宴の席にて
四人は、応接室でまず、箔炎と焔に、犬神が籠った時の様子を話した。
何を言ったとか、内容までは詳しく言うことはなく、炎嘉が説明したのは、白虎と獅子が、犬神の嗅覚が己より優れておるのを妬んでかなりの嫌味を言って、すわ戦かという事態になった、と話した。
そして、戦になって皆に迷惑が掛かるのを嫌がって、樂は籠った。
今の、漸の前世だった。
その後、維翔がこの志真と羽矢の二人を処刑して、この件は表向き落着したようになったらしい。
だが、樂はそれを知ってか知らずか、その言葉通り二度と出て来ることは無かったのだ。
箔炎と焔は、顔を見合わせてから、言った。
「…あんな乱れた世であるから、嫌になったのやもしれぬの。まあ、嫌味一つで戦になる世の中で、滅多な事を言うたら殺されるという、緊張感のある時代であるにも関わらず、言い過ぎたのだ、その二人は。我はそう思うがの。」
焔が言うのに、箔炎は頷いた。
「我もそのように。それでも維翔は末を残したのだから。志心と駿がここに居る。それで良いではないか。」
志心は、言った。
「違う、別に我らは何も犬神に対して思う所はないが、あちらの気持ちなのだ。結構な嫌な事を言うておるのよ、維翔が殺すだけあって。しかも戦を煽ってからに。それで、世が嫌になって籠ったわけであろう?我らの顔も見たくないのではないかと思うのだがの。」
焔は、うーんと顔をしかめた。
「言うたことにもよるがの。決定的な事を言うてなければ問題ないのではないか?主らが祖先の分の謝罪でもしたらどうよ。そんなに恨まれるほどの事を言うておると思うのならな。」
駿は、頷いた。
「我は別に謝っても良いわ。我らだって祖先たちには大概迷惑を掛けられておるしな。漸の気持ちは分かる。我だって我が祖先たちには謝って欲しいと思うておるからの。宮に獅子が稀少であるなど、全てはあれらのせいぞ。」
炎嘉が、割り込んだ。
「まあ、主が祖先に対してどれほどに怒りが蓄積しておるのか分かったが、ならば漸との面会の機会を作ろうか。いきなり会合で構えるだろうしの。何なら…月見の宴にあやつを呼んでも良いが。」
志心が、ため息をついた。
「では、そのつもりでおる。とはいえ、漸の態度次第では、我らだって謝ろうとは思わぬぞ。そもそも、我の祖先とはいえ、遥か昔の神の事であるしな。本来ここまでしつこう言われる謂れは無いゆえ。」
確かに、そんな昔の事など、本来記憶も持って来ないのだから誰も知らないはずだった。
それを、今更その子孫に謝れというのも、おかしな話なのだ。
維心は、頷いた。
「分かっておる。ただ、お互いに昔の事ではあるが、敵視することなく穏やかに対面できるようにしたいと考えておるからぞ。主らが謝らぬでも、そういう心地でおってもらえたら諍いにもならぬだろうということなのだ。そもそも、維翔がその事に関しては先に志真と羽矢を殺して終わらせておる。主らに謝るいわれはない。分かっておる。」
志心は、頷いた。
「分かっておるなら良い。では、こちらに非はあったが維翔がそれを解決した、だが改めて交流するにあたって、そちらが謝れと申すのなら、謝っても良い、という形で向かうわ。それで良いか。」
炎嘉が、頷いた。
「それで良い。すまぬな、大昔の事を出して参って。まさか、犬神が出て参るとは思わぬでいたし、その昔にあれほど親密に交流があったのを知らぬでおったからのう。とはいえ、戻してやりたいのだ。」
駿は、頷いた。
「ではそれで。」と、立ち上がった。「高彰らに話して聞かせねばの。どこまで申す?」
炎嘉が、それに答えた。
「我が説明しよう。今と同じようにな。」と維心を見た。「次の月見には、あれらも呼ばねばならぬぞ維心よ。だが、いつもの遊びは保留。また正月に旭の所へ行けるのを待とう。焔は不満であろうが、仕方がないぞ?」
焔は、むっつりと立ち上がった。
「分かっておるわ。我だってそこまで無理を通そうとは思わぬ。とりあえずは、犬神が無事に戻って来れるように皆で励むしかあるまい。嫌になって宮を閉じる心地は…我には分かる。」
