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女装子大戦〜Beautiful Days〜

作者: 黒木猫人

私立舞鶴学院校則


前記


舞鶴学院の生徒諸君ならば既に知っての通りだと思うが、我が校では、校則については生徒会長が独自の判断で変更してよいことになっている。従って、今年度は生徒会長になった私の考える正義に則り、校則を全面改変することが決定した。

意見がある奴については、我が白鳥財閥の総力を上げ、ありとあらゆる手段を講じ、二度と表を歩けないようにしてやるから、気軽に生徒会室に来るがよい。

私はいつでも皆を待っているぞ。


生徒会長 白鳥勇輝




 ごぉぉぉー! どすぅぅぅんっ!!!

 俺――遠坂和哉とおさか かずやの朝はそんな騒音と自宅の揺れで始まる。

 全くもって最強の目覚ましだと思う。ベッドが一瞬宙に浮くのだから、これで起きないはずがない。

 まだ若干しばしばする眼を擦りながら、ベッドの横のカーテンを開ける。

 窓一杯を覆う巨大な顔が、二階の俺の部屋を覗き込んでいた。

 ロボットのそれである。

『おはよう、和哉。今朝も迎えに来てやったぞ!』

 緑のアイカメラがきゅぴーんと輝く。

「怖っ! とりあえず離れろ窓から!」

『怖いとは失礼な。この通学用人型決戦兵器ティオは私がデザインした、この世で最も美しきロボットだぞ!』

 通学用だというのに何故に決戦兵器なのか。

 巨大な顔が窓から離れ、ティオがびしっと日曜の朝にやっている特撮戦隊のようなポーズを取る。

 全長は十メートル程で、頭部にはV字型のアンテナ、胸には緑色の球体が輝く。一体何合金で出来ているのか知りたくもないボディーは、赤・青・黄色と昔見た子供向けロボットアニメの主人公機みたいにこれでもかと三原色で塗り分けられており、太陽光を反射して大変に目に痛い!

 はっとなって、窓を開けて身を乗り出し、庭を見る。

「ぎゃー! お前、庭の芝を踏むなっていつも言ってるだろ! 母さんにまた怒られる!」

『そんな繊細なこと出来るわけあるまい。この巨体だぞ』

「だったらそもそもロボットで来んな!」

 と、ティオの胸部装甲が開く。中から人影が「とうっ!」び出し、俺の鳩尾に「ごはぁっ!?」両飛び膝蹴りをかましてくれた。

 ベッドに仰向けに倒れた俺の腹の上、馬乗りになった一人の白いセーラー服。

 祖母が外国出身の人なのだとかで、腰まで伸びたさらさらの髪は透き通るようなブロンド。瞳はそれ幾ら? と思わず尋ねたくなるような宝石のごときオーシャンブルー。肌はまるで雪みたいに白く、スカートから伸びた足はすらりと長い。スレンダーな肢体は雑誌の女性モデルを彷彿とさせ、整った中世的な顔立ちと相俟って、悔しいがどうやってもただの美少女にしか見えない。

「つーか勇輝ゆうき、パンツ見えてんぞ、パンツ!」

 真っ白い折り紙を対角線で半分に折り、水色の絵の具に浸けた筆を使って、一定の間隔で線を何本も引いたものを想像して欲しい。

「……どうだい、和哉。欲情するかね?」

「しねぇよ!」

 つーか、欲情してたまるか!

 俺はそのすっと通った鼻筋に、人差し指を突き付けた。

「相手が女ならともかく……勇輝、お前は『男』だろうが!」

 そう、このどうやってもただの美少女にしか見えない白鳥勇輝は、生物学上『男』と診断される、れっきとした『野郎』なのである。別の字で『漢』! 記号で表すと『♂』!

「えー、しましまなのに」

「しましまは関係ないっ!」

 めっちゃ好きだけど!

「ちなみに私は男ではない。正確には女装子じょそこだ」

「……どうでもいいから、いい加減、俺の腹の上から退いてくれ」

「あん、女装した私、美しい!」

「誰も聞いてねぇよ!」




第二条 美しいは正義


第三条 男子が女子の制服及び女子が男子の制服を着用することを認める




 白鳥勇輝は、認めたくないが一応俺の幼馴染である。

 幼稚園の年少組の時に知り合ったのだが、その時はまだ勇輝も男の格好をしていた。思えばその頃から女のような顔立ちをしていたものの、それでも今より断然マシで、ごく普通の男友達だった。

 一体、いつから道を違えてしまったのだろう――。

「私はね、ユウちゃんが初めて家に遊びに来た時から、あっ、この子は将来、絶対に和哉のお嫁さんにしよう! って心に決めてたのよ」

 という母さんの言葉に、口元に手を添え、上品に笑う勇輝。

「ふふっ、嫌だお義母様、いきなり何をおっしゃっているのですか」

 ……最初から間違えてた気がする。

「母さん!」

 そんな一階のリビング――朝の食卓の雰囲気に堪え切れず、俺は箸を止め、テーブルを叩く。

「あらもう、和哉ったら。そんなに照れなくたっていいじゃない」

「誰が照れるか! つーか、何度も言ってるけど、こいつは男だからね!? そこんとこ分かってる?」

「ああ、そうだったわね。そんな些細なこと、すっかり忘れてたわ」

「全然些細じゃないから!」

 一体どんな思考をしているのか、この母は。

 食卓の斜め向かいの席に腰掛けた母さんは「冗談よ、冗談」と手をひらひらさせる。

「要するに、ユウちゃんはお嫁さんじゃなくて、お婿さんとして迎えるってことでしょ?」

「違ぁぁぁーうっ!」

 思わず席から立ち上がっていた。

 何故に結婚すること前提!?

