光る金魚。
近代宇宙航行距離において、20兆キロとは目と鼻の先。エンペラーを持ち出すまでもなく、ジャンパーでも1分以内に行って帰れる。
つまりはここがすでに戦場だ。
「ジャンパーの突撃位置に波動変換砲を撃ち込み、全てを光エネルギーに作り変えて、未宇宙に光をもたらす。前評判の通りです」
「・・・?じゃあそれ以外に意味があるのか?」
エンペラーに乗り込んで出撃タイミングを待っていたパンタロンは、エンペラーとのお喋りに興じていた。自分の意思ではまだ機体を動かせないし。
「未宇宙を見たことはありますか?教材でも構いません」
「・・・黒い壁?」
「おおよその教材ではそう表現されていると思います。それは正しくはありませんが、モデル理解として正解です。接触も反射もない、ただの暗黒空間。間違いなのですが」
「黒ってことは、光を吸収する何かがあるってことだよな?」
「そうです。だから間違いなのです」
エンペラーはわずかに楽しそうだった。
「しいて表現すれば、未宇宙の色は透明です」
「・・・綺麗だな」
「そうですね。私もそう思います」
宇宙の最果て、前人未到の地は透明。
だが少し考えれば分かること。透明に見える。宇宙空間で。
黒でも白でもない。光源に左右されない。
・・・そんなことは有り得ない。
「あらゆる観測が無効化され、恒星を直接ぶつけても変化なし。美しい」
「そ、そう」
硬い金属とか好きなのかな。パンタロンはエンペラーとの親交を深めていた。
「やはり男性には宝石の輝きは伝わりにくいものですね・・・」
そういう問題?だが、言わんとするところは分かる。
「いや分かるよ。おれも初めてサーベルタイガに乗った時、こんなすごいもんがあるんだ。ってびっくりした。気分良かったなあ。おれは宇宙で一番強いんだ、って思えたよ。普通に」
「そうでしょうとも。サーベルタイガを作ったのはある種の天才です。特筆すべきスペックを持たせないことにより、自己修復能力の効率を最大化。単独行動を前提とした設計を完全に成立させることにより、辺境惑星で最も配備された機体として歴史に名前を残しました」
「あれ。エンペラーでも、整備ロボットのこと知ってるのか」
「私をなんだと思っているのですか」
「全知全能だけど役に立つのか立たないのか微妙なラインに立っちゃってるロボット」
「・・・」
エンペラーは初めて私怨を抱いた。
「でも気にするなよ。おれはお前が大好きだから。だから大丈夫だ」
急に黙りこくったエンペラーを心配して、パンタロンは思いやりの言葉を発した。
「どうも・・・」
なんだ。可愛いところもあるじゃないか。パンタロンはいつものように、自分の善人ぶりに惚れ惚れしていた。
「おれも協力する。何もできないけど、お前と一緒に頑張るよ」
「・・・気持ちはありがたいんですけどね・・・」
「仕方ないだろ。ジャンパーに乗るのだって奇跡みたいな人間なんだぜ、おれは」
そういう意味ではない。エンペラーはもう反論しなかった。
「良いでしょう。未宇宙を見て取り乱さないだけで、構いません。それ以上は私がやります」
「おう!」
気合いだけは入っているパンタロン。本当にこの人間を選んで良かったのか自問自答し始めたエンペラー。
「エンペラー部隊、発進せよ」
しかし時は待たなかった。
パンタロンは初めての実戦に飛び立った。
操縦席モニターには、いくつもの光点が一本の線を表現するように映し出されていた。あれら全てがジャンパーが壁表面で重力崩壊現象を引き起こした点だ。ジャンパーは一定の間隔をあけて壁に突進。そして壁の間際ギリギリで自爆する。この場合の自爆とは火薬を爆発させるという意味ではない。
機体に存在する重力制御機能のリミッターを外し、わざと重力を崩壊させる。
未宇宙にはあらゆる力や波動が無効化される。壁面直前でブラックホールを作る実験も行われたが、無駄だった。
だからより強い重力を生むのではなく、重力を崩壊させる。未宇宙の壁をただ引っ張り寄せるのではなく、引き寄せる、反発する、あらゆる方向への力を生み出し、刺激を増やす。複合振動波による崩壊現象と似たようなものだ。人為的に弱点を増やし、攻めるべきポイントを作り出し、後続の火力を最大化する。
