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涙って尽きないんですよね…

●命の重さとは?  87話●


運転手が側に神子の傍に来ると、

「大丈夫ですか、東さん?…………男惚れするような大胆な人ですが、同時に硝子(がらす)の様に繊細で、純真な人だと思います。何より真実が見えている人は絶対に自分の信念を曲げないですよ。」



「………どうせあんな女性たちに私は勝てない…。」


うずくまったままの神子の涙は止まらない。



運転手は優しく神子を見つめると、

「…………夏葉さんがあれだけ無茶な日程をしたのは貴女が初めてですよ。私は元外科医でしてね。手の痺れから引退しました。荒れすさんでいた私の手術をして下さったのが夏葉さんです。私の治療を多忙な現在もして下さる為、夏葉さんは一時的に私を運転手にされました。もうすぐ夏葉さんの横に立てるのが嬉しくてね。」


運転手は淡々と話す。


「私は頑固な男でね。そんな私を支えてくれた亡き妻には今も感謝しています。男の精一杯の見栄に応えてやるのも女の在り方の1つではないですか?」



神子は運転手の渡したハンカチで涙を拭くと運転手の方を向き名前を尋ねる、


「……あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「飛行機でも同乗していたスタッフの堀田です。恋は盲目ですなあ。」


堀田は笑う。


「………堀田さんは、奥様を愛していらしたのですね。」


「生まれ変わる事ができたら再び愛したい。そう思うほどに心から妻を愛していました。妻は原発巣を超えて複数に遠隔転移していましてね。多量の胸水と腹水が酷く最後は意識障害を起こしていました。」


「………………。」


「私は一度も愛していると妻に言ったことがなかった。失って人はその失った人の価値を知るとはよく言ったものです。でも妻の意識はもうない。元医師の私もそう自身に言い聞かせて諦めていました。」



神子は涙を流しながらじっと聞いている。



「そんな時に妻が入院する病院に夏葉さんが来られましてね。」


堀田は少し涙声で話す。


「……夏葉さんは私に”愛する奥様へのお別れの言葉の準備を”とね。愚かな私はこの研修医であろう若造が何をと思いました。」


「…………。」


「見た事もない医療機器と神業のような処置の速さでした。妻の顔のむくみが目に見えて引いて行くと、妻は意識を戻しましてね。夏葉さんが治療を続けながら妻の耳元でささやくと、妻は夏葉さんの力を借りて私に手を伸ばし……妻は、”ありがとうね、私も貴方を愛していました。”…と言って…その後、逝ってしまいました。」


堀田の目から涙が零れる。


「私はまた何も言えなかった。」と堀田は涙を流す。


「夏葉さんは妻の目を閉じると次は貴方の番ですね。とね。機内のスタッフやここのほとんどのスタッフは夏葉さんに命や人生を助けられた者です。」


一転、堀田は笑顔を見せる。


「涙って尽きないんですよね…」神子はうつむいて涙を流し続けている。


「どうなんでしょうね。安らかに妻を天に送って頂いた夏葉さんには感謝してもし切れません。でも、それでも妻に愛していると伝えたかった…。年を取ると我儘で我儘で。」


堀田は少し儚く笑う。


既に一時間程の時間が経っている。


「もう力も時間もない奥様には私から”ご主人が愛する妻を何とか救って欲しいと言い続けていましてね。奥様も正直な気持ちをお伝えになられたらどうですか?”と耳元でお伝えさせて頂きました。」


麻王が腕を組んで壁にもたれている。



堀田は、

「…………夏葉先生?」


麻王は堀田にその事を伝えると、

「来週の月曜日から堀田先生にも現場に戻ってもらいます。次は貴方の番ですよ。」


少し笑顔でそれだけを言うと麻王は後ろ姿のまま戻って行く。



堀田は深く深く頭を下げ続けている。神子が麻王を追いかけようと堀田の横に行くとアスファルトに涙が零れ落ちている。


立ち止まると神子は、

「…………あの…医師とは一人一人の患者の事を覚えているものなんですか?…すみません、馬鹿な質問をして。」


神子の言葉に堀田は笑うと、

「貴女は我々の世界を目指しているんでしょう、東さん?」


「……は、はい。」


「なら、ご自分の力で確認されてはどうでしょうか?」


「…………私に……無理ですよ。」


「なら、貴女は永遠に夏葉先生の心を理解できませんよ。」


「……厳しいですね?」


「…………気が遠くなるような知識と技術を持てても50%は不可能でしょうね。そこに先生のような優しさがいる………人の心も身体も救える医師がどれほどいるんでしょうね…」


「………堀田先生は?」


「私ですか?ははっ、東さんに一本取られましたね?そう、次は私の番ですからね。」


「…………。」


「夏葉先生のあの哀しい目はあの若さで何を視ているのかがどうしても知りたくてね?先生という麓に数十年後に辿り着ければ視えるかな?寿命がもたないかな?」



「…………堀田先生は楽しそうですね?」



「妻が最後の力でもたらしてくれた奇跡ですから……いつか妻にこの出逢いのお礼と自慢話をしたいな…」


「出逢いは奇跡…………いえ、先生の愛もとても深いです!」


堀田は優しい目で神子を見ると、

「……0.1%は見えたようですね?御父様も心配しています。さ、帰りましょうか?」


「たったの0.1%ですか?」

「されど0ではなく0.1%です。わかりますか?」


「……遠いなぁ…」



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