始まりの村
初見さん宛。
チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。
https://www.pixiv.net/novel/series/1383788
突如村に鳴り響く警報の鐘の音。
緊急事態かと思いきや村人や冒険者たちはまるで祭事のように騒ぎ立て、それぞれが武器を構え全員同じ方向に向かって走り出す。
幼女もそれに便乗するように走り出し、アストもそれに続く。
みんなが向かった先にあったのは崖。
しかし崖と言ってもそこが見えないような断崖絶壁ではなく高低差は4、5メートルほど。おそらく村が高台にあることによる高低差だろう。
そしてその崖の向こうには種族問わずおびただしいほどのモンスターの群れがこちらに向かって突撃してくるではないか。
「世紀末かよ」
「ご主人、これがこの村最大のゲリライベント、『モンスター大量発生』だよ」
「シンプルだな、おい」
「日によっては1時間おきなんてのもあるんだって」
「このモンスターの群れを討伐する手伝いとして宿代がタダになるんだよ」
「じゃあご主人、これ借りてくね」
そういうと幼女はアストのバックパックからレーヴァテインを取り出すと崖を飛び降りモンスターの群れへと一直線に突っ込んでいく。
そして幼女が飛び降りたのを期に近接武器を持っている他の冒険者や村人たちも次々と崖を飛び降りモンスターと正面からぶつかる。
「焼き尽くせ……レーヴァテイン。その剣身に宿りし悪魔よ、世界を飲み込む黒炎となれ」
幼女が詠唱と共にレーヴァテインを地面に刺すと、刺した箇所から幼女の向いている前方にかけて大地がひび割れ、割れた地面の隙間から黒炎の柱が次々と上がり触れたモンスターを焼き尽くす。
「……黒い…炎…?」
アストがレーヴァテインを手にした時、確かにその力を100パーセント引き出した感覚があった。しかし最大限まで力を引き出したにも関わらずアストが黒い炎を出せたことは無かった。
もしかして使用者によって炎の色が変わるのだろうか?
それともアストでも知らないレーヴァテインの力が、100パーセントのその先があるということなのだろうか?
そしてあの幼女はその力を易々と引き出した、流石としか言いようがない。
そんなチート級の幼女を筆頭に村人や冒険者たちも迫り来るモンスターの群れを次々と押し退けて行き、人々の通った後には汚れた血と肉塊しか残らなかった。
「俺も行きますか。ど・れ・に・し・よ・う・か・なっ……」
アストがバックパックから無作為に取り出した武器は魔力弾式バレットM82、対物ライフルだ。
崖に伏せスコープをのぞき込む。最初に視界に入ったのは魔獣ミノタウロス。物理法則を考慮し狙いをやや上に向け息を整える。
引き金を引く直前、吸われた魔力がバレット内部に組み込まれた錬成回路によって魔力弾になる。
ズヴァンッ!!!!!
放たれた弾丸は発射音がアストの耳に届くとほぼ同時にミノタウロスの頭部にめり込み内側から爆発する。
肉片と脳みそが辺りに飛び散り頭部を失った巨体が無気力に倒れる。
「まず一匹」
続けざまにもう一発、そして間髪入れずに一発。リロードなんて存在しないスコープ内に入ったモンスターを片っ端から打ち抜いていく。
羽虫を殺すような感情で引き金を引き続けているとたまたまスコープ越しに幼女の姿が見えた。
返り血一滴たりとも浴びずに戦場を舞い近づくモンスター全てを炭の塊にしていく。一騎当千。幼女一人でも十分すぎるくらいの苦戦という概念が存在しない圧倒的戦闘力。戦場をかけるその姿は処刑人に等しい。
「……かっっっけえなぁ…!?」
ズドンッ!!!
スコープ越しに幼女に見とれるアストのバレットにナニカが飛んできたと思った瞬間、スコープを除いていた右目が見えなくなり猛烈な激痛が襲い掛かる。
「っあ゛あ゛あ゛――」
ドスドスッ!!!
