始球式は神子
●始球式 85話●
朝11時にニューヨークのJ・F・ケネディ空港に着く。
麻王は、
「よく寝たよ。何処に行きたい?」
「手術はいいの?」
「神子が寝ている間に一日分の手術は全て終わらせたよ。」
「邪魔していない?」
「神子がいたから四時間のオペに耐えられたよ。」
麻王はいつもと変わらない笑顔で話すと携帯を取り出してどこかに電話をしている。
「移動の時間だけは寝てもいいかな?」
「もちろんだよ。何処に電話したの?」
「ハーバード大学。神子に見せたいものがあるんだ。」
ヘリコプターで約一時間
麻王は到着するとすぐに目を覚ます。携帯で何処かに連絡するとスーツに着替える。
スーツ姿の麻王は、
「台湾の鍼に興味あっただろ。台湾語はほとんど話せないから神子が通訳してくれるか?」
「初対面の人に?そ、そんなの、緊張して絶対に無理だよ~!」
「経験値が低いから自信を持てない。最初から逃げていては本当の意味での成長はできないよ。」
「……だよね、麻王?」
「だよ。」
麻王は迎えてくれた台湾人の東洋医学のハーバード大学教員たちに神子を紹介すると校内で鍼の技法を見せてもらう。
神子はすぐに打てるようになり笑顔で麻王を見ると麻王は研究室の端で腕を組んで寝ている。
「できた…よ……麻王…」
英語で麻王に話していた先生たちはゆっくりと台湾語で神子に説明する。
神子は様々な治療方法を聞くと同時にメモを取ろうとする。
すると一人の先生がファイルにまとめてあるからと神子に渡す。
三時間後
麻王はまだ腕を組んで寝ている。研究室の時計がピタリ午後12時になると麻王は目を覚まして腕時計を見る。
「さ、次にいこうか?」
「いっぱい教わったよ、麻王君。」
麻王は教員たちと握手をすると“太謝謝你们老師以後也請多多関照。ありがとう先生方、今後ともよろしくお願いします。”
神子は、
「……やっぱり話せるんだ。」
神子の充実した笑顔に麻王は微笑むと神子を連れてヘリコプターに乗る。
右手で操縦桿を持つ麻王は、
「俺も鍼灸本格的に習おうかな。」
麻王の言葉に神子は自分から麻王の手を握る。
「操縦中だけど?」
「赤瀬さんもリサ先生も結衣さんも麻王君といい思いをしたんだったら私はもっといい思いをしたいなぁ。」
「他の女性の名前はダメなんじゃなかったか?」
「……ごめんね。」
バッテリパーク(自由の女神が見えるニューヨークの公園)
大都会にリスもいる綺麗な大公園。
麻王と神子はフェリーで自由の女神に行く。
「麻王君、なぜ私のアクセサリーはひと肌色なの?」
「インペリアルトパーズだよ。神子は11月生まれだからトパーズ。後は宝石にも花言葉のようなものがあるんだ。それが神子らしいから選んだよ。」
神子はスマホで調べると、
「………誠実、友情…堅い私らしいかな…?」
麻王はトパーズの歴史を話し始めると、
「……つまりトパーズは悪いものを遠ざける。治癒力を高める。真実の友人や愛する人を手に入れる意味がある…神子にピッタリだろ?」
麻王のピッタリだろ?の後に神子は麻王を抱きしめる。
麻王は、
「それと最後は…そんなに甘えん坊だったか?」
麻王の胸の中で神子は、
「……愛おしくて…うん、私ってすごく甘えん坊だよ。」
神子と麻王は球場に着く。
球場スタッフに球場内に案内されると麻王は、
「今日のメジャーの試合はナイターでな。始球式は神子だよ。」
「……え?えーッ!!無理無理~絶対に無理~!何もない場所で海に落ちたんだよ~!」
「神子との出逢いか。懐かしいな。」
「……溺れなくても麻王を好きになったよ?」
「ピッチャーマウンドまで一緒に行こうか?」
「うん!」
神子は麻王と一緒にピッチャーマウンドまで行くと大歓声が起こる。
ピッチャーマウンドでガクガクと震え始めると神子は、
「………やっぱり……無…理…だよ…」
「愛枝たちに負けたくないという言葉は偽りか。」
「………負けたくない?………そう絶対に負けたくない…よ。」
「春の選抜前から野球部のグラウンドに来て俺の全身を治療してくれた後に二人でキャッチボールをしていただろ?」
神子は
「…………二人で……えぃ!」と投げると神子のボールはキャッチャーミット前でコロコロと落ちる。
神子の心の中は凍りつく。
呆然とピッチャーマウンドに立つ神子にパチパチパチと観衆から小さな拍手が起こる。
神子にはスラングの多い英語のアナウンスはわからない。でも大歓声と” The Superstar that Japan made…MAO NATSUHA”は判る。
「………あ、ありがとうございます、ありがとうございます!」
麻王はロジンバッグを手の甲でポンポンと弾きながら、
「神子、内野席に戻ってくれるか?後、そのグローブ貸してくれる?」
「…………ありがとうございます、ありがとう、え?」
「これ、日本にも放送されていてな。神子のお父さんも日本で観ているよ。」
「ええぇぇぇ~!」
「さ、早く。」
「はい、失礼しました、失礼しました!」
「…………。」
神子が球場スタッフと内野席に戻って行くとメジャー屈指の四番バッター、リゲロ マルティネスが右バッターボックスに入る。
観客席の大観衆から大歓声が起こる。
麻王は軽いピッチング練習後に誰もいない一塁に牽制球をするとブーイングが起こる。麻王は笑顔で笑っている。
麻王が全身をしならせたオーバースローからの第一球目は、リゲロ マルティネスが空振りする。
電光掲示板は、100マイルをマークしている。
ブーイングから一転、大歓声が起こる。
二球目は、102マイル(164km/h)。
三球目は、107マイル(172km/h)のストリートでリゲロ・マルティネスを三球三振に打ち取る。
107マイルの静寂の後に観客4万人以上が総立ちでスタンディングオベーションで大興奮している。
凡そ過去2万のメジャーのピッチャー達が剛速球を追求してきたものの、現在まである程度の信頼性をもって計測された値で105マイル(168.981km/h)以上を投げた投手は皆無。
ただ、ピッチャーマウンド~ホームベース間(18.44M)が短縮するかor野球そのもののルールが根本的に変らない限り、169~170km/h(105~106マイル)は数学的にいう漸近線、確率統計用語のいわゆる “右の壁”すなわち限界ラインと考えられている。
麻王はそれを今日、容易く超えた。
バッテリーパーク
麻王は自由の女神のあるリバティ島に行くフェリーを見ている。
神子は、
「……スタッフの人が世界記録更新だって。」
遠くを見つめている麻王は、
「そう。」
「……麻王君らしくないね?ううん、らしい?」
「自己顕示欲の話か?」
「……うん、ごめんね。変な感じになって?」
「二律背反だよ。」
「………ドイツ語のアンチテーゼの事?」
「そう、相反する命題の一対を置いたとき、その一つの命題が証明されると同時にその反対の命題も証明される……つまりその一つの命題、スポーツ医学で云われる人の限界を今日超えた。医学への挑戦だよ。そしてただそれだけのことだよ…」
神子は何故か物悲しげな麻王の横顔に涙が溢れ止まらない、
「………何で?あれ?ごめんなさい……私……何で涙が溢れるのかな?…麻王君はいつも驚くぐらい深いね?」
麻王は振り向くと、
「はい、ハンカチ。」
「……ごめんね、私……何でかな?もう突然、いなくなったりしない?」
「努力するよ。」