 母さんは、ぷうっと頬を膨らませる。

「もう、何が不満なのよ和哉は。煮え切らない子ね」

「全部だよ全部! 一から百まで!」

「まぁまぁ、和哉。そう熱くなるな」

 隣の椅子に座っている勇輝が、俺の制服の袖を引っ張って来る。

 深呼吸をし、一旦腰を下ろす。

「その不満は全部、後で私がゆっくりと聞いてやるから」

 勇輝は俺の耳元で、息を吹き掛けるように囁く。

「夜のベッドの上で」

「ねぇよっ!!!」

 つーか、ちょっと背筋ぞくっとしたよ、今!?

 母さんが口元を押さえ、にやにやとほくそ笑む。

「ま♪ お熱いのね」

「何もお熱くない!」

 と、その時だった。

「父さんは認めないぞっ!!!」

 俺の向かいの席で新聞を読んでいた父さんが、握り拳を振り下ろし、食卓を揺らした。

「父さん……」

 やっぱりこんな時、親父の存在というのは頼りになる。父さんなら、このカオスな空間内でも正常な判断が出来ると信じてた。

 さぁ、言ってやってくれ、この二人に!

「どう考えても勇輝ちゃんを迎えるなら嫁だろう!」

「父さん!?」

 訂正。

 ……駄目だ、この家族。




第七条 校内での、不純異性交遊を禁ずる




 俺は今、ロボットのコクピット内にいる。

 勇輝が俺の家に連れて来た、本人曰く『通学用人型決戦兵器ティオ』のコクピットである。

 全天周モニターには一面の青い空が広がっており、下方を見れば見慣れた町並みがあって、自分達が今、空を飛んでいることを実感させる。

 目の前には操縦席に腰掛け、時折レバーの方向を変えながら、足元のペダルの強弱を調整している勇輝の姿。

 俺と一緒に登校するために設計されているらしく、勇輝の後ろには俺専用の助手席があって、俺はそこでシートベルトをしていたりするのだが、何と言うか……慣れって恐ろしい。

 西暦二○○九年、人類は日進月歩で新しい技術を生み出し続けているが、人型ロボットで登校しているのは、現在までのところコイツと俺とあと一人ぐらいのものだ。

 簡単に言ってしまえば、白鳥勇輝はとんでもない金持ちなのである。

「なぁ、勇輝」

「ん? どうした、和哉」

「このティオって、実際、幾らくらいするんだっけ?」

「ふむ」

 片手の指を宙で立てたり折り曲げたりすることしばし、

「日本円に換算して、約三百兆円くらいだな」

 ちなみに日本の一年の国家予算は大体二百兆円くらい。

「はぁぁ……」

「む、何だ、その溜め息は」

 そりゃあ溜め息も出る。何というくだらない金の使い道か。

 勇輝の実家が経営する白鳥重工は、機械工業で世界に名を馳せる途方もない大企業で、それを主とする白鳥財閥に至っては、この世に知らぬ者はいないとすら言ってもいい。

 俺の幼馴染はそこの子息で、しかも一人っ子の長男なのだ。

「和哉。勘違いしないで欲しいが、このティオは白鳥重工の持つ技術こそ余すところなく詰め込んでいるものの、製造資金は私が小遣いを株で増やして作ったのだ。父上からは一銭も借りていない」

「さいですか」

 いずれにしても、俺のような一般人の思考を停止させるには十二分過ぎる額である。

 と、全天周モニター下方、つまり俺達の足元辺りに広大な学校の敷地が見えて来る。

 敷地の上空に辿り着いたところで、勇輝がペダルの片方を緩め、機体が宙に停止、もう片方のペダルの動きに合わせて降下を開始する。

 着地すると、モニターの明かりが消え、コクピットハッチが開き、日の光が中に差し込んで来た。

「よし、着いたぞ」

 コクピットハッチの前にティオの手の平が上がって来て、勇輝がそれに飛び乗り、俺もその後に続く。

 手の平がエレベーターのように地上に下りる。

 学校の敷地内で、校門近く、校舎へと続く桜の並木道に、俺達は足を着けた。

 私立舞鶴学院しりつまいづるがくいん。日本有数の名門校で、生徒の大半というかほぼ全てが大富豪の子女、もしくは天才で占められ、その敷地は練馬区のほぼ全部という、これまた一般人の常識を遥かに凌駕した学校である。

 ちなみに俺はもちろん大富豪の息子などではないし、奨学金を貰える程に天才かと問われれば、首を横に振らざるを得ない。成績はいつも必死に勉強して、やっと下の中レベルだ。

 そんな俺が何故この舞鶴学院に通っているのかといえば、今更ながら、この女装子の策略に他ならない。

 一年前、高校受験でごく普通の県立高校に合格した俺は、入学式当日、校長室に呼ばれ、いきなり退学を勧告された。で、直後に現れた勇輝のティオに拉致され、連れて来られたのがこの舞鶴学院だった。勇輝は白鳥財閥のコネを使い、舞鶴学院の生徒として、俺の入学手続きを行っていたのである。

 理由を尋ねたら、返って来たのはたった一言、

「和哉と一緒にいたいからだ」

 ストレートだなぁ、オイ!