アストが叫び声をあげようとした瞬間、同じ激痛が喉と心臓にも続けざまに走り声が出せなくなる。
「――――――っ」
自信の体から流れ出た血の海に倒れ込み薄れゆく意識の中近くの村人に助けを求め手を伸ばす。
しかし村人は今にも死にそうなアストを心配するどころか目もくれず瞳孔が全開した狂気の目でモンスターを殺戮し続ける。
誰も治療してくれないこの状況で体も動かせず息もできない瀕死寸前のアストが助かるわけもなく意識が徐々に遠のいていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『おっ、気が付いた?』
意識が戻り目を開けると懐かしい声が頭の中に響く。
大の字で横になるアストの頭上に小学生くらいの小さな銀髪の幼女が顔を覗き込むようにこちらを見ていた。
「……イリス…じゃあここは」
『そうだよ、キミが散々お世話になった転生の間』
「……つまり俺はまた死んだってことね」
『流石これだけ死んでれば呑み込みが早いね』
状況を説明する手間が省けて楽という意味なのか、アストが死に過ぎていることに対する嫌味なのかイリスが小さく笑いながら答える。
「それで、今回の死因は?」
『魔槍グングニルを右目と喉、とどめに心臓串刺しで大量出血』
イリスが魔法でアストそっくりの等身大人形と槍を3つ具現化し実際にアストが死んだ時と同じシチュエーションを再現する。
槍が刺さった時に肉を貫く音が聞こえたり血しぶきが上がったりと妙にリアルなのがなんか嫌だと思わせる。
にしてもこの絵ずら――――
「しょうもねぇ死に方だな…」
「ほんとだよ。どうせ死ぬならもっと面白い死に方してよ」
変な地雷でも踏んでしまったかイリスが何故か説教モードに入る。
「それが神様の言うことかよ」
「もう飽きるほど他人の死に様見てきたから、拘束して指先足先からゆっり肉体を桂向きにされて悶え死ぬくらいのレベルじゃないと退屈なんだよね」
「人の死に面白さを求めるなよ。あとその例え止めろ!今ここでお前に向かって吐くぞ」
完全にアストがグロに弱い事を見越しての発言、まったくもって嫌になる。
「霊体で嘔吐出来たらそれはそれて新しい発見だからどうぞご自由に」
「お前が幼女体じゃなかったら思う存分ぶん殴れたんだがな~」
「私にそんな口きいていいの?元の世界に転生させるよ?」
「ワー、イリスサマダイスキー」
究極の脅しをかけられてはアストも反論することが出来ずスッと引き下がる。
「まったく、キミの相棒の蘇生がもう少し遅かったら今すぐにでも地球に送り返してあげるのに」
「おっ、つまり今回は転生しなくていいと、そう言うことですね」
地雷を踏んでから死んだ魚のような目で感情の『か』の字すらなかったアストが一瞬にして元気を取り戻す。
「そうだよ。なんかつまらないから生き返ったらまたすぐに死んできてよ、もちろん面白い死に方で」
「はっはー、もう死なないんだなこれが」
「立派なフラグ建設おつ、早く回収してきなさい」
「生き返るころにはきれいさっぱり解体されてるからできませ~ん」
流れが変わりイリスの言葉に怯えなくなったことで形勢が逆転していく。
「はぁ……ほんと…今回のキミの相棒は優秀過ぎてつまらないなぁ…神の裁きで殺そうかな」
「でも俺が死ぬ回数が減ればイリス様の仕事が減りますよ?」
「あの少女は間違いなく最高の逸材だから今後とも仲良く頼むよ」
「手のひら電動ドリルかよ」
「えっドリルだけど何か?」
定番のツッコミをしてなんと返されるかと思えば、イリスの右手首が人体の組織構造を無視してぐるぐるとねじれ続ける。これは神様だからという言葉で片づけていい次元ではない。
「3Dモデルのrotate_Xを極限まで捻じった手首かよ」
「キミほんとそういう例え好きだよね」
分かる人にしか分からないツッコミにイリスもそれ以上足を突っ込む気にはなれなくなった。
「じゃあもういい?そろそろキミの相棒がかけた蘇生魔法の効果がキミの魂を回収に来る時間だ。最後に何か聞きたいことはあるかい?」
「じゃあ、ひとつだけ」
「なに?」
「今の俺の能力ってなんなんだ?カジノでTAS幼女に引き分けることが出来たのも俺の能力が関係してるのか?」
今のアストの人生において一番の不確定要素であり最大の謎、今回の自分のチート能力について真面目な顔で質問する。
「……分からない。と言うのが現状ね」
「分からない?神様にも?」
この返答はアストにも予想外、完璧な存在であるはずの神にでもアストの能力の詳細が分からないというのだ。
「ええ。そもそもキミたちの能力は神が作り出したものじゃなくて、なんか気づいたら勝手に生まれたものだから。私たちの力はもちろん、魔法や化学とも全く別の領域。本来この世界には存在するはずのなかった力。言うなれば世界のバグ。だから私たちも能力に関しては過去に前例のあるものしか知らない」
「おぉ…なるほど、分かるようで分からん」
思ったよりも壮大な話になり早くもキャパが限界に達しそうなアスト。とりあえずチート能力の存在が神の意図しないものであることは理解した。
