落胆と狂気
●落胆 56話●
新東京総合体育館
白桜ベンチ
ベンチから碧、駿、ハルト、周、信二(山本)が飛び出して来る。
周は、
「麻王、第四クオータは活躍できなかったけど麻王がいなくなってから俺も成長したんだよ~。」
「羽田から走って来る時にポータブルテレビで観てたよ。周も皆も上手くなったな。」
「走って来るか、ふつう?まあ、麻王にそう言われてすごく嬉しいけどタクシーで来いよ~。」
照れくさそうに優也は、
「アップし過ぎなんだよ…でも、いいパスだったぜ、麻王…」
思いっ切り芯が優也の背中を叩くと、
「上から目線の乙女か、このバカが!」
優也は、
「……イテテ…イテーよ、テメー芯!」
「トイレに行って来るよ。」
そう言うと麻王は歩いて行く。
ハルトは、
「……麻王。…碧よ、”俺の妹を悲しませやがってー!!!!”って麻王に怒らないのか?」
「愛も同じだろうが?……あの麻王が命より大切にしている妹まで置いて行った。そういうことなんだろうな。」
青空は、
「そんな事よりハルト、麻王はこのままアメリカに戻るよ。」
青空の言葉に歓喜していた白桜バスケ部員全員が静まり返る。
芯は、
「じゃあ、もう帰ったのかよ……マジか、青空…」
「ああ、麻王は今も超が付く過密スケジュールの中で駆けつけてくれた。全員別れの挨拶はいいのか?」
優也は、
「雲鼓だったんじゃねえのかよ!」
碧は、
「雲鼓はもういいんだよ!」
ハルトは、
「……行きたいけどよ…麻王がいなくなって愛も泣き続けてよ…今もきっとこの総合体育館で探していると思うしよ…」
伊藤は、
「別れを言えなかったおまえたちのこの15分のためだけに駆けつけてくれたんだろう。」
芯は、
「伊藤先輩のためもあると思いますよ?」
「なら、”ゴチになりました、麻王!”で、いいんじゃないのか?」
優也は、
「……なんか軽いっすね?」
優也の背中を叩くと伊藤は、
「表彰式に行くぞ!」
「……イチチ…もげるわ!」
麻王は白桜ロッカーで着替えるとそのまま体育館から出て行く。
体育館出入口にダッフルコートを着た愛枝、愛、神子、リサがいるが麻王に気付いていない。
気温0℃、日も落ちた寒空の中、麻王を探している愛枝、愛、神子、リサを見る麻王は、
「この寒空の中でか…放って帰れないな…」
愛枝、愛、神子、リサの下に歩いて行くとダウンジャケット姿の麻王は、
「久しぶりだな、愛枝、愛、神子、リサ。」
愛は、
「……麻王君…」
愛枝は、
「……麻王。すごくカッコよかったよ…」
神子は、
「帰って来ないの、麻王君?」
リサは、
「そんなに簡単に帰れるはずがないでしょう、神子?」
「仲がいいんだな。」
愛は、
「麻王君、私、考えたんだけど、これって飛び級なの?」
愛枝は、
「日本に飛び級制度なんてないでしょう?」
「いや、一部の私学に似たシステムはあるよ。もちろん白桜にもな。」
神子は、
「……麻王君、皆で話し合ったんだけど、アルトメニア?そこなら結婚は自由なんでしょう?私たちは行くよ。」
愛枝は、
「そうそう、どうせ誰かと結婚しても家事はできないし。でも、私たちもしたいことがいっぱいあるし。」
愛は、
「愛枝~、話し合った内容と違うでしょう?」
「……本当に事前に話し合ったんだな。なら、シンプルに一回きりの勝負をしないか?」
神子は、
「私たちが勝ったらこのまま残れるの?」
「ああ、約束するよ。その代わりおまえたちが負けたらこんな寒空にいずに即、帰る。約束できるか?」
神子は、
「やります!」
愛枝は、
「待って、コインはイヤ!…そう、トランプ勝負!」
「いいよ。で、そのトランプカードは?」
カバンからトランプを出すとリサは、
「持ってるよ。」
「偶数が出たら俺の勝ち。奇数が出たら愛や皆の勝ちだな。」
愛、リサ、愛枝、神子の四人は話し合う…。
愛枝は、
「うん、奇数!シャフルは私たちがするから。」
器用に愛枝がトランプを四等分してシャフルする。
麻王は、
「愛から引いてもいいよ。」
愛は、
「……麻王君はまったく触らないことになるよ。」
「愛枝がカードをもって愛が引く。その方が納得できるだろ。」
神子は、
「麻王君、真ん中から引いてもいい?」
「いいよ。」
愛は、
「……よし、負けない…」
トランプカードの真ん中、下を震える手で愛が引き抜き、カードをめくると”ハートの2”。
黙ったまま麻王はポケットから携帯を取ると、
「……一時間後に準備を。」
携帯を切ると無言のまま去って行く。
ユニフォーム姿のまま麻王を探しに来たハルトや芯たちは涙も出ず落胆する神子や愛たち四人を見つけると体育館の中に連れて行く。
