乱数調整VS主人公補正(?)
初見さん宛。
チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。
https://www.pixiv.net/novel/series/1383788
まずはお互い配られたカードを確認する。
このカジノのブラックジャックのルールでは配られたカードはポーカーの様に最初は自分以外には見えないようにして挑戦者側全員の手札が揃ったところで一斉に公開してディーラーが山札を引くという普通のブラックジャックよりもさらに駆け引きが複雑になっている。
つまり現段階では幼女がどんな手札をしているかアストは把握できないのだ。
先手はアスト。アストの手元にはクラブのKとスペードのAによるブラックジャックがいきなり完成しており、出だし完璧な引きの良さに「うっそだろ!!!」と思わず叫びそうになる。
慌てて口元を手で覆いながらステイを宣言し手番が幼女に回る。
「私もこのままでいいわ」
幼女はノータイムでヒットもダブルダウンも行わずそのままスタンドする。「知ってた」と内心流石と思いながら幼女の力が本物だという事を再認識する。
両者の手札が確定したところでお互いがせーので手札をオープンし合計を比べる。幼女の手札はダイヤのAとスペードのJでこちらも当然の様にブラックジャックを揃えている。
幼女とアストの手札が確定したところで今度はディーラーの番。特別ルールによりアストがディーラーの手札を引く。
ディーラー側の手札にはブラックジャックはそろっておらず、この段階でアストと幼女はディーラーへの勝利が確定。となればこっちの手札は正直なんでもいいので17を超えるまで適当にヒットを繰り返す。
結果ディーラー側は合計19、第1ラウンドは両者勝利の引き分けに終わる。
分かってはいたが、やはり幼女は当たり前の様にブラックジャックを揃えてくる。アストは今回はたまたま運よく初手ブラックジャックがそろったがこれが残り9ラウンド続くとは思えない。
「……私、手加減しないから」
アストが次もブラックジャックがそろう事を祈っていると唐突に幼女が話しかけてくる。
――えっ聞き間違いか?今、手加減しないって言った?
「キミ、強いから私も本気でいくね」
――あっ、やべー心読まれてる
「別に心は読めないよ」
――読んでるじゃん!てか俺が強いってどういうことだ?
トランプを回収しシャッフルしながら内心ツッコんだり「?」を浮かべたりと忙しいアスト。
チート幼女が初心者相手に本気出すのはどうなんだ?とか次もブラックジャック引ける確率ってどれくらいだ?とか幼女可愛いとかあれこれ考え思考がショートしそうになりながらもカードを配る。
幼女が先手の第2ラウンド。アストの初手はダイヤのAとクラブの4。今回のアストの手札は良くも悪くもといった感じ。
普通のブラックジャックならここはヒットで安全に様子見するところだが相手はブラックジャック絶対揃えるウーマン(ロリ)、仮にヒットし続けて合計を21にできたとしても幼女が初手ブラックジャックを揃えていれば倍率差で負けてしまう。
つまりヒットではダメ、狙うは――
「ダブルダウン」
アストが初手ブラックジャックが揃わなかったことで取れる手段が一つに限られたその時、幼女がダブルダウンを宣言する。
しかし自分の事で頭がいっぱいのアストには聞こえておらず幼女がダブルダウンを宣言したにもかかわらずカードを配ろうとしない。その様子に幼女はもう一度、さっきよりも少し大きな声でダブルダウンを宣言する。
「えっ、あぁごめん」
今度はちゃんと聞こえたようでアストは山札の上から1枚を幼女に配る。
――……ん?ダブルダウン?…ということは初手ブラックジャックじゃない!?
