井上愛の恋
●井上愛の恋 36話●
九月下旬
私、井上愛は、夏葉麻王君が好きです。
双子の弟のハルトを立ち直らせてくれ、猜疑心の塊だったハルトを今や野球部とバスケ部の両方で活躍するまでにしてくれた人。
でもそれ以前の中等部からずっと好きだった男性。
これまでは一番の親友の愛枝がいるから遠慮して来た。
でも二人は進展していないようだし、なぜかスーパースターの夏葉君は弟のハルトより人気もない。
彼のさりげない優しさと、どんなに苦しい場面でも表情一つ変えない心の強さを私はよく知っている。
ライバルは、親友の愛枝、東神子さん、碧君の妹さん………リサ先生もかなりあやしい。
美緒は、一緒に暮らしているようだけど、白桜高校で一緒にいる姿を見た事はない。
でも愛枝や美緒たち五人は誰にでも分け隔てなく、とても真っ直ぐで男子生徒の人気も高い(はぁ~)。
せめて友達以上の関係までならいいかも…。
友達以上の関係って何? そ、そう一緒に帰るぐらいのわがままはいいんじゃないかな…。
朝
白桜高校 下駄箱
「…………井上、井上、大丈夫か?」
上履きを放り投げると愛は、
「あ、うん? 今考え…キャッー!!! ……な、夏葉君?な、なに?」
愛の心臓が飛び出しそうになる。
愛の上履き二つを器用に背面キャッチすると麻王は、
「いや、下駄箱で一人固まっているから何か悩んでいるのかと思ってな。俺の思い違いならそれでいいんだ、悪かったな。はい、上履き。」
麻王は愛を見ている。
愛は心の中で、
『い、今、目の前に夏葉君がいる……まつ毛がすごく長いな……いやいや、このチャンスを何とか…』
麻王の言葉に同じクラスでも中々話せる機会がない今がチャンスだと思った愛は、
「な、夏葉君、き、今日、スリーポイントシュートのコツを教えてもらってもいいかな?」
優しい笑顔で麻王は、
「確か井上は、水泳部兼女子バスケ部員だったな。もちろん、いいよ。じゃあ放課後な。」
麻王が愛の上履きを持って行くと愛は、
「キャッー私の上履き汚いからー!!!」
放課後
『……中等部に転入した時が179で今が182、3かな。背も高いしスポーツも勉強もすごくできる。でも私が好きなところはいつも相手の気持ちを理解して話し行動するところ………夏葉君って何で人気ないのかな?で、でもこうして二人で歩いていると本当に幸せ…ごめんね、愛枝。でも自分の気持ちにこれ以上ウソはつけないよ…。』
二人で体育館に向かいながらブツブツつぶやく愛。
「…………井上、井上、大丈夫か?」麻王の言葉に、
愛は、
「え?…………ああ、だ、大丈夫だよ。あ、アンクルブレイクってどうしたらいいのかな?」
「スリーポイントじゃないのか? アンクルブレイクか…ドリブル、そんなに上手かったか?」
ハルトが後ろから走って来る。
「麻王、今日はバスケの練習か?お!愛と一緒かよ~!姉貴に手を出したらぶっ殺すって言いたいところだけど、麻王ならいいか。付き合ったら言えよ!先行っておくからな~!」
ハルトは愛に手を振りながら笑顔で走って行く。
ハイテンションのハルトに麻王は、
「……ハルトのやつ。な、井上?」
愛は下を向きながら赤面している、
「え?…う、うん。」
「先ずはドリブルの練習からするか。」
「よ、よろしくお願いします。」
ドリブルの練習も三時間ほど続き、九月の下旬はそろそろ日が暮れ始めるのが早くなる時期。
二人で話せる機会がこんなにあるのに上手く話せない、私こんなに話せなかったかなぁ…?……話せないよね…。白桜中等部に入って、内気な私はすぐにイジメられた……愛枝が救ってくれた…ううん、愛枝にすべて勝てなくてもいい… でも、夏葉君も?…優秀な夏葉君は愛枝と上手くいけば赤瀬商社を継ぐんだろうなぁ…本当に?本当にもう会えなくてなってもいいの、愛?