この世界に来た頃のアストはてっきり神々がチート能力同士を戦わせたらどうなるのだろうという好奇心でこんなカオスな世界を作り出したと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
「つまりキミの能力に言えることはただ1つ………」
急な緊張感にゴクリとエア唾を飲み込むアスト。
「キミの能力は過去に前例のない私たち神ですら知らない全く新しい能力って事」
「全く新しい能力……」
これも予想外、そして新しい能力ということは結局自分の能力がどんなものか分からないという事。
中二病としてはこの展開は面白いのだが、能力の詳細が不明ということは使いどころが分からないという事。下手したら味方にまで影響するタイプかもしれないので乱用もしづらい、そうなるとこのカオスな世界での生存率が下がってしまう。
「そっ、だから正直キミがその能力を存分に使ってくれないとこっちも系統すら分からない状況なんだよね」
「はへぇ~~~」
しかし能力の詳細を早めに解析するにはどんどん力を使って行かないといけない、この何とも言えないジレンマ。
以上を踏まえるとあまりいい報告とは思えない。
「だから戦闘はなるべく能力中心で戦ってくれるとこっちもどんなものか考察できるからよろしく」
あんまり乗り気はしないがイリスから頼みごとを受けたところでアストの座っている所に魔法陣が展開され始める。
何度も見てきたからか蘇生魔法の魔法陣は転生の魔法陣とは模様が少し違うことに気づく。……まぁ、気づいたからどうということではないが。
魔法陣が展開し終え最後に神々しく輝いたと思った瞬間アストの意識が何かに吸い込まれるように遠のいていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おはようご主人」
「………あぁ」
まだ意識がもうろうとしているアストを覗き込みながら幼女が挨拶をする。という事はどうやらちゃんと生き返ることが出来たらしい。
アストが体を起こすと自分の寝ていた地面が真っ赤な地で染まっていることに気が付く。もちろん服も血まみれで心臓のとことはきちんと穴が開いている。
「びっくりしたよ、急に死んじゃうんだもん」
「あぁ悪ぃ、お前に見とれてたら油断した」
よいしょと立ち上がり血で固まった砂埃を払い落とす。
「馬鹿だねぇ~w、油断死とかこの世界で一番恥ずかしい死に方だよ?転生する時に神様から忠告されなかったの?」
「うっさいうっさい。そんなことより状況は?」
幼女の煽りから逃れるため無理やり話題を転換する。
「とりあえず今回来たヤツらは全員倒したよ、ただ後から来たモンスター達がなかなか凄くてこっちも半分くらい死んだ」
幼女がが先に首を向けそれにつられてアストも同じ方を向く。崖の下は村の入口の風景が霞んで見えるほどの地獄絵図が小さな山を作り出していた。
「そうそう、コイツがご主人を殺した犯人の首だけど…いる?」
「いやいらねえ」
足もとに転がっていたモンスターの首の一つをサッカーボールの様に蹴ってアストの足元に転がす幼女。しかしアスト自身生首を貰ったところで使い道は無いので、転がってきた生首を一応自分を殺したことへの恨みを込めて崖の向こうめがけ思いっきりシュートする。
生首は綺麗な放物線を描き死体の山の裏へと消えていく。
「生首渡しといて言うのものなんだけどご主人、グロいのダメなんじゃ?」
「自分が手を加える、あるいはこれから手を加える場合は大丈夫なんだなこれが」
「ふ~~~ん?なんで?」
「知らねぇ、なんか大丈夫なんだよ」
これに関してはアストも理由を把握していない。グロ注意の映像やゲームは苦手だが、自分の手で直接スプラッタにすることに関しては何の問題もない。地球にいたころからのアストの謎だ。
「……………」
「な、なんだよ」
「別に~、それよりご主人、次が来る前にさっさと帰って休もう」
「次?次って…まさかこんな乱戦がまた来るってことか?」
「ここはそういう村だからね。早ければ1時間以内にまた来るよ」
「嘘だろ……こんなので休めんのかよ」
こんな大群が早くて1時間でまた攻めてくる。問題の多い村だと思っていたがどうやら問題しかない村だったらしい。
「別にこれに参加するのは任意だよ、そして1度でも参加すればその日の宿代と飲食代が免除される。だから仮に次参加しなかったっとしても今日の分の食事と宿はゼロってこと」
「それだと2回目以降参加するメリットってなくないか?」
「そうでもないよ。幻獣系のモンスターが軍隊レベルの数で来るようなところだからね、レア素材も取り放題。コアとかも村で即換金できるし。何より大量のモンスターが向こうから来てくれる、こんなに効率のいいお金兼素材稼ぎできる場所は他には無いよ」
「確かに…」
言われてみればこれだけの数のモンスターからコアやらレア素材やらが取り放題なのは冒険者からすればコスパ最強なのかもしれない。こんな不気味な村に絶え間なく人が訪れてくるのもこれがあるからなのだろうか?