幼女がダブルダウンを宣言できたという事は手札がブラックジャックじゃなかったという事の証明でもある。これによりアストはゲームを続ける一本の希望の糸を再び掴み取る。
もし幼女の能力がTASさんと同じ系統なら手札は今のダブルダウンで絶対に21になっているはず。そして幼女が必ず21を揃えてくるというのなら負けないためにはこちらも21を揃えるしかない。
しかし今回は幼女が掛け金を倍にするダブルダウンで21を揃えているのでこちらはセットして一旦様子見をすることが出来ない。アストもディーラーも初手ブラックジャックではないのでこの時点ですでに幼女が負けることは無い。そして引き分けにするには最低限アストがダブルダウンで6を引き当て21を揃える必要がある。
――1ターン目で詰みか…
普通に考えて乱数調整なしの一発勝負で目当てのカードを引くなんて芸当確率的に無理ゲーである。が、選択の余地は無い。引けなければほぼ負けが確定、アストは奇跡が起きることを願うしかなかった。
「…俺もダブルダウンだ」
ダブルダウンを宣言したアストの山札に伸ばす右手が小刻みに震え瞬きをしなくなる。開いた口でちゃんと呼吸ができているかも分からない、ゆっくりと動く世界に思考だけが先走っていく。
山札の一番上を引くと同時にめくって公開する。何を引き当てたか認識するまでに相当長くかかったような気がした。
アストが引いたカードはハートの6、切れかかった希望の糸をつなぎとめる。
いつの間にか止まっていた呼吸を再開し大きく息を吸う。
「~~~~~ッ!……スタンド」
ダブルダウンを成功させ神経と精神をごっそり削られながらも引き分け以上が確定したことに安堵し声にならない叫び声をあげる。そしてこれで安心してディーラー側のカードを引ける。
ディーラー側は初手スペードの7とクラブの9で最終的に26でバーストしてしまう。それに対しアストがダブルダウンの21、そして当然幼女もダブルダウンの21で第2ラウンドも両者引き分け。今回も二人の金額に差異は生じず掛け金だけが膨らんでいく。
――あぁもうヤダ、誰か変わってくれ……
まだ第2ラウンドが終了しただけだというのに既にアストはプレッシャーに押し潰され虫の息も同然だった。
――………いや、TASさんに連続で引き分けるということは俺にも乱数調整の能力があるのでは?
なんでもいいからとにかく精神を安定させねばと考えたアストの脳は連続でTAS幼女に引き分けた結果を都合よくとらえ自己防衛を始める。
「ねえ、早く次やろう」
大富豪と勝負した時の退屈で眠そうな顔とは違い本気で潰しに来ている殺意を帯びた顔の幼女。大富豪の時もそうだったがこの幼女もTASさん同様待つ事が嫌いなのだろうか?
次追い詰められてプレッシャーに押し潰された時に精神がもつとは限らない。そう考えたアストは思考回路がバグって謎の自信に満ちている今のうちにカードを配り第3ラウンドを始める。
そしてここから先もまだまだ奇跡は続いた。
アストは第3ラウンドから第9ラウンドまですべてディーラーに勝利し幼女と引き分ける。つまり現時点、第9ラウンドまではお互いが所持している掛け金は同じ。
さらにゲームが進むにつれアストにも変化が起きた。最初の2ラウンドこそ一本の細い希望の糸にしがみつくのが精いっぱいで絶望のどん底に落ちる3秒前のような精神だったが、幼女と引き分けるたびにアストの精神は不安から自信へと変わり、あれだけ怯えていた確率の壁も後半には気にも留めなくなり、むしろ目当てのカートを当たり前の様に引き当てることに対しいつか帳尻合わせがくるのではないかと逆に少しの恐怖を感じていた。
そして突入した最終ラウンド。
幼女は言うまでもないがアストの顔からも負けるなんてありえないという自信が感じ取れる。
アストの手札にはクラブのQとハートのAのブラックジャック。この時点でアストの負けは無くなり、最後の最後で完璧な引きをしたことで思わず笑みがこぼれる。
「ステイ」
このゲームで初めて堂々と胸を張りステイを宣言するアスト。そんなアストの態度にギャラリーは今日一番のざわつきを見せ反対にカイの表情が曇る。
