ひかりの悩み
●ひかりの悩み 105話●
周のアパートの下には連日、一年前に神薙青空の多彩な変化球を止め、甲子園で夏葉麻王のMAX167のストレートもフレーミング抜群にキャッチングした能力と配球センス、右に器用に流すヒッティング能力の二つで二球団からスカウトが来ていた。
「高校生でドラフト三位指名ですか…。」
周の母親が驚く。ひかりは複雑な表情をしている。
図書室、
あっさりと麻王は、
「……最終的には周が決める事だしな…。」
落ち込み気味にひかりは、
「……恥ずかしいんですが、母はお金しか頭にないのかなあって。ウチは母子家庭で…知っていますよね?」
「ひかりさ、何で敬語?」
「……麻王先輩が倒れた時に神薙先輩や文音さんに愛さん、みんな怒られて……それに甲子園でのすごい投球を見て…」
「敬語は大切だけど野球なんて球遊びの上手いヤツ決定戦だからな。」
ひかりはクスッと、
「変わらないですね?」
「人のあり方に家庭は関係ないよ。ひかりは純粋で真っ直ぐだろ? もしひかりがそう思うならひかりは親を反面教師にし、そういう人間にならないようにすればいい。人はその選択の繰り返しだろ?」
「選択の繰り返し…?」
「正確には二択の繰り返しだな。」
「例えば友達と縁を切るとか?我慢して付き合うとか?」
「そう、現実は四択も五択もあるがそれではミスをする。だから常に間違えにくい二択で考える。」
ひかりはじっと麻王の話を聞いている。
「…………。」
「いつか真っ直ぐな自分に誇りを持てると思うよ。」
麻王の言葉の中には常に優しさがあってひかりは思わず微笑む。
「ひかりは秘書の仕事も慣れて来たし自分の道だけをしっかり考えればいいんじゃないか?」
話している麻王の本をひかりが見ると以前とはまた別のPTSDの本を麻王はメモしている。
「はい、今月のひかりのお給料。月末締めの五日払いだろ?」
「ありがとうございます…………かなり多いと思いますが、麻王先輩?」
「自分のパソコンとかも欲しいだろ。それに周の分も入っているしな。でも学問は大切だからな。来月から銀行振り込みにするからここに口座を作っておいてくれるかな。」
麻王はそう言ってほほ笑むと図書室から出て行く。
ひかりは大切に封筒を握りしめる。
放課後
一年スポーツ科クラス
カバンの一番奥の内ポケットに入れていた封筒がない。ひかりは蒼白になって探し続ける。麻王が一番頼りになる。でもこんな事を話せない。ひかりは職員室や陸上部、水泳部の部室に探しに行く。
心配した心海と弓が教室の机に独り座っているひかりに尋ねると、堰が切れたようにひかりは泣き崩れる。
弓は、
「ひかり、こういう時は一度落ち着いて記憶をたどらせたら?」
「うんうん、美緒姉や文音が物を失くした時に麻王兄もそう言っているよ?それでもダメなら三人で探せば見つかるよ。」
力なくひかりは、
「……うん、ありがとうね、心海、弓。」
30分後
ひかりは、
「…………ないよ。もう九時だし心海も弓も帰って。ごめんね、付き合わせて。」
心海は、
「ひかりは?」
「お金の問題よりも麻王先輩の気持ちを裏切った自分自身が許せない。だから見つかるまで残る。」
心海と弓は、
「私たちも今日、直接、渡してもらったから三等分しようよ?それに遅くなったら麻王兄も心配して学校に来るよ?」
ひかりは涙を流しながら、
「ありがとうね、心海、弓。麻王先輩に謝らないと…。」
時間は午後9時を回っている。
ひかりたちが廊下を歩いていると神薙青空が前から歩いて来る。心海、弓、ひかりは青空に無言で会釈をすると青空は止まる。
振り返ると青空は、
「……どうした?何か困っている様子だね?」
ひかりは、
「い、いえ、何もありません。」
「麻王にも相談できない事のようだね。話は聞く。でも誰にも話さないと約束するよ。」
青空は真剣な表情で話す。
心海、弓、ひかりの三人は青空に事情を話す。
生徒会室
青空は、
「手渡しをした麻王にも責任があるね。ま、犯人を見つけるのは難しくないけどね。」
ひかりは、
「………それは後が辛いです。」
「お昼に麻王から図書室で受け取って六限目の時点でカバンの奥に入っていたんだよね。携帯を見せてくれるかな?」
青空の言葉にひかりは携帯を渡すと、