「そしてこの村では自己防衛・自己責任がルールだから死んでも村の人は誰も助けてくれないし建物を破壊しても怒らない。つまり周りを気にしないで思う存分力を使える」
「そっちが本命か」
「たまには全力出さないと鈍っちゃうからね」
――そう言えばイリス様も能力を存分に使えって言ってたな……この村なら試行回数増やせるし丁度いいか
モンスターの軍団を相手にするのは正直面倒臭いが、せっかくいろんな練習相手が向こうから来てくれるのでしばらくこの村で能力を使うことを決めるアスト。
「…そう言えばなんでこの村はあんな大量のモンスターに襲われるんだ?なんか襲われるようなものでも眠ってるのか?」
「さぁ~村長ですら知らないんだし誰も知らないんじゃない?」
「いやいや、こんなことが日常茶飯事なんだから何かしら理由があるはずだろ」
「そうかもね、私は興味ないけど」
「おや、今回も無事だったか。さすがじゃのう」
聞き覚えのある声に後ろをふり返るとそこには村長が立っていた。
「村長も相変わらずしぶといね」
他の村人や冒険者と違い返り血を浴びていないのはこのゲリラに参加していなかったからと思ったが幼女の発言からかなりの猛者であることが分かる。
「二人とも疲れたじゃろう、お茶でも飲んでいきなさい」
「わーい」
おじいちゃん家に来た孫娘の相手をしているかのような会話をしながら2人とも死体の海を踏み潰し堂々と歩いて村長の家へと向かう。
「えっ?おいちょっと待てよ」
「どうかしたか?」
「なにご主人?戦い足りないの?」
「いやそうじゃなくて、死んだ人たちは弔わないんですか?」
モンスターの死体ならまだ分からなくもないが、冒険者どころか同じ村の人たちの死体すら弔わず平気で足場として歩いて行く。しかもそれは村長や幼女だけでなく他の生き残った村人や冒険者も同様、誰一人死んでいった仲間に悲しむ者はいなかった。
「言ったでしょご主人、この村では自己防衛・自己責任がルールだって。ご主人みたいに生き返らせてもらえるのはこの村では奇跡みたいなものなんだから」
「モンスターごときにやられる者は老若男女問わずこの村には必要ない。皆もそれを理解してこの村に住んでおる」
「まぁそれが村のルールだって言うなら俺も口は出せないが………掃除くらいはしたらどうなんだ?こんな死体だらけの村じゃ景観も損ねるだろ」
「あぁやはりお主もそう思うか。いや、まぁ…死体も最初の頃はこまめに掃除してたんじゃがな、こういうことが日常茶飯事になるとだんだんこちらも面倒になってきてのう。いつからか生活に支障が出るくらい溜まったら一括で掃除するようになったんじゃよ。例えるなら一人暮らしの部屋の掃除と同じじゃよ」
「そう言われると……一理ある」
「ご主人ちょろすぎない?」
「俺も部屋の掃除とかは……あぁやべっ、気分悪くなってきた」
「まさかの時間差!?」
時間差でこみ上げてきた気分の悪さにとっさに視界と嗅覚を遮断するアスト。
リバースする前に急いでその場を離れ村長の家にお邪魔する。
「大丈夫か?少年」
「何とか…ギリギリセーフって感じです」
六畳ほどの茶室で村長の入れてくれたお茶をすすりながらホッと一息つくと吐き気も次第に治まってくる。
「ところでテオや、今回はどれくらいいてくれるんじゃ?」
「さぁ、決めるのはご主人だから」
そう言って幼女はアストの方を見る。
「そうだな……流石に長期間の滞在は俺の気が狂いそうだから、長くて一週間ってところかな」
「だってさ」
「そうか……」
長期間の滞在が難しい事を知ると村長は少し寂しそうにつぶやく。
「………んっ?」
「どうしたのご主人?」
「村長、今この幼j…この子の事テオって呼びました?」
「そうじゃが?なんだ、名前聞いとらんかったのか?」
アストが幼女を指さしながらきょとんとした顔で質問すると村長も「てっきり知っておるものかと」とこちらもきょとんとしている。
「初耳なんですがテオさん」
「……いや…ほら、聞かれなかったから」
ジト目でテオの方を見るアストと目が合わないようにて主アストと同じ方向を向き目を逸らす。
「確かに聞かなかったけど。それで?フルネームは?」
「テオ・レティーチェスカャ・ツェーンナスチ・アプサリュートヌイ・スルチャーイナャ・カレェクツィロヴィカ」
