ケアンズからの帰り道
●ケアンズからの帰り道 59話●
オーストラリア ケアンズ
ホテル ツインルーム
着替え終わったパジャマ姿の結衣はベッドの上に来ると、
「終わりました…結婚したらこんな感じで一緒に旅行して…愛枝さんが好きですか?」
仰向けに寝ている麻王は、
「……愛枝には恩があるからな…」
「レッスン料のことですか?」
「ああ、…あれで新聞配達も減らせたしな…」
仰向けになっている麻王の横に座ると結衣は、
「あ、あの…愛枝さん、神子さん、弥生さん、リサ先生、香織、弓…女として魅力的なのは誰です…?」
「またホテルから飛び出したりしないだろうな?」
「し、しません…本当にもう反省してるんです…」
「美緒は怒るんじゃないか。」
「じゃあ、美緒さんも追加します!」
「そうだなぁ…俺個人の中だと結衣、愛、神子リサかな?」
「……意外です…」
「ただ、結衣は感情的過ぎる。リサも天然過ぎるな…過ぎたるは及ばざるが如し、だろ?」
「愛さんですか…?」
「そこは感情的な自分を失くせば?とは考えないのか?」
「……おっしゃる通りです。…でも、神子さんと愛さんって意外です…」
「二人とも部活も一生懸命していて感情的でもないしな…」
「でも、二人ともそんなには人気ないですよ?……あ、すみません…」
「人の評価と結婚する訳じゃないしな。ただ影はあるかもな…」
「影ですか?」
「愛は愛枝に対してのコンプレックス。神子は自分を責めて来た世の中かな…」
麻王の横に寝ると結衣は、
「よく見てますね…あ、あの…麻王先輩……先輩なら全然いいです…よ?」
結衣の言葉に麻王は結衣を抱きしめ結衣のパジャマの下の中に手を入れる。
「……ま、待って…そこは…シ、シャワーしてか…」
結衣が涙を流すとそのまま目が覚める。時計は朝の9時50分。
ベッドの上で仰向けになった結衣は、「……へ……夢だったの…どこから…?」
ソファの上で麻王はMRIとレントゲン写真を確認している。
ベッドから降りると結衣は、
「……あ、あの…すぐに寝ちゃって…すみません。」
振り返ると麻王は、
「おはよう、結衣、よく寝ていたな。」
「おはようございます……麻王先輩は寝てないん…ですか?」
「結衣が眠った後、一時間ぐらい仮眠をしたよ。」
すでにスラックスに半袖ワイシャツ姿の麻王は、
「もうすぐ10時だから着替えて出るぞ。」
ボディビルダーのような大きさはまったくないが引き締まった麻王の胸や前腕の筋肉に結衣は、
「………引き締ま…はっ、10時!?ええ、そんなにも寝てたの~!」
「10時にチェックアウトして空港に行くぞ?」
「えぇぇぇぇ~、後、5分しかないよ~!」
日本行きのビジネスクラス、中央通路側シートで麻王は完全に眠っている。
「医師の方はおられますか~!」
キャビンアテンダントが大きな声で機内の客に呼びかけている。
「私は医者です。」
と手を挙げた医師二人はキャビンアテンダントに先導され後部座席に移動する。
目を覚ます麻王はキャビンアテンダントの下に歩いて行く。
麻王の横のシートで前日夜に寝過ぎて眠れない結衣は、
「……寝息をたてて完全に寝てたのに…」
麻王は、
「まだ学生ですが私もよろしいですか?」
キャビンアテンダントの“是非お願いします!”の言葉の前に麻王は既に後部座席に向かっている。
患者の男性は意識不明のまま鼾をかいて寝ている様に見える。妻らしき女性はオロオロしている。
二人の医師もはっきりとした症状がない事に戸惑っている。
麻王はキャビンアテンダントの女性に今から言う質問にメモを取るように指示を、別のキャビンアテンダントには空港に救急車の手配を指示する。