そしてジャンパーの突撃後にハイスピードが重力崩壊を固定する。
ハイスピードとは加速、高圧の意。重力異常を加速し、さらなる崩壊、さらなる刺激を呼び起こすブースターだ。
ただしその特性上、攻撃能力がなく、自己防衛手段しか持ち合わせない機体でもある。能力の全てをセンサー系に割り振っているため、超高圧だろうと超斥力だろうと全て観測できるが、「他の力」が微弱な場では意味をなさない。
逆に力が動いている場なら。それがエンペラーの最高出力であろうと、作用し、増幅させられる。
ゆえに攻撃手順としては、ジャンパーが突撃。ハイスピードが重力崩壊を増幅し、そこにエンペラーが波動変換砲を撃ち込む。さらにその崩壊をハイスピードが加速させる。これが現在の宇宙での最高効率の攻撃。
「あそこを補助しましょう」
「おう・・・」
エンペラーに導かれるまま。透明な世界に突っ込んだジャンパーの居た場所に発生した重力崩壊現象。それを波動変換。透明な壁に作用するプラス・マイナスの力を捻じ曲げ、折り曲げ、無理やりに壁を破壊する。この時、壁に加えられる力は重力、熱量、光、さらに波動そのものと、人類科学の全てを打ち込んでいる。
もちろんジャンパーのパイロットはもう居ない。最初の一撃で死んでいる。
パンタロンは、自分もそうなっていたであろうパイロットの冥福を祈る間もなく、エンペラーの動きに見とれていた。
センサーを通して入ってくるデータの全てが、未宇宙の壁の崩壊を伝えてくる。文字通りの前人未到の地をどんどん食い破っている。
これが、エンペラーの力。
・・・・じゃない。ジャンパーとハイスピードと、そしてエンペラー。三位一体でなければ届いていない。
一瞬で力に溺れかけたパンタロンは、理性ではなくさらなる欲望によって自分を取り戻した。
そう。パンタロンは、もっと良い思いをしたくなった。
あの壁に触れて、ジャンパーの皆のように自爆したら、どんなに爽快だろう。
炎に導かれる虫のように。パンタロンは絶対的な死、ヒト種の絶対限界に惹かれていた。
「帰ったらアイスでも食べますか」
「おう!」
死への欲求は食欲で上書きされた。扱いやすい人間で助かった。
そして実際にパンタロン機以下、50機のエンペラーは母船に帰還した。休養と補給のためだ。そしてこの手順を繰り返す。
「しかし。順調ですね。怖いぐらいに」
「どういうことだ?」
今の拡張速度は1秒間に50兆立方キロメートル。ちなみに10兆キロとはおおよそ1光年(正確には約9,4兆キロ)。
この調子なら1分間で300光年、1時間で18000光年、24時間で40万光年分の宇宙空間が広がる。だいたいで、銀河系の直径の4倍。
一度壁の崩壊が始まってしまえば、そこをきっかけにいくらでも拡張する。後は広がりが小さくなった時点で、再度ジャンパーを稼働、ハイスピードで後押し、そしてエンペラーで広げる。
最も上手くいったケースで、1年間この拡張行動は続く。だから母船には有り余るほどの余裕を持たせている。
「拡張幅が全く減っていません。普通、私の最大出力であっても徐々に目減りしていくものなのです。その時には、ジャンパーに再度の突撃を願うほかありません。なのに今、24時間が経過して、減少が見られない」
「・・・ラッキーに捉えようとしたけど。実は超ヤバくない?それ」
「ヤバいかどうか。確信はありません。案外、本当にラッキーなのかも」
エンペラーの態度は楽観的に過ぎるように思えるが、そうではない。
幸運というパラメータは現実のブレ数値であり、ブレでしかない。だから標準より上回ろうと下回ろうと、それはよくあることであり、幸運でも不運でも不思議はないのだ。
なお。この数値を人為的に増やそうという試みが、現代人類の繁殖行為である。
しかしそれはそれとして、今までにない事態に異常を感知するのは正しい。
今も透明な世界は、色鮮やかにこちらの手の内に入りつつある。
そして、いきなり操縦席内部に響き渡ったアラームにパンタロンは正気を失いかけた。
「なんだ!!??」
「敵です」
「敵????」
こちらが相対しているのは未宇宙。まだ存在しなかった世界だぞ??
