東堂、倫也、大林登場
●神速とは 70話●
麻王、美緒、心海のマンションで文音が心海と話している。
美緒がニコニコしながら、
「あの~、文音さん、底辺から這い上がるんじゃなかった?」
文音は、
「うん、でも麻王が体育館で家に来いって言ってくれたよね?」
心海は、
「美緒姉は何も出来ないでしょ?いつも愚図るしか能ないじゃん!」
「できるわよ!心海が脳筋のせいで私まで安藤先生に怒られるんだよ?」
続けて心海は、
「最低年収1500万以上の男からとか言っている行き遅れ安藤ババアが何だって!美緒姉の未来があのBBAだよ!」
ため息交じりに麻王は、
「美緒、心海、ケンカするな。文音、身元保証人は龍一郎さんでいいのか?」
文音は、
「……いないよ…認知されてないし。」
文音の言葉に美緒はうつむく。
「……そうなんだ…。」
気まずい空気が流れると心海は、
「……ま、麻王兄、私にも仕事させてよ!」
「お前はまだ中学生だからダメ。心海には夢はないのか?」
「うーん、短距離の世界記録かな?麻王兄、ストッキング姿好きだからOLかな?」
「俺は変態か?そこに清潔感があると付け加えておいてくれ。ま、大人になったらな。身元保証人は樹さんには頼みにくいしな…。」
気まずい空気に心海は続けて、
「樹パパの奥さんが製薬会社の入社落ちて落ち込んでいたよ、ね、麻王兄?」
麻王は、
「そう言えば兄さんと同じ元先生なのにあがり症と言っていたな…まあ、製薬にあがり症は関係ないしな。文音ついて来い。」
「…うん。」
文音はトボトボと麻王について行く。
「美緒姉!気まずいこと山の如しだよ!」
「……ごめんなさい。」
隣のマンションの樹が扉を開くと、
「…おお、麻王か。」
「お取込み中でしたか?」
「いや、ちょうど妻の相談に麻王のところに行こうとな。彼女は?」
「……初めまして、一条文音です。」
うつ向いたままの文音の姿に樹は、
「……訳ありか、麻王?」
「ですね。それと静香さんの製薬会社の話もね。」
「ちょうどその事でな。入れよ、文音も麻王も。」
10分後
樹は、
「……へー、その子があの睦月家のね。で、俺に身元保証人になれと?」
樹にすべてを見透かされている麻王は、
「……はぁ、兄さんには本当になんて言ったらいいのか…すみません…」
樹は、
「気に食わないな。」
樹の妻の静香は、
「あなた!麻王君は私の仕事を持って来てくれたのに!四天製薬だよ!」
麻王は、
「不躾ですが静香さんは本当にあがり症なんですか?」
「私?………あの圧迫面接って苦手で…」
樹は、
「話を逸らすなって、麻王。つまりは、交換条件を持って来たのか?」
頭を掻きながら麻王は、
「……いえ、そう言う訳ではありませんよ。」
樹は麻王と肩身の狭そうな文音を見ると、
「……いいよ。文音の身元保証人になってやるよ。」
麻王は、
「本当にすみません。」
「何度も謝るなって!俺や静香も麻王や美緒、心海を妹の様に思っている。麻王、もっと甘えろよ~。そんな少年時代でいいのか?アメリカも俺にしか言わずに行くしよ~!心配なんだよな~!」
おいおいと泣く樹に麻王は、
「……兄さん…」
「もう~すぐに泣くわね。麻王君、その交換条件呑んだよ、グッジョブ!」
「……静香姉さん。」
静香は、
「そっか~!ヤクザの女もこうして姉さん、姉さんと呼ばれて気分よくなるんだ~!」
麻王は、
「……本当にあがり症なんですか?」
静香は、
「おじさんの“あがれよ~!”っていうあの悪意?結婚式のスピーチももうフリートークかましてたし麻王君ってあがらないよね?」
麻王は、
「ハハ…まぁ…」
樹は、
「麻王は数十パターンの会話を常時、頭の中に控えているからな。」
文音は、
「樹さん、静香さん、ありがとうございます!」
樹は文音の前に来て座ると、
「文音、いつかお前にも夫と子供ができる。その時に”あれ?私は何であんなつまらないことに悩んでいたんだろう?”って思い出す時がな。その日の為にだけ今を頑張れ。」
「はい!」
