が、歓声を上げた。

維月は、苦笑した。

「我らも苦労したものだからと己で学ぶのを待っておったがそのように仰るのなら、と。」と、桜を見上げた。「誠に美しいこと…。年に一度のことなどもったいない心地でありますわ。」

妃達は、そのまま桜の下で、たわいもない話に花を咲かせたのだった。

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