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橘結衣(ゆい)

編集済みです!

●橘結衣 6話●


五月のゴールデンウイーク中の登校日、新しく野球部に購入されたピッチングマシーンを麻王が打ち続ける姿を白桜高等部の学生たちは校舎や図書室から見ている。


通常の学校グラウンドより大きな白桜グラウンドにライナー状に綺麗に遠くまで飛ぶ白球。


放課後、女子が麻王に告白に行く姿。これもよく見る光景。


麻王はいつも、

「ありがとう、嬉しいよ。でも今は生活と学業と部活でもう時間がないんだ。これまでと変わらず話ができると嬉しいな。」


と結局は断る。直接的にNoと言われた訳ではないので女子たちは食い下がる。




中等部三年の女子生徒が肩を落として帰って行く姿に周は、

「麻王さ、もういっそのこと、付き合っている子がいるとか適当に言えばいいんじゃないのか?」


麻王はピッチングマシーンを止めると、

「言っている事は真実だけどな。それにフラれたとカウントされない断れ方だと彼女たちはいつでも気軽に新しい恋話も相談もできるだろ?」



周が寂しそうに肩を落としたままふらふらと校門に向かって歩いて行く女子生徒を見つめると、

「……それはモテ男の理屈。言っている事は分かるけどさ、今回のあの子落ち込み方はそういう風には見えないんだがな。」


「…あの子か…少し心配だな。周、彼女を校門で待たせてくれるか。すぐに着替えて行くから。」


「言い出しっぺはおれだからな。もちろんOKよ!任せとけ!」


周が校門に向かって走っていく。



周と入れ替わるように芯が走って来ると、

「麻王~!周がボコられて白桜の女子生徒がチンピラに誘拐された~!」


「救急車を呼んでくれ、芯!校門に行くよ。」




麻王が校門に駆け付けると校門側の体育館でバスケを練習していた優也が倒れた周を介抱している。


周は目覚めると、

「…………麻王…済まない…」


スラックスにワイシャツ姿に着替えた麻王は、

「すまなかった。もう少しで救急車が来るからな、周。」


仰向けのまま麻王のワイシャツをつかむと周は、

「………麻王、彼女が複数の覆面の男たちに連れ去られたけどよ、男の一人につかみかかってポケットにスマホを入れたからGPSで追いかけられる…ぞ…」


周がそのまま気を失うと優也は、

「周!しっかりしろ!」


スッと立ち上がると麻王は、

「芯、周を頼むよ。」


かなり動揺している芯は、

「待てって、麻王。青空も伊藤先輩もまだ知らないし…そう、警察だ。」


「芯、お前、柔道も居合もしているよな。刀あるか?」


麻王は芯の動揺を抑えるように極めて冷静に話す。


「……一人で行くのか、麻王? …わかったよ。模造刀しかないけど…?」


「模造刀?ま、それでいいよ。」


冷静に答える麻王に対していつもの冷静な芯らしくなると、

「……待ってって…すぐに周のスマホを追うからよ!」


ポケットからスマホを取り出すと芯は、

「……国道を北から北東に移動しているな…」


「新宿か…」


芯は、

「そう、だからもう少し車は走るはずだ。移動している間は彼女も安全だと思う。周の話だと5人以上いたらしいから営利目的の誘拐だろうな。麻王の事は言わないが五分後に警察に連絡するからな。」