「私もステイ」
アストに続き幼女も小さく微笑みながらステイを宣言する。
初手ステイということは幼女もブラックジャックを揃えているのだろう。
両者ステイにより早速お互いの手札を後悔する。
幼女はスペードのAと同じくスペードのK、やはりブラックジャック。
そして最後にディーラー側の手札を確認するアスト。ここまで来たならばラストゲームも勝利しパーフェクトゲームで締めたいところ。
しかしここにきてアストの豪運が暴走してしまう。
なんとディーラー側の手札もダイヤのAとクラブの10のブラックジャックを揃えたのだ。
――これは…さすがに予想外だな
最終ラウンドはアストと幼女、さらにはディーラーまでもがブラックジャックを揃え引き分けに終わる。
全第10ラウンドが終了し、最終的な結果は両者引き分け。結局ディーラー側は引き分けることはあっても勝つことは一度もなかった。
これが幼女の能力なのかはたまたアスト自身の能力なのか、それとも奇跡なのか、偶然なのか、アストと幼女のブラックジャック対決はイカサマを疑われても仕方のないレベルの試合結果で幕を閉じる。
国によっては一生遊んで暮らせるほどの大金を手に入れご満悦のアストはカジノ運営史上初、幼女に負けなかった挑戦者として新しい伝説となり、見ず知らずの人たちから英雄の様にたたえられ胴上げにされる。
対戦相手の幼女も久しぶりにスリルのある勝負が出来て楽しかったのかとても満足そうな表情を浮かべている。
しかし誰もが伝説の誕生を目の当たりにしてお祭り騒ぎになっている中、この結果が気に入らない人物がひとり
「…馬鹿な……引き分け…だと……」
幼女のご主人様カイ・ルーファ・サマが苛立ちをあらわにしズカズカと幼女に迫り胸ぐらを掴むとそのまま幼女の体を持ち上げる。
そんな幼女からはアストと勝負していた時の楽しそうな顔は既に消え失せており、いつもの脱力したやる気のない態度とめんどくさそうな表情に戻っていた。
「おい、なんだこの結果は!引き分けだと?ふざけるなよっ!あんなクソガキのペテン師ごときに!」
「ふざけてなんかないし私は本気で勝負した。彼もイカサマはしてなかったしこの結果は彼が私と同レベルの強さを持っているという証明」
感情的になり精神がコントロールできていないカイに対し、幼女は相変わらず生気を感じない静かな声で淡々と答え、それと同時にアストを詐欺師呼ばわりしたカイに聞き捨てならないと言った冷たい視線を向け圧をかける。
「…ならなぜ勝っていない!こんな雑魚一人に敗北するなど恥を知れっ!!!」
幼女の圧に一瞬ひるみかけるもカイは優位を保とうと逆ギレして怒鳴り散らかす。
「勝負は引き分け、負けてない」
「同じことだ。勝つこと以外は全て敗北、引き分けも例外じゃない!!!」
完全に逆上し瞳孔が前回まで開き切っているカイはゲームに勝利しなかった罰として掴み上げた幼女の体を真下に叩きつけるように放り投げ、幼女の体が床に着くと同時にその頭を上から踏み潰す。
ドガンッという凄まじいい爆音と共にカイの踏みつけた場所を中心にカジノ内の床が亀裂を帯びる。
明らかに殺すつもりで踏みつけたであろうカイにアストも我慢の限界。制裁を加えようとカイに近づこうとしたその時、アストのお腹に何者かの手が触れ前進を阻止する。
「「…!?」」
見下ろすとそこにいたのはカイに踏みつけられたはずの幼女、体にはかすり傷ひとつ負っておらずぴんぴんしている。
「キミ面白いね。今まで乱数が乱されることはあっても乱数が操作できないなんて事は初めてだよ」
一瞬であの状況から脱出しさらにはアストの目の前まで移動してきた幼女に驚きを隠せないアストとカイを無視して幼女が右手を差し出しながらアストに称賛の言葉を送る。
アストも「あっ、どうも」ととっさにぎこちない返事をして幼女と握手を交わす。が、その脳内では全く別の事を考えていた。
――乱数?今乱数って言ったか?金髪+幼女+乱数幼女=TASさん。つまりこの幼女はリアルTAS!やべぇめっちゃ興奮してきた!!!
