睦月弥生と深森千佳に優しさを
●睦月弥生と深森千佳に優しさを 67話●
奥座敷隣の居間
気絶している弥生と千佳は隣の居間で眠っている。
龍一郎は、
「………話せますか?」
麻王は濡れタオルで口を拭くと、
「……ええ、喉に溜まった血が凝固し始めて。もう大丈夫ですよ。」
正三は、
「……義父のボディーガード主任の伊達だけは本当に腕が砕け千切られていましたね?」
居間から麻王は源八郎が連行され、去っていく数十台のパトカーを見ている。
「ヤツ単独だけで過去108名を殺していますからね。」
龍一郎は、
「……判るんですね。何故、正三と私を?」
「龍一郎さんと正三さんは地獄を信じますか?」
龍一郎と正三は、
「……あるんですね?」
「貴方たちを救った理由は二つ。」
「…………。」
「これだけの大事件になりその真実を知り、貴方たちも罪に問われれば頼れる者のいない娘の弥生と千佳は自殺します。」
正三は、
「………ですよね………覚悟はあります。もう1つは?」
「地獄にはからくりがあります。」
龍一郎と正三は、
「………からくりですか?」
麻王は振り返り正三と龍一郎を見ると、
「新睦月財閥と新深森財閥で精一杯生きてみたらどうです?」
「…えっ…」
「神薙総合財閥は後数年で間違いなく世界一のコングロマリットになります。神薙総合財閥の枝と言っても以前の睦月財閥や深森財閥とは桁が違います。」
龍一郎は、
「でも、支店の部長からは辛いですね。」
正三は、
「龍一郎、失礼だろう!」
「いいですよ。龍一郎さん、神薙総合財閥の幹部になると1万人単位の各関連企業の部下たちに指示を出さなければなりません。」
龍一郎は、
「……1万人も…」
「二人ともまだお若い。私の相談役という形で本社に来られてください。」
正三は、
「……もしかして顔見せですか?」
「ですね。いずれはお二人に本部長の席を用意します。勿論、人望と実績を積まれてください。」
龍一郎は、
「……人望…ですか…」
「ええ、もう、昭和の”部下を潰してどれだけ”という時代は終わりました。それにSNSもある。」
正三は、
「部下に裏切られたら何をされるかわかりませんもんね。」
「おっしゃる通り。それに人を活かした方が作業効率もいい。この期間をお二人のアップグレード時間と捉えてもらって結構です。」
龍一郎と正三は、
「……あの…お聞きしにくいのですが…娘たちは…?」
「今日の夕方には大々的なニュースになります、もう白桜には戻れないでしょうね。」
正三は、
「…ですがこの時期に海外は…」
「ええ、弥生も千佳もこの件で深く傷つくでしょう……そうならない為にハーバードへの手続きはすでに完了していますよ。いつか時が経ち笑顔を取り戻した娘たちに逢いたいと思いませんか?」
「……ですね。その時まで新睦月財閥を盛り上げて生きますよ!な、正三?」
正三は、
「………夏葉さん、いえいえ、副社長は一体何者ですか?」
顔を腫らした麻王は笑顔で、
「さあ、何者でしょう?神薙財閥のナンバーツーとして貴方たちが這い上がって来るのを待っていますよ。」
「……期待して頂いて申し訳ないんですが、私はもうクリーンにしか闘う気はありませんよ?出世するかどうか…」
龍一郎は、
「正三、おまえ、何もかも知っていたよな?」
麻王は、
「睦月部長、罪悪感に苛まれる深森社長に産業スパイをするように指示したのは私ですよ?」
「……副社長も悪ですね?」
「ヤメろ、龍一郎!結局、睦月財閥と深森財閥も残っただろうが!それに俺たちは殺人犯だ!」
麻王は、
「もう一つ、貴方たちを降格させた理由は、神薙青空を納得させる為と腐敗しきった睦月財閥と深森財閥の幹部を平にさせ自主退職に持って行く為ですよ。」
正三は、
「そういう事だ、龍一郎。幹部以外の有能な者は神薙総合財閥から全員退職金をもらって神薙総合財閥の関連企業に逃げたよ。それに落ち目の睦月家と深森家からみんな出て行く!俺たちはもう家族しかいないんだよ!いい加減に自覚しろ!」
龍一郎は、
「……わかってるよ…」
麻王は遠くにいる名古屋に手を振って呼ぶと、
「お二人はこれから事情聴取があります。」
正三と龍一郎は、
「……娘たちをお願いします。」
立ち上がると麻王は、
「先ずは亡くなった方の遺族には神薙総合財閥からお金を用意します。」
正三は、
「で、でも、……」
「神薙総合財閥を甘くみない方がいい。各関連企業のトップは実力者揃い。その中での実力至上主義です。それと龍一郎さん、まだ甘えが見えますが、あくまでもムショに入れるよりは人を活かさした方がいいと判断したからです。もし弾かれれば私が手を差し伸べることはもう二度とないので。」