「テオ・レティーチェスカャ・ツェーン・ナ・スチ・アプサリュート・ヌイ・スルチャーイ・ナャ・カレェクツィロヴィカ。へぇなんかすごい名前だね」
「私はご主人の記憶力に驚いてるよ」
たった一回聞いただけで一言一句間違えずに復唱したアストになぜか引き気味のテオ。
「えっ?幼女の名前くらい一度聞くか見れば完璧に覚えられるでしょ?」
「幼女限定なところにご主人らしさを感じるね」
「それにしても、なんか名前って感じがしないな」
名前が長いというよりなんかの単語を並べただけのような感じに名前としてみた時にどこかあ違和感を感じる。
「最初に拾ってくれた人がつけてくれたんだけど、私もこれを名前だと思ったことは無いかな。どちらかというと個体名に近い感じ。けど名前が無いのはなにかと不便だから最初の文字だけ取ってテオって名乗ってる」
「ふ~ん…じゃあ、俺がちゃんとした名前つけてやろうか?」
「えっ!?本当!?」
アストが名前を付けると言った瞬間、生気を感じない顔が少しだけ明るくなった……気がしただけでよく見るといつもと変わらない死んだ魚の目だった。
「あぁ、と言っても由来とかいろいろ考えないといけないから今すぐにとはいかないが」
これはアストがこだわりを持つ数少ない作業。高校時代に描いていた自分のオリジナルキャラにも必ず名前を付けており、その名前には必ず由来や意味、伏線を含めて個性を出していた。
「大丈夫、待つ、超待つ」
感情を表に出さなくても声のテンションが少し上がっているのでこれは喜んでいるのだろう。
「ちなみに第1候補は『TASさん』だ」
「わしはミライがいいと思うのじゃが」
ただでさえ孫娘の様に溺愛している村長が名づけと聞いて黙っているはずもなく当たり前のように参加してくる。
「ご主人のは普通に却下だし、村長に関しては実の孫娘の名前でしょ」
2人して自信満々の顔になっているアストと村長の案をゴミを見るような目で睨みながらバッサリと斬り捨てるテオ。
「なぜだ、これ以上ない完璧な名前だろ」
「なんでじゃ、世界は広いんじゃ、同じ名前の人がいても不思議ではないんじゃ」
「なに、文句ある?」
「金髪ロシア人幼女で乱数調整できるとかTASさんという名前を付けてもらうべくして生まれてきたようなものだろ!」
「愛しの孫娘と同じくらいの歳の金髪ロリに娘と同じ名前を付けて何が悪い!」
「ロリコン共が…ぶっ飛ばすよ」
「「ありがとうございます!」」
「やっぱり殺す」
「「ありがとうございます!!」」
「じゃあ嫌いになるから」
「「真面目に考えます!!!」」
完璧に息の合ったコントで最後ビシッと敬礼をして締めくくる。
こういう意図していない時に限って起こる異様な団結力が好きだったりするアスト。正直やっていて少し笑いそうになった。
「じゃあとりあえず名前決まるまではテオってよんでいいか?」
「別に好きにすれば。それより、そろそろ帰って休もうよご主人」
「そうだな」
「なんじゃ、もう帰ってしまうのか?」
「休めるときに休んでおけ、でしょ?」
「いやそうじゃが…休むだけならここでもいいじゃろ」
「いやもう宿取ってるし。それに私布団よりベッド派だから」
寂しそうに肩を落とす村長を横目にテオは変える準備満タンで目を瞑るアストの手を引いて宿に戻る。
そして宿に帰るな否や2人してベッドに突っ伏し程よくだらけ、同時に大きなため息を吐き数十秒無言が続く。
「そう言えばさっきの戦いで思ったんだけどさ、ご主人って自分の武器持ってないの?」
「専用武器ってアホみたいに高いし、自分の能力に合った武器を使うのが一般的だから俺の能力の正体が判明してからでもいいかなって」
「まぁ…ご主人がそれでいいならいいけど……早めに買っとかないと安物じゃいずれ限界がくるよ」
確かにその辺で売っている神器や化学兵器は値段的に後々通用しなくなるのかもしれない。最前線に近い冒険者ほど皆こぞって専用武器を持っているのもモンスターのインフレが激しいことに由来するのだろう。
「俺もこの世界の価値観に慣れてきたから忘れかけてたけど、神器や聖剣を安物扱いできるこの世界ってやっぱおかしいよな」
「使用者を選ぶ神器よりも自分専用武器の方が圧倒的に相性いいし強いから、当然と言えば当然だけどね」
「それでも俺は神器も十分チートレベルに強いと思うけどな…」
