春の選抜決勝戦 香明学園 麻王の一番のファン
●春の選抜 決勝戦 76話●
春の選抜、三回戦は二日後。麻王は宿舎の近くの旅館に美緒、心海、文音、愛、棗、神子、結衣と香織を招待している。
白桜高校宿舎
芯は、
「神子、麻王が帰って来たらお前の鍼で治療はできないのか?」
「例えば筋肉の張りや体質なら治療はできますが外傷では私には…。」
神子の落胆した言葉に尋ねた芯が謝る。
青空は、
「法善奈良高校は強力打線だからね。麻王には三回戦から九番に下がってもらってピッチングに専念してもらうよ。」
青空はいつも通り淡々と話す。
1番センター 三明優也
2番ファースト 上杉周
3番サード 牧野芯
4番キャッチャー神薙青空
5番セカンド 橘碧
6番ショート 名古屋駿
7番レフト 井上ハルト
8番ライト 水戸洋
9番ピッチャー 夏葉麻王
午前九時
法善奈良高校vs白桜高校 試合開始
ピッチャーマウンドに上がった麻王は二日前より更に遥かに走っている。球速は航空高校の時と同じMAX148km/hだが強力打線の法善奈良高校のバッターはかすりもしない。
ただ法善奈良高校は150km/hを左サイドスローで投げる平田紬に白桜の右バッターの碧や周。左バッターの優也、芯も苦労する。打線の強い繋がりがなくなった白桜高校は再び四番の青空は敬遠気味のフォアボールで勝負されない。
三塁側白桜ベンチ
既に二打席二三振を喰らっている碧は、
「……左サイドスローってヤバいな…」
同じく二打席二三振を喰らっているハルトは、
「右バッターにはクロスファイアで外から内にエグって来る…プロでも打てねぇって…」
優也は、
「次こそ、オレ様が絶対に打ってやるぜ!」
「………………。」
優也、周、駿が何とかヒットを打つが全く打線は繋がらない。
九回裏
三塁側白桜ベンチ
リサは、
「……まだ白桜高校もノーヒットだよ…」
愛枝は、
「うん、…でも、向こうの平田紬は、麻王も青空君にも勝負して来ないよ…」
バッターボックスに歩いて行く麻王を見る青空は、
「……するよ。」
「えっ…?」
「今日、三連続の麻王への敬遠、一打席勝負なら先発右サイドスローの速水桐にも負けていない。」
青空の言葉に芯は、
「また甲子園で夏も当たることはそうはねぇ。四打席連続フォアボールは平田紬も悔いが残るわな。」
夏葉麻王が右バッターボックスに入る。一回戦からここまで一度もバットを振っていない。一球目、平田紬の高めのストレートは152km/hをマークする。麻王に全くバットを振る気配はない。
白桜ベンチの優也、芯、碧、ハルト、駿は、
「やっぱクソ速えー!!!!」
ネクストサークルの青空は、
「……体感的には160km/h後半に近いな…」
二球目、平田はピッチャープレートの左に一歩寄る。153km/hの内角をエグるようなクロスファイアに麻王のバットはベース上45°でボールを捉えると麻王は下を向いたままゆっくりとベースを歩き出す。法善奈良のレフトが飛び上がるがそのままレフトスタンドにギリギリで入る。
白桜ベンチの愛枝やリサたちが抱き合っている中、
ホームベースで麻王が回ってくるのを待つ青空は、
「……次は上山か…」
決勝は香明学園と明日。
法善寺奈良高校との整列挨拶も力なく麻王がベンチから黙ったまま出て行こうとすると、
芯が麻王の左手をつかむと、
「麻王、今日はダメだ。」
青空が芯の肩をつかむと、
「芯、今日で5000だ。麻王を行かせてやれ。」
「だからその5000って何だよ、青空?」
「麻王を信じないないのか、芯。」
芯は、
「そうじゃねぇけど、宿舎にもいねえじゃねえか…」
麻王はそのまま黙ったまま歩いて行く。
春の選抜 決勝戦