 ともかくとしてあれから一年、勇輝に振り回され続け、俺は舞鶴学院の二年生になってしまった。

 そして――

「あっ、会長、おはようございます!」

「会長、今日もお美しいです!」

 通り掛かる生徒達の挨拶に、手を挙げて答える勇輝。

「うむ、おはよう、諸君」

 ――女装子はあろうことか舞鶴学院の生徒会長になってしまった。

 バックには白鳥財閥の資金力を従え、表向きには会長としての権力。おまけに見てくれがとんでも美少女な男子なので、男女問わず人気が高かったりする。この舞鶴学院は今やまさに白鳥勇輝の独壇場というわけだ。

 世の中色々と間違っていると思う。

 金髪を翻らせ、勇輝が振り向く。

「よし、そろそろ教室に行くぞ、和哉」

「はいはい」

「ティオ、送り迎えご苦労だった。オートパイロットで屋敷に――」

 そう言って勇輝が、片膝を着いて待機している三原色のロボットを見上げ、帰還命令を下そうとした時だった。

「お待ちなさい」

 声を掛けられた方を見やると、校門前に紅色の巨大なリムジンが止まっていた。

 十メートル近くある長い車体は、横幅もかなりあり、根本的にデカい。というか、車体が長過ぎて交差点で曲がれないと思うのだが、一体どうやって校門前まで走って来ているのだろうか。純粋に疑問だ。

 そのリムジンの後部座席が開き、中からセーラー服の少女らしき人影が現れる。

 勇輝がとてつもなく嫌そうな顔をした。

「出たな、花小路紅蓮はなこうじ ぐれん……!」

 艶やかな黒髪をリボンで束ねたツインテール、前髪はヘアピンで左右に留めて額を見せ、長い睫に縁取られた黒い瞳は上品だが力強い輝きを秘めている。特に目を惹くのは、その名の通り全身を飾る華やかな紅の色。ツインテールのリボンが紅く、ヘアピンも紅、纏うセーラー服もまた紅い。勇輝とは異なるが整った顔立ちは、俺の脳内に大和撫子という言葉を浮かび上がらせる。

 ……浮かび上がらせるのだが。

 勇輝が吐き捨てるように言った。

「相変わらず、全然女装が美しくないな、お前」

「なっ……同じ女装子のあなたに言われたくありませんわ!」

 この花小路さんも、生物学上『男』だったりする。

「お前と一緒にするな。私の方が数千倍美しい」

「はっ、ナンセンスですわ! 一度病院で頭を診てもらった方がよろしいんじゃなくて?」

「何だと!? このデコピカリ、もう一度私の姿を見て言ってみろ!」

「誰がデコピカリですって!?」

 太陽光を反射し煌く、花小路さんのおでこ。

「お前だ、お前!」

「きーっ! このおでこはワタクシのチャームポイントですのよ!」

 並木道のど真ん中で言い合いを続ける二人。

 やがて、花小路さんが人差し指を勇輝に向けた。

「大体、白鳥さん! あなた、毎朝毎朝そんなナンセンスなロボットで登校して! いい加減、そこの遠坂くんが迷惑してると分かりませんの!?」

「えっ……俺?」

 いきなり話を振られて、少し戸惑う。

「失礼なことを言うな!」

 勇輝が反論する。

「私の美しきティオのどこがナンセンスだ!」

「そっち!?」

 俺の迷惑云々はどうでもいいんかい!