幼女の乱数という言葉にさっきの神回避の原理はどうでもよくなったアスト。そんなことよりリアルTASの存在に異世界に来て以来最高潮の興奮が湧き上がってくる。
――TASさんだ、俺の目の前にTASさんがいる。やっぱりTASさんは金髪幼女だったんだ
ネット民特有の知識で目の前の幼女を勝手にTAS認定して内心はしゃいでいるのが顔に出ているのかTAS幼女が握手したままじっとアストの目を見つめ何かを企んでいるかのような不敵な笑みを浮かべる。
「…っ!?」
そんな幼女の笑みに最高、踏まれたいと変態キモオタみたいな感想を呟きそうになったのを寸前で止める。異世界にイケメンとして転生し続けても中身、特に性癖だけは一ミリも治せなかったらしい。むしろ個人的に地球にいた時よりもひどくなっている気がする。
っと呑気にしていられるのもここまで。幼女に完全に無視され怒り心頭中のカイがズカズカとこちらに歩いてくる。
流石にこれはマズいか?と思ったアストは幼女をかばおうとするが握手した手を放した幼女に小さく「大丈夫」と言われ動きを止める。幼女は先ほどと同じ何かを企んでいるかのような笑みを浮かべ
「おい、聞いてるのか!貴様この勝負の損失分をいったい――、」
幼女の真後ろに立ったカイが怒鳴りながら幼女の肩を掴もうと手を伸ばすと幼女はその手を振り向きざまにバシッと弾き凍てつく視線を向ける。
「飽きた」
「…なに?」
「キミにはもう飽きたって言ったの」
幼女の唐突な告白と威圧にカイも思わずたじろぎ、逆にアストはすこぶる興奮する。
「人間界で5本の指に入るギャンブラーって言うから色んな強敵と勝負できて退屈しなさそうって思ったけど、毎日毎日確実に勝てる格下ばっかり。もう飽きたからいいや、バイバイ」
今までの死んだ魚のような目ではなく、虫けらを見るような蔑んだ目でカイへを見下しながら不満をぶちまけるとアストの腕に抱きつきカイに満面の笑みを向け手を振る。
ーーなるほど、これがNTR展開と言うやつですか……悪くない
優越感に浸っているせいでしれっと自分が巻き込まれていることに全く気がついていないアスト。
一方カイは予想外のことで驚いているのか怒りで声も出ないのか、こめかみの血管を破裂寸前まで浮き上がらせ、目を血走らせ、歯ぎしりをして幼女を睨みつける。
「キミよりこっちのご主人様の方がずっと面白そう」
「言いたいことはそれだけか?」
「そうだよ、なにか文句でも?」
「そんな勝手が許されるとでも思ってるのか?」
「許される。言ったよね?飽きたら捨てるって」
「ふざけるのも大概にしろよガキが、舐めてると潰すぞ」
「やれるもんならやってみな」
幼女が挑発した次の瞬間、カイが右手を上げ合図を送る、するとカジノのあちこちに魔法陣によるゲートが出現し、武装したカイの部下たちがぞろぞろと出てきてあっという間にアストと幼女を取り囲み逃げ道を完全に封鎖してしまう。
「さぁどうする?今戻ってこれば全て水に流してやるぞ」
「冗談、こんなの包囲したうちに入らないよ」
「そうか…なら……。」
アストからすれば結構ヤバい状況にもかかわらず依然余裕の表情を絶やさない幼女にカイは会場中のスピーカに接続されたマイクを受け取ると幼女に向けて更なる追い打ちをかける。
「会場の皆様に人生逆転のチャンスを与えましょう。アレを捕らえた者には報酬として1000億私からその場でお渡しします。手段及び生死は問いません、さぁ…ゲームを始めましょう」
ここにいる客は全員ギャンブルに人生を賭ける異常者のクズばかり、ついさっきまでアストを英雄の様に指示していたはずなのにネズミ1匹たりとも逃がさないこの状況で幼女を1人捕まえるだけで1000億手に入るという圧倒的なコスパの良さに全員が一瞬で手の平を返しアスト&幼女の2人対他全員という急展開。
「ん?今どういう状況?」
ようやくNTRする側の優越感から戻ってきた変態アストはきょろきょろとしながら誰に聞くわけでもなく独り言を話すように現状を聞く。
「ボス、男の方はどう致しましょう」
「そうだな、仮にもアレと引き分けた奴だ。出来れば仲間に加えたいが……おい、そこのお前」