香明学園vs白桜高校
1番センター 三明優也
2番サード 牧野芯
3番ピッチャー 夏葉麻王
4番キャッチャー 神薙青空
5番セカンド 橘碧
6番ファースト 上杉周
7番レフト 井上ハルト
8番ライト 沖田泪
9番ショート 名古屋駿
夏葉麻王は三番に戻る。決して速くはないが打者のタイミングをズラすのが上手い香明学園先発三年生の五十嵐の投球に一番の優也、二番の芯はショートゴロ。
三番の麻王はバットを右肩に置いたまま三球三振。
香明学園は打線も守備も一流。だがここまで白桜は超一流のピッチャーと対戦して来た。
一回表、ピッチャーマウンドの麻王はゆっくりと投球練習をする。
香明学園の一番、二番、三番を緩い変化球で上手く打ち取る。ここまで三試合のバッターの心理とクセを見抜いた青空の心憎いリード。
二回表 香明学園攻撃
四番、上山蒼が右バッターボックスに入ると今大会一番に甲子園球場内が盛り上がる。
甲子園未だノーヒットの麻王と青空に並ぶ最強のスラッガー。昨年の夏と今春の決勝までの計8本塁打。青空や麻王と同じく敬遠がほとんどの中での神山の記録は驚異だ。
右バッターボックスで隙なく構える上山蒼にサードの芯は、
「……麻王や青空と並ぶ逸材って呼ばれているのも満更でもないな…」
ひしひしとセカンドの碧にまで上山の気が伝わって来ると碧は、
「……コイツ、集中力ヤベーな…」
麻王の一球目、128km/hの内角低目のスプリットに上山蒼のバットが空を切る。
芯、碧、ショートの駿は、
「へ?」
甲子園の電光掲示板を見る周は、
「……128km/h?……たったの…?」
二球目は内角高目ボール半個外の同じくストレート。
三球目はど真ん中に148km/hのストレートで上山蒼を三球三振に取る。
三塁側白桜ベンチの愛枝は、
「……あんな球で三振…?」
四回裏
優也も芯も計16球とよく粘るが三振に終わる。麻王は深くヘルメットを被ると右バッターボックスに入る。
一球目のストレートの後の二球目のキレのいいカーブを難なくバックスクリーンに運ぶ。続く青空は敬遠。碧は打ち取られる。
五回表 香明学園攻撃
先頭バッターの四番上山蒼が右バッターボックスに入る。
麻王が投じる一球目、ど真ん中131km/hのフォークを完全に体制を崩されながらも何とか上山はバットに当てるとセカンドフライになる。
キャッチーの青空は、
「碧!」
セカンドの碧はフライをグローブから弾くと周、芯、駿は、
「ヒェェェッー!!!!ノーヒットノーランがー!!!!」
碧はライトまで追いかけて行く間に俊足の上山は楽々とツーベース。
電光掲示板にはEが表示される。
続く香明五番が送りバントで上山は三塁。打てないと思う香明六番は続けてバントをする。三塁ベース上の上山は既に大きくリードを取っていたが野球経験も少なく未だ甲子園ノーヒットの緊張から芯は上山のリードが二歩大きい事に全く気付かない。
香明六番のサード寄りのバントに上山蒼がホームスチールするとサードの芯は固まってしまう。
ピッチャーの麻王がスライディングキャッチし、冷静に一塁に送球するとスリーアウトチェンジ。
ホームスチールした上山蒼は、
「……ツーアウトしかも左ピッチャーなのにサードの俺のリードがわかったのか…」
白桜ベンチに戻る芯は、
「す、すまん、麻王…」
芯の背中を軽く叩くと麻王は、
「しょせんは球遊びだよ。」
周は、
「俺は碧のポロりにビビったよ~!」
駿は、
「それな!麻王のノーヒットノーランが途絶えた~!ってよ。」
碧は、
「すまん、麻王…でもよ、あんな遅い投球って調子悪いのか…麻王…?」
「その方が夢があるだろ?」
芯、周、駿は、
「……夢…?」