「量産武器とは言え性能はオリジナルと全く同じだから強いのは間違いないんだけどね……ただ神器とか伝説の武器の大半は適合者にしか使えない力が眠ってることが多いから一般人が使うと力を覚醒出来ない分、必然的に本家本元より弱くなっちゃうんだよね。それに付け込んでクレーム入れてくるバカも度々いるし」
「なるほど、だから専用武器の方が需要が高いのか」
量産武器が安いわけを聞いているとふと、アストはモンスター襲撃の際、テオがレーヴァテインで自分の知らない力を使っていたことを思い出す。
「そう言えばテオ、レーヴァテイン使ってた時俺の知らない黒い炎が出てたけどあれって……」
「そうだよ、さっき言った適合者にしか引き出せない覚醒の力だよ」
自分では100パーセントを引き出せていたと思っていたが、テオの言う通りならアストはレーヴァテインの適合者ではなくその力を最大まで引き出せていなかったという事。
「……レーヴァテイン売るか」
「今ご主人が持ってる武器全部、多分…というか絶対私が使った方が強いよ」
「俺もう武器使うのやめようかな…」
相棒が自分の完全上位互換すぎてなんか武器関連は全部テオに任せた方が効率がいいのではと思えてきたアスト。
「つまり今から魔法覚えるってこと?」
「テオが教えてくれるならすぐ覚えられそうじゃない?」
「別にいいけど…私実践向けの効率重視感覚派だからいろいろ細かいくせに適当だよ?」
「具体的には?」
「とりあえず誤差±0パーセントの魔力管理と全魔法が無詠唱で発動できるのが必須条件になるけどご主人出来そう?」
「ごめんやっぱギブアップで。ていうかその必須条件なしで普通に教えられないの?俺はテオと違って効率厨じゃないから今はとりあえずいろんな魔法が使えればいいってだけだし」
初心者を指導する気のない必須条件に潔く引き下がるアスト。流石と言うべきかやはりテオからはTASの素質をおおいに感じる。
「はぁ、ご主人の考えは甘すぎるね。普通の異世界ならその考えでいいと思うけど、この世界では使えればいいじゃ生き残れないんだよ?こっちの世界では無詠唱なんてできて当たり前、使い手次第では通常の半分の消費で魔法が使える奴だっている。そんな奴らとわたりあって行かないといけないのに使えればいいって考えじゃまた死ぬよ?」
「あっ、はい、すみません」
初めてのテオの説教に気おされ思わず謝ってしまった。妙に説得力があるのもそうだが、何よりハイライトの灯っていない目が怖い……怖いが正直悪くない。
「……ふふっ、冗談だよ。ちょっとからかってみたくなっただけ」
「…冗談には聞こえなかったんだが」
「まぁそう言う強敵がいるのは事実だけど。今のご主人は魔力操作とか詠唱省略以前の問題だから。だから、とりあえずご主人は基礎中の基礎から勉強しないと話にならないね」
「俺ってそのレベルなのか?」
今回の人生は魔法に才能があるとは思っていなかったが、まさか下の下レベルだったとは……なあにげにショックを受けるアスト。
「魔法は基礎が一番重要なんだよ。その仕組みをちゃんと理解して使わないと本来の力を引き出せないし非効率になるからね。今回の狙撃もそうだけど、ご主人は今までの経験からなんとなくでそれっぽいことが出来ているって感じだから魔力操作も消費もまだまだ無駄が多い」
「くそっ、否定できねぇ……」
「普通は魔法の事を1から勉強すると最前線で使えるようになるまで何百年もかかるんだけど、私にかかれば数ヶ月でマスターできるよ」
テオのスペックの高さに「流石だな」と拍手をするアスト。
「けどそのためには教材とか資料とかいろいろ必要だから図書館に行かないといけないんだよね。だから魔法の勉強はその時で」
「了解」
「じゃあおやすみ」
「おやすみ」
村を出てからの予定が決まったっところで、次のゲリラが来るまでの間十分な休息をとる。
幸いにもこの日はもうゲリラは来ることは無く、次の日無事平和な朝を迎える。
――――が、これは異常の始まりだった。
この日、イリスに言われた通り自分のチート能力を存分に使ってモンスターを撃退しようと張り切っていたアストだったが、なぜか丸一日待ってもモンスターが襲撃してくることは無かった。
次の日も、その次の日も、初日のゲリラが嘘のように平和な日々が続く。