「は、はい!」
正三は、
「警視庁での事情聴取が済んだら名前をお伝えします。」
「必要ないです。この地で16年前と40日に被害届が出されていました。既に遺体も回収済みです。零細企業を営む浦田智成さん。」
「………………。」
「源八郎は、拘置所に送られ判決が出た直後に死亡します。そうそう、地獄へのからくりの話ですが…」
龍一郎は、
「父が判決後にとはどういう意味ですか?」
正三は、
「裁きを下す者が他にもいると…」
「そういう者も存在するということです。努々(ゆめゆめ)忘れないように。勿論、他言もです。」
「………………。」
睦月家別荘
睦月龍一郎と深森正三は事情聴取に東京まで行った。
まだ居間で呆然と横になったままの弥生と千佳は携帯で話している麻王を見ている。
麻王は自身の携帯のコールが鳴ると再び会話をしている。麻王が振り向くと弥生と千佳が土下座をしている。
麻王は携帯を切ると、
「何をしているんだ、二人とも。」
麻王は弥生と千佳、二人の両脇を持って立ち上がらせる。
弥生は、
「……そんなに顔を腫らすまで本当にごめんなさい。」
「これか?過剰防衛を正当化させるためにな。」
「……お爺様があんな人だったなんて……。」
「人の欲やその闇は果てないな。まあ、どうせ分かるしな……お前たちの祖父は間違いなく極刑になる。」
千佳は、
「………意味わからないよ、麻王?」
弥生は、
「この奥座敷にお爺様のボディーガードが沢山入って来て…全身が血まみれの麻王君が立ち上がった時に千佳が最初に気絶して………私もその後、目の前が真っ暗になって…」
10分後
茫然自失した弥生と千佳は、
「………そんな事を…」
麻王はポケットから少し大きな封筒の航空チケットを二人に渡す。
弥生と千佳は、
「………これは?」
「これからお前たちの祖父は戦後最も人を殺した者として裁判にかけられる。」
弥生は、
「…………戦後。」
千佳は、
「…………最も殺した……。」
「弥生と千佳に罪はないが白桜高校にはもう居られない。」
「……………………。」
弥生と千佳は祖父に対して無力、情けさ、悔しさ、裏切り、愛、様々な感情が交錯して何も言葉にならないただ麻王の腫れ上がった顔はその表情もよく判らない。その表情が弥生と千佳に全てを伝える。
千佳は、
「………殺人鬼だったんだね?」
千佳の言葉に弥生は下を向いている。
麻王は、
「病気や事故で死んで逝った人たちにはもう挽回の機会は来ない。でもお前たちにはその機会がある。それ以上に望むことがあるか?」
麻王が低い声で話すと口から血が流れて弥生と千佳にはよく聞こえない。でも言っている意味は二人にすごく伝わる。
「でも私たちは人殺しの汚れた家族だよ!!!!!!」
千佳が叫ぶ。
「俺は過去にお前たちの祖父の比じゃない人を殺してきた。」
麻王はそう言うと濡れタオルで顔の血を拭き出血の激しい左手をそのタオルで縛る。
弥生は、
「……何の話、麻王君?」
「麻王の過去は知らない……でも麻王は決して殺人鬼じゃないよ!」
麻王は、
「殺人鬼の定義か?イジメで友人や他人を殺した者は現行の法では捕まえる事さえ難しいな。」
「…………。」
「殺す事が快楽になる。それが畜生道。おまえたちの祖父は自身の手を汚さなかった故にその重さを知らなかった。それだけの差だよ。」
弥生は、
「……私たちの為に自分を悪く言わないでください。」
「……そうだよ。麻王はいつもみんなの事を考えている……全然、違うよ……違いすぎる。」
刑事が歩いて来ると、
「夏葉さん、申し訳ございませんが今から睦月弥生さんと深森千佳さんの事情聴取があるので。」
弥生と千佳は、
「……はい。」
麻王は、
「事情聴取の報告書は私が書いておきますので。」
後ろから名古屋が来るとその刑事に首を横に振る。
「……はっ!では失礼いたします。。」
「有難うございます。」
名古屋は、
「麻王君、いつも本当に申し訳ない。救急隊員からも治療を拒否したと聞いたよ。」
弥生も千佳も、
「えっ、治療を拒否………何で?」
「ほら、麻王君、彼女たちも驚いているだろ?せめて最低限の治療だけでも受けてくれないかな?」
非情な世界を見て来た名古屋も麻王の白のワイシャツが真っ赤に染まっているその姿に、そして娘の香織がプレゼントしたネクタイを汚さない様に救急隊員から渡された乾いたタオルに大切に包んでいる姿に名古屋の心がひどく傷む。
麻王は、
「いえ、ここから羽田まで8時間は掛かります。飛行機に乗る時間が迫っていますしね。彼女たちがタクシーの中で治療してくれるので連れて行ってもいいですよね?」
名古屋は、
「麻王君~、覆面パトカーでいいじゃん~!」




