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ペンギンになりたい女の子。ペンギンに選ばれた男の子。

「ヨッチャム特務将軍。今回の協力に厚く感謝する。貴官らの日頃の労務のおかげで、我々は全力行動が取れる。これからも変わらぬ精練を期待する」


「ありがとうございます。ご武運をお祈りします」


 第230艦隊は出立した。いつもの3人も、今回ばかりは静かに見送った。


「全部でいくつ行ったんですか」


「400」


 パンタロンの質問にヨッチャムが答えた。ヨッチャムの権限を超えた質問だったが、アンダー大将が教えてくれた。


「帰ってきてほしいですね」


「ああ」


 タンカーは大真面目に言い、ヨッチャムも大真面目に受けた。


 ペンギン艦隊は最精鋭。ブラックホールに突っ込もうが銀河の消滅に巻き込まれようが生存可能な、人類の持ちうる最高技術の結晶の船で出向いた。武装もそこらの銀河を丸ごと消し飛ばせるだけのものがある。


 それでも未宇宙は無存在の世界。次元を湾曲わんきょくしてもクォークを操作しても、意味がない。光波も届かず力自体も存在しない。生まれる前の宇宙。


 ペンギン艦隊はそこに宇宙崩壊級のエネルギーを注ぎ込み、人為的に宇宙を広げる。宇宙の誕生を早める。


 昔の夢見人はそれらを神の領域と言ったらしいが、現代人にとっては危急ききゅうの、直近の問題である。


 宇宙の広がる速度より、宇宙の崩壊する速度の方が、速い。


 このままでは人類の生存領域は20兆年以内に消滅する。


 そしてそれ以前にも、星が弾け、星系が歪み、銀河が震え、人は宇宙に居場所を失くし続ける。


 人は自分の住み家を、自分で作らなければならなくなった。


 今も外宇宙のどこかでペンギンが飛び立ち、そして散っているはずだ。


 これまでの宇宙拡大計画で成功例は数え切れない。実は成功率はおそろしく高い。


 一度の拡大で銀河10個規模の宇宙を獲得し、対価として参加兵員の半数はちりになる。


 その理由として、人類の歴史上、いかなる兵器であっても無人で宇宙の壁を打ち破ったことはない。


 だから戦艦は自身の光波動ひかりはどうエンジンを限界稼働させ、戦艦自体を光エネルギーへと変換することで、未宇宙に光をもたらす。


 単に光波動エンジンを突っ込ませるだけでは、「壁」は壊せなかった。光エネルギーは十分に足りていたのに。その中で、ごうやしたバカが船を特攻させ、自壊した。エンジン全開で。


 するとなぜか、壁は壊れた。


 以後、あらゆるパーツ、あらゆるエネルギー条件をそろえようと、人類が搭乗していない光波動エンジンで壁を壊した事例は存在しない。無論、その条件の中には人類が発見した全ての動植物、微生物、ウイルス等による実験も含まれる。


 結局のところ、人類の関与が必要であった。


 大昔の人々は天空に神が住んでいると思ったらしいが、現代人は宇宙の壁に生贄いけにえを求めるモノが住んでいると思っている。それを神と呼ぶのか悪魔と呼ぶのかは個人の好みだが。


 ペンギン艦隊は最精鋭である。あらゆる武装、特殊装備、機能を更新し、人類以外の犠牲を払う実験を行い、そして最終的に人身御供ひとみごくうを捧げて、人の生存領域を獲得していく。


 ファーストペンギンのうち、生き残るのは運が良い人間だ。だから人類政府は彼らを本星に戻し、遺伝子を継がせる。より幸運な、生き残るための人類を選別して。


「特務将軍はまだペンギンになりたいんですか?」


 珍しく、パンタロンがヨッチャムに真面目な質問をした。


「当たり前だ。目標はより高く」


「でも遺伝子検査の結果は出てるじゃないですか」


 珍しく。パンタロンが食い下がってきた。いつもならすぐに、はいはい、と受け流すのに。


 ヨッチャムもタンカーも、そんなパンタロンの意外な一面に少し興味がいたが、ヨッチャムは普通に返した。


「遺伝子は日々刻々と変化する。常識だぞ」


 確かにそれは常識ではある。ただヨッチャムに限らず、全人類がそうなので、つまり現時点でより優秀な遺伝子の持ち主とヨッチャムを比較した場合、順位に何の変化もない。その順番を抜かすほどの変化となると、もう極限状況を人為的に起こすしかないわけだが、これはプラスにもマイナスにもなりうる。ヨッチャムは最高級ではないにせよ、優秀程度の実力はある。極限のギャンブルを行うほどの悪条件でもなかったので、自然変異を待ち望んでいる。


 まあつまり、買ってない宝くじが当たる程度の確率を待ちわびて、ヨッチャムはアンダー大将に推薦書を願ったのだ。諦めが悪いというか、根性があるというか。


「分かりません」


 そう言うと、パンタロンは裸のままで司令室を出ていった。


 ヨッチャムは怒りもせずに、タンカーにたずねてみた。


「何をスネているのだ?」


「司令官が危険な目に会うのが怖いんじゃないですか」


 自信なさげにタンカーも言った。正直、よく分かっていない。


「なんだ。可愛いやつじゃないか。てっきり、次の補給物資からやつの嗜好品しこうひんを一つ抜いてやったのを怒ったのかと思ったぞ」


 親子丼の罰としてヨッチャムは心を鬼にして、パンタロンの枠に自分の好きな梅干しをねじ込んだ。


「大人げないですよ、司令」


 罰を与えること自体は問題ないが、罰は罰として承知させなければ意味がない。理由も分からず殴られては、それはただの暴力としてしか受け止められない。それではヨッチャムの指揮能力も疑問視される。


「構わん。やつは気にしてない」


 ヨッチャムは自身のストレスを解消できたので、何も問題なかった。



 パンタロンは自室で1人で、第230艦隊が運んでくれた物資の中の手紙を読んでいた。


 「遺伝子変異を認め、ペンギン艦隊への配属を許可します。パイロット適正再確認の上、本星でジャンパーへの搭乗訓練を行ってください。訓練次第ではエンペラーへの搭乗も可能な遺伝子です。貴官の賢明なる行動を期待します」


 ペンギンになるのは義務ではない。それでは忌避きひ感が高まる。


 だから本星での居住許可の上、あらゆる権利や資格を獲得できる超エリートとしての生活が保証される。人々が願ってペンギンになるように。死を恐れないように。


「・・・・怖い。こんな人間に、適正なんてあるわけない。遺伝子変異なんて、間違いだ」


 いつも適当で気楽なパンタロンは、1人でベッドで泣いていた。

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