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幸子とロボット

作者: 小村るぱん

 息子の健太がロボットを買ってきた。

 何でも夜だけ会話ができる不思議なロボットだ。

 今年の春に社会人になった健太は、一月程前に親元を離れて隣の県に住んでいる。

 だから母親である幸子は今一人暮らしだ。

 夫とは半年前に離婚した。向こうの浮気が原因だ。

 幸子が寂しくなるだろうという健太の優しい子供心が嬉しかった。

 健太に言われた通り、夜の七時を過ぎてロボットに電源を入れた。

 太いペンギンみたいな体形をしている。

 ロボットは幸子の膝下くらいの身長なので、話やすいように椅子に乗せた。

「こんにちわー」

 恐る恐る話かけてみた。

「こ、こんにちわ」

 本物の人間みたいにつっかえて返答するロボット。

 ただ声はいわゆる機械音だ。

「初めまして、幸子です」すると

「初めまして、幸子さん。私の事はロボ君とでも呼んで下さい」

 ロボットの顔には愛くるしい大きな目がデザインされている。それが時折まばたきする動きを見せた。

「ロボ君では少し芸がないわね。ロボだからロビーにしましょうか」

「はい、ではそれでお願いします」

「ふふふ、宜しくロビー」

 本当に人間相手に話しているみたいだ。科学の進歩に驚く。

 なんだか生活が少し楽しくなる予感がした。

 

 次の日、仕事から帰ってきた幸子は、七時になると早速電源を入れた。

「ちょっと聞いてよロビー。うちの上司って超気難しいんだから。まかないを早くとっただけで20分も説教するのよ。仕事が早く終わったんだからいいと思わない?」

 幸子は最近店舗を増やして勢いのあるカレーチェーン店で働いている。

「嫌ですね説教は。納得がいかない論理を押し付けられるのは心がすり減りますよね」

 論理と来たか。頭がいいロビーに感心する。

「でしょ、あったま来たからお替りしてやったわよ」

「ははは、そりゃいいや」

 笑い方なんて本当に友達のそれみたいだ。あまりに会話が自然でびっくりする。

 しかし楽しいので大歓迎。幸子は気分が乗って、おしゃべりが止まらなかった。


 そんなロビーからある日、こんな質問をされた。

「幸子さんは一人暮らしで寂しくないんですか?」

 唐突な質問に、ポテチをつまむ手を休めて考える仕草をする。

「う~ん、まあ寂しいけど今さら恋愛をするのもねえ」

 ロビーが瞬きをする。ポテチが欲しいのだろうか。

「元旦那さんとは会ってないんですよね? 」

「会ってないわねえ。どうしよもないわよあのバカ旦那。あ、もう旦那じゃないけど」

 ふふんと鼻息荒く笑い飛ばす。

「後悔してりゃいいのよ、逃がした魚は大きいって。もう関係ないしね。大体あのヒロ坊はねえ……、あ元旦那は広志って言うんだけど」

 そこから幸子の広志への愚痴が噴出した。

 関係ないという割には広志の話題で夜中まで話した。

 ロビーはただ静かに「うんうん」と相槌を打っていた。


 そんな長話が祟ったのか、3日後、幸子は体調を崩した。

 朝は大丈夫だったのに、昼から重い倦怠感に襲われた。関節も痛い。その日は人手が足りず、早退もできなかった。

 仕事が終わる頃には、ひどい咳が出てきた。すぐに帰路についたが、悪いことは重なるもので、軽い事故にあった。

 曲がり角で鉢合わせた自転車同士の衝突で派手に転んでしまったのだ。

 地面に倒れた時に、支えにした左手をくじいた。なんてついてないのだ。

 ため息も出ずに這う這うの体で家に着く。


 いつもなら夕ご飯の準備に取り掛かるのだが、体が動かない。

 ソファに体をうずめていると、気が付けば7時になっていた。

 習慣でロビーの電源を入れる。誰かに頼りたかった。

「おかえりなさい」ロビーが明るいいつものご挨拶を投げてくる。

 ただいまが言いたいが、咳ばかりが先にでる。

「ん?どうしたの幸子さん」

 ロビーの問いかけにもまだ咳は止まらない。

 するとロビーの口調が変わった。

「どうしたんだ、大丈夫かサチ」

 丁寧語ではなく、随分距離の近い言い草だ。

 ぼーっとする頭に引っかかるものがあった。

 今サチって言った?

 両親からは幸子と呼び捨てだし、友達からはさっちゃんかさっちんの二択、サチと呼んでいたのは……。

 疑念を持ちつつも幸子は応えた。

「うんありがとう、大丈夫。ちょっと風邪を引いたみたいで。あげくに派手に転んじゃって捻挫もしちゃった。本当ひどい日」

 ロビーの瞬きがなんだか動揺の現われに見えた。

「そっか、大変だったな、あいや大変でしたね。サチ…子さん」

 しばしの間をあけて「それで熱はどうなんだ?」

 もう完全にロビーのキャラが崩壊している。

「わはは、またため口になっちゃいました。すいません馴れ馴れしくて。わはは」

 罰が悪くなると急に笑いだすのも誰かにそっくりだ。

 浮気がばれた時だってそうだった。

 ロビーへの疑念が、予想になり、それが確信になりつつあった。

 幸子はロビーに対して、ロビーの向こう側に対して心配させたい気持ちになってきた。

「わからない、この調子だと39度くらいあるかも」

 大げさに言ってみる。ロビーの返答に何かを期待している自分がいる。

「そうか、よしそのまま待ってろ、いや待ってて下さい」

 そうして向こう側の音声は途絶えた。

 これで合点がいった。

 夜にしか会話できないロボット。不思議なほどに自然な会話。

 それはロビーが昼間は働く誰かさんによって操作されていたからだ。

 その誰かさんが待っていろという。その誰かさんがあの人なら、30分程でここに来るはずだ。

 辛いはずの体がふわっと軽くなった。部屋の中を意味もなくうろつく。髪の毛をセットし、チークを塗る。

 予想通りの時間にチャイムが鳴った。

 鏡に笑顔を試してから、幸子はドアを開けた。

 ぜーぜー肩で息をする広志が居た。

 ぎこちなく頭を掻いたりしている。

「ごめんな、これ」

 久しぶりの再会で謝る広志が可笑しかった。

 風邪薬と湿布薬の入った袋を受け取った。

「ロビー、なかなかうまかったじゃない」

 緊張のほぐれたように広志は「だろ? 」と屈託のない笑顔を見せた。

 初めて会った時、この無邪気な笑顔に心がほんわりと暖かくなったのを思い出す。

 そのともしびが再び幸子の胸に灯った。

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