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松の真実

関は、それから渡を伴って一度宮へと帰った。

それから、月の宮に先触れを出し、午後から渡と共に月の宮へと渡る事になった。

臣下は渡と関が和解してそれは安堵したようだったが、渡は戻って早々世話になった峡の宮に何か贈れと指示を出し、勝三達は大騒ぎで荷の準備をしていた。

己が勝手に行って勝手に滞在していたのにと関は思ったが、確かに世話になったので、仕方なくそれを許した。

月の宮へも、高瑞と蒼、それぞれに品を準備せよと渡が言うので、関は仕方なくそれも指示した。

そして、たくさんの厨子を従えて、月の宮へと向かった。


月の宮へと到着すると、蒼と高瑞が出迎えに出てきてくれていた。

蒼が、言った。

「突然驚いたぞ、関。で、渡殿は脳の病はもう良いのか?」

それを聞いた渡は、少し関を睨んでから、言った。

「…もうすっかり良いのだ。」と、高瑞を見た。「誠に我が人事不省でおった間に、松が世話になってしもうて。もしや、ご迷惑をお掛けしてはおりませぬかな?」

高瑞は、渡の言いたい事が分かった。

関は分かっていないようだったが、恐らく渡は、高瑞が養子にした意味に勘づいている。

高瑞は、微笑んで首を振った。

「問題ない。ちょうど、地震の後始末もあって時が掛かったが、このほど漸殿に嫁ぐ事になっての。皐月にあちらへ入るのだ。問題ない。」

それを聞いていた関は、父の言っていた通りだ、と驚いた。

しかも、高瑞は渡がそれを気取っていて当然だという感じで答えている。

では、もしかしたら松も…?

関は、にわかに心配になった。

父は、松の性質が自分に似ていると言っていた。

見た目は淑やかで完璧な女神に成長していたが、この父だって表ではちゃんとやっていた。

もしやと思うと、なにやら落ち着かない。

蒼が、言った。

「松にはもう話してあるのだ。参ろう、案内するゆえ。主らだけで話したい事があるのだろう?場を準備した。」

渡は、頷いた。

「蒼殿、重ね重ねお世話をお掛け申すの。あれらを引き取って世話してくれていただけでも有難いことであるのに。」と、背後の厨子を見た。「こちらは蒼殿、それからあちらが高瑞殿にと。ご挨拶が遅れて申し訳ない。」

蒼は、驚いた。

やはり、渡は外向きにはしっかりした王だった男だけあるのだ。

何やらいろいろ聞いていることが、渡ばかりが悪いとは思えなくなって困惑する。

高瑞が、頷いた。

「気を遣わせるの、渡よ。良いのだ、蒼からの申し出であったし、お互いにとり上手く回ればこれよりのことはないゆえな。さあ、参ろう。」

意識して見ておらなんだが、誠に父上は外向きには申し分ない王。

今は王ではないが。

関は、そんなことを思いながら、その後ろをついて歩いて行ったのだった。


蒼は、宮の応接間の一つに、松を呼んで準備しておいてくれていた。

関と渡をそこへ案内した後、蒼と高瑞は来た道をそれぞれの対へと戻って行って、こちらの意図は酌んでくれているようだ。

松は、渡を見て驚いた顔をした。

「お父様…お加減はよろしいのですか?」

渡は、顔をしかめた。

これまで我を脳の病と。

「違う、関の横面を張ったらこやつが怒って我を牢に繋ぎおって。そんなことを言いふらしておったのだ。我はピンピンしておるわ。ま、もう少しで死ぬところだったがの。」

最後の言葉にはかなり棘があったが、関は黙っていた。

松は驚いて、目を丸くした。

「まあ、牢に?お父様を?」と、関を見た。「お兄様…お気持ちは分かり申しますけれど、あの、我は…やはり、我が悪いのでございます。この間もお話し致しましたわね。我が出て参ったからあのような事に。」

