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異世界ファンタジー系短編

家を買う理由(わけ)

作者: 都鳥

「家を買おうと思うんだけど」


 夕飯の席で、そんな事を彼女が言い出した。


 俺ら冒険者は、家を持たずに流れて活動する者と、一つの町に留まってそこを中心に活動する者と、大雑把にわけて2種類居る。

 俺たち二人は前者の方だ。2年前にパートナーとなってから、二人であちこちを旅をしながら渡り歩いて来た。


 家を買いたいって事は、その冒険者生活をやめたいって事だ。俺との旅に何か不満でもあるのだろうか。


 心のモヤつきを顔に出さないようにしながら、何でもないようなふりをして尋ねる。


「どこに家を買うつもりなんだ?」

「うん。この町が良さそうだなって思って」


 なんだか慎重に言葉を選んで話すような、そんな言い方をするのが気になった。



 俺の腕の傷を(いや)す為にと、この町でしばらく羽を伸ばすことを決めて10日ほどになる。

 その間、彼女は俺に内緒で何度か出掛けていた。その時にでも何か心境の変化があったのだろうか。そういえば、帰ってから何かを言いたげにしていた日もあった。


 それともやはり…… あの件が原因で、愛想を尽かされたのだろうか。

 そう考えながら、だいぶ治りかけてきた腕の傷を、包帯の上からそっと押さえた。


 この間、二人で受けた魔獣討伐の依頼で、俺は調子に乗ってヘマをしてしまった。

 ヘルハウンドの炎ブレスを避けたハズがつまずいてよろけてしまい、気づいたらヤツの牙が目前にあった。すぐに剣で防げば良かったのに、咄嗟(とっさ)に出した逆の腕に牙が刺さった。

 すぐに彼女が助けてくれて事なきを得たが、あんなところでつまずくなんて、本来ならあってはならないミスだ。たかがヘルハウンド相手だと油断をしていた。


 彼女にはその後でこっぴどく叱られた。俺の身に何かあったらどうするんだと。


 二人だけのパーティなのだから、片方が倒れるような事があれば、当然戦力は半減する。

 あのヘルハウンド討伐の依頼も、二人でならこなせると判断して受けたものだ。俺の身に何かあれば、彼女一人で魔獣を相手にしなければいけなくなる。

 俺の油断で、彼女を危険にさらしてしまうところだった。


 今までもミスをした事がなかったわけじゃない。でも、この時の彼女の怒りようは今までよりもずっとずっと容赦(ようしゃ)がなかった。



 動揺を隠しながら、エールを一口飲む。喉を抜けていくエールがやけに苦く感じた。


「で、どんな家を買いたいんだ?」

贅沢(ぜいたく)だけど、庭が欲しいなと思って」


 やっぱり彼女は、話をしながら俺の顔色を(うかが)っているようだ。



 彼女は冒険者仲間として、気の合ういいパートナーだ。

 でも彼女を女性として意識していなかったわけじゃない。そして彼女もそうなんじゃないかと、勝手に思っていた。

 互いの気持ちを口にした事もなければ、そういう確認をしたこともない。

 でも、そのうちにはちゃんと告白しよう、俺の恋人になってくれと言おうと、タイミングを見計らっていたつもりだった。


 ところが、俺は失敗をした。

 あれは腕を怪我してしまった時より半月ほど前の事だ。

 夕食の為に寄った定食屋で、他の冒険者たちと酒を交わしながら話が盛り上がった。それは良かったんだが、そのうちの一人の男が彼女と話が合ったようで、いつの間に二人で話し込んでいた。

 それに気が付いた時、俺の中にモヤモヤとなんだか面白くない気持ちが沸いた。

 その気持ちを晴らそうと、エールを一気に飲み干して…… つまり、少し飲みすぎてしまった。


 飲みすぎてしまう事は、今までもたまにあった事だ。

 でもその先の事は今まで一度もなかった事だ。


 彼女に肩を貸してもらって帰った宿の部屋で、俺は彼女にキスをした。

 いいや、キスだけじゃない。彼女が嫌がらなかったから、そのまま……


 翌朝、彼女は俺の顔を見なかった。昼くらいまでは口もきいてくれなかった。


 もしや嫌われたんじゃないかと心配をしていたが、しばらくして元の感じの彼女に戻って内心ほっとした。

 でも本当は、元の関係に戻れたわけじゃなかったんだろう。そこにあのミスだ。

 これは…… 愛想を尽かされても仕方ないよな……


 もしかして、この町に滞在している間に新しいパートナーでも見つけたんじゃないだろうか。そしてそいつと新しい冒険者生活がしたくて、こんな話をしてるんじゃないだろうか。


 どう応えていいかわからずにただ頷いた俺に向かって、まるで言い訳をするように彼女が話を続けてくる。


「ほら、庭があった方が、体を動かすにも遊ばせるにもいいでしょう?」


 そう話しながら、いつもとはちょっと違う優しい笑顔を見せた。


 誰だか知らないが、余程そいつの事が気に入っているのか。

 もうそれはわかったから、さっさと先の話をしてくれ。だから、俺とはパートナーを解消したいんだと、そう言いたいんだろう?


 彼女が話しやすいようにと、苦い心を隠しながら返事をする。


「ああ、いいんじゃないか?」

「そう、良かった!! じゃあ、さっそく明日にでも見に行かない?」

「へ!?」


 なんで俺を誘うんだ?


 訳がわからず、改めて彼女の顔をじっと見ると、ちょっと恥ずかしそうにしながら微笑んだ。

 片手を腹に添えたまま。


「あっ……」


 俺はようやく、彼女が家を欲しがる理由に、思い当たった。

 なんで気づかなかったんだ…… ホント馬鹿だろう、俺は……



 今度こそ、互いの気持ちをちゃんと確認しあう事ができた。

 そして、ただの冒険者のパートナーでも恋人同士でもなかった俺たちは、やっぱりそのどちらでもない関係の二人になった。


 そして、次の春には3人になる。

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