「ヤリ~!また私を姉さんと呼んでくれる妹分が増えた~!ヤリ~!」
文音は、
「……妹分。」
玄関ドア
樹と静香は、
「じゃあ、またな、文音、麻王!」
文音は、
「はい!」
「面接には遅刻されないで下さいね。行くぞ、文音。」
隣のマンションに歩く文音は、
「うん!麻王にも頭が上がらない人がいるなんてびっくりした~!」
「兄さんがいてくれたから俺は妹をおいてアメリカに行けた。……いつか兄さんにも子ができる。その子の為なら俺は死ねるよ。」
麻王の切ない表情に涙が出てくる文音は、
「……麻王…もう、16歳で何言ってんのよ!」
「だな。今日から四人家族だ。」
「……本当にいいの?」
「美緒も心海も血は繋がってないよ。それに本当の家族を知らない俺には新しい家族が増えることは何よりも嬉しいよ。」
「……麻王。」
「役割分担を決めるか。」
「うん!」
美緒と文音には専属秘書。それと美緒と文音には心海の家庭教師も兼ねてもらう上での毎月56万円ずつ支給。
美緒、文音、心海には交代で料理や掃除もしてもらう。
麻王より二倍給料が多い美緒と文音…週110時間以上働いている麻王はガックリする。
翌日
白桜 食堂
周とご飯を食べている麻王の下に芯と碧が相談に来る。
麻王は、
「剣道部の部員は後二人だろ? 俺が仮入部で一人入るから残り一人は自分たちで探せよ。試合はでないからな。あくまでも仮入部だからな。」
その条件でOK、OKと碧と芯は久保先輩を連れて行く。
周は、
「……大丈夫か、麻王?」
「何がだ?」
「芯と碧は男より漢に誇りを持つ脳筋だぞ?」
「周は頭脳はだからな。」
「…………。」
「どうした?」
「麻王って否定しないよな?」
「そう言う人しか自身の周りに選んでないからだよ。」
「そうかなぁ?」
放課後
一年スポーツ科クラス
碧が走って来る。
「麻王~! 警視庁と大阪府警から大林さんと倫也さん、東堂さんが来ているんだよ!」
「誰それ? 俺、バスケの練習を済ませたら愛枝と橘さんと名古屋さんの三人にゴルフの指導をしないといけないんだけど…。その後、アメリカだしな。」
麻王は、剣道場に無理矢理連れて行かれる。碧の父親の橘と名古屋もいる。
白桜高校 剣道部道場
剣道着姿の橘は、
「お疲れ様、麻王君。怪我も回復したようだね?」
麻王は、
「…どうされました?」
碧は、
「これ、麻王の新しい剣道具だからな。竹刀は範士レベルの人が好む古刀型(竹の身が細く、またスラッっと真直ぐな竹刀。通常の竹刀よりも重みがある。)な。」
麻王は、
「え、俺は同好会にならないための仮部員だろ?」
麻王の言葉にも無言で着替えている碧と芯は、
「………………。」
「何で返事しないんだ?」
15分後
剣道着に着替えた芯と碧は、
「これ勝ち抜き戦だからな、全国1、2、3位の東堂さん、倫也さん、大林さんと芯や俺も対戦したいから麻王が大将な。」
碧も芯も興奮しながら話す。
白桜ブレザー姿の麻王は、
「いや、俺、ルール知らないし四人は駄目だろ、芯?」
碧と芯は竹刀で互いに打ち合うと、
「……面めん…めめん!めめん!」
「何でさっきから無視するんだ?」
試合は二分で二本勝負。井上ハルト以外は突き有り。極めて実践に即して行う。つまり一本でも綺麗に決まれば勝ち。審判は交代で。白桜高校の生徒たちも激しい雄叫びに剣道場に集まって来る。
【警視庁+府警チーム】
先鋒 橘
次鋒 名古屋
中堅 大林
副将 倫也
大将 東堂
【白桜高校】
先鋒 井上
次鋒 牧野
中堅 橘
副将 夏葉
大将 夏葉
渋々、剣道着に着替えてた麻王は、
「え、ルール知らない俺が副将、大将兼任はダメだろ? …何故、さっきから会話しないんだ?」
麻王がそう言っている間に橘父と井上ハルトの勝負は一瞬でつく。
戻って来るハルトは、
「……剣道の速さはヤベーよ。碧のオヤジには軽く流されたしな。」
正座をしている中堅の碧は、
「オヤジたちは強い。が、芯も強え!芯、持久戦だ!」
次鋒の芯が立ち上がると、
「おうよ!」
ハルトは、