涙声で愛は、
「………全然、上手くならなくてホントにごめんね、夏葉君。今日はもういいから。私、帰るね。」
意気地のない自分が情けなく溢れる涙が止まらない愛が走って行く。追いかけて来た麻王が愛の右手を掴む。
「俺もバイトあるから一緒に帰るよ。校門で待っているからな。」
愛は涙を隠しながら、
「う、うん。夏葉君は自転車?」
「いや、愛は徒歩だから一緒に歩いて家の近くまで送るよ。」
愛と呼んでくれた事、練習中もずっと気遣ってくれた事、今も心配してくれている麻王の優しさに涙が止まらない。何も言えない自分が恥ずかしくて愛は更衣室に黙って走って行く。
10分後
校門に走って来るとまだ夏服の愛は、
「ごめんね、待った?」
麻王は両手の中に紙袋を一杯持ちながら、
「ほら、お腹空いているだろ?両手を広げろ。」
愛が両手を広げると卵サンドとペットボトルを麻王が愛の両手に置いていく、
「…え…うん……私の好きなタマゴサンド5つと紅茶…………いつ?」
「コンビニだけど?」
クスッと愛は笑うと、
「ありがとう、夏葉君。でも袋なかったの?」
「いつもの癖で袋は要らないですって思わず言ってしまってな…。ほら、愛の好きなたまごサンドもあるだろ?」
クスクスと愛は、
「こんなに食べれないよ~夏葉君って変!あ~もうおかしい~。でも私の好きな食べ物を知っていてくれたんだ…。」
「いつも食堂でよく食べているだろ。」
「……あ、あの……聞いてもいいかな? 夏葉君は、何でいつも一人なの?」
黒のワゴン車が走って行くと麻王は、
「…………。」
無言の麻王に愛は聞こえてないのかな?と思う。
愛の家の近くまで二人は歩いて来る。
愛は勇気を出すと、
「な、夏葉君、もし良かったら家でご飯でも食べて行かない?」
「でも突然、家族の方に失礼じゃないか? ま、でも…そうだな、愛に甘えるか。」
麻王は少し遠慮がちに笑顔で答える。
信じられない愛は急いでカバンからスマホを取り出すと、
「お父さんに連絡するね。」
麻王と少しキョリを取ると愛はすぐ近くの自宅に連絡を取る。
黒いワゴン車から出て来た男六人が突然、愛に声を掛ける、
「めっちゃ可愛い子見っけ!一緒に遊びに行こうよ!色んな事をおしえてやるからさ~ギャッハハハ!」
愛の前に来ると麻王は、
「俺の彼女なんで手を出さないでくれるかな。」
麻王の一言に男の一人がキレると男六人は集団で躊躇なく麻王を殴る蹴る。
他の男が愛を襲おうとすると麻王は愛を庇うように愛を抱き伏せてたままうつ伏せになる。
20分以上、麻王は蹴られ続ける。愛はその音に麻王の覆われながらガクガクと震え続けている。
すぐ近くから連絡後の帰宅があまりに遅いと心配した愛の父親が迎えに来る。
男たちが車に乗って逃げようとした時に麻王が一人の男を掴むと麻王はそのまま蹴り飛ばされる。
「夏葉君、大丈夫!夏葉君!」
愛の悲痛な叫び声が聞こえる。
サッと起き上がると麻王はワゴン車が走って行く方角を確認すると、
「……ああ、大丈夫。愛は?」
「私は夏葉君のおかげで大丈夫だよ。何で?夏葉君はすごく強いのに……何で…?」
笑顔をすると麻王は、
「愛、家はあいつらに知られていないから大丈夫。今日、愛と一緒に帰って良かったよ。」
麻王は頭をこれでもかと蹴られて額から血を流している。
愛は自身のシャツを破ると麻王の頭に巻く。
右手の愛の傷を見つけると麻王は、
「ほら、見せろ、愛。」
「私は本当に大丈夫だよ~もうホントに死ぬかと思ったんだよ~!」
愛の父親は、
「本当に大丈夫?白桜の夏葉君だよね?家は個人経営の病院だから来なさい。」
麻王はアスファルトの土埃を払うと、
「彼女をお願いできます?」
愛の父親は呆然と、
「………え、まさか追いかけるの?あんな危ないヤツらを?絶対にダメだ!危険過ぎる……そう、後は、警察に任せればいい。君の手当てが先だ。」
麻王は愛が頭に巻いてくれた千切れたシャツを強く締め直すと、
「……駄目ですよ。警察がアイツらを捕まえても数日で釈放する可能性が高い。その時、またこの附近で愛を探す可能性がある。」
愛の父親は、
「……そ、そうだよね?なら車を持って来るよ。」
破ったワイシャツから臍が見えたままの愛は、
「……一人はダメだよ、夏葉君……絶対に…」
麻王は愛の左頬を優しくさわると、
