スピリアとの語らい。
「第190ペンギン艦隊、出発」
エンペラー200、ハイスピード800、ジャンパー3万のフル編成を積載したクレイシ200隻を擁する無宇宙突撃部隊ペンギン艦隊は、夢の終わり銀河を駆け抜けていた。
エンペラー搭乗要員として認められたパンタロン特級兵長は、なんだかんだ船に馴染んでいた。
乗船しているクレイシ190は、1辺が長さ100キロメートルのサイコロ型艦船であり、その内部構造は豪華客船とも豪壮な大邸宅とも言いかねる、途方もないほどの大都市であった。およそ人類が必要とするもの全てが入手でき、しかもその数量に制限がない。通常であれば艦長クラスには優遇特権があるのだが、この船では全兵にそれが適用される。
死を前にした最後の晩餐を楽しむに最適な船。と誰もが思っていて、誰も口にはしない。そんな船だった。
しかしいかに船が特殊で船員も特殊でも、そこは人間の住まいであった。人同士の交流は避けがたく、また同僚間での適度なコミュニケーションは推奨もされていた。
「パンタロンもヴァルハラ(辺境惑星)出身なんだ」
「なんだ。スピリアもヴァルハラ経由?」
エンペラー乗りの憩いの場と化したエンペラー格納庫では、軽食とお喋りが日常化していた。最初からそれを想定されていたかのように、カフェ設備はおろか、ベッドすらある。無論、臨戦態勢時を想定してのことだ。
「ここはヴァルハラ経由が多いらしいね。よその銀河じゃ輸送船団出身が多いらしいけど」
「情報通だな」
「一応、エリートの家系で、そういう情報は山ほど仕入れてた。・・・ヴァルハラ送りになったんだけどね!」
ヨッチャムと同じか。スピリアという新たな友との会話は、かつての上司を思い出させた。本当にあの人もここに来るのだろうか。
「異なる環境では遺伝子が変化するって説が本当なら、もっとやれば良いのに。試行回数を増やしてエンペラー乗りを増やせば、もっと楽になるんじゃないのかなあ」
パンタロンはなんとなくの疑問を素直に喋った。正直、ジャンパーの生存率は高くない。かつてヨッチャムが教示してくれた逃げ惑う策を取らなければ、まず間違いなく死ぬだろう。
「その異なる環境に送り出す試みが常態化すれば、遺伝子はそれに合わせる。日常化した移動は耐性を生み出し、遺伝子は落ち着く。らしいよ。全部、昔の知識だから今はどうだかだけど。まだ常識は変わってないはず」
これはパンタロンが(本星生まれのエリートにしては)ものを知らなかった。ぬくぬくと本星に住んでいるのは、わざわざ子供一代分の遺伝子を穏やかに過ごさせ、孫の代で動かし、変異を促すため。ある種の常識だが、まあエリートの常識ではある。
「へー」
パンタロンは分かったような分かってないような、そんな返事をした。
「だからまあ偶然頼りなのは変わってないわけ。クローンじゃ先細りだしね」
一応、複製人間だけの銀河もあるにはある。クローン技術で製造された人間だけの実験銀河。ただ成功はしなかった。
使い捨て前提で一代限りの複製人間を数千体こしらえ、全員に思考調整を施した上で、ペンギン艦隊を作ってみた。その結果、エンペラーの前期モデルに当たるキングは動かなかった。作動しないまま、母艦の特攻によって、全員が一斉に死亡。データは残ったものの、クローン技術の使い道のなさが証明されてしまった。クローン元の人間は、当時最高の遺伝子の持ち主だったのだが。
「言っちゃなんだけど。絶対、ヘンだよな」
「何が?」
スピリアは無邪気に首をかしげてみせた。
「だって、「壁」が人間特有のタンパク質に反応しているのではない、ってのは分かる。動物実験もダメだったんだ。それは理解できる。でもキング搭乗資格持ちの人間のクローンが、大一番でキングを動かせなかったのは、もうオカルトじゃん」
当時最高の遺伝子ということは、言うまでもなくキング乗り。それと同一の遺伝子で無効化されるのは、筋が通らない。
「壁そのものが神。って説は古いよ。それなら、人類誕生以前に宇宙が広がってるわけないじゃん」
「そりゃそうだ」
わはは。と笑ってしまうほどには、使い古された宗教ネタである。
壁は神とも悪魔とも例えられるが、宇宙というものはどう考えても、人類誕生と関係なく存在した。極端な話、現在の宇宙に人類が存在しなくとも、宇宙そのものは無関係にあったはずだ。
だが。
はず。と言ってしまうほどには、今の宇宙は難しい。ほんの数億年前には宇宙は広がり続けているというのが定説であった。当時の子供だって知っていた。しかし実際には宇宙は拡大と同時に縮小していた。
広がりは当時の技術でも観測できたが、重力ねじれ現象はまだ未発見だった。もちろん、当時に発見できたとしてこの歴史に変わりはなかっただろう。
エンペラーの基礎理論が確立されたのが、わずか数千年前。当時の人類には荷が重すぎる。
が、過去の人間をバカにしても居られない。
エンペラー擁する現代人も、結局は解決策は特攻しかないのだから。
だから。というわけでもないが。
エンペラーの役割はジャンパーと一緒に突っ込むことではない。
宇宙の壁を観測し、その壁とジャンパーの衝突の瞬間の事象を再現すること。それが適うのなら、人的被害ゼロで宇宙を広げ続けられる。
そしてそれが適わないのであれば、自ら壁を観測し、突撃し、破損し、再生し、不死身の突撃部隊となること。
最後の最後まで、やる。
人類究極の叡智とは、結局のところ根性であった。
「第190ペンギン艦隊搭乗員、総員戦闘態勢。20兆キロ先に未宇宙を確認。ジャンパーから順次発進せよ」
そして時は来た。