「ん?俺か?」
「そうだ。お前、私の仲間になる気は無いか?」
「悪いけど俺、幼女ハーレム作る予定だからそっちの仲間にはなれない」
即答で、しかも大衆の面前で堂々と変態宣言をするアストにカジノ内にいる者の大半が「なにを言い出すんだこの変態は…」とドン引きの反応を見せる。
「よし、殺せ」
アストが仲間にならないと知るな否やカイは本気の幼女と引き分けたアストを今後自分たちを脅かす存在になることを恐れ可能性排除のため今ここで始末することに決める。
「なんか誘い断っただけで俺殺されることになったんだが?なにがいけなかったんだ?」
「全部じゃないかな」
アストの独り言に幼女がよくもまぁあんな事堂々と宣言できるねとでも言いたげな苦笑いをしながら答えてくれる。
あぁその顔もいいですなぁとしっかり目に焼き付けておきたいところだが今は状況が状況、こんな理不尽で性癖ドストライクの幼女と出会った人生を終わらせられては困るアストはすぐさまバックパックから剣を取り出し臨戦態勢に入ろうとするがそれを幼女が制止する。
「わざわざ戦うまでもないよご主人、私が合図したら真っ直ぐ全力で出口に走って」
「えっ?」
「大丈夫、ちゃんと調整すr今ッ!!!」
幼女の大丈夫という言葉に感じるこの絶対的安心感を抱いた瞬間、食い気味にスタートダッシュの合図をする幼女に背中を押され、コンマ数秒反応が遅れつつアストは何も考えずに入ってきた扉に向かって全力ダッシュする。
「殺せえ"え"え"ぇぇ!!!」
それと同時にカイの部下たちが詠唱破棄の上級魔法やオリジナル武器による必殺の一撃を周りへの被害ガン無視でいっせいに放つ。
――いやっ、これは無理だろ…
これから走馬灯が始まるかのようにゆっくりと流れる時間の中、四方八方どころか頭上や足元からも襲い掛かる殺意の塊にアストからさっきまでの安心感が一瞬にして消し飛び死が押し寄せる。
「止まらないっ」
立ち止まりそうになったアストの手を幼女が引っ張った瞬間、五感がすべて遮断され周囲から情報が得られなくなる。
アストが五感を失っていたのは時間にして1秒にも満たなかったが、五感が戻り気が付いた頃には何故か国の外に出ていた。
そしてアストが情報を整理する間もなく壁の向こうから爆発音と地響きが起こり黒煙が立ち昇る。
「……流石にあの程度じゃ国は消し飛ばないか」
「えっと…何がどうしてどうなった?」
しれっと物騒なことを呟く幼女に説明をしてもらうべく話しかける。
「あっ気が付いた?」
「…………もしかしてフレームルール?」
「!?…正解、良く分かったね」
まるでワープしたかのように一瞬であの場から脱出した様子はまるでTASさんのフレームルールによる壁抜けに似ている。だから冗談半分で「フレームルール」と言ってみたのだが幼女の反応を見るにどうやら正解らしい。
当の本人も脱出のトリックを言い当てたアストにやっぱりご主人となら退屈しなくて済みそうと楽しそうに笑う。
「フレームルールってリアルで出来るものなn……うっ…気持ち悪い」
幼女の笑みに癒されていると急に吐き気が襲い掛かってくる。
まだ地球で学生だった頃に罰ゲームとして満腹状態でぐるぐるバッドをした時のあの気持ち悪さを5倍にしたような、ぐるぐるうねうねと渦巻く独特の気持ち悪さ。
「さすがに慣れない環境で体がもたなかったみたいだね」
「あっ、これダメだわ…オロロロロロロロォォォ」
近くの木に駆け込み胃の中身を全て吐き出す。
吐き気が治まる頃にはゲッソリとしなびれ、出ていった体力の代わりに疲労感が覆い被さる。
「……ご主人、水持ってないの?」
武器やダンジョン内で使うアイテムしか入っていないアストのバックパックを漁りながら幼女が呆れたように聞く。
「あぁ……うん、ない」
異の中のものと同時に気力も出て行きぐったりと木陰で横になっているアストが途切れそうな小さな声で答える。
食料などは先に色々見て回ってからあとで買う予定だったが、さっきの爆発の原因であるアスト達はもうこの国には入れないだろう。
