悪夢の始まり
●悪夢の始まり 97話●
保健室
椅子に座っている麻王は、
「よく走ったな、ひかり。」
ベッドの上のひかりは麻王を見ると、
「……やっぱり凄いですね、麻王先輩は…」
「……心海もすごくて私には麻王先輩は遠過ぎる存在だって…。」
麻王は、
「交渉の続きをしようか。」
「交渉ですか?」
「一回アメリカまで付き合ってくれたら交通費、食費、滞在費込みでシンプルに3万。実働は行きの飛行機内での編集作業と俺の話し相手かな。」
「そ、それって曜日は?」
「白桜の土曜日は昼までだろ。ひかりが好きな時でいいよ。」
「勉強教えてもらってもいいですか?」
「いいよ。」
麻王はそう言うとそのまま椅子で眠っている。ひかりはクスッと笑うと、ひかりも眠る。
午後7時
ひかりが目を覚ますと麻王はいない…。
ひかりは麻王が側にいない事に落胆する。
麻王が保健室のドアを開けて入って来る。
「ひかりの制服を持って来たよ。表で待っておくから着替えられるか?」
「あ、あの、麻王先輩…」
「ん?もう少ししたら帰るからな?」
「もうムード台無し。」
ひかりは制服に着替え、麻王と一緒に校門まで行くと麻王は黙ってひかりの制服にトランスパレントイエローのアクセサリーを着ける。
「……こ、これは?」
「ひかりの身を一度だけ守ってくれる御守りだよ。」
麻王があまりにも近くでアクセサリーを着けるので、ひかりは顔を赤くしながら頷く。
ひかりは、
「……これまでどれぐらいの女性と付き合って来たの?」
ひかりの言葉遣いの変化にも麻王は、
「付き合うの定義はなんだ?」
「………あ、あの、き、キスしたり関係を持ったり…かな。」
「なら、ないな。でも好きな人はいるよ。ややこしくなるのは嫌かな…。」
麻王の”好きな人”の一言を聞いてひかりは目の前が暗くなる。
気が付くと麻王がひかりを抱き抱えている。
「今日はよく気を失うな。」
ひかりは涙声で、
「……何で優しくするの?」
無言の麻王の踵から血が流れている事にひかりは初めて気付く。
「な、なんで…ちゃんと話してよ、麻王。」
ひかりにも分からない涙が零れる。麻王はやれやれとポケットから懐中時計を出すと、ひかりにこの振り子を見るように言う。
ひかりが再び目覚めると、
「…麻王は私と…彼女たちをどうしたいの?」
麻王はひかりの言葉に返答せずタクシーを呼び止めてそのまま送らせる。ひかりは落胆して帰る。
次の日にひかりがスポーツ科クラス二年の教室に行くと麻王は欠席している。
翌日
放課後
白桜 陸上部グラウンド
心海を見つけるとひかりは、
「心海!」
立ち止まるとウインドブレーカー姿の心海は、
「麻王兄のこと?学校から直接アメリカに行ったよ。」
「………私を送ってそのまま行ったんだ…」
「ひかりさ、アンタの勝手な恋心を麻王兄に押し付けるのはヤメなよ。」
「……何、それ?」
「急に態度が変わったね、ひかり?」
「だから何よ、それ?」
呆れ気味に心海は、
「麻王兄に助けられる人たちがたくさんいる。アンタぐらいの女なんてどこの学校にも一人はいるじゃん!」
「……何よ、それ?」
「はぁ~頭悪いよね~ひかりって。」
「ハァ?私の方が心海よりずっと賢いですけど?」
心海はひかりとの視線を外すと、
「……麻王兄は限りなく優しい…でも、アンタが勘違いした時に全てが終わるよ。そしてそれはすでに始まっている。」
「…………。」
ボソッと心海は、
「直感と直観が……ううん、麻王兄はなんで助けるんだろ…恩返し?また私のため?」
ひかりは、
「え?何?」
心海は涙が溢れると、
「……きっとそうなんだ。仕方ないもんね、麻王兄?」
意味がわからないひかりは、
「………………。」
涙を拭うと心海は、
「……アンタさ、麻王兄が優しいからってアンタに気があるとか思ってるの?」
「な、なによ、それ?」
クスッと心海は、
「”なによ、それ?”ばっかじゃん。馬鹿は死ななきゃ治らないと思うんだけどね。」
「どういう意味よ、心海!」
ひかりの前に詰めると心海は、
「いい加減にしろ、このクソバカ女。私は麻王兄と違って容赦なく殴るよ!」
後ずさりするひかりは、
「…な、なによ…」
ニコッと心海は、