「……暑苦しいな…」
続いての橘父と芯の激しい鍔迫り合いから橘父の強さがよく判る。つまり次鋒の名古屋はもっと強い可能性が高い…。
一本取られたが芯は辛うじて持ち直すとその後に二本連続を取って先鋒の橘に勝つ。
バスケ部と野球部でも青空や麻王の次にスタミナのある芯の息が既に荒い。
続いての名古屋には芯は粘り強く戦うが名古屋から華麗な一本を決められ負ける。
中堅の碧は全日本社会人個人男子の部九位だがその碧と名古屋は好勝負をする。すり上げ面で一本、面返し胴を返されてイーブン。
芯との対戦で体力を削られた名古屋に対して、出小手で碧の二本勝ち。
中堅の全日本個人三位の大林が強者の佇まいで出て来る。
大林には一瞬の出頭面で綺麗に一本。開始一秒以内の一瞬で勝負が着き碧の負け。
観戦している白桜の生徒には速過ぎて見えないがその凄さは伝わる。
いつの間にか剣道場には200人以上の白桜生徒たちが集まって来ている。
麻王は、
「これが目的か…ま、部員集めに協力してやるか…。」
麻王はボードの副将を消すと、
「碧、面をくれ…臭くないやつな。」
「おうよ、麻王!甲羅干しのがあるぜ!やる気になってくれたのか!?」
剣道場の出入口まで白桜高校生徒たちが集まっている様子に麻王は、
「……200人ぐらいかな。これだけいたら四、五人は入るだろうな。」
碧に面をはめてくれと言って正座をする。
碧は、
「麻王、大林さんは全国三位だけどよ…」
「日本三位だろ?」
芯は、
「わかるのか、麻王?」
「ああ、ところで竹刀二本はダメなのか?」
ハルトは、
「……おいおい、麻王は両利きだが二刀流って剣道でアリなのか?」
剣道着姿の橘が歩いて来ると、
「いいよ。二刀が防御に有利な為に過去に団体戦に於ける引き分け狙いの戦術での二刀が横行し、高校以下は禁止になったワケだが麻王君が逃げるとは思えないしね。」
碧と芯は、
「……お、おい、麻王?」
クスッと麻王は、
「もう観客席はいっぱいですしね。逃げるに気満々ですよ。」
芯、碧、ハルトは、
「えぇぇぇぇぇ~やっぱりやる気なかった~!」
「大林さんでした?全日本三位ってことは世界三位ってことですか?」
橘の横に大林が歩いて来ると、
「そうだよ、僕より強い者はこの世に倫理さんと東堂さんしかいないよ、白桜高校のおぼっちゃまくん。」
芯、碧、ハルトは、
「煽り合いキタ~!」
麻王は、
「なら、崩せますか?」
ニコッと大林は、
「余裕しょ!」
中堅大林vs大将夏葉
麻王は二本竹刀を持って開始線に立つ。
麻王は無形の位で竹刀を右手に持ったまま構えない。
大林はかなり警戒しているが凄まじい速さの飛び込み面を麻王が右手の竹刀でブロックする前に大林の右太ももに凄まじい衝撃が走って大林は倒れる。
麻王は持ち替えた左手の竹刀を血振りする動作をすると、
「右胴も右大腿もガラ空きでしたが殺さないなら大腿外側部ですよね。」
何が起こったか分からない大林は蹲ったまま右太ももを押さえながら、
「……ク、クソッ…何が起こった…?」
麻王の言葉に橘や名古屋は腹を抱えて笑うが碧も芯も顔面蒼白。
審判の名古屋は、
「まあ、どちらにせよ、大林の面は止められていたし、右胴に楽に入っていたから一本だね。」
そう言うと名古屋は旗を上げる。
倫也と東堂は大林に対して明らかに本気を出していない麻王を睨み付ける。
碧は、
「麻王~!剣道は、面、小手、胴、突きの四種類しかないんだよ~!」
「じゃあ竹刀一本で十分だな。」
麻王の言葉に黙って大阪府警の副将小太りの倫也が目を閉じながら歩いて来る。
倫也は、
「そこの気取ってあっさりと完敗する長髪とは違うで、夏葉何某。」
「倫也さんでした?神速を見たことはありますか?」
「見せたことはあるで。」
「つまり、倫也さんの剣が神速と?」
「頭の回転はいいようやな。せや、ワシが最速や!」
「その汚い言葉遣いは浪花ですか?」
「誰が汚いじゃ!河内じゃ、ボケ!」
ハルトは、
「……麻王も詳しいな…」
副将倫也vs大将夏葉