新東京総合体育館 屋上
周がリュックを持って追いかけて来る、
「麻王!俺はこうして麻王と会えるから何も言わないよ。でもせめてこのプレゼントは持って行ってやれよ、麻王。」
麻王は周から受け取ったリュックを肩に掛けると、
「すまないな、周。」
「麻王、妹はいいのか?俺ならまだ中学三年生のひかりを置いて行くのはツラ過ぎるよ。麻王も同じだろ?」
「すぐ近くにいるよ。」
周の後ろ15Mの屋上出入口に心海が立っている。
周は、
「……俺は戻るよ、麻王!じゃあな!」
「ああ。」
心海はゆっくりと歩いて来ると、
「……麻王兄…来ちゃった…ごめんね…」
麻王の真っ白なダウンジャケットが心海に掛けられると心海は麻王の胸に飛び込む。
麻王は、
「……突然、済まなかったな。」
心海は麻王の胸で、
「……麻王兄と離れ離れになるぐらいならあの殺し合いの世界に戻った方がいい…」
「そう遠くないいつかこの旅立ちの意味が心海にも分かるよ。」
「……以前に言っていたアルトメニアの事?」
「それもあるな。」
麻王は心海の両肩を持って自身の両膝を地面に着けると、
「美緒はしっかりしてないから頼むぞ。」
「…うん…」
心海は涙が溢れ零れ落ち続ける、
「…ごめんね、ずっと麻王兄に苦労ばかりさせて本当にごめんね…」
心海は麻王を強く強く抱きしめる。
新東京総合体育館屋上にヘリコプターが降りて来る。
心海から離れるとワイシャツ姿の麻王は、
「行くよ。」
「泣いてる?」
「俺が泣いている姿を見たことがあるか?」
「でも麻王兄は泣いてるよ。」
「もう行かないとな。」
「うん。」
「いつかオーファンメイザースに戻りたいか?」
「ううん、麻王兄と一緒にいられるならどこでもいいよ。」
「俺も同じだよ。」
一月の新学期
三学期の始業式も終わり全員が早々と下校をする。
愛枝は肩を落としたまま生徒会に向かう。
グラウンドから快音が聞こえると愛枝はグラウンドに走る。
以前のように左二番に定着した芯がボールを遠くに飛ばしている。
愛枝はガッカリする。
レフトの碧は、
「避けろ!」
碧の声が聞こえると硬球のファールボールが愛枝に飛んでくる。愛枝の顔の前でボールが素手で止められている。
「…当たってもよかったんだよ。」
愛枝がそう言って振り返ると麻王がボールを掴んでいる。
「ほら見ろ。ピアスが割れているだろ?」
麻王が芯にボールを投げる。
「……何で…」
「生徒が学校に来るのは当然だろ?」
愛枝はゆっくりと麻王を抱きしめると、
「……だったら始業式ぐらい出れないの?……ずっとずっと待っていたんだよ…」
「そうそう、文化祭の後からアルバイトを頑張っていたんだって?」
麻王はカバンを下ろし愛岐に上着をかけるとピッチャーマウンドに行く。
碧、芯、優也、ハルトや周と抱きしめ合うと麻王はピッチングマシンを横に押してピッチャーマウンドに立つ。
碧は、
「やっとかよ~麻王~!」
「ああ、後でゆっくり話すよ。芯、バッターボックスに戻れよ。」
芯は涙を拭うと、
「……お、おうよ!打ってやんよ!」
周は、
「俺はキャッチャーマスクを被るぜ!」
ハルトは、
「じゃあ芯の次は俺な!」
ハルトの言葉に駿は、
「いや、俺だろうが!」
白桜ブレザー姿の青空が愛岐の隣にやって来る。
「……これからも麻王を取り巻く女の闘いが見れるんだ。」
「またそんな事言って。麻王に気軽に声を掛けよとする女の子たちの気持ちを試して全員追い返しているクセに。」
愛岐の言葉に青空は知っていたんだという感じで笑う。
続けて愛枝は、
「きっとほとんどの人は気づいてなかったけどウインターカップの最後のパスandキャッチ、あり得ないくらい凄かったね?二人の呼吸が一つで少し妬けちゃった…」
「みんな知っているよ。」
「そうなの?」
「それに麻王なら自陣からスリーの連発で簡単に勝てたよ。」
「……じゃあ何で?」
「相手が全力で真っ向勝負を挑んだ……麻王が逃げると思うか?」
「だよね?」
青空はため息をつくと、
「女性副会長さんはいつも分かってないな。」
「何よ?」
「……麻王といると君はいつか不幸になる。」
「ふん、バカバカしい、麻王が実は闇の魔王でした~って言いたいの、生徒会長様は?」
「世間知らずで、利己的、薄っぺらい偽善博愛主義者、そして自己承認欲求の塊…つまり君という闇のことだよ。」
「………………。」
「麻王は君というモンスターをいつまで抑えていられるかな?いや、麻王は君の中の狂気を抑えようとしているのかもね。」
青空は手を振って帰って行く。
「………めちゃくちゃ感じ悪いんですけど…」