 花小路さんは口元に手を添えて、「おーっほっほっほ!」と高らかに笑う。

「ナンセンスもナンセンスですわ! そんな子供っぽい色分けの飛ぶしか能のないロボット! せめて――」

 ぱちん、と花小路さんは指を鳴らした。

「変形くらいして頂かないと!」

 校門前に止まっていた巨大な紅リムジンの車体が起き上がる。

 脚部と腕部が展開し、車体が折り畳まれ、頭部が迫り出し、緑のアイカメラがきゅぴーんと光り輝く。

 果たしてリムジンは、ティオと同サイズの、紅蓮の人型ロボットへと姿を変えた。

「センシティブなロボットとは、ワタクシのこの『ローザ』みたいな機体のことを言うのですわ!」

「何がセンシティブだ。変形すればよいというものではない!」

 勇輝が言うと、花小路さんはローザの下ろした手の平に飛び乗る。

「口で言って分からないなら仕方ありませんわね」

 ローザの胸部装甲が開き、花小路さんはその中に乗り込んだ。

『花小路財閥の総力を結集して作り上げたローザの力、直接教えて差し上げますわ』

「いいだろう。望むところだ」

 視線を戻すと、勇輝もまたティオに乗り込もうとしている。

 ああ……今日も始まるのか。

 毎朝、舞鶴学院敷地内、校門前で繰り広げられる、日本で、いやおそらく世界で唯一の巨大ロボットバトル。

『和哉、下がっていろ』

 勇輝の駆るティオが立ち上がり、花小路さんのローザと対峙する。

『おーっほっほっほ! 覚悟しなさい、白鳥勇輝! 今日という今日こそは完膚なきまでに叩きのめして差し上げますわ!』

『それはこちらの台詞だ!』

 構えをとる両機。

「あ、あのさ!」

 俺は大声で叫ぶ。

『む、どうした和哉?』

『何ですの?』

 意を決して、俺は前々から疑問だったことを聞いてみた。

「……どうして、ロボットバトルなんだ?」

『ふっ、そんなもの――』

『決まっていますわ――』

 二人は言う。


『趣味だっ!!!』

『趣味ですわっ!!!』


 同時にティオとローザが激突し、勝負が始まった。

 すぐさま取っ組み合いになる。パワーは互角、どちらも押されては押し返す。

 先に動いたのはティオ。ローザの腕を振り解き、ブースターで後退し、距離を開ける。

『前々から言おうと思っていたのだがな、花小路――』

 ティオが右腕を引く。二の腕から先が高速で回転を始める。

『お前の紅いセーラー服は普通に校則違反だっ!』

 鋼鉄の拳を突き出し、それを弾丸のごとく発射した。

『スパイラルパァァァ――ンチッ!!!』

『甘いですわ!』

 横に避けてかわすローザ。両腕をティオに向ける。

『ロォォォ――ズアンカーッ!!!』

 手首から発射される二本の有線アンカー。ティオは左腕でその内の一本を弾く。だが、右腕は射出してしまっている為、もう一本の対応が出来ない!

 アンカーがティオのボディーを絡め取った。

『これであなたのティオは身動きが取れませんわ』

『……甘いのはそっちだ、花小路!』

『何!?』

 ローザが背後を振り返る。スパイラルパンチが内蔵のブースターで方向を変え、再びローザに襲い掛かろうとしていた。

 勇輝は勝ったと思ったに違いない。

 しかし、ローザは落ち着いた様子で、脚部に手を伸ばす。

 装甲が開き、中から取り出したのは、紅色の銃。

『ロォォォーズブラスターッ!!!』

 ビーム砲が放たれ、スパイラルパンチに直撃する。

 軌道を変えられた鋼鉄の拳はローザに当たることなく、ティオの元へ戻り、右肘に装着された。

『なっ……花小路! 重火器は流れ弾が危険だから、校則で禁じているはずだぞ!?』

『ふん、狙いを外さなければ問題ありませんわ』

『くっ――』

 勇輝が腹立たしそうに唸る。

 何かと美しさにこだわる勇輝としては、禁じ手を使う花小路さんに怒りを感じているのかもしれない。

『――ずるいぞ! 私だって本当はバズーカとかガトリング砲とか撃ちまくりたいのにっ!』

「って、お前も撃ちたいのかよ!」

 思わずツッコミを入れてしまった。

 ローザがローズブラスターの銃口をティオに向ける。

『第一、あなたの愛機は今、ローズアンカーに縛られて、ろくに動けない状況ですのよ? この距離で外しはしませんわ!』

 何発もビーム砲を放つ。なすすべもなく爆風に包まれるティオ。

『ぐっ……!』

 やがて、連射が止み、ローズアンカーが解け、ティオは地面に片膝を着く。

『……どうやらここまでのようですわね。白鳥さん、大人しく降伏なさい』

 花小路さんの言葉に、勇輝は小さく笑う。

『……誰がそんな美しくないことをするか』

『何ですって?』

『来いっ、ビュゥゥゥーローダァァァーッ!!!』

 直後、校門前の通りから突っ込んで来たのは、ローザのリムジン形態などとは比較にならない程の巨大なトレーラーだった。その全長は二十メートル以上。つくづく思うが、どう考えても交差点で曲がれず、校門前の通りまで一体どのようにして辿り着いたのか大いに疑問である。

『な、何ですの、この馬鹿デカい車は!?』

 気圧されたのか、花小路さんがローザを後退させる。

 ティオは立ち上がった。

『こいつはティオのサポートメカ、ビューローダーだ。花小路紅蓮。お前はティオのことを変形もしないナンセンスなロボットと言ったが、果たして今から起きることを見てもまだそんなことが言えるかな?』

 勇輝は叫んだ。

『フォーメーションスタンバイッ!!!』

 ビューローダーの車体が垂直に浮き上がる。巨大な足が伸び、車体の両サイドには巨大な腕が。車体上のプレートが左右に展開し、ウィングへ。そして、車体底部の装甲が何かを迎え入れるように大きく開く。

『ま、まさか……!』

 花小路さんが驚愕の声を上げる。

『アーマーオン!』

 ティオがブースターで浮き上がり、ビューローダーの開いた装甲の中にすっぽりと収まる。

 装甲が閉じ、迫り出していたヘルメットにティオの頭部が収まり、マスクが閉じる。

 完成したのは、ローザの二倍以上は裕にある巨大な人型ロボット。

『美麗合体――』

 その名は、

『ビュゥゥゥーティオンッ!!!』

 白を基調としているが、三原色に塗られたカラーは健在、頭部に装着されたヘルメットは、いかにもパワーアップしましたよと言わんばかりの派手さ。背中にウィングを展開し、大空に浮く巨大な姿はまさに圧巻である。

 ……一つだけ言わせて欲しい。

「何、このカオス」

 ローザが一歩、後退さった。

『が、合体ですって……!? 白鳥重工の技術力はそんなことまで可能にするというの!?』

『覚悟しろ、花小路紅蓮。美しく一撃必殺で決めてやる』

『くっ……ほざきなさい! ローズブラスター!』

 ビーム砲が連射され、直撃するが、ビューティオンは微動だにしない。

『無駄だ。その程度の攻撃、ビューティオンの重装甲の前には蚊に刺されるほども感じない! ……行くぞ!』

 ビューティオンがエネルギーを溜めるように、ボディーの前で両腕を交差させる。

『プラズマトルネェェェードッ!!!』

 両腕を開くと同時に、胸部のエンブレムから稲妻を帯びた竜巻が放たれ、ローザを飲み込む。

『こ、これは……操縦が利かない!?』

 ビューティオンの脚部装甲が開き、そこから剣が射出され、その柄を掴む。

『ビューティーブレード!』

 鋼鉄の手で研ぐように刀身を撫でると、刃が眩いばかりの黄金の光を帯びる。

『美しき一閃にて、醜きを断つ!』

 剣を構えるビューティオン。

『その鋼鉄のキャンバスに刻め、美の証!』

 ローザに向かって突っ込み、

『必殺!』

 剣を振り下ろす!

