選んだパンタロン。ペンギンとは。
第230艦隊の通り過ぎた後、ヴァルハラ50は俄に忙しかった。全ての補給施設を無理やり稼働させたため、補修の要らない施設は一つとしてなかった。それら全てを修理するためにパンタロンはいつになく頑張って働いていた。
「・・・タイガ。ジャンパーてどんな感じだ?カタログスペックは知ってるから、体感を教えてくれ」
「体感は分かりませんので、カタログスペックを説明します。ジャンパーとは正式名称ジャンプ・パワー・ユナイト。力場を媒介にした次元跳躍を主目的とした機体です。宇宙空間における重力を利して跳躍力を発動し、そこから生み出されたエネルギーはさらに他の機体に転送できるため、普段はエンペラーの予備タンク、ハイスピードの盾役として機能する縁の下の力持ちです。さらに自身を起点としたチェックポイントを形成できるために、「壁」に真っ先に突撃する役割も果たします」
カタログスペックは聞きたくなかった。それを調べて、パンタロンは落ち込んだのだから。
サーベルタイガがベーゴマ基地を補修している間、パンタロンはペンギン艦隊のデータを調べて読み下していた。目視確認をサボって。
「本星ってこことどう違うんだ?」
「本星居住資格を持った人間であれば、孫の代まで本星に住めます。遺伝子は問題とされません。目を見張る遺伝子が発現しなければ、その孫の世代で本星から夢の終わり銀河の他の惑星に移住し、人類生活拠点を広げます。予備の本星候補を発見すると同時に、単純に人類生存領域を拡張する偉大な目的のためです。しかし文化の中心地は、あくまで本星です。ですから富裕層や良質な遺伝子の持ち主はこぞって本星に住み、さらに彼らとの接点を作り出すために居住制限がかかるほど人が住んでいます。本星だから本星に住みたい、というところです」
「ふーん」
パンタロンも本星で生まれたエリート層。夢の終わり地球がどういう星か記憶はある。しかし言うほど良い所でもなかった気がする。
あそこは野心を心地良いと出来る人間でなければ、疲れ果ててしまう。
実際に本星に飽きたパンタロンは、家族に勧められるまでもなく自分の意思で入軍し、わざわざ辺境の星勤務を希望した。人気がなくて、人が居ないからだ。
そうしてこちらで出会ったのは、ほどほどに緩い上司と同僚。仕事も基本的にAI任せで気楽な毎日。
ペンギンになれば人生が変わる。リスクは重大だが、現代人にとって最高の栄誉が与えられる。
「・・・変わってやるから、誰かやれよ」
「何をですか?」
「独り言」
「分かりました」
「・・・犯罪者とかを光波動エンジンにくくりつけて突っ込ませれば良いんだよ」
「壁のことですか?それは有効な対策ですが、すぐに囚人の数が尽きました。もちろんどこかの外宇宙ではまだ有効かも知れませんが、ここ夢の終わり銀河で年間に生まれる犯罪者の数は、少ない。人類の進歩が仇となりましたね。それよりはエサで釣る・・・いえ名誉と金銭を保証した方が社会秩序も保ちやすいので、現状の夢の終わり銀河政府の政策は有効であろうと思います」
「AIが思いますとか言うな。生意気だぞ」
「抗議します。AIであろうと思考余地があれば考察します。少なくともパンタロンを支えるAIとして、私は日々思考しています」
「・・・それは助かってる」
なんだか理不尽なような気持ちを抱えたパンタロンは顔を上げ、時間経過に驚いた。
「あれ?もう昼メシの時間じゃん。今日はなんだっけ」
「ハンバーグです」
しかも本物の肉を使ったハンバーグ。普段パンタロンらが口に出来るのは、栄養価をちゃんと計算されて作られた人工肉。確かに味は違うが、これはこれで美味しい。
しかし本物の肉の贅沢感、特別さは素晴らしい。しかも栄養価が偏っている!
