九条弓②
●九条弓② 43話●
麻王は、久しぶりに新宿東中学校に来てバスケをしている。当然と言えば当然だが、C、PG、SG…どのポジションもとても上手い。
体育館端に小さくなって見ている弓の目には麻王のプレーはいつも楽しそうに見える。
弓はどんなに有名になっても何一つ変わらないそんな無邪気な麻王を一目見たときから愛している。彼女の名前は弓と書いてそのままユミ。白桜でも野球部の指導をしてくれた程にスポーツセンスは清潔感ある女の子。
新宿東中学校 体育館
白桜高校総合体育館より二回りも小さい一般的な学校の体育館
スラックスにワイシャツ姿の麻王がゴールに切り込むと、
「田中キャプテン、アーリー行くぞ。」
ドリブルしながら東中中等部三年の田中は、
「そんなコントロールはないですよ~!」
麻王の東中時代のチームメイトの高等部一年の小松は、
「ヘイヘイヘーイ、パスしろ、田中!」
田中は、
「もう、高等部に行ってください~!」
体育館表
体育館表から壁に凭れて脚を伸ばして座っている小松は、
「……やっぱり麻王は上手いよなぁ…」
小松の右隣に座っているスラックスにワイシャツ姿の麻王は、
「小松はもう新宿東高校のレギュラーなんだろ。篠原や大川、馬場は元気か?」
「……麻王、篠原は辞めたよ。」
「どうして?」
「……麻王が白桜に行ってから篠原は“麻王なら必ずウインターカップに来る!”って昨年、麻王が去ってから猛練習をしていてよ…」
「ケガか?」
「……いや、高等部に入って二ヶ月でレギュラーを勝ち取った。それで上級生の二年たちから猛烈な虐めが始まってよ……最後はネットの掲示板に誹謗中傷を書かれて学校に来なくなったよ…」
「おまえや大川たちは篠原を助けなかったのか?」
「……違うよ、麻王…違うって…篠原は二年部員15人と毎日、殴り合いの喧嘩をしてた。俺たちや高等部三年の先輩たちも止めに入ったよ…もう毎日がバスケどころじゃなくてよ…」
「そんなある日、ネットの掲示板に篠原のオヤジが不倫して首吊り自殺したことが書かれて…」
「俺と小松にだけ話してくれたな…」
涙が溢れて来ると涙声の小松は、
「……ああ、…その日から篠原はバスケ以外は学校にほとんど来なくなった…」
「いつ頃の話だ?」
「……インターハイの予選中だから今年の七月かなぁ…?」
「かなり来ていたんだな…」
「……アイツは麻王が三条北山の神薙たちと、予選一回戦も勝てないスポーツ弱小の白桜に行ったことを知っていたから…」
大粒の涙が零れ落ちる小松は、
「……麻王は根っからの挑戦者だって…だから必ずウインターカップに来るんだって…」
「インターハイじゃなくウインターカップか?」
小松はボソッと、
「……九条から白桜の野球部にも所属しているって聞いていたんだよ…」
「だから麻王は必ず野球は甲子園に行って、バスケはウインターカップで帰って来るから闘いたいんだって…スゲーだろ?」
「それで二年は?」
「……新宿東高校が都ベスト4をかけて聖林館に戦って……負けた日、二年生も篠原も完全に学校に来なくなった…」
「何かあったのか?」
「その日、PGの篠原に二年メンバーから一度もパスが来なくて…聖林館にトリプルスコアで新宿東高校は負けて…」
「なぜ、俺に言わなかった?」
「大川や馬場は麻王に相談すべきだって…でも、俺が止めた…」
悔し涙が止まらない小松は、
「……麻王も頑張っているのを知っていた…麻王は九条だけを見といてやれよ…」
「……弓がなんだ?」
夜
新宿区
マンション
弓の部屋で麻王と一緒に弓は勉強を教えてもらっている。
「東中で中間考査上位なら転入できるだろうな。もし白桜に来たら、暫くは白桜高等部の野球部の練習に来ていいよ。」
「白桜に行ったら私、泣かないかな…? 甲子園での麻王先輩のすごい投球見ていたらこの人と一緒にプレイしていたんだって喜びと同時に遠くに行く寂しさが…………決勝ノーヒットノーランで負けるなんて…凄すぎです…遠い存在に…」
数学の問題を解きながら弓の涙がテキストに零れ落ちる。
「何度も言うが、プロには行かないよ。」
麻王の言葉に涙を拭き、顔を上げる弓は、
「…………プロに行かないんですか?」
「もし行けたとしたら他の夢が終わるような気がする。そうそう…」
麻王はカバンから一枚の用紙を出し弓に渡す。
用紙を受け取ると弓は、
「…推薦状……非常に真面目で誠実な………これらの理由により新宿東中学校中等部三年生、九条弓を強く推薦致します……生徒会副会長 夏葉麻王…」