開始と同時に麻王と倫也は激しい鍔競り合いから凄まじい打ち合いをする。倫也の神業のような速さの引き胴から面を、
麻王は楽に止める。
倫也は、
『……この若僧、試合中に技を盗んでいるな…。』。
麻王は構えないまま前後左右に少し変わった動きをする。倫也は麻王の素早いすり足と鉄壁の防御で攪乱させる気か?と考える。
二分を使う事を嫌った倫也は合わして来るだけの麻王に倫也一番の得意技の擦り上げ面のタイミングを狙う。
昨年、碧が全国大会で強烈な面を喰らい倒れるまで全く分からなかった正しく神速の面。
『今や!!!!!!』
麻王は素早く避け右側方に転がると片膝で既に正眼に構えている。
麻王は、
「凄い凄い。この世界に来て戦った中で一番速いかも。」
そう言う麻王はもう一度擦り上げ面を明らかに要求している。
「舐めんなや、小僧!!!!!!!!」
麻王の竹刀を擦り上げたと思った瞬間、倫也の胴が”バンッ!!!!”と鳴る。倫也にはしばらく何が起こったのか分からない。
麻王に”一本!”の旗が上がる。
麻王は、
「竹刀を擦り上げた感触がなかったでしょう?」
右肩が下がったままの倫也は、
「ハァハァハァ……」
そう言うと麻王は頭を下げ蹲踞をするとそのまま下がって行き礼をする。倫也の呼吸の乱れに対して麻王は少しも乱れていない。
自陣で正座している大林は、
「……こう…感触がないと言うか…倫也さんにしては軽かったですね?」
戻って来ると倫也は、
「見えへん剣には勝てへん、悔しいけど完敗やわ。」
倫也は清々しい顔をする。
面を取ると麻王は、
「東堂さん、仕事の時間なので。次があれば面はなしでお願いします。」
麻王はニコリと橘と名古屋に、
「愛枝も結衣も香織も待っていますから行きますよ。では、お先に失礼します。」
会釈をするとそのまま服を持って剣道場を後にしようとする。
碧と芯は、
「麻王~!まだ勝負残っているって~!」
剣道場出入口で振り返ると麻王は、
「いや、もう終わっているよ。」
そう言うと道着のまま道場を出て行く。
芯と碧は、
「…どういう意味だよ…」
正座をした東堂は汗を滴らせながら、
「……凄い…竹刀の残像を初めて見た…正しく神速だな、彼は…。」
「東堂の加勢も軽く流されたわ。橘、名古屋、両警視長が欲しがる訳やな。」
大林は、
「ちょうど、おじさんたちと殉職はどうかなと思っていたんですよ。」
橘は、
「……僕はね、反社会的勢力が彼にどうやって黒星をつけるのかが見たいんだよ。」
名古屋は、
「またそんなこと言って~!」
再び立ち上がると倫也は、
「よっしゃー!橘のバカ息子の碧、牧野先生のアホ面息子の芯、せっかく、大阪から来たんや。今日は悔しいし、とことん付き合ったる。今年の大会は掠る事もでけへんで。」
ハルトは、
「……ガラ悪いなぁ…」
碧は、
「倫也さんは帰宅途中にヤー公20人に車を襲撃されて全員の腕を斬り落として返り討ちにしたホンモノだぞ、ハルト。」
「イヤイヤ、その超怖い武勇伝は何?」
大林は、
「しかし東堂さんの神速と彼の神速はどっちが速いんでしょうね。」
大林は興味津々に聞く。
「俺もいれろや、大林!俺もまだまだ強くなるで。」
「倫也課長はもうすぐ定年退職でしょう。」
「阿保か。後、五年あるわ。名前、何やった?」
「夏葉麻王君ですよ。」
大林が言うと、
東堂は、
「あのテロ犯を捕まえた?倫也さん、彼が府警に来たらすぐに倫也さんの上司になりますよ。」
「何歳やねん、大林?」
「芯や碧とタメですよ。16でしょう?」
東堂は、
「……16であの二刀流の受け流しか……宮本武蔵の生まれ変わり?」
大林は、
「倫也さんを誘っている時以外は全く見えませんでしたが受け流しが常に次の反撃の起点になっていますね?」
東堂は、
「俺にはあえてそう見せているように見えたけど?」
「16やぞ?俺なんかマスばっかりかいてたで?」
ため息交じりに東堂と大林は、
「ハァ、もう倫也さん~!高校生の前でそう言う話は本当にヤメましょうよ~!」