「俺はここで待っている。先ずは、お父さんと一緒に自宅へ。後、着替えて来い。」
愛の父親は、
「すぐに来るからね、夏葉君。さ、愛、早く戻りなさい。」
「……う、うん、夏葉君、病院に行こうね。」
「ああ。」
数分後、愛と父親の二人が車で戻ってくると麻王はいない…。麻王のカバンがポツンと路上に置いてある。
助手席から降りると愛は、
「……なんでいないの…?」
愛の父親は、
「……愛、カバンの上にノートが開いているぞ?」
愛はノートを拾うと、
「…………書き置き?……夏葉君……愛へ?…」
愛はノートを読むと涙を流し続ける。
麻王のノートを大切に胸に抱きしめる愛の姿に心を打たれる愛の父は、
「………愛…」
猛スピードで中道を走る黒のワゴン車。
運転席の小柄な男は、
「……クソッ!夜は人通りの少ないあの道で白桜のあのスケを狙っていたのに…」
「シゲ、そこを右に回れ!通報されてたらマズいだろうが!」
「ああ、前のレイプ場所な!ビビッて誰もいねー!!!!」
ワゴン車のルーフが突然、
「ドン!!!」
と響く。
「……ひえ!だ、誰だよ?」
運転席のシゲは、
「バ、バカ!100km/h以上は……ヤ、ヤメ………ヒェェェェェ!!!!!」
そのまま運転席からシゲと呼ばれる男が放り出されると黒のワゴン車はそのまま横転する。
男五人が何とか横転しているワゴン車から出て来ると遥か後方に落ちたシゲの凄まじい悲鳴が聞こえる。
「………………。」
シゲの悲鳴が静まり辺り一帯が静寂に包まれると暗闇の中から麻王が歩いて来る。
五人は、
「ヒェッ!!!」
暗闇で麻王の顔は見えない、
「まだ連絡は取ってないな………シゲはもう先に逝ったぞ?……二ヶ月と13日前にここでレイプした女性を知っているんだろ?」
傷だらけの一人の男が立ち上がると腰のナイフを取り出し、
「……こ…こ…こ、殺してやる!」
刺しかかると即座に麻王の蹴りが男の顔面にヒットし、再び倒れた一人の男の指を麻王は踏み潰すと男は、
「……!ヒャャャャャッ~!!!!!!!」
四人は尻もちを着いたまま後ずさりをしながら、
「……た、助けて!!!!!」
「驚くほどに脆いな…おまえたちは半グレグループ、品川ヒュノクラウンのメンバーだろ?」
四人は、
「…な、なんで…?」
「無抵抗の相手を殴る時は少しの慈悲も見せず、自身の責を問われると怯えまくる。……もう獣未満のおまえたちを育て守ってくれた日本とはサヨナラの時間だ…」
「ヒィィィィィィィ!!!!!!!!!!」
約一時間後
麻王が戻って来る。
父親とその場でそのまま待っていた愛は、父親の目も関係なく麻王を強く抱きしめる。
麻王は優しく愛の頭を撫でると、
「……もう心配しなくて大丈夫。余罪も多くあったから六人とも簡単に外には出て来ない。愛には怖い想いをさせてしまったな。」
麻王の胸で涙が止まらない愛は、
「心配したんだよ!…ううん、麻王が無事で本当によかった…死なないで…」
麻王は少し笑うと、
「帰り道の愛の質問を覚えているか?俺といると怖い思いをすると誰かが学校で噂を広めたようでな。ま、ハズレではないな。」
愛もよく知る人の悪意に困る麻王の笑顔に何故か愛の涙は止まらない。
「……私を守ってくれたよ。死ぬんじゃないかと思うくらい蹴られても私を守ってくれたよ。あの人たちが逃げた時、また来るんじゃないかと思うと怖くて仕方なかった。でも麻王は、私の心も守ってくれたよ…」
愛の父親が咳払いをすると、
「コホン……えっと……そろそろウチの診察室で夏葉君の治療したいなぁ~。」
愛は、
「見てたの?」
「いやいや、さっきから色々と丸見えですが?」
額の血を拭うと麻王は、
「……お父さん。」
「え?君にお父さん、いやいや、この場面は違うな、は、はい…」
「もし大切な娘さんがレイプされ自殺したら?」
「許さない!愛に手を出すクズ共は殺してやる!」
父親の言葉に愛は、
「……お父さん…」
「そうですか、ならよかった……お父さんはハルトに似ていますね?いや、ハルトがお父さんに似ているんだな。」
呆然と愛の父親は、
「……そう?」
クスクスと笑いだす愛は、
「もう~!お父さん、固まりすぎ~!」
私の心の中の”恐怖”がサッと吹く強風で消えた…この気持ちは譲れない…親友にも友人にも先生にも絶対に負けたくないぐらい私、井上愛は、夏葉麻王が大好きです。