『美麗、ざぁぁぁ――んッ!!!』

 半紙に筆を走らせるように、ローザのボディーに『美』の軌跡が描かれる。

 ブースターで距離を取り、ビューティオンはローザに背を向けた。

『ビューティー、エンド』

 ローザがスパークし、大爆発を起こした。

 大爆発を起こした……って、えぇえっ!?

「花小路さんは!?」

 ビューティオンがアイカメラをきゅぴーんと光らせ、勇輝は言う。

『心配ない。花小路は死んではいない』

「え?」

 ビューティオンは、ぐっと親指を立てた。

『何故ならこれはコメディー小説だから!』

「まさかのメタ発言!?」

 爆煙が止み、その中から服やら髪やら焼き焦げた花小路さんが現れる。

「けほっ、けほっ……うぅ、酷い目にあいましたわ」

「花小路さん!」

 俺は思わず駆け寄っていた。その両肩を掴む。

「えっ、遠坂くん!?」

「大丈夫!? 怪我はない!?」

 焦げて制服はボロボロ、ツインテールの紅いリボンも片方が解けている。

 顔は炭か何かで真っ黒。手で触って、火傷がないか確かめる。

「ひゃあっ!?」

「良かった……ボロボロだけど、怪我はないみたいだね」

「だだだ大丈夫ですわ! お、おーっほっほっほ!」

 炭でよく確かめられないが、心なしか顔が赤い気がする。

 俺は花小路さんのおでこに手を当てた。

「うーん、少し熱があるかな?」

「え!? あっ……いや、その、これは……」

 もごもごと口もごる花小路さん。あれ、何かさっきより熱が上がったような……?

「ロボットバトルもいいけど、あんまり無理しちゃ駄目だよ。たまには休んでもいいんじゃない?」

「それは出来ませんわ!」

 花小路さんは語気を強めるが、驚いた俺の顔を見て、視線を反らし、

「いや、その……白鳥さんの横暴を許すわけには行きませんもの……」

「……まぁ、分からなくもないけど、あまり無理はしないでね」

「あ、あなたに言われるまでもありませんわ!」

 ぷいっとそっぽを向く花小路さん。

 そこへ勇輝がやって来る。

「花小路」

「何ですの、ワタクシを笑いに来たんですの!?」

「ふっ、そんな美しくないことを私がするわけあるまい」

 勇輝は柔らかに微笑み、花小路さんの肩に手を置いた。

「お前、停学一週間ね」

「そんな馬鹿な!?」




第二十二条 人型機動兵器及びそれに準ずるものによる通学を認める


第二十三条 校内における重火器の使用を禁ず




 風呂は心のオアシス、とはよく言ったものである。

「ふぃ〜、生き返る〜」

 肩まで湯に浸かると、幼馴染の女装子に一日振り回されて溜まった肉体的疲労やストレスも抜けてゆくというもの。

 一日に一度はこうして風呂に入らなければ、俺は多分死んでいると思う。いや、マジで。

 毎朝毎朝、勇輝のティオが立てる騒音に叩き起こされ、校門前に着けばロボット大戦が勃発、放課後には生徒会長の勇輝に扱き使われる。

 これでストレスが溜まらない方がおかしい。どこかのラブコメみたいに相手が単純に美少女だったならまだ耐えられる気がするが、俺の場合、相手は見た目が美少女なだけであって、中身は紛れもない『男』なのである。

 だからこそ、俺にとって風呂の存在は、まさに砂漠の熾烈な暑さの中で見つけたオアシス。

「いやぁ、風呂に入るって素晴らしい習慣だなぁ」

 自宅の浴室で一人ごちる。

「全くだ。さもなければ、我々は美しき裸の付き合いというものが出来ないからな」

「そうそう、裸の付き合いは大事だよね。こう、何つーの? 普段言えないことが言える、独自の親睦の深め方というかね……ん?」

 隣を見た。勇輝が風呂に浸かってた。

「やぁ、和哉。風呂を借りてるぞ」


「キャアァァァ――ッ!!!」


 ちなみに、叫んだのは俺。

「何て声を出すんだ、和哉。それは本来、私が発声すべき台詞だろう?」

「ゆゆゆ勇輝、何でお前がここにいるんだ!?」

 風呂に入ってるのだから当然といえば当然なのだが、勇輝は生まれたままの姿だった。

 真っ白いすべすべの肌に、水に濡れて艶かしい長い金髪が張り付き、とんでもなく色っぽい。何度も言うが、この白鳥勇輝、見た目だけは美少女なのである。湯から覗く鎖骨がエロい!

「何で私がここにいるのかだと? そんなもの決まっている」

 ふっと勇輝は鼻で笑い、

「夜、屋敷の自室で一人和哉のことを考えていたら何だかムラムラして来て堪えられなくなり、ああもう何かいいや入浴中の和哉を襲っちゃおう♪ と思い、やって来たのだ!」

「ストレートだなぁ、オイ!」

「というわけで頂きます!」

 ざばぁっと勇輝が浴槽から立ち上がる。

 そのせいで胸やらへそやら下半身やらが露わに……って、うぇえ!?

