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誰が悪いのか

関は、峡からの文を手に考え込んでいた。

ここは会合の間で、皆が渡が生きていた事を知り、これからどうすると対応を考えている最中だった。

父は謝ると言っている…だが、誰に?と。

重臣の勝三(かつみ)が言った。

「…恐れながら、確かに、渡様の仰るのも道理なのです。」勝三は、恐る恐る言葉を続けた。「王の頬を打った件については、確かに渡様はお悪いですが、その他の事は。我ら、王からお話を聞いてあの頃の詳しい事情は今、知りましたが、あの頃王であられた渡様の動きは、牢に籠められるほどの罪ではありませぬ。むしろ、宮のためには何としても隠すよりない出来事でありました。松様の事にしても、そういう事があれば侍女は他の侍女を呼ぶ義務がございます。侍女に忍ぶ王は、何も渡様だけではございませぬから。そういう時の流れは、侍女の間に暗黙の取り決めがございます。ゆえ、渡様ばかりがお悪いのではないのですよ。我らは侍女を統括しておるので、それを存じておりまする。どの王も、侍女の輪番事情を考慮してくださるわけではありませぬので。」

関は、言われてハッとした。

…確かに松の侍女は一人ではない。

控えにいくらでも居るのだから、一声掛ければすぐに来るはずだ。

「…ならば、あの時の侍女が?」

勝三は、頷いた。

「今となっては我らはどうしようもありませぬが、確かに牢に籠められても…と申すか、松様に起こった事を思えば死罪でもおかしくはありませなんだ。渡様はどこか、己が悪いと思われたので、斬り捨てはせなんだのでしょう。ですが、どこかお気の良いところがおありなので…隠せるならば、隠して凌ごうとなさったのでは。そういえば、あの後牢の侍女はと聞かれたので、関様が出されたようだと申し上げましたら、逃げたのなら良いと申されて。恐らく、秘かに逃がそうとなさっておったのでは。渡様は、何もおっしゃいませぬが…。」

父は、良くも悪くも直情的だ。

恐らく、己が悪いと思っていて、侍女が悪いのは知っていたのだが、一度牢に籠め、ほとぼり冷めたら逃がそうと考えていたのかもしれない。

そういえば関にも、その事に関して一切言い訳はしなかった。

関は、ため息をついた。

こうなって来ると、もう何を恨んでいたのか分からなくなって来たのだ。

思えば、あれだけ厳しい母の元、兄の関に同行しても外に出してもらえない松は、外に行きたいと意地になっていたのだ。

たった一夜侍女が離れただけで、それを待っていたように抜け出したのだから、松も悪い。

良く考えると、母ですら頭を抱えていたものだった。

あの出来事で落ち着いたが、松は確かに跳ねっ返りだったのだ。

「…困ったの。誰を恨んだら良いのか、分からなくなったわ。」関は、文を目の前のテーブルの上に投げた。「父上は、確かに恨んでも恨みきれぬご性質。だからこそ、王座についた後もあちこちするのを止めておらなんだし、悪気がないのも知っておる。とはいえ…どうしたものかの。」

勝三は、言った。

「王、ならば渡様には、王である関様の頬を軽々しく張った事実を謝って頂いたらどうでしょうか。そうしましたら、こちらには遺恨はありませぬ。ただ…渡様を、そんなつもりはなくとも見殺しにしようとしたのは王でありますから。牢番があの折解除の術を放っておらなんだら、生きてはおられなかったでしょう。渡様からの、恨みというのはいかがなものか。そこを、ようようお話になって参った方がよろしいのでは。」

関は、考え込んだ。

確かに、あの折牢番は、あちこちに振り回されて気を失いそうになった時に、渡が浮き上がれと指示を出してくれたので意識を保てたのだと、感謝しておると涙ながらに言っていた。

もっと早くに解除の術を放っていれば、渡は助かったのにと。

そういうところが、渡の憎みきれない所だった。

「…しようがない。とにかく、話すしかないの。峡殿に、明日にでも話に参ると書状を書く。父上とは、いろいろ腹を割って話してこなんだゆえ。松の事があって、我も意地になっておった。確かに抜け出した松も悪いし、それを隠して籠めて放置した父も悪いとは思うがの。」