「これが我々の敵です。これを覚えるのが、今回の課題ですね」
「落ち着いてるな・・・」
エンペラーはすでに敵を完全に認識している。パンタロンがモニター上で見たその姿は、光る金魚だった。
「かわ・・・怖!!!」
習慣的に可愛いと言おうとしたが、やっぱり怖かった。エンペラーのデータ収集では体長2キロメートルほど。
ピカピカ光る丸い魚が、宇宙空間を遊泳している。
悪夢みたいな光景だ。
「主食は宇宙を構成する「波」そのもの。やつらが動き回るから、未宇宙は宇宙として存在できなくなっていたのです。まあつまり、我々は彼らの自己封印を解いているわけです」
「うわあ・・・。承知済みなんだ」
「当然でしょう。なんのために武装があると思っているのですか」
「隕石破壊とか・・・」
「今どき、単独で宇宙空間に出られる機体で、隕石被害が出るようなポンコツは存在しません。流石にロボットに対する侮辱ですよ」
「そうかなあ・・・。結局、加速し続けた物体が一番怖いんじゃないの?」
「しょせんは物体ですよ。物理現象の枠内に収まるのであれば、それは我々の領域です」
お喋りの間にも光る金魚はこちらに向かっている。こちらを認識しているようだ。
「で。勝てるの?」
金魚が何者かはともかく。
このままだとすぐに接触する。どうやら相手の速度はこちらのジャンパーとそう変わりない。
「私なら」
「じゃあ、皆を逃さないと」
エンペラーで勝てる、というレベルなら、ハイスピードやジャンパーでは厳しいか。
「逃げる必要はありません。私達は全ての敵を捉えております」
楽しそうに言ったエンペラーは、間違いなくこの場の神であった。
光る金魚は後から後から湧いて出てくるようであったが、その群れの全てを塵一つ残さず掃滅。稼働しているエンペラーはわずか100体に過ぎなかったが、まるで問題なかった。
「重力制御特化のジャンパーでは厳しいでしょうが。私達エンペラーの敵は全宇宙に存在しません。例え相手が波動を食う化け物でも、捻じ曲げて粉砕するだけ。私達なら容易いことです」
「・・・すごい」
「ふふ」
「ジャンパーの次に」
「・・・・・・」
パンタロン付きのエンペラーは、何か釈然としないものを感じながら、敵を殲滅し続けた。
「そろそろ交代の時間です」
「おう」
戦況は完全にこちらが制している。被害もゼロ。各エンペラーがそれぞれ100万光年程度を完璧に掌握しているため、敵は出現と同時に消える。
ちなみにエンペラーの最高センサー感度は、1億光年を超える。現時点でフルスペックを発揮してしまっているエンペラーは一機たりとも存在しなかった。
「もしかして。過去のペンギン艦隊もこれが日常だったのか?おれは今まで、壁に飲み込まれて死ぬから、ペンギンは危険なんだと思ってたけど」
「一般的理解はそれで正しいと思います。何も間違っていません」
過去。キングが開発されるまでの、ジャンパーの過去モデルが最高機体であった時代。「金魚」の掃討手段はやはりジャンパーの重力崩壊、すなわち自爆しかなかった。重力崩壊に伴う光波振動が金魚の肉体をバラバラに分解し、なんとか勝利を収めた。
ジャンパーの搭乗者が尽きる前に、宇宙異種族攻撃機であるキングが誕生したのは、人類の僥倖であった。
光合成エンジンによる無限のエネルギーを用いて、波動変換砲の過去モデルである波動変形翼を行使する。今のエンペラーから見れば子供のような実力でも、人類はキングのおかげでその版図を広げられた。
しかし結局、ジャンパーがその命を捧げなければ、壁は変異しない。
先のパンタロンの言葉には、一寸の間違いもない。
「で。金魚の親玉のクジラとかは出ないよな。余裕しゃくしゃくだし」
「出たことはありません」
「・・・居ない、って言えよ・・・」
「我々は光る金魚の実在を認識しております。この上、クジラが出ようがメダカが出ようが、特に不思議ではありません」
恐ろしい。
自身の運命はペンギン艦隊に選出された時点から何も変わっていない。高確率の死と、確定された名誉。
それでもまさか、宇宙を泳ぐ魚と戦うとは、夢にも思わなかった。
宇宙はどうなっているんだ。
おれのような正常な知能の持ち主には、測りかねる。
エンペラーはもう突っ込まなかった。