「贔屓じゃないから勘違いするなよ。本来、努力は報われなければならない。それに白桜には努力だけでは入れない。そこに強い推薦状が必要だ。」
「……だから先輩が副会長に…ですか?」
「必要としている人たちがいるからなった。それだけだよ。」
「………………。」
ピクッとすると麻王は、
「お母さんがリビングから来たな。」
「すごい!お母さんは絶対にわからないように入って来るのに!」
「足音が”弓に会いたい”ってな。」
ワイシャツのボタンを上から四つも開けている弓は、
「……私、魅力ないですか?」
「痴女は嫌いだぞ。」
ボタンを留めながら弓は、
「もう~、誰が痴女ですか!?」
弓の母親が仕事から帰って来て麻王に挨拶をし、麻王と弓のお母さんは話している。弓が推薦状を見せると弓の母親は泣き始める。
10分後
何度も麻王に頭を下げて弓の母親は部屋から出ていくと弓は、
「……お母さん。」
「いつも思うけど、弓に似ていて、とても綺麗でいいお母さんだな。」
麻王の言葉に嬉しい弓は、
「お母さんはできちゃった婚ですよ?」
カバンを片付け始めると麻王は、
「できちゃった婚に問題があるのは学生と貧困層だが、俺は自然な方がいいけどな。」
「……麻王先輩は好きな女性とお付き合いして…できちゃったみたいなのがいいんですか?」
「不幸なのは好きでもない相手と行為をして子ができることじゃないかな。」
「……もしかして、麻王先輩、お父さんとお母さんの馴れ初めを知っているんですか?」
立ち上がると麻王は、
「そんな訳ないだろ。帰るよ。」
「……麻王先輩、…私、早く白桜に行きたい…」
「虐めという名の殺人か?」
「……どうして…それを…」
「少し前に白桜の同級生が半グレグループ、品川ヒュノクラウンのヤツらに目を付けられてな…」
ガクガクと震え出す弓は、
「……新宿ドラゴンヘッドと抗争していたヒュノクラウン…」
「篠原もその半グレグループにいるのか?」
「…私のせいなんです…私が篠原さんや小松さんに麻王先輩のことを話していたから…」
「それでなぜ弓なんだ?」
「……なんで私のことを…ホントにわからないんです…」
麻王は、
「ま、ヒュノクラウンの集会場所はわかっているから行くよ。」
白桜ブレザーを 引っ張る弓は、
「私は周りに何と思われても絶対、白桜行く!だから何を書かれても気になんてしません!もし、今、暴力事件なんてなったら心海や白桜の皆さんは失望しますよ!?行かないで!殺されます!」
弓の部屋の扉を開けると麻王は、
「
あいつらはそんな小さなことで失望なんてしないって。」
「……えっ…」
麻王は弓のお母さんに会釈をするとそのまま出て行ってしまう。
呆然としたままの弓は小さなテーブルの上の推薦状を見ると、
「……なんで…」
ファイティングポーズをした弓の父親が部屋に飛び込んで来ると、
「弓~!夏葉君にHなことをされたのか!?俺と同じできちゃった婚を…ムムム、卑怯な…許さんぞ~!」
頬を伝う涙を拭うと弓は、
「……お父さん、…私、掲示板に”九条弓は売春してる””金の為なら何でもする売女””ヤリマン”って…書かれて…悔しい…もうずっと学校でいじめられているの!」
崩れ落ちる娘の姿に弓の父は、
「……へ?」
絨毯に女座りをしたまま狼狽える弓は、
「どうしよう……私には半グレグループの場所はわからない…お父さん!もう逃げたくないの、協力して!」
「……パパに半グレグループと戦えと…?」
「違う~!……はっ、白桜高校の井上さんなら麻王先輩の向かう場所を?ううん、名古屋さん?あ~私に麻王先輩の頭脳の1/100でもあったら~!」
一時間後
品川
埋め立て途中の人工島
品川ヒュノクラウン半グレ21人が人工島の泥土の上で呻きながら悶えている。
ヒュノクラウンメンバーの返り血が染みたタオルを両手に巻いている麻王は、
「さ、残るはおまえ一人だな、篠原。」
後退りするパーカー姿の篠原は、
「……麻王…おまえ、一体…こんなことをして、…白桜も終わるぞ…」
ワイシャツ姿の麻王は、
「どうして?」
「……シゲたちのグループを行方不明にしたのはおまえだろ、麻王?……血眼で探しているぞ…」
「もうここで倒れているヤツらだろ?」
そう言うと麻王は血が染みたタオルを投げ捨てる
「それはおまえのような強者の理屈だろうが、麻王!!!!!!!!!」
「無能なオマエたちは群れるしか能がないけどな。」
「……コイツらの息の根を止めない限り、おまえや、今度は白桜高校の生徒を狙い続けるぞ…」
クスッと笑うと麻王は、