香明0vs白桜1の七回の裏、王者香明学園は、自身が航空高校に負けた時と同じく、三番、夏葉麻王と四番、神薙青空を完全敬遠で八回の表の上山蒼に勝負を掛ける。
八回表 香明学園攻撃
八回の表、再び先頭バッターとして右バッターボックスに入った上山蒼は本日、三打席目。
麻王が投じる一球目、内角低目136km/hのシュートを強引に振りぬくとボールはレフトスタンドに高く飛んで行く。
打球の速さに一歩も動けないレフトのハルトは、
「…………キレた…ホッ…」
間を置かずに麻王は二球目も全く同じコース、同じ球種を投げる。
ショートの駿は、
「ムリィィィィィィー!!!!」
今度は上山蒼のバットは空を切る。
駿は、
「…へ?」
三球目、深いタメからムチのようにしなる167km/hのストレートど真ん中に上山はバットも振れずに三振になる。
振り返り電光掲示板を見るファーストの周は、
「……167km/hかよ…」
スマホでテレビ中継も観ているリサは、
「……奇麗など真ん中だ…」
香明学園ベンチも、
「……16…7km/h……?」
青空が握る硬球に血が付いている、
「……縫合したところが切れたか…」
香明0vs白桜1のまま迎えた九回表
香明学園最後の攻撃は左バッターボックスに入る七番市橋から。
三球目のカーブを引っ掛けてしまった香明市橋はファーストに全力で走る。芯が「OK!」と片手キャッチに行こうとするとボールはそのままレフトに転がって行く。
ピッチャーマウンドの麻王は息を切らし、汗を拭っている。
麻王は後ろを向きロジンバッグをポンポンと叩く。
サードにいる芯とショートの駿も七回裏の投球から麻王の右手から血が滲んでいる事に気付いていた。
でも麻王は絶対にマウンドを降りないと分かっている。
だから止めなかった。
でも今は長袖の下から血が流れている。
麻王は左手でボールを被り直すと、深いタメから竹がしなるようなテイクバック時に右手から血が吹く。
抜けた134km/hのフォークがど真ん中に来る。
チェンジアップ気味のフォークに香明八番黒田のバットのヘッド近くに何とかボールが当たるとショートフライになる。
ショートの駿が手を挙げてボールを取る瞬間、セカンドの碧から「優也、止まれ!!!」と怒声が聞こえる。
駿がその声に反応してしゃがむと、直ぐ後ろにいた優也は後ろにボールを転がす。
市橋は既にセカンドを回っている。
レフトのハルトがボールを取ってバックホームに返球するが市橋は既にホームイン。
九回表
香明1vs白桜1
茫然自失している駿と優也の下に右手を押さえたままの麻王が来る。
麻王は、
「大丈夫か、駿、優也?慣れないフォークはダメだな…」
麻王はこの三試合の中で初めて笑う。
麻王の笑顔に駿は涙を抑えきれなくなる、
「……麻王、すまん……何て言ったら…」
「努力が常に結果に繋がる訳じゃない…だろ?」
落ち込む駿と優也の肩を両手でつかむと黙ったまま頷く麻王。優也の肩に血が付いている…それを見た二人の目から涙が溢れ零れ落ちる。
右腕から血が滴り落ちる麻王に主審が走って来る。
左手を上げると麻王は、
「ああ、大丈夫です。」
三塁塁審も走って来ると主審は、
「君の熱闘に黙っていたがもう無理はさせられないよ、夏葉君。」
麻王の下に来ると青空は、
「……無理をさせて済まない、麻王。」
笑顔の麻王は、
「競る勝負こそ面白いと思って一緒に白桜に来たんだろ?」
「………ああ。」
「……済まないが後は頼むよ、青空。」
白桜ベンチ
愛枝は、
「私が行く!」
リサは、
「愛枝さんは白桜野球部の部長でしょう。最後まで見届けて!香明に勝てば白桜高校が甲子園優勝なんだよ。」
「私は…うん、…」
