ヴァルハラ50の3人。
「第230ペンギン艦隊、確認しました。24時間以内に到着します」
タイガの声でパンタロンは見回り任務から休憩に入った。
「本当にこんなとこに来るのか。どう考えても補給艦隊編成すりゃ良いのに」
「補給艦隊は普通にあります。出来る限り現地補給で済ませたいのでしょう」
「あー・・」
パンタロンは思い出した。
ペンギン艦隊は全滅前提のエリート捨て石部隊。彼らが向かうのは未探索宇宙。しかもこの夢の終わり銀河の外は、無。現時点での認識科学限界であり、ダークマターすら存在しない無の世界に突っ込む。
ペンギン艦隊は通称。正式名称は、最新銀河探査艦隊ファーストペンギン。広い広い宇宙は、彼らが先遣隊となって探検し、そしてヴァルハラのような中継点が生まれ、資源惑星が発見され、居住惑星などが建造される。
その中で犠牲になった船、人員は数え切れない。だからいざという時の補給艦不足を補うために、中継点があるのだ。
パンタロンはどう頑張っても特務将軍までしかなれない。ちなみに特務将軍になるための条件は勤続年数が10年を超えるだけだ。特務兵長とはこの任務に就いた瞬間に得られる階級であり、ただ単にAIを従えるから長と付いているに過ぎない。
その代わり、死の危険性はほぼゼロに近い。こんな辺境でも隕石対策はバッチリだし、流れ弾も艦隊の一斉射クラスでなければ、ヴァルハラの能力で抑えられる。
ちなみにサーベルタイガは各施設を補修するための整備ロボットであり、攻撃能力は存在しない。一応、1万年前に作られた比較的新しい規格の機体であり、当たり前のように自己修復機能があるので、このような辺境では最適なロボットである。それ以外は何も出来ないが。
「タイガ。ここにも流れ弾くるかな」
先ほど、流れ弾でもだいたい平気と述べた。しかしそれは通常の規模であり、今回は通常ではない。
「覚悟は必要でしょう。ですがご安心を。すでに遺書は送られています」
辺境勤務者は全員が遺書を作成済みであり、家族、軍、政府に預けられている。任意のタイミングで書き換えも可能だ。
「安心・・・」
それは安心という意味で良いのか。哲学者になったパンタロンは見回りに戻った。
直径5千キロの小惑星でしかないヴァルハラ50だが、細部まで見ていくと、それなりに時間もかかる。今回はそれに加えてペンギン艦隊が施設を使うこともあり、入念に調べ上げていた。
まあ・・・。仮に壊れていたとしても、整備艦が来るよりペンギン艦隊が来るのが先なので、故障中の看板を立てておく仕事になるのだが。
「礼服を仕上げる。シャワーを浴びたらすぐにこっちに来い」
「了解」
いきなりのヨッチャムの命令にもパンタロンは驚かない。慣れたのだ。
真面目に見回りを終えてから、パンタロンはサーベルタイガを主基地格納庫に入れて、自動整備にかけた。
「おやすみタイガ」
「おやすみなさいパンタロン」
タイガの目が優しい光を灯し、2人の相棒はそれぞれの休みについた。
基地は至極簡素な作りで、格納庫の上がそのまま司令塔であり司令室であり宿舎であり、それだけで完結した施設であった。
「来ましたー」
「ああ。タンカー、見てくれ」
「はい」
司令と一緒に居たのは、この基地の生活担当であるタンカー。ヨッチャム司令やパンタロン整備長と同じく、この辺境惑星の正規着任者である。これでヴァルハラ50に存在する人間が全てここにそろったことになる。
タンカーが持っているのは儀礼式典用の制服。サイズは合っているので、後は細かな着用感を合わせるだけだ。
パンタロンはその場で軍服を全て脱ぎ、式典服に着替えた。この場に恥ずかしがる人間は居ない。
「パンタロンのサイズは全く変わってませんね、司令」
「・・・そうか」
ヨッチャム司令はそっぽを向きながら答えた。
「なんだ?」
何も知らないパンタロンは素直にタンカーに聞いてみた。
「ヨッチャム司令はわずかにサイズアップしていたの。ベルトをゆるめるだけで対応できますよって言ったのに、ちゃんと作り直せって。太ったのがバレるからだって」
「・・・・・・・」
ヨッチャムは特に何も言わず、監視衛星からのペンギン艦隊の映像を眺めていた。ちょっと恥ずかしがっている気もするが・・・。
「大丈夫ですよ、司令。いつも食っちゃ寝ばっかしてるから、そうなるのは自然です。病気じゃありません」
パンタロン特務兵長はヨッチャム特務将軍を慰めた。敬愛する上司へ当然の気遣いだ。
「そうだな」
ヨッチャム司令は嬉しそうに頬を紅潮させ、感激のあまりに拳を震わせていた。パンタロンは一日一善をモットーにしているので、うんうんと頷き返した。礼など要らない、と。
タンカーは無意識のうちに2人のやり取りを意識から追い出し(2人が顔を合わせた時は必ずこうなっていた)、パンタロンの服をクリーニングに出していた。
「では明日。遅刻しないでくださいね、2人とも」
「私はしない」
「おれもしません」
タンカーは2人の言葉を一切信じていなかったので、予防策を講じた。
翌日、ペンギン艦隊が到着する2時間前に、ヨッチャム特務将軍とパンタロン特務兵長はベッドから叩き起こされ顔を洗ってもらい、服までお手伝いロボットに着させてもらったという。