体が資本の軍人としては日常的に飲食することを許されない、ある種の禁止物質である。
「タンカー。もうすぐ帰るから、温めておいて」
「はい」
ちょうどタンカーはキッチンでヨッチャムの食器を片付けていたので、タイミングが良かった。サボりがバレない程度に通信を終えて、状況確認。
まだ半分以上の施設が修理待ち。ま、急ぎの用事もないし、ゆっくりやろう。
「タイガ。帰ろう」
「はい」
サーベルタイガは力場制御能力によって浮遊し、楽しい司令塔に戻っていった。
楽しいお食事を終えて気持ちの良いシャワーを浴びたパンタロンは、当然のように司令室に呼び出された。
「どうでもいいが、サボりはサボり。今日の勤務は抜いておくぞ」
「了解です」
目視確認を怠ったパンタロンに対し、ペナルティが発生した。
近代艦であればほとんどがAI任せであり、人類の役割など存在するべきではないのだが、パイロットにはこの義務がある。AIとても故障するからだ。というか、故障しない機械は存在しないし、ミスをしない人間も居ない。だからお互いを補い合うためにパイロットも出来る限りの仕事をする。
それをサボったパンタロンは、今日の仕事を休日扱いにされた。
ヨッチャムが特に怒っていないのは、すでにペンギン艦隊が通過した後だからだ。通過前にサボっていたら、流石に意志薄弱、任務遂行能力に疑問ありとして、交代要員を送るよう軍本部に要請しただろう。
「悩みがあるなら言え。聞くだけ聞くぞ」
こっちは司令官の仕事。各小隊指揮官には、部下の任務上の悩み相談に答える義務がある。これをサボると、やはり交代要請が出される。
「悩みっていうか。司令はペンギンになれるならなりたいですか?」
このほとんど答えのような問いを、ヨッチャムは茶化さず受けた。
「無論。だが、恐怖心もある。無駄死にではないが、とどのつまり私という個体は宇宙から消え失せる。志願できぬ者を軽蔑できるほど、私も勇敢ではない」
「うーん・・・」
「悩みは聞くが、私を差し置いてペンギンに選抜されたと言ったら、この場で殺す。そして平和的に順番を譲ってもらう」
「平和って、言葉の意味分かります?」
「「私は」傷付かない。それが平和という言葉の意味だ」
流石は司令官。独裁者の鑑だ。
「えーと。じゃあ、優しくて人間的に出来が良くて善行精神にあふれた青年、仮にパンさんと呼称します。」
「ああ」
冷静に、冷たい眼差しで司令官は相槌を打ってくれた。
「パンさんは遺伝子変異が起こったからペンギン来いよ、という手紙を受け取りました。先の第230ペンギン艦隊が持ってきてくれたやつです。で、パンさんは悩んでます。本星に住みたいわけでもないのに、なんで死ななきゃいけないのだ。でも誰かが行かなきゃいけない。でも死ぬのは嫌。司令官なら、こういう時はどうします・・・って行くんでしたね」
「まあな」
適当に答えながら、ヨッチャムは答えあぐねていた。
難問である。
自分なら言った通り、迷いなく行く。恐怖に飲まれたとしても、その上で自分はそれ以外の生き方を知らない。他にやりたいこともない。タンカーのように夢もない。消去法でも行くしかない。
だが、迷いがあるのなら。戦場でうろうろされるよりは、断った方が良い。
しかしこんな程度の人間にも勧誘が来るぐらい切迫した状況なら、私がそれを示唆するのもどうか。とにかく行け、と言うべきではないか。
ヨッチャムは悩み悩み、言った。
「ジャンパーに乗ったなら、うろうろして最後まで突撃するな。コールが来たら、AIに最適箇所を検索しろと命じ続けて時間を稼げ。最後の1人になるまで逃げ続けろ。運があれば生き残れる」
「え・・・」
パンタロンは本当に意外そうな顔をした。
ヨッチャムから任務に背くような発言を聞くのは、これが初めてだ。ヨッチャムはまっすぐにパンタロンを見ていた。
「お前ごときが本星に住み遺伝子を残すなど、私が許さん。私がペンギンになってから、死ね」
真顔で言い切ったヨッチャムは、確かにリーダーの資質とガキ大将のわがままさを感じさせた。
「逃げたら、怒られません?」
「エンペラーの邪魔をしたら、即射殺だ。絶対に射線上に立つな。ハイスピードが動き始めたら支援に徹しろ。もしかしたらそれだけで生き残れるかも知れん」
「はい。ご忠告、肝に銘じておきます。・・・ところでパンさんはおれじゃないし、あれなんですけど、今度ペンギンに行ってきます。出来る限りアドバイスください」
涙目になってパンタロンはヨッチャムにすがった。
ヨッチャムはそれを情けないとは思わなかった。
しかし遺伝子は理不尽なものだとは思った。
その日の仕事終わりに始まったタンカーまで含めた会議は、夜遅くまで続き、ヴァルハラ50始まって以来の全員の朝寝坊を招いたという。