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エンペラーとの出会い。

「ビーバー、発進します」


「補給に感謝する。無事の船旅を祈る」


 整備艦ビーバーはヴァルハラ50を飛び立った。1人の軍人を連れて。


「ビリオン特務兵長。まずは赴任ふにんご苦労。長旅で疲れただろう。今日は説明がてらの軽い運動だけだ。それに夜はちょっとした歓迎会を考えている。気を楽にして、ここに適応することだけを考えてくれ」


「はっ。了解しました」


 ここではあまりにも珍しい敬礼に、ヨッチャム特務将軍は少しウキウキした。前任の特務兵長はこの赴任時の一回しかしなかった。


「これは生活班のタンカーだ。日常生活で分からないことや不便なことがあれば、なんでも彼女に聞きたまえ」


「よろしくお願いします、ビリオン兵長」


「よろしくお願いします、タンカー特務兵長」


 同階級であっても、先任のタンカーの方が偉い。その不文律に従い、ビリオンもタンカーに敬意を示した。


「先任のパンタロン兵長も、サーベルタイガを始めとしたAIと連携して任務をまっとうしていました。皆の協力を得られるよう努力すれば、必ず成功できます」


「はい。ありがとうございます」


 ビリオンの姿にはまだ硬さが見て取れたが、新人だから仕方ない。それにしては真面目なやつだ。と、ヨッチャムとタンカーは2人そろって思っていた。


 ビリオン特務兵長の毎日は過ぎる。先任ほどテキトーでない彼は日々悩み考えもするが、心優しく美しい上司と美しく心優しい同僚によって支えられていく。



「これ書いたの司令だろ。いやタンカーか?」


 パンタロン特級兵長は、第2の故郷であるヴァルハラ50から届いた手紙で、彼らの健在を知った。新人も頑張っているらしい。


 ペンギン艦隊に出向してから、1年が過ぎた。本星での訓練、ジャンパーとの順応訓練も順調で、第300ペンギン艦隊に配属された後も適性検査では優秀な数字を叩き出した。本人の意思とは裏腹に。


「パンタロン兵長。艦長室へ来てください」


「了解」


 室内に響く指令にパンタロンは素直に従い、母船クレイシ190の艦長室に向かった。


「パンタロン。君のテスト結果は良好だ。次はエンペラーでのテストを行ってくれ」


「はあ」


 トキシロ特級大将の言葉に、パンタロンはよく分かってないような顔で頷いた。


 エンペラーは最後まで生き残れる。絶対的エリートの搭乗する最高級機体だ。


 だがそれゆえに、人類最高値の遺伝子の持ち主が乗る機体。


 サーベルタイガになんとか乗ってたようなやつが乗って良い機体ではない。


 そして最も重大な問題として、パンタロンは自分の遺伝子変化が止まっていないことを知っている。


 この間はジャンパーで適正だった。ハイスピードは厳しいと言われていた。それが今はエンペラー適正ありだと?


 このままだと壁にぶつかる前に死ぬんじゃないか。パンタロンは冗談抜きにそう感じていた。


 そうは言っても打開策など知らないので、シミュレータールームに向かい、エンペラーテストを受けた。


「合格。次はエンペラーに乗りたまえ」


 テスト教官にそう言われた。


「いや・・・。遺伝子は変わってても、おれのパイロット適正というか能力は。エンペラー乗って本当に大丈夫なんですか?」


「それはエンペラーが答えてくれる。乗るべきでないなら、君はエンペラーに乗れない。だから大丈夫。自分で考えるより、すぐに乗ってみたまえ」


「了解しました」


 本当かよ。と思いながら、パンタロンは格納庫に向かった。エンペラーは専用の一室がある。


 データチェックを通り、一部の人間しか入れないエンペラー格納庫に入る。


 エンペラーのパイロットで確定しているのはわずか数名。それ以外はパンタロンを含め、そこまで遺伝子レベルの違いはない。


「うわー」


 間近で見るエンペラーは、偉容をほこっていた。サーベルタイガのような愛嬌あいきょうは感じられない。


 近代機として平均サイズの全高20メートル。だが全身から突き出た重力センサー、光センサー、波動センサーの類がおそろしい。攻撃部位ではないのに、刺々(とげとげ)しい。