「仕方ない。巻き込んでしまったのは私だし、ちょっと行ってくる」
そういうと幼女はアストが何所に行くのか聞くよりも先に壁の方へと走って行き、まるで幽霊のように壁をすり抜けて国の中へと入っていく。
――……流石
幼女が国に入ってから5分ほど経った頃、袋を片手に幼女がまた壁をすり抜けて帰ってくる。
幼女はともかくなぜ手に持っている袋まですり抜けるのかはツッコまない方がいいだろうか?と考えながらゆっくりと体を起こすアスト。
「はい、とりあえず水となんかおいしそうだったから果物の詰め合わせ」
「どうも」
渡された水を飲み柑橘系のフルーツを三口ほど食べると気分も少しは落ち着く。
「ご主人、これからどうするの?」
「あぁ…行きたいところはいろいろあるけど流石に休みたいな。近くに泊まれるところがあればいいけど、最悪野宿かな」
「この辺りは良くも悪くも栄えてるから近くにはいろんな国や村があるよ。一番近いのは確か…始まりの村だったかな」
「あぁ…うん、じゃあそこでいいや」
村の名前安直過ぎないかとキレッキレにツッコみたかったがそんな気力は無いし早くベッドで横になりたいのでその村に即決する。
――元気になったら思いっきりツッコんどこ
そんなどうでもいい予定を立てながら立ち上がりバックパックを背負う。まだ少し気持ち悪いが歩けるくらいには回復できたしゆっくり行けば大丈夫だろう。
「ご主人大丈夫?転移魔法使う?」
アストの容態を心配してか幼女が魔法で村まで行くか聞いてくる。
こんなグロッキーな状態でも幼女に心配してもらえるだけで元気が出てくるアスト。こんな心優しい幼女の心配を無下にはできない、なので村までは幼女の提案通り転移魔法で行くことにするアスト。
「歩きたくないのでそれでお願いします」
「片道1千万ゴールドになります」
無邪気な笑顔で差し出された右手にアストの金銭感覚がバグる。恐らく冗談なのだろうがアストが金持ちだったら有無を言わさず払っていただろう。それほどこの笑顔には価値がある。
むしろこんなご褒美をもらっておいて一千万ぽっち払えない自分の無力さに涙が出てくる。
そんな情緒不安定で泣き崩れるアストに良いおもちゃになりそうと今後が楽しみな幼女。
「うぅ…ごめんよ…ごめんよ…、今の俺にはそんな大金……あるわ、持ってた」
「えっ?もしかしてご主人見かけによらずお金持ち?」
「えっ?いやほら、ついさっきカジノでガッポリ稼いだじゃん。もう一生金には困らないってくらい」
装備やアイテムなどを買ってばかりで全然稼いでいなかったので、正直カジノに入る頃には最初にモンスターの死骸からハイエナした装備やコアを換金した得た軍資金も尽きかけていた。が、先ほどのカジノゲームで2人合わせて兆単位の大金を手に入れることができ財布の中は超超超潤っている。
というのも幼女との勝負は引き分けだったがそれはあくまでお互いの最終的所持金を比べた時の結果であって、『掛け金はお互いの全財産の合計』という特別ルールにより初期額が1000ゴールドしかなかったアストでもそれに幼女の分が合わさった大金で勝負することが出来る。
そしてブラックジャックのルールではディーラーとの勝負の結果で掛け金が動く、つまりディーラーに全勝してるアストも幼女も所持金自体は大幅に増えているのだ。
だから今2人の所持金の合計は大富豪並みの金額になっている。つまり1千万ゴールドも余裕で払えるという事。
「何言ってるのご主人?お金はついさっきカジノごと爆発したじゃん」
アストに買ってきたフルーツの残りをつまみながら幼女がしれっとアストの幻想を斬り捨てる。
「えっ?」
「えっ?」
「……えっ?」
「えっ?」
「………えっ?」
「えっ?」
なかなか現実を受け入れられず「えっ?」としか答えられなくなったアストに即答でオウム返しする幼女。アストからついさっき幼女の笑顔で得た元気がみるみる抜けていく。
「お金…あるよね?」
「ないよ」
「なんで?もしかしてあれだけの金額になると袋に入らないとか?」