「お、落ち着け勇輝! 色んな意味で落ち着けぇぇぇ!」

「ちなみに家を出た時からこうだ」

「屈んで! とりあえず屈んでっ!」

「大丈夫、痛いのは最初だけだ」

「俺が受けなの!?」

 そのまま説得を続けると、勇輝は頬を膨らませつつも、ひとまず色んな意味で矛を収める。

「まさか、和哉が焦らすタイプの男だったとは……いや、これはこれで……しかし」

 何か女装子がぶつぶつ言っているが、無視だ無視。

「とりあえず、湯に浸かれ。目のやり場に困る」

「照れなくともよいのに。性別上男同士なのだから問題ない!」

「俺さっき襲われかけたけど!?」

 危うくお婿に行けなくなるところだった。

 勇輝は、ぐっと親指を立てる。

「心配するな。その時は私が責任を持って育てる」

「何を!?」

 再び肩まで浴槽に身を沈める勇輝。

 というか、コイツはいつ浴室に侵入して来たんだ? 最初風呂に入った時には確かにいなかったはずだ。

 でも、あれ、おかしいぞ? ティオで来たなら、『ごぉぉぉー! どすぅぅぅんっ!!!』というお決まりの騒音やら振動がするはずだから、俺が敵襲に気付かないはずがない。

「勇輝。お前、どうやってここに来たんだ?」

「うん、私か?」

 勇輝は浴室の斜め上の方を指差し、

「普通に窓から入って来たに決まっている」

「普通に不法侵入だそれは!」

 見れば窓が全開になっており、その先には夜空、ではなく全天を覆う巨大さのロボットの姿があった。

「ティオ……じゃない! ビューティオン!?」

 合体した形態の方だった。

「どうだ、音も着地時の振動もなく、私が浴室に入ったのにも気付かなかったであろう? これがビューティオンの美しき新モードの力だ」

「モードだって?」

 スラッシャーモードとかバスターモードとか、敵に合わせて戦闘スタイルを変える系統のアレだろうか?

 このビューティオン、そんなことまで可能なのか。いい加減どこかの軍事国家に技術を狙われそうな気がしなくもない。

 しかしながら、昔懐かしのロボットアニメを思い出し、不覚にも淡い期待を抱いてしまう。

「推測するに、『ステルスモード』か?」

「いいや、違う」

 勇輝が自慢げに、ない胸を張った。

「名付けて、『マナーモード』だ!」

「携帯電話!?」

 一瞬でも期待した俺が馬鹿みたいじゃん!

 と、長い間湯に浸かっていたせいか身体が火照って来たので、一旦浴槽から出ることにする。

「む? どうしたのだ和哉」

「ああ、いや、身体でも洗おうと思って」

「ほう」

 きらーんと女装子の瞳が怪しく光ったので、釘を刺しておく。

「結構です」

「そうか、では背中ではなく前を流そう」

「何故そうなる!? あ、しまっ――」

 勇輝が洗い場に飛び出し、俺が手を伸ばすより先にスポンジと石鹸を奪い取る。

 ……って窓の外に向かってスポンジを投げた!?

「何やってんだお前!」

「おっといかん、手が滑った。すまない和哉……これは完全に私の過失だ。そこで提案だ!」

 勇輝は石鹸をぶくぶくと泡立て、それをなんと自らの身体に纏い始めたではないか!

「この私自らがスポンジ代わりになろうっ!!!」

 俺は全力で逃走を開始した。

 だが、浴室の出入り口の取っ手を掴んだところで背後から足払いを喰らい、仰向けに転倒する。

「おわぁっ!?」

「遠慮するな、和哉。幼馴染がせっかく洗ってやると言っているのだ。人の好意を無下にするものではない」

 すかさず俺の両足をホールドするように馬乗りになって来る勇輝。

「だったらまず、その荒い鼻息を何とかしろぉー!」

 ひぃぃ、すべすべな白い肌が足に、足にぃぃぃ!!?