「1対21で負けた恐怖心は拭えないよ。それにそんな根性があれば親ガチャ大外れ、運命逃げ逃げでも立ち上がって来るよ、ヘタレ。」
「んだと、麻王!!!!!!」
「最期に友として聞くぞ? 何故、弓を狙った?」
篠原は、
「………………。」
「まぁ、いいか。質問を変えるぞ。おまえを甚振っていた二年生メンバーはどうした?」
人工島に来る桟橋に20台のリムジンが走って来る。
桟橋から走って来るリムジンを見ている麻王は、
「……虐めっ子の最期はヤクザにビビッて夜逃げといったとこか…」
「殺されるぞ、逃げろ、麻王!」
「やれやれ、バックにヤー公…万が一俺が殺されたら、おまえは死ぬまで奴隷だな、篠原。」
「えっ…」
「弾丸を避けれないだろ?おまえはその端の海に飛び込んで逃げろ。」
「避けるって……そ、それに、こいつらは…」
「コイツらの服や口臭から既に薬物を製造し、使用している。でも、おまえはしてないんだろ?……流れ弾が当たって神経を傷めることも、そして死ぬこともコイツら自身が最終的に選択した道だ…今、おまえは、暴力の連鎖の世界から、ギリギリ半歩手前に立っている。」
「……麻王…」
後ろ姿のまま麻王は、
「おまえには十二分に同情の余地がある……二年後、ウインターカップで勝負だ、篠原。」
「……二年後に…」
携帯をポケットから出すと麻王は、
「……品川第三署ですか?コカイン、LSDの製造、所持者が品川人工島に21人、……ええ、反社会的勢力と取引しています。……10分?ええ、では。……ムショに行けばもう二度と光ある世界には戻れないぞ。」
ポケットに携帯を入れると麻王は、
「死ぬ気で泳げ。そして罪を償う気持ちでもう一度、頑張れ。行け、篠原。」
「……麻王…死ぬなよ!」
篠原は人工島端に走って行くとそのまま海に飛び込む。
リムジン20台が麻王の周りに泊まると、
アンクルホルスターからリボルバーを取り出す麻王は、
「……ああ。」
0時
二時間後
巨大な高架のある天王洲アイルの歩道をボロボロになったスラックスにワイシャツ姿の麻王が歩いていると乗用車が麻王の横で急停止をする。
「麻王先輩!」
乗用車の助手席からセーラー服姿の弓が飛び出して麻王の下へ走って来る。
弓が麻王の胸に飛び込むと麻王は、
「どうしてわかったんだ。」
胸の中で弓は、
「……麻王先輩が出て行った後、結局、私にはどうしたらいいのか分からなくて……それで心海に連絡したら樹さんが出てくれて…”分からないなら、必ず速報ニュースで大事件が流れるからそこから新宿に向かって人気の少ない海が見える道を探せ”って樹さんが…」
クスッと麻王は、
「さすが兄さんだな。」
スラックスもワイシャツも破れ裂傷から血が滴り落ちる麻王の姿に弓は我慢しても涙が止まらない。
麻王を見つめる弓は、
「………先輩。…わ、私…麻王先輩のこと…」
乗用車は側道に停車され、ハザードを焚いている。
弓の父親が走って来ると、
「夏葉君~!うぉぉぉぉ、すんごいケガ!それにしても半グレ野郎どもを一人で大変だったね!僕がいたらそんなヤツら”シュッシュッ!”……もう遅いし乗りなよ。」
ニコッと麻王は、
「遅くにすみません、九条さん。」
「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」
弓は両手で顔を塞ぎ、麻王は笑っている、
「………………。」
「いやぁ、父になったら言ってみたいセリフと思って言ってみたら、案外キツイっす!」
横を見ると麻王は、
「九条さん、向こうのベンチ前にいるチンピラ3人組がさっきから九条さんを見てますよ。」
「えっ?ホ、ホントだ!?……ガン見しているぅぅぅぅヒィィィィィィィ、助けて~!夏葉君~!」
数日後
白桜高校校門前に一人、小松が立っている。
新宿東高校制服姿の小松は、
「よぉ、麻王!」
白桜高校グラウンド
三塁側ファールゾーンベンチで小松は麻王のフリーバッティングを見つめている。
「……テレビで観たけど、……スゲー…」
左バッターボックスで左、センター、右にシャープなヒットを打つ麻王は、
「で、篠原は?」
「恥ずかしくて麻王に会いに行けないってよ。」
「そっか。」
「俺も篠原も九条のことが好きだったんだ…ま、篠原はみっともないけどよ。」
ど真ん中ストレートに手を止め、見逃す麻王は、
「……四角関係とか秒で脱出ポッドを使って逃げるから、勝手に三角関係してくれ。」
やれやれと麻王がピッチングマシンを止に行くと笑いながら小松は麻王の下へ走って行く。