 さらに外観からは分からないようになっている機能の数々。波動変換砲、力場発生装置、光合成ひかりごうせいエンジン。


 極端な話、完全覚醒状態のエンペラーが1時間稼働したなら、新たな銀河を一つ作れる。


 そのエンペラーをってして、未宇宙の開発は単独では成り立たない。


 古語による神にも等しいエンペラーが通じない世界。正しく人類の限界点が、そこにあった。


 が、未宇宙に通じないからと言って、エンペラーの実力は過小評価されない。この機体を操る者は全ての創造主となり、全ての破壊神となる。


 そのため、エンペラーのパイロットは思考調査の上、思考調整を受けて、反逆の不安要素を消してから搭乗が許される。さらにダブルチェックとして、エンペラー自身のAIもまた反逆を許さない。AIは自らの判断によって人類に有害と判断次第、パイロットを殺す。


 最強の機体であるがゆえに、最も危険な乗り物。これが人類最高到達点であるエンペラーだ。


「・・・ひええ」


 思考調整を受けて、恐怖心や怒りなどの感情の揺れ幅が制限されている。なのに、パンタロンの体は震えていた。


 テスト教官という「人」が認めても、「エンペラー」は認めないかも知れない。


「・・・タイガ。お前は今、新人を支えて頑張ってるよな」


 パンタロンは覚悟を決めた。ここで死んでも、しょうがない。


 ヨッチャム司令。先に行きます。


 パンタロンが自分が乗るエンペラーを探して歩いていると、とある一機がコクピットを開き、出迎えてくれた。


「お前か。これからよろしく頼む」


「よろしくパンタロン」


 エンペラーはその威容に反して、落ち着いた言葉で迎え入れてくれた。


 エンペラーの手に乗り、そしてコクピットに乗り込む。


 操縦席のフィット感がまず違う。


 例えばサーベルタイガなどの旧式機は、コクピットに重力場を形成して、いかなる態勢になろうがパイロットの姿勢が崩れないようにする。


 これがジャンパーやハイスピードなどの現行機になると、機体構造の全てに重力安定制御が備わっていて、ブラックホールに突入しても無傷で済む。操縦席も例外ではない。


 そしてエンペラーでは、重力制御はもちろんのこと、完全力場制御機能が備わっているため、仮に太陽嵐の中でパイロットがモンキーダンスを踊ったとしても、全く揺れない。どころか操縦席でジャンプしても頭がぶつからない。席が広いのではなく、「広くなる」のだ。搭乗員に応じて席自体が拡張されるため、10人乗っても全員が余裕でくつろげてしまう。外側から観測すれば直径2メートルの個人席でしかないコクピット部分が、内に入れば直径20メートルの公園にもなる。これがエンペラーの売りである波動変換機能。


 分かりやすく言えば、物質の構成要素を自由変換する能力であり、コクピット席の次元をじ曲げて内側の空間を湾曲わんきょくし、かつ一定の力場を常に作用させているため、内部の人間は違和感すら持たない。心地良いソファに座ったように、自然と収まる。


 これはパイロットが操作していない状況で起きる。つまりエンペラー自体のAIが自律操作してくれている。


 そしてパイロットが人類に危険だと認識した際には、この機能を用いて、パイロットを自身のパーツとして再構成。人はエンペラーに「食われ」、その構成物質として生まれ変わる。