そのあまりの穏やかさに特にやることのない村人たちは「まだ全然溜まっていないが」と言いながら村中に散らばった死体の山を処分し始める。
この村に来て5日目の昼頃、今日はテオが「ちょっと考えごとしてくる」と言って例の崖に朝から出かけたきり帰ってこない。
テオの事だからなにか事件に巻き込まれているなんてことは無いだろうが、数時間経っても戻ってこないということはそれ程の悩みを抱えているという事なのだろうか?
そう思い心配になったアストアは様子を見に行くべく崖の方へと向かう。
村は掃除をしたということもあり、とても印象のいい綺麗な景観になっていたので、アストも何の問題もなく通りを歩ける。
崖に着くと断崖にちょこんと座って微動だにしないテオの姿があった。
「…………テオ?」
しばらく様子を見ていたが、不自然なほどに微動だにしない相棒が少し心配になったアストは声をかける。
「……………」
しかしテオは反応しない。
その後距離を詰めながら何回か声をかけてみるも結果は同じ、返事どころか振り向きもしないテオ。
そんなテオの反応にいっきに心配になったアストは急いで駆け寄り方を掴んで強制的に振り向かせ様子を確認する。
「んあっ!?なんだご主人か、どうしたの?」
「どうしたのはこっちのセリフだ、返事くらいしろ」
「ごめん、ちょと集中してた」
「テオがここまで集中するってことはよっぽど難問なのか?」
「うん……なんかね、最近平和過ぎて異常だなって」
「……はい?」
テオの悩みが一体どんなものか身構えていると斜め上過ぎる悩みが飛んできて思わず声が裏返る。思考が普通の人とは別次元とは思っていたがまさかここまで超次元とは思ってもいなかった。
「私たちが来てから全然ゲリラ来なくなっていますごく平和じゃん?」
「そうだな、でも平和なのはいい事だぞ?」
「この村が平和だと天変地異の前触れなんじゃないかと思っちゃうんだよね」
「それもう末期症状だろ」
これは流石と言っていい物なのだろうか?平和が天変地異の前触れとかいったいどんな人生歩んできたらそんな考えに辿り着くのかアストには想像もつかなかった。
「ここなら周りの被害考えずに思う存分体動かせたのに、こんなに平和だと体鈍っちゃうよ」
――なるほど、これが戦闘狂ってやつか
数日モンスターと戦わないだけでこのありさまではこの先いろいろ苦労しそうだ。
テオの限界日数を知っておかないと下手したら自分が八つ裂きにされそうと今のテオに危機感を覚えるアスト。
「………そうだ、ご主人が代わりに相手してよっ!」
「ははっ、俺に死ねってか」
相変わらず目にハイライトは無いが、声色がいつもよりほんの少しだけテンションの高いテオ。さすがにガチで殺されることは無い……いや、テオの事だから殺してしまってもどうせ蘇生魔法で復活できると考えるだろうからオーケーしたら最後、あのバーサーカーモードになったテオに『無残に殺される→生き返る』を気が済むまで繰り返すことになる未来が見える見える。
そしてその日からテオの戦闘欲求が爆発して巻き込まれないかと怯えて残りの日数を過ごすことになったアストであった。
結局初日以降モンスターの襲撃は無くあっという間に一週間が過ぎた。
「……………」
「……テオ…大丈夫か?」
「………ダイジョウブダイジョウブ」
ただでさえ普段から目にハイライトが無いテオがストレスの溜まり過ぎで、クマまで出来た目は瞳孔が限界まで開きながらも常に虚空を見つめている。
「とりあえず武器とか魔法の前にどこかダンジョン行くか」
「ンッ……」
とは言え村長曰く、この村周辺のダンジョンレベルではテオの欲求消化は非効率なので、新ダンジョンか魔王レベルのダンジョンに行った方がいいらしい。
小さい酒場は置いているクエストの数が少なかったり、そもそも掲示板すらなかったりする可能性があるので、大きな酒場がありそうなそこそこの規模の場所を地図上で探す。
テオの転移魔法で一気に飛ぶのもありだが、もしかしたら目的地に着く前に新しいダンジョンがあるかもしれないので歩いて行きたい気もある。
「テオ、魔王ダンジョンと新ダンジョンどっちg」
「たくさん殺せるほう」
即答で大量虐殺を宣言する辺りダンジョンでアストが出る幕は無いだろう。
そしていま気が付いた、テオは乱数調整が使えるのだからソレでダンジョンの一つでも掘り当てられないだろうか?