麻王にスマホを渡すと芯は模造刀を取りに行く。



麻王は、

「バイクが必要だな。職員室に行くか。」


白衣姿の保健教諭の田中は周の様子を見ると、

「……こんなにも上杉君を殴って…何人かは顔に刺青を入れていた……橘さんは心配だけど、教師として夏葉君を行かせる訳にはいかない…」


「田中先生、犯されたら間違いなく彼女は一生死ぬほど苦しみますよ…生きることを諦めるかもしれない。」


「……で、でも、夏葉君も…」


ニコッと麻王は、

「認めたくはないんですが、むしろこちらが本業でしてね。内緒ですよ?」


一ミリも動じていない麻王の目に田中は、

「……夏葉君…西山先生のバイクのキーを借りて来るね!」




駐車場のバイクに飛び乗ると麻王が乗ったバイクは猛スピードで走り出す。


ゴールデンウイーク中なのもあり道がいつもより遥かに空いている。



僅か10分後、逃走するワゴン車の後ろ15Mにピタリと付くと麻王は、

「……周のスマホはすぐに気付かれ壊されたな。それに車は予想以上に走り続ける……目的地までもう少し泳がせるか。」


30分後、

麻王は廃校の裏の竹林にバイクを押して止める。



バイクから下りると廃校を見つめる麻王は、

「見張りも入れて視認範囲で7人、…」


目を閉じると麻王は、

「…中には8、9、10…計18……営利目的か…」


やれやれと手慣れた感じで麻王は頭と口元をバイクのボックスに入っていた二枚のタオルで隠し、竹林沿いの道路にある公衆電話から通報する。



「……警察が来るまでおよそ三分と少し。一分で済ますか。」



麻王は廃校の裏側に回り模造刀の鉄鞘を下緒でぐるぐると巻く。


乾いた地面が凹む力で飛び出すと、廃校正面の出入口の4人を凄まじい速さで一人0.08秒で倒すと廃校出入口の軒下屋根から一足、二足で三階まで飛び、誘拐されている女子生徒の教室の窓際外に立つ。


