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言葉とは鏡に映る思考

●言葉とは鏡に映る思考  86話●


帰りの飛行機

麻王は右手を医療スタッフに応急処置をしてもらっている。


処置が終わると何もできなかった神子は、

「まだその傷が完治してなかったのに投げたの?」


「無性に投げたくなる時があるだろ。」


「医学への挑戦だけじゃないよね………私みたいな無名の一女子高生がメジャーのピッチャーマウンドに立てるハズないもんね…交換条件?」


「………病で苦しんでいる人は今もたくさんいる。今は限界もある。そんな時に日本最速の高校球児とメジャーリーガーとの対決って話がな。」


神子はクスッと、

「………麻王は高校球児には見えないね?」


「だろ?」


「あ、変な意味じゃないよ!」


「妹たちや優也が今頃はニューヨークで夕食を食べているよ。無責任に去ったせめてものお詫びかな。」


「………優也君も?それって私も含めて?」


「だよ。」


「……そう言えば一年の時の期末考査最下位なのに追試を受けてないよ。」


「神子が機内で寝ている時に青空に連絡して聞いたよ。」


「………何て?」


「精神不安定な時の神子に追試は無理だったからって………学校に帰ったら神子と優也は本追試だから。ま、優也の場合は過去一年分だけど。患者の様子を診て来るよ。」


「………うん。」


麻王は何事もなかったかのように前の席に歩いて行く。オペが終わった患者の様態をラップトップの画面からと次の患者の資料を見ている。




羽田空港

神子には迎えのリムジンが止まっている。


「………リムジン?」


「お父さんに連絡しておいたよ。そう、神子は車な。俺は電車で帰るよ。」


「…え?」


「俺は文音や美緒から通信してもらった次の患者たちのカルテ、MRIを見ながらだから電車で帰るよ。じゃあ、お疲れ様。」


「待って、麻王!」


神子の言葉を無視するかのように麻王は歩いて行く。


神子は車を止めてもらって麻王を追いかけようとすると運転手から止められる。


70前後の黒スーツ姿の運転手は、

「………長、いえ、夏葉さんから神子さんを安全運転で無事に実家に送るように申し使っています。」


「……じゃあなぜ私を無視するんです?麻王に会いたい!」


運転手は、

「………分かりました。先に、御父様にはご連絡されてください。」


「…はい。」



波止場近くで神子はもう一時間以上リムジンの中で待っている。


運転手はリムジンの携帯電話を取ると、

「ええ、私です………分かりました。では。」


後部座席の神子は、

「………あの…麻王君は?」


「そこの波止場にもうおられますよ。行かれては?」


「……麻王君。はい、失礼します。」


麻王は海を眺めている。



「麻王!」


麻王は振り向きもしない。


「………しつこくして嫌いになった?」


「………ああ、もう顔も見たくないな。青空に頼んで俺は普通科に行くよ。」


麻王は冷たく話し振り返りもしない。


「麻王も辛かったのに…本当にごめんね。」


神子は地面に土下座をしようとすると即座に麻王は神子の脇を持つ。


「………土下座は駄目だ。」


神子は涙声で顔を上げると、

「………何で?」


「人の尊厳の問題だよ。」


麻王は波止場のボラード(杭)に上着を敷いて神子を座らせる。



神子の涙を麻王の母指で優しく拭く。

その麻王の白衣に血が着いている。


「………何で……またオペをしていたの?」


「神子は誰よりも繊細で、でも誰よりも負けず嫌いだろ?行きの飛行機で”他の女性たちに負けるつもりもない”って言ったのを覚えているか?」


麻王の言葉に神子はコクリと頷く。



屈んだまま麻王は、

「……今は何も言えない。自分の目で見て考えろ。それに彼女たちにも神子と同じように心はあるとは考えないのか?」


神子は涙が溢れ、

「………うん、そうだよね。ワガママだよ……誰とも闘わないで麻王の優しさに甘えて好き勝手なことを言って……サイテーだよ…」



麻王は立ち上がり海を見ると、

「海を見ると心が落ち着くんだ。」


「………夜の海は怖いよ。」


「あの世と繋がっているからな。」


「え?」


「例えば俺が神子だけを選んだとして原宿の場面があったらどうすると思う?」


「………浮気の話?そんな話を……珍しいね?………麻王は呆れて帰って行くかな?」


「それは鏡に映している神子自身の思考だよ。」


「………そうだね……麻王は?」


「俺は本人に聞くよ。そしてそれがその人の幸せなら胸が張り裂けそうに辛くても”幸せになれよ”と言うよ。」


「それ、麻王の体験談?」


「どうかな?」


「………麻王は相手の幸せを願えるんだ…。」


「男と女の関係は難しいな…でもどれだけ血を流してもどれだけ誠実に話しても分からないなら本質的に駄目なんじゃないか?」


麻王は腕時計を見ると病院に戻って行く。

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