「奥さん、最近、ご主人に血圧の乱れがありましたか?落ち着いて、シンプルにYesかNoでいいです。」
「…は、はい…えっと…イエスです。」
麻王は意識不明の男性を触診しながら、
「続いて、最近、手や足の何処かが痺れるなどを言っていた事は…」
質問と触診を並行しながら麻王は、
「右の眼輪筋が亢進しているな…。高血圧、喫煙、ご主人の血縁に脳卒中、くも膜下出血、脳梗塞の方はいましたか?最後に輸血歴は?」
妻らしき女性は、
「えっと…えっと…喫煙はしてました!えっと…」
触診し続ける麻王は、
「血圧は?」
妻らしき女性は、
「ええっと…ええっと…」
麻王は、
「わかりました。輸血歴は?」
その様子を視ていた二人の医師は、
「輸血に何の意味があるんだ!」と怒り出す。
一人の医師が内科。もう一人が外科。
妻らしき女性はその怒声にパニックになってそれ以上は何も答えられない。
激しく動揺する女性の姿に内科医の一人は、
「……済まなかった…冷静だね、君は?」
手を止めると麻王は、
「そんな事より、先生方、打鍵槌をお持ちですか?」
内科医は、
「ああ、手荷物のカバンにあるから待って。」
麻王は打鍵槌で脳の表面全体を確認する。
外科医師は、
「……な、何を…」
麻王は、
「………見つけました。東京までどれぐらい掛かります?」
麻王の質問に後一時間ほどとキャビンアテンダントは答える。
「クリッピング術が妥当か…。ここで手術をします。後部座席の方は飛行機のバランスが崩れない様に均等に散らばって。ハンドミスト、アイスピック、できるだけ多くの加湿器、最後にクリップはありますか?」
キャビンアテンダントの一人は、
「持って来ます!」
キャビンアテンダントが走って行くと、
内科医の聴診器を首に掛けている麻王は、
「先生方、マスクを。プライドを傷付けて申し訳ありませんが患者の命の優先を。主治医は私です。全責任も私が持ちます。」
内科医は、
「……加湿器の意味は?」
麻王はアイスピックでポイントの頭蓋骨周囲を素早く叩きながら、
「ウィルスや細菌をできる限り最小限に。」
「……そうなの?」
麻王はアイスピックを置くと、
「先生、頭蓋骨を開けますよ?早くマスクを。後、顔を横にしてください。」
「え?何で?」
「今からかなりの血が吹きます。万が一ですが先生方の眼球に血液が入ったらね?」
内科医が目を閉じると外科医師は、
「私は駒市。よろしく先生。」
「よろしくお願いします。では、駒市先生も目を閉じて。」
麻王は意識障害の男性の頭蓋を開けると血が激しく吹き上がる。頭蓋を開けた場所にピンポイントで脳動脈瘤が破裂し、血が溢れてれている。
麻王は素早くその部分をピンで止め二人の医師の器具や薬で応急処置と局所麻酔の指示を出す。
意識不明の男性を横にしたまま下に丸めたバスタオルを敷くと麻王は、
「男性はこのままにして加湿器を。細菌感染を絶対にさせないように注意を。」
外科医の駒市は、
「……見たことも聞いたこともないんだけど、打鍵槌で判るの?」
麻王は”う~ん”と考えると、
「……そうですね…スイカを叩くと何となく濁音の違いが判るでしょう。その10倍ぐらいの触覚力があれば可能ですね…いや、経験値は200倍ぐらい必要かな。」
駒市はこれだけの緊急手術後に平然としている青年の心の強さに驚愕する。
しかも駒市がかつて見て来たどんなくも膜下出血の手術より圧倒的に正確で速い。しかもMRAもMRIもない中で…。
妻らしき女性がお礼を言うと笑顔で麻王は、
「素早く僕のアシストに回って下さった二人の先生方の尽力とスカイアテンダントの方に。私は頭蓋を割ってコブを縛っただけですから。」
爽やかな笑顔に駒市は、
「………………。」