それでも、他の臣下が言った。

「しかしながら王…。松様の件、我らは渡様には反対致しませなんだが、それはやはり、宮の恥ということであるからなのです。どこの皇女も、しっかり躾けられておって一人で外に出るなどあり得ませぬ。必ず侍女の一人でも連れて出るのが、皇女としての嗜みであり、身を守る術でありまする。それをせずに、結局見つかるまで時が掛かって子を宿すような事になってしもうて。侍女が共なら、攫われても居場所を特定するのは簡単であったでしょう。このような事にはならなんだはずなのですよ。そんな、身持ちの軽い皇女かと、後ろ指を指されるばかりか、この宮の品位を疑われる事になってしまい申す。こちらは、上から二番目の七位の宮。そんな皇女は、我らからしても誠に困ったものでありましたので。松様には申し訳ありませぬが、隠すより他、無かったのでありまする。」

関は、自分が松を表に出すと言っても、渡に言いくるめられているから反対したのだと思っていたが、臣下の方がこんな考え方をしていたのだと改めて思った。

とはいえ、松もその罪を反省し、今ではきちんとした嗜み深い女として生きている。

どちらも、もう責めることは、関には出来なかった。

関は、頷いた。

「分かった。主らの心地はの。とりあえず、父上と話し、松とも一度、話して参る。あれが、父上を恨んでおるという雰囲気は全く無かったが、一度確認しておかねばならぬ。父上が案じておるのは、松が力を持ってこの宮を貶めるのではないかという事であるからな。」

勝三が、何度も頷いた。

「それも道理なのでございます。今では嗜み深いと聞いておりまするが、松様の活発なご様子しか知らぬ我らにしても、案じるところでありまして。恐らく渡様にそういうところがお似申しておるのではと。王はそれほど一緒にお過ごしではありませんでしたので、お分かりになっておらぬかとは思いますが。」

関はため息をついた。

「分かった分かった。とにかく処理して参るわ。面倒を抱えたままでは地震の後始末も終わっておらぬようなものぞ。明日、時を空けよ。行って参るゆえ。」

臣下達は、頭を下げた。

関は、自分の皇女達の事は、しっかり見ておかねばと肝に銘じていた。


維心は、維月にも話していなかった、松が攫われた時の渡の動きを話して聞かせた。

鵬がちょうど報告に来ていたので、一緒に聴くが良いと、目の前に膝をついて黙って聞いている。

維月も、眉を寄せて聞いていたが、終わってからため息をついた。

「…そうですか。渡様とは、誠に困ったかたですこと。十六夜が松の扱いに気付いて良かったのですわ。」

維心は、頷いた。

「我もそのように。当番の侍女に忍ぶなど、王として何を考えておるのかと思うわ。」

しかし、鵬が何やら渋い顔をしながらその会話を聞いている。

維心は、眉を上げた。

「何ぞ、鵬?何かあるか。」

鵬は、頷いた。

「は。恐れながら王、王に於かれましては侍女に忍ばれるなど考えもなさらぬのだと思いまするが、他の宮では違うのでございます。」

維心は、目を丸くする。

維月も、鵬を見つめて言った。

「え、それはどういうことですか。」

鵬は、言いにくそうに言った。

「王が、侍女の輪番など意に介さないのはどこの宮でも同じこと。我が王とて、誰と誰が当番で、誰がいつから非番であるかなど、知ろうともなさらないでしょう。ですから、王が忍ぼうと思えば、いつなり忍んで行くものなのです。最上位の王は、軒並み目が肥えていらっしゃるので、今更面倒が起きるだろう、侍女に忍ぶなどなさらないので思いもされないのでしょうが、そこそこの宮であったら臣下は皆、それに備えているもの。つまりは、暗黙の了解と申しますか、もしも王が当番の時に忍んで来られたら、どうするかと宮ごとにしっかり決めてあるのです。そうでなければ、お役目を果たせない事になってしまいまするし、松様の件でもお分かりのように、大変な事になってしまう事も考えられまする。」