「周の分も入っていたんだね。」
青空の言葉にひかりが頷くと青空はひかりの携帯を三人に見せる。
周から”持って帰った”の留守電メッセージとメールが入っている。
安心して涙が止まらないひかりは、
「………本当にすみませんでした。弓も心海もごめんね。」
青空はやれやれと自身の携帯で電話をすると、
「意図は本人に聞かないと分からないが、周が持って帰ったようだね。ああ、檜木、校門前にすぐに車を三台用意してくれるかな?じゃあ。…君たちが校門に行く頃にはリムジンが来ているよ。」
心海、弓、ひかりは、
「……すみません。」
「早く帰りなよ。」
「はい。」
三人はトボトボと生徒会室から青空にお礼を言って出る。
心海は、
「はぁ~何か寿命が縮んだよ。でも見つかって良かったね。」
心海の言葉に弓とひかりの二人が頷く。
あらためてひかりは、
「ありがとうね、心海、弓。」
ひかりは先程までの茫然自失感はないがまだ浮かない顔をしている。心海と弓はひかりにその理由を尋ねる。
ひかりは、
「時計は午後10時前でしょ。いつもだったら周お兄ちゃんから心配の電話が掛かって来てるはず。きっとアパートでお母さんと揉めているんだよ…。」
心海は、
「親がいるから幸せとは限らないね。」
弓は、
「心海は恵まれすぎだよ~!美緒さんはちょっと天然だけどね!」
「悲しいけど、親ガチャはあるよね…ううん、行こ!」
ひかりはそう言うと、心海と弓と一緒に校門に向かう。
体育館が明るい。
麻王が制服のまま一人でスリーの練習をしている。
「麻王兄。」
心海の覇気のない声に麻王は気付く。
「周から連絡があってな。その後に結衣や香織に聞いたら三人が学校に残っているってな。」
麻王はそう言いながらボールを片付けている。
心海は、
「…………待っていてくれたの?」
ボールを片付け後ろ姿のままの麻王は、
「ダメか?」
「全然そんな事ないよ。」
「八時を過ぎた時に弓のお母さん、周や美緒、文音にも連絡しておいたよ。今日はひかりも弓も一緒にマンションに帰らないか?」
麻王の言葉にも無言のままひかりは頭を下げて校門に走って行く。
心海と弓が追いかけようとすると麻王は二人を止める。
「今回は、家庭の問題だ。青空が車を頼んでくれたんだろ?俺たちは電車で帰ろうか。心海と弓は少し待っておけよ。」
麻王はひかりを追いかけると車に乗せる。
ひかりを乗せたリムジンは走って行く。
心海と弓は、
「リムジンに乗ろうよ~!リムジンでいいでしょ?」
そう言う心海と弓のお尻を麻王はたたく、
麻王は笑って、
「学生の頃から贅沢クセをつけるな、それに心海も弓もスポーツガールズだろ。」
そう言うと麻王は体育館の戸締りをしている。
弓と心海は、
「麻王先輩って何気にセクハラしますよね~。………無視するな~!」
二人の言葉に麻王は全く反応しない。
「麻王兄って巨乳好き?」
「何、それ?心海も弓も………残念無念チーン。」
心海と弓は、
「はい、セクハラ~!」
「乳なんて乳腺のかたまりだろ?」
心海と弓は、
「はい、モラハラ~!」
「年下は言うことを聞いておけばいいんです。」
クスクスと心海と弓は、
「はい、パワハラ~!わかってんじゃん~!」
ワイワイ言いながら三人は帰って行く。
翌日
お昼にひかりは図書室に来る。
ひかりは麻王に、
「…………昨日、お兄ちゃんがお母さんを追い出して…。」
麻王の胸で泣き出す。
「周からその話は聞いたよ。勝手に契約の話を進めていて周が激怒したんだろ。でもお母さんも一人の人間だしお前たちを産んでくれたお母さんだろ。」
「昨日、麻王先輩が渡してくれたお金を持って出ていったんだよ。いやだよ!絶対に許せない!あんな母親、もう会いたくないよ!」
ひかりは母親の裏切りに対する悔しさの混じった涙が止まらない。
ひかりの瞳の涙を親指で拭うと麻王は特例特待生の用紙を渡す。
「俺が白桜に来なければ周がもらっていたはずの特例特待生だ。」
涙声のひかりは、
「麻王先輩がどれだけ努力して手に入れたか…絶対に受け取れない…」
「今日、放課後、俺に付き合ってくれるかな?」
麻王の言葉にひかりは黙って頷く。
「じゃあ一緒に食堂に行こうか。」
麻王は図書室にいる何人かと図書館司書の先生に頭を下げた後に図書室を出て行く。