「ふふっ、良いではないか。ここは一つ、全部私に任せてみろ。すぐに気持ちよくなれる」

「あっ……ちょっ、どこを触ってんだ! おい、顔が近い! というか勇輝、そこは――」

 その時、ガラッと浴室の出入り口の戸が開く。

 エプロン姿の母さんが、バスタオルを手に抱えて立っていた。

「和哉、バスタオルを用意しとくの忘れてたから、持ってきたわ――」

 俺の上に馬乗りになっている勇輝を見て、目をぱちくりさせる。

 勇輝も母さんの方を向いて、オーシャンブルーの瞳をぱちくり。

 母さんが勇輝に対し、口を開く。

「夜這いですか?」

「夜這いですね」

「ごゆっくり♪」

 母さんは屈託のない笑顔で戸を閉めた。

「いや、止めろよそこは! 母として!」

 叫ぶが、母さんが戻って来ることはない。

 勇輝が両手の指をわきわきとさせる。

「さて、お義母様の正式な許可も降りたことだし、愛の営みを再開するとしよう」

「もはや身体洗う気ゼロじゃねぇか!」

 じたばたともがくが、どう考えても男の持つ怪力で押さえ込まれる。

「さて、まずはどこから愛撫すべきか……和哉、どこがいい?」

「や、止め……あっ!?」

 白い指がそっと俺の首を撫でる。ぞくっとした。

「まずは首筋か……? 鎖骨……? 胸……?」

 上半身を調べるようにしながら、指は少しずつ下の方へ。

「ふふっ、ヘソか……? 脇腹……?」

 勇輝が俺の耳元に唇を近付け、言葉を紡ぐ。

「それとも――」 

 その時、家が揺れた。

「むっ!?」

 顔を離す勇輝。

 た、助かった……。

 しかし何だろうか、この揺れは。二秒おきくらいに振動を繰り返している。

「地震にしては妙な揺れ方だな……」

 勇輝が浴室の窓の外を見つめて、言った。

「これはビューティオンのバイブレーション機能だ」

「完全に携帯のマナーモードだコレ!」

「何か危険が迫っている時に、バイブレーションで知らせてくれるよう設定しておいたのだ。警報が鳴ると、夜だし近所迷惑だろう?」

「いや、この振動でも十分近所迷惑だと思うけどね!?」

 震度二か三くらいはあるんじゃなかろうか。

「とにかく、このタイミングで仕掛けて来る奴は一人しかいない」

 直後に、ごぉぉぉー! どすぅぅぅんっ!!! と騒音と振動。

 勇輝は俺の上から退くと、素早く浴室の窓を閉め、鍵を掛ける。

「これで奴の侵攻ルートは塞い――」

 浴室の出入り口の戸が開け放たれた。

「おーっほっほっほ! 花小路紅蓮、見参ですわ!」

「何ぃ!?」

 現れた花小路さんに、勇輝が驚きの声を上げた。

 花小路さんの普段ツインテールを縛っている紅いリボンが取り払われ、今日は黒髪を下ろしているが、前髪を留めているヘアピンは健在で、浴室の明かりを受けておでこが煌く。脇に抱えるはプラスチックの紅い桶と、その中に入った紅いハンドタオルに、おもちゃの紅いアヒル。

 それはいいのだが……

「白鳥勇輝! 遠坂くんの入浴中を邪魔するなどというナンセンスな横暴、天が許しても、このワタクシが許しませんわ!」

「お前も邪魔する気満々ではないか!」

 勇輝の言う通り、花小路さんもまた素っ裸であった。

 これまたスレンダーなプロポーションは、一部を除いてどうやっても女性にしか見えない。いかん、直視したら鼻血が……!

「し、心外ですわ! ワタクシはただ白鳥さん――元が男とはいえ仮にも女性として行動しているあなたが男の方と一緒に入浴するなんていう不埒な真似を止めに来ただけであって、あわよくば、遠坂くんとその、一緒にお風呂で、温まろうなどという、下心は、こ、これっぽちも、ありませんわ!」

 ちらちらと俺に視線を向ける花小路さん。勇輝の言ったことに怒ったのか、顔を真っ赤にしている。

 勇輝が手を横に振った。

「お前の分かりやすいツンデレなど、どうでもいい!」

「だ、誰がツンデレですの!?」

「どうやってここに入って来たのだ?」

「普通に玄関から入れて貰いましたわ。遠坂くんのお母様に」

「しまった、その手があったか!」

 いや、一番最初に思いつけよ。つーか、何て面倒なことをしてくれるんだ母さん!

 勇輝という火に油を注ぐようなものである。

「というか花小路、お前! この前の停学処分で、一週間の自宅謹慎を言い渡したはずだぞ!」

「失礼ですわね! とっくにあれから一週間過ぎましたわよ!」

「ちっ、もっと長くしとけばよかった……」

「ちょっと! 聞こえてましてよ!」

 ほら、罵り合いが始まった。こうなったら二人の気の済むまで、もう誰にも止められな……いや、待てよ?

 冷静に考えたら、これは浴室から抜け出すチャンスではないだろうか?

 勇輝と花小路さんを見やると、俺のことなどすっかり忘れているように見える。

「まぁ、いい。冷静に聞け、花小路」

 そろりと一歩後退さる。二人は気づいていない。

「何ですの?」

 さらに、二歩、三歩。二人の視線は互いに向けられたまま。

「今回は特別だ」

「特別? 何を言ってますの?」

 よし、行ける。

 音を立てないように後退さって、背中に冷たい、出入り口の戸の感触。

 取っ手に手を伸ば――

「二人で協力しようではないか。和哉の身体をお前にも譲ってやろう」

 はっとなって見ると、勇輝の姿が消えていた。

 そして、いきなり目の前に現れる。取っ手に伸ばしていた手首を掴まれた。

「くっ……気付かれたか!」

「ふふっ、逃すわけあるまい? 和哉」

 金髪女装子の悪魔の微笑み。

「お止めなさい、白鳥さん!」

 そこへ黒髪女装子の凛とした天使の声。

「花小路さん……」

 きっとした表情で、こちらに歩いてくる。そうだ、あの花小路さんが勇輝の口車に乗せられるはずがない。

「遠坂くんが嫌がっているでしょう!」

 と言いながら、花小路さんは俺の前に立ち、俺の頬や胸に指を這わせ始めた……って、うえぇぇぇっ!?