維月は、初めて聞くことに目を丸くして袖で口を押えている。

維心は、同じように驚いた様子で、鵬を見た。

「つまり、他の宮では案外多くあることなのか?」

鵬は、神妙な顔で頷いた。

「はい。なので臣下は弁えていて、侍女にはもし王が来られたなら、控えの侍女を呼ぶように、と通達されておりまする。もちろん、そんな事は王はご存知ありませぬ。これは、我ら侍女を統括する者達が、お役目をしっかりと果たすために指示を出しておる事項の一つ。もちろん、よく侍女に忍ぶ癖がおありの王であったら、毎回侍女が他の侍女を代わりに呼ぶので、ご存知であるかと思いますが。」

そんな取り決めが。

維心も維月も、ただ驚いてそれを聞いていた。

維心はもちろん、侍女には袖も触れさせないのであり得ないので知るはずもなく、他の維心の友の王達も、侍女などに通わなくても女には困っていない。

なので、知らないのだ。

「…知らなんだ。」維心は、やっと言った。「ならば、渡の責と申すより、もしかしてその侍女の責ではないのか?」

鵬は、重々しく頷いた。

「は。我らから見たら、そのように考えまする。なので、その侍女が松様がそのような事になったにも関わらず、牢に籠められただけとはと驚きました。本来、その場で斬って捨ててもおかしくない失敗でございますので。その上、皇子がそれを逃しておったなど…王も、ようそれで関様を罰せられなかったのだなと。あくまでも、我らの価値観でございますので、全ては王がお決めになる事でございますが。」

だとしたら、渡は思っていたほど悪くはないのか。

維心と維月は、顔を見合わせた。

維心は、言った。

「…となると…誰が悪いと言われても、すぐには答えられぬものよ。その侍女は確かに悪いが、渡も?いや、松はどうなる。」

鵬は、眉を寄せた。

「…王。我から見たら、誠に困った皇女でございます。我が王のお子が、そのように王の言いつけを守らずに単独で外へ出られるのような事がありましたでしょうか。確かに、前世の末のお子である緋月(ひづき)様は、一度月の力で外へとお出になったことがおありでしたが、もしその折はぐれの神の手がついてでも居りましたなら、いくら王の御愛娘であっても宮の恥と臣下にご降嫁、もしくは臣下の養女にとお勧めしておったと思いまする。我はその折若くでありましたが、父も祖父ももしもの時のためと、話し合っておったのを聞いておりました。そのように己の身を省みない、つまりは身持ちのゆるい皇女など、龍王の皇女であってはなりませぬ。渡様が隠し通されたのも、宮のためと申すのならご理解できるかと。」

そうか、臣下からはそう見えるのだ。

維月は、あの時緋月がもし、若き日の獅子である観と出会って保護されて居なかったら、どうなっていたのかと背筋が寒くなる思いだった。

女神は弱いので、己の身を己で守るために、誰かの守りの中で居なければならない。

それを分かっていて外へフラフラと出て行き、そんな目に合うのは気の毒なのではなく、身持ちが軽い、分かっていて出て行った誰でも受け入れる女だと思われてしまうのだ。

「…困りましたこと。」維月は、言った。「高瑞様には、分かっておってあの子を養子にしてくださいましたし、それにあの子も、今はとても落ち着いておって、漸様にはそんな事はお気になさらない宮でお育ちであられます。これは早いうちに、娶って頂いて過去を払拭してしまう方がこれが公になって高瑞様にご迷惑をお掛けするような事が、無いようにせねばなりませぬわ。臣下の考えは、こうなのですから。」

維心は、ため息をついて頷いた。

「その通りよ。あの宮へ入れば、もうそんな事を言われずで済むだろう。そも、臣下の価値観が違うゆえ。漸は最上位の王であるし、誰も陰口など叩けぬしな。」と、鵬を見た。「鵬、学びになった。我も臣下の目線で物を見る事も、大事であるなと思うたわ。しかし、この事は口外せぬようにな。ああ、公沙と祥加には言うても良い。」

鵬は、頭を下げた。

「は!仰せの通りに。」

「下がって良い。」

鵬は、下がって行った。

維心と維月は、またお互いに顔を見合わせてから、同時に深いため息をついたのだった。

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