1 プロローグ
私はジェダイト王国に仕えるオニキス侯爵家の長女アビゲイル・オニキス。
今年で15歳になります。
私が生まれた日の朝に「高貴な者の家に聖女が誕生する」という神託があり、その神託に従って国が貴族の家に生まれた赤子を調べたところ、私にその素質があるということがわかりました。
聖女というのは強力な治癒魔法を使ったり、悪しき者が王国に近づかないように聖なる力を発することができる貴重な存在です。
なので、私は物心付いた頃から王国に保護されて王都で聖女見習いとして修業をしています。
保護と言っても護衛や支援をしていただくだけで、親元から離されたりするわけではありません。
王族の方とも仲良くさせていただいていて、特に歳が割と近い第二王子のクリストファー様とはよく遊んでいただきました。
今日も用事があって王宮に来ているのですが、大勢の召使いの間からクリストファー様が一緒に出迎えてくださいました。
クリストファー様は短い金髪で奇麗な顔をした優しそうな青年です。
「アビゲイル、よく来てくれたね。聖女の最終試練が来週に控えているんだって?」
「ええ、それでご報告に伺ったのですけど、国王陛下から何か大事なお話があるらしくて。クリストファー様は何か聞かれていますか?」
「ああ……」
でも、なんだかクリストファー様は元気が無いようです。私が気になって顔をのぞき込むと、クリストファー様は慌てたように私から距離を取りました。
幼い頃からよく遊んでいて手を繋ぐことですら日常茶飯事だったので、少し違和感を感じてしまいました。流石に最近はしていませんけど。
クリストファー様も18歳になられたので、決まったお相手がいるのかもしれません。もしかしたらなんて思っていた私は少し寂しくなりました。
「アビゲイル様、申し訳ございませんが国王陛下がお待ちです」
「すみません、すぐに伺います」
騎士の方にそう言われたので、もう少しクリストファー様と話していたかったのですが、話を終えて足早に謁見の間に向かいました。
謁見の間に通されると、既に国王陛下が玉座にいらっしゃいました。私は慌てて臣下の礼を取ります。
ちらっと見ると横には黒髪の目つきの悪い男性が立っていました。王太子のワイアット殿下です。
私はワイアット殿下が少し苦手です。小さい頃には私と一緒にいるクリストファー様に意地悪をされたり、最近でも些細なことで叱責が飛んでくることがあるのです。
「アビゲイル嬢、王宮に着いたらすぐに来たまえ。陛下を待たせるなんて失礼だろう」
案の定、そんなことを言われました。正論なので何も言い返せませんけど、クリストファー様とは少し立ち話しをしただけなので、割と王宮には着いたばかりなのですがどうなっているのでしょうか。
「良い。オニキス侯爵令嬢、顔を上げなさい」
国王陛下が優しくそう言ってくださいました。陛下はクリストファー様に似ていて、同じように優しそうなお顔をしています。
「父上、アビゲイル嬢は父上のご命令で我が妻になるのです。それなりの教育は今からしておきませんと」
なんですって?彼は何かの冗談でも言っているのでしょうか。
「其方は聖女の最終試練を受けたのち、王命により我が妻となる。今後は聖女の修業などではなく、王太子妃として恥じぬよう教養と作法を身に着けてくれ」
聖女の修業などって、それは王国が私にさせていたことだし、私はそれが忙しい中でも侯爵令嬢としての教養も作法も勉強しています。
終わればこの王太子との結婚が待っているなんて聞いて、私は聖女の最終試練を受けるのが嫌になってきました。