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ヨッチャムとタンカー。

「第230艦隊司令官、アンダー特級大将だ。出迎えに感謝する」


「任務を果たすのみであります。こちらもファーストペンギンの支えになれることを光栄に思います」


 通信での対面だが、ヨッチャム特務将軍以下3名のヴァルハラの精鋭は、ちゃんと挨拶あいさつを交わした。


 相手は超エリート。生き残れれば、夢の終わり銀河の首都惑星勤務に移れる最高の人類。


 現代の人類種は生き残るべき最高の遺伝子のみを選別して、生き残るべくして生き残らせている。


「全体補給は今から20時間以内に終わらせる。その時間内の権限を移譲いじょうしてもらいたい」


「移譲しました」


「ありがとう。では、20時間後にまた」


 毎回の挨拶である。補給に立ち寄る艦隊にはいつもこうしている。正直に言って、ショートカットして良いのではないか、とヨッチャムですら思っているのだが、形式は重要なのだそうだ。


 通信が切れた司令室には弛緩しかんした空気が流れた。


「あー。緊張しましたね」


「ぬるい。そんな練度でこのヴァルハラを守りきれると思うな」


 礼服を威勢よく脱ぎ飛ばしたヨッチャムに言われても。パンタロンがそう思ったかどうかはさておき。


「やっぱり面構えから違いますね。本攻撃部隊の方は」


「流石と言ったところだ」


 タンカーもそこそこ緊張していた。本攻撃部隊がこんな辺境惑星に立ち寄るのは緊急避難時など限られた場合のみ、というのが常識である。


 それでもヨッチャムのつらの皮はちゃんと機能した。流石は司令官である。


「では各自、20時間の休憩だ。明日も全員集合だ」


「了解」


「了解」


 パンタロンは昼食を目指し食堂へ。タンカーはその昼食を作りに食堂へ。全速前進で離れる部下を尻目に、最後まで挨拶の構えを崩さなかったのはヨッチャムのみであった。


「・・・本攻撃部隊に異動願いを出すか」


 何度出しても受け入れられなかった。端的に言って、能力が足りなかった。


 遺伝子限界だから気にするな。そう言われてもな。


 ヨッチャムは金のかかる学習とトレーニングを睡眠時間以外の全てに費やし、一族の期待を背負って入軍し、そして落ちこぼれた。


 成績優秀、態度真面目、肉体健康。ただし、これ以上の成長は見込めない。


 だから選別される立場の本攻撃部隊には選抜されなかった。生き残るべき遺伝子だと判断されなかった。


 どう偉そうに振る舞おうが、あのパンタロンと自分は同列なのだと、それなり以上に優秀なヨッチャムは分かっていた。


 気を張るのも馬鹿らしい。


 それでもヨッチャムは、異動願いを出した。ちょうど来たアンダー大将に推薦を求めて希望書を出した。アンダー大将が帰ってこなければ意味をさないものではあるが。


 今回の遠征で死者数は多数出るだろう。補充が必要だろう。辺境惑星など放置しても良かろう。


 この私が、本攻撃部隊に行ってやっても良いのだぞ。


 異動に向けてヨッチャムが頑張っていると、食堂のタンカーから連絡が来ていた。


「親子丼できましたよ。早く来てください」


「・・・私は親子丼を注文したか?」


「パンタロン兵長が親子丼3つって注文されました」


 パンタロンの親切心に感動のあまり、ヨッチャムの血圧は上がり握力は振り絞られ、密かな謀殺ぼうさつたくらみまでくわだてられたが、異動の前に不祥事ふしょうじは不味いと考え直し、息を荒げながらも自制心を強化した。


 食堂に行ってみると、そのパンタロンはもう居なかった。


「兵長は、もう寝るって言って帰りました」


「・・・辺境惑星で1人ぐらい消えても、問題にはなるまいな・・・?」


「なりますよお。こんな3人程度も管理できないのか、って」


「ちっ・・・」


 舌打ちしたヨッチャムの行儀の悪さを指摘しながら、タンカーは丼に入った親子丼を出してくれた。


「良いじゃないですか。山勘やまかんでも、ペンギン艦隊は確かに生鮮食料品を運んできてくれたはずですよ」


「だがそれは私の命令であるべきだ」


 そう。親子丼などという贅沢品ぜいたくひんは、司令官相当の指揮権の下に調理されるべきなのだ。


 この辺境の地で通常の食料といえば、完全食であり長期保存食である栄養満点軍用非常食(全人類が食べられるように味が無い)しかない。それをなんとか並みの食べ物にするのが料理人であるタンカーの役割であり、たまに来る補給艦からの生鮮食品を毎週2日くらいに割り当てるのはヨッチャムの仕事である。