 エンペラー搭乗要員はこれに同意している。


 だから乗る前のパンタロンは、精神操作を受けていてなお、震えた。


「エンペラ。おれを消す前に、ヨッチャム司令に伝えてくれ。エンペラーの乗り心地は確かに良い。ここでコーヒーとか飲んで映画見れたら最高だと。ケーキも食べたい。以上をヨッチャムに伝えてほしい」


「分かりました。遺書に書き足しました」


「ありがとう」


 エンペラーとの初対面の印象は、悪くはなさそうだ。


「あなたの野心としては、若隠居わかいんきょを決め込んで引退というところですか?」


「ん?まあ、そんな感じ。綺麗なお姉さんとのロマンスとか自伝を書いて大ヒットとか、そういうちょっとした刺激もありつつの穏やかな暮らしがしたい。生きて引退できれば出来るかな?」


「可能です。私に乗った以上は、あなたは政府の重要人物の1人です。生涯しょうがい続く生活資金と全宇宙への居住資格が得られるのです。あなたは選ばれた人類ですから」


「そう」


 なんか。思考調整、受けたよな?と自問自答するくらいには、パンタロンは怖くなっていた。


 本当に引退して、ただで済む未来が見えない。大丈夫なのか。この先。


「見た目によらず慎重ですね。軽薄けいはくな表面に隠された落ち着きは、私の好まないものではありません。あなたとは仲良くなれそうです」


「お、おお」


 怖い。明確に怖い。


 おれがエンペラーを操るんじゃない。エンペラーのパーツになってるんだ、おれ。今。


かんも鋭い。私はあなたのことが、今の時点でも好きですよ」


「ありがとう。・・・おれはちょっと、お前のことが怖い。かな」


「私を恐れる者は賢明です」


 められたのかどうなのか。分からないなりに、パンタロンはエンペラーの操作手順を確認していた。


「?」


 エンペラーは微動だにしなかった。操縦席は相変わらず最適化され快適なのに。つまり光合成エンジンは動いているのに、パンタロンの操作を受け付けない。


「申し訳ありません。今は隔壁かくへきが閉まっているので」


「あ、うん」


 うん。そうだよね。


 もしかして、操縦権もエンペラーのが優先されてる?


 本当に、人間はこいつのパーツなのかよ。


「それを否定するものではありませんが、一度宇宙に飛び立てば、全てはあなたの思うがままですよ」


「うーん・・・。ひかえめに言って、悪魔のささやきだなあ」


「あなたは賢明です。好きですよ」


 正直。あんまり嬉しくない。


 エンペラーといきなりケンカをするよりは、比べ物にならぬほどマシではあるのだが。


「ダブルチェックにはならないけど、おれはお前を動かせる。そう思ってて良いのか?」


「大丈夫。あなたのサーベルタイガの操縦を見れば、使える人間だということは理解できました。機体に無理をさせない。無謀な真似をしない。そういう当たり前の操縦を心がけて頂ければ、それで十分です」


 今までの流れを全てなかったことにするかのような安心感。やっと思考調整の効果が出たのか?


 しかし一度も実際に動かさずに実戦待ちか。エンペラーというのはまるで常識が通じないようだ。分かっていたことだが。


「ま。よろしく」


「はい」


 意思の疎通そつうはできている。なら良し。


 棺桶かんおけになるかも知れない。座り心地が良いのも確かめた。


 万全だ。


「んじゃ、出撃の時にまた。いつになるか分かるか」


「全艦隊の訓練が終わるまで、あと3ヶ月。無宇宙への突撃はそれからです」


「了解」


 パンタロンはエンペラーと別れる時、どんな顔をしていたのか、思い出せなかった。


 へらへら笑っていたのか。そんな余裕はなかったのか。



 3ヶ月が経過し、エンペラーに乗り込み宇宙をその手につかんでなお、思い出せなかったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ペンギン艦隊の任務が宇宙拡大って、ものすごいスケールです! こんなにスケールの大きいお話は、さすがに生まれて初めて目にしました! まだお話の半分ですが、パンタロンがこの後どうなってしまうの…
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