関は、ため息をついた。

「だの。我も最近にいろいろ聞いてそれは分かった。その事で父上とはもう、何もない。それよりは松、いや瑞花か、主、父上を恨んでおるのか。」

瑞花は、渡を見た。

そして、首を振った。

「…それは最初はお怨み致しましたわ。比呂の着物すら与えてくださらぬし。ですが、今はこれも、我の運命であったと。何しろお母様だって我を庇ってはくださいませんでした。こちらへ来てから、いろいろ学ぶことも多くあり、我の行いがどれ程愚かで神世からどう見られるのか真に知りました。侍女達の間で立ち混じっておりますと、いろいろ話も聞きますの。ですから…お父様は、宮のためにああするよりなかったのだと。比呂を生ませない選択肢もありましたのに、お父様は産むことをお許しくださった。あの子が存在するのは、あの折お父様が腹の子を殺す選択をなさらなかったからですわ。闇に葬る事もできたでしょうに。産めば隠すことは難しく、後に面倒となるのを知っていてそうなさったお気持ちには、今になり感謝しております。ですから我は、あれの母として誰にも恥ずかしくない様で居なければと、励んでおるのですもの。」

関は、確かに、と思った。

そもそもが、腹の子を殺したら済んだことなのだ。

子が居なければ、あの件は隠して誰かにさっさと嫁がせて、永遠に隠蔽もできただろう。

「…確かに。」関は、渡を見た。「何故に産ませたのですか?確かに育って来て隠すのが大変になって来ておったのに。あの折りこちらに引き取ってもらわねば、事が比呂から発覚する可能性もありました。」

渡は、むっつりと関を見た。

「…まだ小さいとはいえ、生きておるのに。」渡は、言いにくそうに言った。「何故に殺せるのよ。子に罪はない。とりあえず産ませたら、育った後は考えたら良いかと思うた。松は恥だが、子にそんなことが分かるか。知らぬのに。」

関は、あっ気にとられた。

言われて見たら、父は臣下を簡単には処刑しない王だった。

文句は言うし叱責もするし、牢にも繋ぐが殺しはしない。

あの件の侍女だって生かそうとしたし、最近では牢番ですら己の身が危ないのに助けている。

いろいろなことが繋がって、関は呟くように言った。

「…そうか。」関は、渡を見つめながら言った。「峡殿が言うておったのは、こういうことか。」

父は、命を大切に思っている王なのだ。

こんな感じで言葉も荒いし、やり方は極端だし傍若無人だし侍女に忍ぶし臣下の言葉も関の言葉も聞かないが、そこには筋が通っていた。

松には、分かっていたのだ。

…ならば、恨んでなどおらぬ。

関は、何やらホッとした。

だが、渡は怪訝な顔をした。

「は?何がぞ。主な、分かったようなことを言いおって。松が口先だけでおるやもしれぬのに。」

関は、首を振った。

「松には、というか瑞花には父上が理解できるのですよ。つまり、父上も言うておったように、瑞花は父上に似ておったのです。ですが、瑞花は父上がお祖父様が亡くなった時に改心したように、月の宮へ来て比呂を育てて皆にもまれておる内に、改心したのですよ。父上こそが、瑞花の気持ちを一番理解できるのではないですか。」

渡は、うーっと唸った。

「我に似ておるからこそ、外ではいくらでも良い顔をできるのを知っておるのよ!ゆえにこやつが、心底こう思うておるのかどうかなど主には分からぬわ。」

関が、眉を寄せて反論しようと口を開くと、瑞花がため息をついた。

「お兄様、よろしいですわ。」と、渡を見た。「お父様。確かに我は、お父様に似ておるのだと己でも思いますわ。昔は分かりませなんだのですが、今では。あの頃の我は、お母様の前では言われた通りに取り繕えましたし、妹の前でもそれらしゅうしておりましたけれど、確かに撥ねっ返りと言われるような中身でありました。我は…正直に申します。あの頃、同じ歳頃の殿方を、見てみたかったのですわ。お兄様しか見た事がなく、奥まで来る臣下は老いた重臣ばかり、我は、つまりははしたないと思われても仕方がないほど、あの頃殿方に興味を持っておったのです。侍女達がいつも、外の殿方について楽し気に話すのを見ておって…ですから、お父様が我に呆れても仕方がなかったのですわ。」