 生鮮食品は保存自体は効くのだが場所を取るのであまり置けない。こんな3人しか居ない星でも、ちゃんと保管可能な倉庫を用意するとなると、それだけで設備を取るし消耗品も増える。こんな星では無駄とみなされる。


「あいつは本当に正規の軍人なのか。実は密航者とかじゃないのか」


 大いに期待しながら、そんなことは有り得なかった。軍の、政府の記録に侵入できる人類など、この宇宙には存在しない。


 パンタロンは本当に記録通りの普通の軍人でしかない。はずだ。


「でも不思議な人ですよね。あんなマイペースな人、軍人さんには珍しくないですか」


「不思議というか、不条理だ。あいつを教育したのはどこの間抜けだ」


 文句を言いながら。いつの間にか丼は空になっていた。米粒一つ残さず。


「出身は本星、夢の終わり地球のようです」


「やつも落ちこぼれか」


 本星生まれは全員エリートの血統。ヨッチャム自身もそうだ。


 そして振り落とされた者が、こうして辺境勤務になる。


「私にも刺さりますから、やめてくださいよ」


「事実なのだから仕方ない。・・・ん?お前にも上昇志向があったのか」


「当然じゃないですか。ゆくゆくは本星でレストランを持つんですから」


「・・・遠回りすぎるのではないか」


 本星で働きたいなら、普通に本星に居続ければ良い。なぜ軍に。


「落ちこぼれが確実に資格を取るには、軍に入るのが早いですからね」


 入軍しさえすれば、どこ勤務の別なく、本星に居続けられる。逆に民間で本星居住資格を得るためには、相当努力しなければならない。具体的にはヨッチャムが人生を懸けたくらいの労力だ。


 ヨッチャム自身は無自覚というか、生まれた時から無意識に親の勧めるままに努力し続けてきたため、民間での居住資格も普通に持っている。より上を目指したために入軍、ペンギン艦隊を希望して、島流しだ。


 嫌なことを思い出したヨッチャムは、せめて表層だけでもタンカーに同情的な態度をとった。


「そうか。お前も大変だな」


「まあ貯金も出来ますし」


 当然ながら勤務星に配属されている間の衣食住は全額軍持ち。さらにたまの娯楽品についても、旧世代、旧式の物を希望すれば無料で得られる。貯金をしたければ公務員。その中でも最も効率が良いのは軍隊勤務だ。


 規則が厳しいのと死ぬこと以外はデメリットがない。


「片付けをよろしく頼む。では、また明日」


「はい」


 たかが食べ終わった食器でも、これは絶対にタンカーが処理しなければならない。皿一枚から補充要請が必要なためであり、総員の健康管理まで生活担当のタンカーの役割なのだ。だから食べ残しから体調不良を探り、必要であれば医療マシンに放り込む。


 幸い、この基地に来てから医療マシンが稼働したのは、初期の補給前に生鮮食品を食べきってしまおう、と全員で食べられるだけ食べて、胃薬を使った時だけだ。


 タンカーは洗浄し終わった食器がちゃんと所定の位置に戻っているのを確認して、キッチンを閉めた。


 明日の礼服もクリーニングは終わり、それぞれの部屋に運ばれている。パンタロンも考えたように、タンカー自身も明日の朝食を生モノで統一しようと考えていた。野菜や肉といった嵩張かさばる高級食材を使って、久しぶりに絵に描いたような朝食を出そう。


 自室に戻ったタンカーはスケジュールを確認した。残り8年で、特務将軍の資格が獲得できる。これはヴァルハラのような辺境惑星であれば資質を認められた者として司令官の地位に着くことができるし、本星に戻っても本星居住資格持ちとして就職時に優遇される。


 あとたったの8年。見栄みばえのしない任地であるが、いじめなど人間関係のいざこざはない。軍隊という閉鎖環境の権化ごんげのような世界では珍しい、ゆるい部隊だ。


 人間が殺し合いをするために必要な人数は、2人。3人のこの場所でそれが起きていないのは、あの司令官が気を配っているからであり、あのおとぼけパイロットが性格温厚だからであり、この生活担当者が優秀だからだ。


 ちょっと笑ったタンカーは、軍用品ではないお気に入りのパジャマで早めの眠りについた。


 明日は早起きだ。

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