麻王はそのままマウンドを降り救急車で運ばれて行く。
周がキャッチャーに入り、ピッチャーマウンドに青空が立つ。青空は九回の表の9番、1番、2番を見事三者三振に取る。
延長十回表にピッチャーマウンドの青空が上山に執念の右流し打ちからのタイムリーを打たれると三番北原がホームにスライディングする。
香明2vs白桜1
延長十回裏
当然のように青空は敬遠され、五番碧、六番周、七番ハルトのバットは虚しく空を切る。
先頭の青空は敬遠され三盗までしたが後続は三者三振に取られた。
香明2vs白桜1、ゲームセット白桜決勝敗退。
白桜ベンチ
芯は、
「……俺が片手でキャッチに行ってしまった……すまん…」
碧は、
「俺たちは負けてねぇぞ、芯!……どいつもこいつも麻王と青空に敬遠ばっか噛ましやがって!!!!!……昨年の夏から麻王や青空は一度も逃げてねぇぞ、クソが!!!!!!」
涙が溢れ、怒りの収まらない碧はベンチを蹴る。
ハルトは、
「……外野の俺には麻王の右手はわからなかったが、一旦、麻王をポジションチェンジするべきじゃなかったのか、青空…」
「……………………。」
青空はチームメイト全員に頭を下げた後、
「僕は夏葉麻王の一番のファンだからね。」
笑顔で話す青空のその言葉に全員の涙が溢れる。
周は駿と優也の肩を握ると、
「麻王は最後まで笑っていただろ?麻王は逃げたか?勝負する意味を俺たちに教えてくれただろ? 俺は麻王の投球に見惚れていたぜ!」
周の言葉に見惚れてどうするんだと全員が涙を溢れさせて笑う。
1対2で春の選抜の決勝は終わった。
宿舎近くの鳴尾浜
白桜夏服姿の芯は、
「青空、結局、5000ってなんだっんだ?」
海を見る青空は後ろ姿のまま、
「………関西で病に苦しんでいる人は何処に行く?」
優也は、
「そりゃ大阪とか京都の大学病院だろ?」
「そう言った大学病院でも治療できない人は東京の神薙総合病院まで来れるかな?」
ハルトは、
「………麻王か?」
周は、
「……俺、優也、駿、芯、碧、ハルトだけをここに呼んだ理由か?」
「トップシークレットの国家機密だからね。今はお前たちでもこれ以上は話せないな。」
碧は、
「………分かっているよ。それに俺たちが不甲斐なさ過ぎるから今日の試合も負けた…」
優也は、
「いやいや、おぼろ気になんとなく分かるけどよ~。九州や四国の人はどうなるんだよ~?」
後ろ姿のまま青空はクスッと、
「麻王は、回っていたよ。それにしても優也が朧気なんて言葉を遣うとはね?」
芯は、
「麻王はそうとしても青空はそれだけじゃあないだろう?」
「それは神薙総合財閥の秘密だよ。」
碧は、
「……俺と駿を助けてくれたのは麻王だろ?」
駿は、
「……やっぱりそうなのか…」
振り返ると青空は、
「なぜ、そう思ったんだ?」
碧は、
「アメリカにまで麻王を追いかけて行った妹の結衣がオーストラリアから帰って来たからかな?」
ハルトは、
「それに何の関係があるんだ、碧?」
「い、いや、まぁ…アメリカもオーストラリアも外科はすごいしよ~!」
青空は、
「何故、アメリカの外科手術が進んでいるかわかるか、碧?」
「……いや、まったく…」
「アメリカが最も戦争経験の多い国だからだよ。だからアメリカは理学療法学も進んでいる。そして麻王はそんな国に力を求められた。」
駿は、
「……まぁ…俺たちじゃあ聞いてもわからないよな…」
青空は、
「麻王は別に隠し事はしてないよ。」
優也は、
「だったらなんで…」
「おまえたちに話す時間があれば、今にも消えようとしている多くの命がより救える。おまえたちが考えるより世の中にはそれだけ苦しんでいる人がいるということだよ。」
「…………………。」