箔炎も、黙って頷く。
そうして、宴の席で待つ他の上位の王達のところへと急いだのだった。
戻った維心、炎嘉、焔、箔炎、志心、駿は、酒の入った杯を手にポツンポツンと座っている高彰、翠明、公明、加栄、英、覚の所へと歩み寄って座った。
樹伊は何やら妃の実家と揉めておるらしく、今日は来ていない。
よく考えたら玉貴との間が拗れていて、松の妹である楢を迎えるとか言っていたのだ。
あれからいろいろあって神世がまた騒がしいので樹伊のことを気に掛けている暇はなかったが、あれはどうなったのだろう。
炎嘉が、言った。
「…樹伊は来ておらぬよな。あやつ、妃の実家と言うたら甲斐であろう?公明、何か聞いておらぬか。」
公明は、何やら困ったような顔をした。
「それが…そういう事に口を出すのはと黙っておったが、今年に入っていよいよ臣下と玉貴の間がどうにもならぬようになっておって、遂に関に楢を娶りたいと打診したらしいのだ。そうしたら関は、二つ返事で了承して、樹伊は卯月に顔見せに行き、思うた通りかなり美しいできた皇女であったので、婚姻の日取りを決めるように進め始めておった。隠居していた渡もそれは喜んで、婚礼の荷もかなりの力の入れようで。それがこの長月になって、次々に宮に届くようになったので、それが玉貴に知れる事になった。これまで何度かあちらの宮へ行って楢に会っていた樹伊は、淑やかで気のきく楢に心酔し始めておってな。きちんと婚姻の式を上げて正妃として迎えようと、まだ手も付けずに大切にしておるのよ。正式な縁であるからそうなるのも道理だが、玉貴は怒って子を連れて実家へ戻った。甲斐からしたら愛娘のことであるから、怒って我に話に参って事の次第を知ったのであるが。」
そんなことになっていたのか。
皆は知らない間にと、顔を見合せた。
楢が正妃になるのは、実家の地位からして仕方のないことだった。
後から入るとはいえ、やはり上位の宮で育った皇女は下位の宮で育った皇女とは、学が違うのだ。
宮を回すのも、楢なら問題ないはずだった。
何しろ上から二番目の宮の皇女なのだ。
何より臣下と上手くやれない妃は、王にとっても困るのだ。
樹伊からしたら、何とか宮を収めようと考えた末の事だったはずだ。
炎嘉は、言った。
「…困ったの。子を連れてとは、誠に困ったこと。皇女ならばそれでも良いが、皇子は他の宮では軍神にしかなれぬのに。玉貴にはそんなこともわからなんだのか。」
公明は、頷いた。
「樹伊も子を案じて皇子だけでも宮へ返せと今、揉めておるのよ。臣下はそんな女の子などもう良いのではといった空気で、まともに交渉しようともせず。樹伊は一人で子を助けようと必死なのだ。このままではもう、皇子は王座につけまい。楢に教育させてと考えていた、樹伊の思惑が崩れる事になるので。」
焔は、ため息をついた。
「玉貴は離縁で良いから、皇子だけは返せと主が申したらどうか。そもそも甲斐は、王として困った性質で不適格だと主の傘下に下ったのだ。己の皇女がそのように扱われるのも、結局己のせいではないか。」
翠明が、ため息をついた。
「あれも最近では老いておって余計に意固地になっておるようよ。我から申そうか?我の方が付き合いは長いしな。」
炎嘉は、頷いた。
「少し話しても良いやもしれぬな。このようなことには口を出さぬのが礼儀ではあるが、樹伊が会合にも来られぬとなると困ったことに。まして今は犬神が戻ろうかという時であるのに。我がそういう筋ではないが、最終的には命じてでも戻させるしかないか。樹伊の子が不遇に育つのは哀れよ。」
維心が、言った。
「まあそれは最後の選択ぞ。まずは翠明に任せてみようぞ。」と、皆を見た。「今は漸のこと。何を見せて来たのか、これらに説明する必要がある。」
炎嘉は頷いて、そうして頭を切り替えて、宴に出席している他の者達に聴こえないように、檀上の皆にボソボソと説明を始めたのだった。