「アンタは麻王兄に殺される。私の勘がそう言っている。」
「……あ、あ、頭おかしいんじゃないの!?」
一週間後
周とひかりは二人で登校しながら、
「悩んでいるのか、ひかり?」
兄の周が毎日スポーツ科クラスと食堂に麻王を探しに来るひかりを心配して問う。
「お兄ちゃん?…う、うん、何で何も言わずいなくなったのかなって…」
「麻王が信じられないか?」
周の問いにひかりは首を横に振る。
「でも…」
周は、
「今日………えっと今が7時18分、他校の女子生徒が麻王に告白するよ。超可愛い女の子。」
「……何で知っているの?」
周は淡々と、
「昨日も校門でその女の子が待っていたから。今日、その子が麻王に朝7時半に校門を通ると教えてあげた。日課だな。」
他校の制服姿の女子生徒が歩いて来る。
ひかりは、
「え? 麻王先輩から連絡あったの…。来た………ホントに……すごく綺麗な女性…。」
校門から離れて逃げようとする妹を周は止める。
「逃げるな。元々、連日、疲れ切っている麻王を誘って無理なお願いをしたのはお前だろ!」
初めて聞く兄の怒声。
周の言葉にひかりは情けない自分自身を見つめてしまう…。
麻王が自転車に乗ってやって来る。他校の女生徒が話しかけている。
しばらくすると、麻王はそのまま一人で自転車を押して校門に入って来る。
周は自転車を押して駐輪場に行く麻王を迎えると、
「今年に入って311名の美女たちの告白を断る非情な麻王。」
周の言葉に本気で嫌がる麻王は、
「その悪趣味、マジでやめろ。」
「……そんなつもりじゃないんだ、すまん、麻王。」
「ああ、すごいソフト作って来たからな、周。」
一人、麻王は自転車置き場に行ってしまう。
ひかりは、
「………何で…。」
ひかりは校舎の陰から出て来る。
駐輪場前に残った周は、
「そのアクセサリーがどれぐらい貴重か知っているか?愛している証拠だよ。」
周はそれ以上は何も言わず自転車置き場に走って行く。妹に後は自分で考えろと言わんばかりに…。
昼休み
図書室
図書室で本を読んでいる麻王の下にひかりが来る。
「………麻王先輩、この前はごめんなさい。」
麻王は本を置くと、
「世の中、理解できない事もあるしな。そう言えば、心海とケンカしたらしいな?」
「だ、誰が?」
「一応、副会長兼風紀委員だからな。」
「……心海に絡まれて…」
「心海はそんな理不尽なヤツならあれだけの同級生や後輩が心海を慕うか?」
「…そ、それは…」
麻王はシャーペンを回しながらいつもの麻王のままひかりに話す。
「ま、いっか。今日は土曜で学校は昼までだろ?一緒に行くか?」
「うん。」
ひかりは嬉しさで思わず頬が緩む。
麻王は携帯を操作しながら、
「なら、周に伝えておくよ。」
「………あ、あの着替えとかは?」
ひかりは照れながら聞くと麻王は、
「いや、今日はアメリカじゃないよ。」
麻王は本を片付けながら話す。
ひかりにとって本をなおす時の麻王の後ろ姿が愛おしくて仕方ない。一方通行の気持ちの押し付けはもう卒業。ひかりは自身の心に誓う。
周が図書室に走って来る。
「メール見たって、麻王、俺も行くって!」
「麻王先輩と二人で行くんだからお兄ちゃんは邪魔しないで。」
周の胸を叩きなから兄周は、
「この鍛え上げられた肉体にそんなへなちょこパンチは効かないな。さあ、もっと来い!」
「もう!」
「兄妹仲良く微笑ましいけど、ここ図書室な。………ああ、これ、一週間借ります。」
麻王は本を借りるとそのまま行ってしまう。
ひかりは周に、
「……本当に愛している?」
「……弥生先輩にもプレゼント?してたな…」
周はひかりをジッと視ると、
「………な、何、お兄ちゃん?」
「弥生先輩ともアメリカで会ってないって言っていたしな。麻王の考えは今一歩わからないなぁ。」
「………もしかして同情?私たちがボロアパートに住んでいるから?」
「ひかり個人の願いに何キロ走ってくれた?」
「……そうだよね。お兄ちゃんが誰かを庇うなんて信じられなかったけど白桜に来て分かったよ。」
「俺をソフト制作会社LRに誘ってくれたのも麻王だよ。ひかり、麻王はそう言った人間と最もかけ離れた人間だ、信じてついて行け!」
「うん!」