「……んっ……行くよご主人」
「えっ?どこに?」
発狂寸前まで追い込まれていたはずのテオが急に素に戻ったかと思うと、アストの質問を無視して転移魔法を発動させる。
いったいどれくらいの距離を飛んだのか、転移した先はどこの辺境かも分からない荒野。まとわりつくような重い空気が鬱陶しくのしかかりその場に居座っているだけで疲れてくる。目の前には禍々しく巨大な魔王城がそびえたっており、アスト自身ここに入るには自分は弱すぎると自覚してしまうほどの圧を中から感じる気がする。
「…テオさん?もしかしてここを攻略するなんて言わないですよね?」
「今回は攻略しないよ、ただ遊んでもらうだけ」
「遊んで…もらう?」
なんかテオの様子がおかしい。ついさっきまでのイライラはいつの間にかワクワクと期待に変わっており、まるで友達の家に遊びに来たかのような全く緊張感のないノリ「お邪魔~」っと門すり抜け中に入っていく。
転移魔法は一度訪れた場所にしか飛べない。つまり転移魔法で飛べたということはテオは過去にここへ来たことがあるという事。
「まさか友達が魔王とかそう言うパターンじゃないだろうな…」
テオなら魔王の友達の1人や2人いてもおかしくないが、仮にも冒険者であるアストの立場からすれば魔王は敵のボスであり倒すべき存在、そんな魔王が自分の仲間と超仲が良いなんてことになっていたら、いざ討伐するとなった時に躊躇してしまいそうだし、周りとの関係が複雑になってしまうかもしれない。
それならいっそのこと中には入らずにここで帰りを待って、テオと魔王の関係をあやふやのままにしておくのが正解か?
しかし魔王城の前で一人テオの帰りを待っているのも正直怖い。地球で生きていた時から幽霊などの存在を信じる派だったアストにはこんな不気味なところでお留守番耐久出来るほどの気力も勇気も無い。
ぶっちゃけどっちがましかと問われたらアストの場合前者だろう。全く全然気乗りしないが、こっちの方がマシかとアストも中に入ることを決め門の前へと向かう。
はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおひさです。IZです。
また1ヶ月くらい空いちゃいましたが何とか投稿出来ました。
【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】更新です。
この作品は本家【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】のオリジナルキャラver.となっています。
本家の方はpixiv小説にて連載中ですので更新を待っている間にでも読みに行っていただけると嬉しいです。
https://www.pixiv.net/users/58648155/novels
それでは今回も登場キャラクターのプロフィール書いていきます。
今回紹介するのは始まりの村の村長です。
≪名前≫
未登場
≪通称≫
村長
≪種族≫
人間
≪性別≫
男性
≪年齢≫
91歳
≪容姿≫
よぼよぼのお年寄り。
杖を常備。
≪性格と人柄≫
人柄がよく来るものは拒まない性格。
実の孫娘がいるせいか子供達には特別やさしく、人気がある。
≪所属ギルド≫
なし
≪性癖≫
ロリコン
≪能力≫
不明
≪弱点≫
不明
≪専用武器≫
仕込み杖
≪武器能力≫
不明
それでは次回の【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】の後書きでお会いしましょう。