関は、目を丸くした。

確かに、いつも関が奥へ戻るとお兄様お兄様と寄って来て、外へ連れて参ってくださいと、何度も乞われて少し、面倒に感じていた。

あれは、外へ出て他の年ごろの男を見てみたかったからなのか。

「…では、主はある意味恥だと言われても仕方がない考えだったと?」

瑞花は、頷いてまたため息をついた。

「はい。ですから、この前我が悪かったのだと申しましたでしょう。結局は、我は異性に興味を持って、お母様の言いつけも聞かずに、侍女が居らぬのをこれ幸いと抜け出して行った、愚かな娘でありました。あの頃は、どうして我がこんな目にと思いましたが、しかし己から出て参って…自業自得だったのだと、今では分かりまする。誠に…我は愚かで。」

関は、やっぱり中身は父上かと内心呆れ半分、感心半分で瑞花を見つめた。

瑞花は、その関の視線に顔を赤くしながら、扇で顔を隠して下を向いた。

「あの…誠にお恥ずかしい話でありまする。ですが、今はそんな事はありませぬ。というのも、あの折出会ったあのはぐれの神は、とても恐ろしく見えましたの。着物は見た事もないほど擦り切れた物であるし、髪も整っておらぬし…乱暴に我を掴んで、連れ去って行きました。ただ恐ろしくて、憧れる心地など吹き飛んで行きました。あれからは、ただ殿方が怖くなってしもうたので、お母様が仰っておった事は誠であったのだと後悔致しましたし、こちらへ来てからは回りの者達の動きやら、話やらを聞いておって、あれが如何に愚かではしたない行為であったのか、やっと身につまされて参って…あのような行いは、もう二度とと思いましたの。比呂を育てて、蒼様は大変にお優しい王であられるし、こちらでおっとりとあの方にお仕えして生きて行ければ良いと思うて…。それが、漸様とお会いして、あの方がこちらと全く違う価値観の場所からいらしていて。我を尊重して、我の過去もそれが何だと本気で言ってくださる。我は、あの方の宮ならば、もしかして新しい己を生きられるのではないかと思うておるのですわ。」

渡は、むっつりした顔でそれを聞いていたが、関が言った。

「確かに、漸殿の宮の常識がこちらと違うのを会合で聞いたので知っておる。犬神の宮読本と申すものを、月の宮で制作して龍の宮に渡り、あちこちの宮がそれを複製して学んでおるので我も読んだのだ。あちらは、婚姻という制度がないと聞いておるのに、大丈夫なのか。」

瑞花は、頷いた。

「はい。漸様の宮では、婚姻制度がないので、一度はお断りした事でありましたのに。漸様は、我にこちらの世を教えて欲しいと言って、よくよく考えてご自分はその制度を受け入れる事を決めてくださった。なので、我はあちらへ嫁ごうと思いまする。教師として、お役に立つために。」

瑞花は、何やらスッキリとしたような顔をして、明るくそう言った。

その顔に、何の憂いも無かった。

渡は、横を向いて、フンと鼻を鳴らした。

「…フン。まあ、やってみるが良いわ。全く勝手の違う宮で、苦労は目に見えておるのに。」

関は驚いた。

父上は、それで良いと思ったのか。

瑞花は、それでも微笑んで美しく渡に頭を下げた。

「はい。お父様が我を認めてくださるように、昔の過ちを覆すような生き方を致します。お父様には、長らくご心労をお掛け致しました。ですが、我はもう大丈夫ですわ。」

渡は、そんな瑞花をじっと見ていたが、ふいに背を向けた。

「…簡単に言いおってからに。黄泉の母が見ておるゆえ、半端な事をするでないぞ。」

そして、ズカズカとその部屋を出て行った。

関は、息をついて瑞花を見た。

「松…いや瑞花。素直でないのだ、父上は。まだ主の方が大人であるわ。」

瑞花は、フフと笑った。

「分かっておりますわ。我には手に取るように。」

関は頷いて、そうして渡の後を追って、そこを出て行ったのだった。

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