「何やってんの花小路さん!?」

「安心なさって遠坂くん。ワタクシがいるからには白鳥さんに一切手出しはさせませんわ」

「花小路さんが手を出しちゃってるけど!?」

 背後から勇輝に羽交い絞めにされる。

「ほぅ、和哉の背中はしばらく見ぬ間にここまで広くなっていたのだな」

「ゆゆゆ勇輝、胸! 胸が当たってるっ!!!」

「ふふっ、わざと当ててるに決まっているだろう?」

 一方の花小路さんは、

「何をしてるの、白鳥さん! 遠坂くんを離しなさい!」

 と言いつつ、下の方に手を這わせている。

「むしろ花小路さんが何してるの!? ちょっ、どこ触って……」

「あっ、これが遠坂くんの――」

 花小路さんが頬を紅く染めた。


「キャアァァァ――ッ!!!」


 後ろで勇輝が言う。

「だから、それは私の発声すべき台詞だと言うに」

 ……もう、お婿に行けない。




 疲れを癒すために風呂に入ったはずなのに、逆に疲れが溜まってしまったのはどういうことなのか。

「花小路。お前、パンツまで紅なのか……本当に全然美しくないチョイスだな」

「ナンセンスなしましまパンツを穿いてる白鳥さんに言われたくありませんわ!」

「ふっ、何にも分かってないのだな……和哉はしましまパンツが大好きなのだ!」

「何ですって!? くっ……これは早急に紅白のしましまパンツをオーダーしなくては……!」

 二人が浴室の前で着替えながら何やら会話をしているが、今はどうでもいい。

 トランクスにTシャツとズボンを履いて、先に居間に向かうと、嬉々とした母さんが待っていた。

「ねぇ、和哉! どうだったの? 修羅場、修羅場?」

「修羅場って……あのね、相手二人とも男だから!」

「あっ、やっぱり紅蓮ちゃんも女装子なんだ? 可愛いわよね、あの子! 大和撫子って感じで!」

 可愛ければ性別はどうでも良いのだろうか。

 母さんは、ぽんと身体の前で手を合わせて、

「でね、でね! 母さんね、考えたんだけれど」

「何を?」

「ほら、ユウちゃんを和哉のお嫁さんにしようって話あるじゃない?」

「いや、母さんの中だけの話だけどね、それ」

 俺は一度たりとも認めた覚えはない。

 母さんは、ぐっと握り拳を作って、決意したように言った。

「ぶっちゃけ、紅蓮ちゃんもありだと思うの!」

「ねぇよっ!!!」

 駄目だこの母親、早く何とかしないと。

「あら、和哉的にはユウちゃん派?」

「そういう意味じゃない!」

 大きな音がして振り向くと、テレビを見ていた父さんが握り拳をテーブルに叩き付けていた。

「父さんは断じて認めないぞっ!!!」

「父さん……」

 こういう時、やはり頼りになるのは父さんだ。

 さぁ、今度こそ、母さんにはっきりと言ってやってくれ!

「漢なら二人同時攻略だろう!」

「父さん!?」




第一条 一日一時を大切に過ごすべし




 エピローグ。

 翌日の朝食は『おでん』だった。

「……何故に朝からおでん?」

 居間の食卓の真ん中に、随分と大きな鍋がこれ見よがしに置かれている。

 にこっと母さんは笑って、

「いやね和哉、仕様よ、仕様♪」

「何の仕様だよ」

 と、右の席から箸で、湯気を立てた大根を差し出される。

「和哉、あ〜ん」

 昨日、図々しくも我が家に泊まっていきやがった勇輝である。

 母さんを見れば、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。この大根を食おうものなら、母さんにからかわれることは必至。

「ほら、和哉、口を開けろ。あ〜ん」

 勇輝が大根を口元に近付けて来るが、俺はそっぽを向く。

「断固拒否する」

「まぁまぁ、そう言わず」

 唇を真一文字に結ぶ。

 頬の横では大根が口を開くのをじっと待って……いなかった。

 ぴとっ。

「熱ぃぃぃ!? 何やってんだ勇輝、お前は!?」

「まぁまぁ、そう怒らず」

「怒るわ!」

 と、今度は左の席から、箸でちくわぶを差し出される。

 同じく昨日泊まっていった花小路さんである。

「え〜と、その……深い意味は……ないのですけれど」

 細い眉がひくひくと動いている。……よく分からないが、食べろということだろうか。勇輝への対抗意識からかもしれない。

 勇輝ならともかく、花小路さんを邪険にあしらうわけにはいかない。仕方なく口を開ける。

 ところが、ちくわぶはあらぬ方向へ。見れば、花小路さん、顔を真っ赤にして目を固く閉じている!?

「ちょっ、花小路さん、そこはおでこ――」

 ぴとっ。

「熱ぅぅぅあぁぁぁ!?」

 母さんが口元を押さえて、言った。

「ま♪ お熱いのね」

「お熱いよ!」

 こうして、今日もまた女装子との一日が始まる――。




私は大学の文芸サークルに所属しているのですが、そこの冊子に載せた作品です。


読めば分かると思いますが、黒木猫人の好きな物(性癖とも言う)が余すところなく詰め込まれた内容となっています。


ヒャッホイ! やりたい放題ですね。


大学の公認サークルでどこまでエロく出来るかの限界に挑戦した作品でもあります。


女装子+ロボットでどうやれば短編が出来るか試行錯誤した結果がこれです。


『女装子の金持ちにロボット作らせて、主人公を取り合ってバトらせればよくね?』


個人的には今後、ロボット物で、学園を出し、いかにコメディーするかの土台に使えるじゃん! とか思っていたり。


では、ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!

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[一言] 一見ラブコメ風にも関わらず、「女装子」という設定を使って、甘い色恋沙汰の全く無いコメディ風に仕上げているのに感服しました。 文章面では、和哉の「ローザがスパークし、大爆発を起こした。  大…
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