「……殺傷しないならこの速さが限界か…」


麻王はこの世界に来て初めて愚痴(ぐち)っぽく呟く。


廃校三階の教室窓際に白桜の女子生徒は手足を縛られ口には猿ぐつわをされている。



窓ガラスを開け女子生徒の前に飛ぶと麻王は、

「……割れたガラスが周辺にあるから俺が帰って来るまで絶対に動くなよ。」


猿ぐつわをされた女子生徒は小さな声で、

「…………ふぁい…」



麻王は彼女を縛っている縄を解きながら、彼女の”ふぁい”と言う頷きを確認するや否や後ろ姿のまま抜刀し襲い掛かって来た6人の誘拐犯を一瞬にして倒す。


女子生徒の猿ぐつわも取ると、

「バレたな。ティシュはあるか?」


「は、はい、ポケットに。」


「硝煙の匂いがする。両耳にティシュを詰めておけ。」


「……はい…」


下から上がって来た一人の男が麻王に向かって発砲すると麻王は刀身の(むね)で天井に弾丸を軽々と弾き返す。


同時に今度は目に見えない速さで鉄鞘を返し、発砲した男の水月を突き倒すと残りの誘拐犯が一斉に麻王目掛けて発砲する。


鼓膜が痛くなるような発砲音に教室にいる女子生徒の震えが止まらない。


発砲音が静まると全弾が麻王の足元に落ちている。

「………15秒経過…」


と麻王が呟くや否や、呆気に取られている誘拐犯グループを凄まじい速さで倒していく。



耳を澄ますと麻王は、

「12、13、14、15………二人逃げられたな…」


麻王は同時にそのまま一階に向かって走り出す残り二人を納刀した鉄鞘の(こじり)の二点突きで瞬時に気絶させる。


血振りをし、模造刀を鉄鞘に納刀すると麻王は、

「……全部で60秒か…パトカーはまだ来ないな…」


そう言うと麻王は三階まで戻る。




廃校三階


「もう大丈夫。俺が君を抱っこしてここから出るから少しの間、目を閉じていられる?」



彼女が小刻みに震えながら頷くのを確認すると麻王はお姫様抱っこをし、廃校校舎の裏から二人で出る。



あまりの恐怖に彼女が漏らしている事に気付くと同時にサイレンの音が聞こえ始める、

「……やっとパトカーが来たか。君は被害者だから君が見た事だけをそのまま話せばいい。」


そう言い麻王が立ち去ろうとすると、


彼女はまだ少し震えながら、

「その声や雰囲気、夏葉先輩ですよね? 本当にありがとうございます。私も一緒に連れて行ってもらえませんか?」


二枚のタオルを取ると麻王は、

「肝が据わっているな…一緒には駄目だな。被害者がいないと誘拐罪は成立しない。またすぐにムショを出ると同じ事をする。」


女子生徒は、

「いえ、父が警察官僚なので後で必ず報告します。少し離れたところで父に連絡させてもらえませんか?」


まだ震えながらも毅然と話すように努める彼女を見ると麻王は、

「……いいよ。先生のバイクを置いているこの校舎の裏の竹林の先まで行こうか。」


「はい。」




麻王はバイクボックスにある自身のカバンを出すと、

「……バイクに乗るのは寒いから俺から離れないキョリで着替えて来たら?カバンの中にバスケ部用の着替えが入っている。カバンは明日まで貸すから大丈夫。」


彼女は意味を察して顔を真っ赤にすると、

「カバン………あ、…は、はい…」



彼女は芯のスマホで父親に連絡している。誘拐犯は全員救急車に運ばれる様子を麻王は見ている。



麻王は一人、

「夕刊配達を先に行ってて良かったな。もうすぐ野球部もバスケ部も公式戦が始まるし、今後の仕事も考えないとなあ。」


女子生徒が着替えも済ませて戻って来る、

「スマホありがとうございました。」


「送るよ。ヘルメットは一個しかないから俺はタオル巻いておくけど学校とお父さんには内緒な。」


女子生徒はクスッと笑う。




午後9時を過ぎ


麻王が彼女の実家の渋谷区に着くと、

「今日は夏葉先輩にご迷惑をお掛けしました。でも本当に嬉しかったです。」


「ベタだが無事でよかったな。」


「はい。いつも中等部で神薙先輩と並んで成績トップだった夏葉先輩がパトカーに追いかけられて”逃げるからしっかりつかまっておけよ”って。」


そう言う彼女はクスクスと笑ってい続けている。


「これからバイトですか?」


少し悲しそうに彼女は麻王に尋ねると、

「学校にバイクを返しに行くよ。そのまま図書室で勉強して軽く仮眠してからバイトに行くよ。また明日。おやすみ、結衣。」


「………えっ…私の名前、知っていたのですか?」


「知っているよ。橘結衣。昨年、中等部に転入した時から。いつも風紀の仕事を一人で頑張っているだろ。応援しているよ。」


橘結衣は深くお辞儀をすると、

「……あの…夏葉先輩…その…私…」


「俺が今日断った理由は本当だよ。」


「…そ、そうですよね……あの、妹さんの事は?」


「結衣は心海の友達か?」


「いえ、知り合いというほどは…夏葉心海、すごく綺麗で物怖じしないし、白桜中等部でも有名ですよ?」


「そっか、あまり会えなくてな。当然だけど妹も親がいない。俺は親代わりでもあるんだ。じゃあ行くよ。」


「………あ、あの、もう一人の先輩にもお礼とスマホが壊されたので…」


「周か?なら、直接、本人にお礼を言うべきだな。」


「……ですよね…」


「その性格は美緒にそっくりだな。」


「みお?」


「ああ、俺のもう一人の双子の妹ってとこ。」


「……三人兄妹ですか?」


視線が遠くなると麻王は、

「二人が幸せになる日まで頑張りたいんだ。」


「……夏葉先輩自身の幸せは?」


「考えたことはないな。人にはそう言う幸せもある。」


「…………。」




翌日 白桜食堂

食堂テーブルで周は、

「俺のスマホ、お礼に超最新でもいいって。スゲー金持ちのお嬢様だぜ、麻王?」


何かを書いている麻王は、

「パンチ一発2万ぐらいか?」


芯は、

「中等部の結衣ちゃんか…どっかで見たことあるんだよな~。ところで麻王は何を書いているんだ?」


「反省文だな。」


「田中先生が全面的に擁護してくれていたけど…特待生ヤバくないか?」


周の言葉に麻王は、

「高校初の中間考査で満点取れば余裕じゃないかな?」


周は、

「麻王って勉強もできるのかよ~!」


芯は、

「転入試験を満点合格したのって青空じゃないのか、麻王?」


「じゃあ二人じゃないかな?」


芯と周は、

「えぇぇぇぇぇ~マジかよ~!」


「俺にとっては学業も生活の一部。反省文を出して来るよ。」


麻王は反省文を持って歩いて行く。



芯は、

「……まあ、麻王なら嫉妬も起こらないよな…」


「それな!」


優也は、

「麻王は俺の永遠のライバルだしな。」


芯と周は、

「はぁ~ざっけんな!」


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