「いや、この世界の金貨袋は優秀だからあの額でも全然一袋にまとめられるよ。けど、掛け金はあくまでチップの状態だから。あれはあのカジノでしか使えないし、あの状況であれだけの額を換金して袋に入れて脱出って言うのは私はできるけどスタッフが対応できないよ」
「あぁ……うん、そうだね、そうだよね」
幼女の正論過ぎる説明にアストは納得せざる負えなかった。
現実はいつだってそうだ、希望を与えてから絶望の底に落としてくる。これだからリアルは嫌われるんだ、いい加減学習しろ。でもこんなかわいい幼女がいる分地球がある方の世界よりかはマシだから今回だけは許してやる。
「あれ?ってことは宿代なくね?」
情緒が不安定になりかけているせいか唐突に現実に目を向けるアスト。
「そうだね」
「そうだねじゃなくて、どうすんだよ?」
「まぁまぁ落ち着いて、あの村は宿代かからないしそれなりに稼げるから」
始まりの村という所に行ったことがあるかのような口ぶりで能天気に答えながら転移魔法を発動させる幼女。アストもまぁ彼女がそう言うなら大丈夫なんだろうと幼女を信じて転移魔法の効果範囲内に入ると一緒に村へと飛ぶ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
幼女の転移魔法で村の入り口まで飛んできたアストは到着と同時に飛び込んできた光景に目を開けていたことを後悔する。
小さな集落程の広さのその村の入り口の両脇にはおびただしいほどのモンスターの死骸が山のように積みあがっていた。いや、モンスターだけではない。よく見ると死体の中には人間や異種族もいる。
殺され方は様々で無残に斬り刻まれている者もいれば、骨の髄まで丸焦げにされたり氷漬けになったり、体中を串刺しにされた奴もいればマシンガンかなにかでハチの巣にされた奴までいる。
「ぉぅ………」
目の前の光景にさっきとは違った気分の悪さがこみ上げてくる。それと一緒に胃袋から果物もこみ上げてきそう。
「ご主人?早く行くよ」
「ごめんだけど、俺目瞑ってるから手引っ張って行ってくれない?」
「えぇ~~~なんで~?」
「俺こういうグロ系は無理なの、お願い!」
「全く、今回のご主人は困った人だね」
幼女は小さく呆れた溜め息をつきながらアストの手を引っ張り村へと入っていく。
目を最大限までぎゅっと瞑りゆっくりと歩くアストの足に時折柔らかい物体が当たったりゼリー状の何かを踏みつぶしたりする感触があったが深く考えないことにする。
しばらく歩くと目的の宿に着いたのか幼女が立ち止まる。
「もう着いた?目開けていい?」
「開けない方がいいと思うよ、あちこちに千切れた体のいちb」
「状況は説明しなくても大丈夫です。目瞑ってます」
視界が遮られているアストのために親切心とイタズラ心で周囲の状況を伝えようとした幼女の言葉を早口で遮るアスト。
そんなアストの反応に少しの快感を覚えながら小さくニヤ付く幼女。別の意味で良いおもちゃになりそうと思いながらさっさと用事を済ませる。
「すみませーん、村長いますかー?」
幼女の問いかけと同時にどんどんと戸を叩く音がする。どうやら宿に行く前に村長に挨拶をするつもりらしい。
「はいはい、どちら様で?」
幼女が戸を叩いてしばらくするとガラガラと戸が開き老人が出てくる。もちろん目を閉じているアストには姿は見えないので、声からこの村の村長は老人だということしか分からない。
「お久しぶりです村長」
「おぉっ久しぶりじゃのう。また大きくなって」
幼女と村長の話し方からどうやら顔見知りらしい。
村長に関してはまるで孫を相手にしているかのようにテンションが上がっている。
「最後にあってからまだ一ヶ月くらいしか経ってないんだからそんなに変わってないでしょ」
「そうじゃったっけ?いやー歳を取ると時間の進みが早くてなー」
「そんなことより今日からちょっと数日滞在するからよろしく」
「たった数日かい?もっといてもいいんじゃぞ?」
「今はやることあるからそのうちね。じゃあまた後で」
村長のわがままを軽くいなし再びアストの手を引いて宿へと向かう。
「ご主人、もう目開けていいよ」
幼女にそう言われアストは瞑っていた目をゆっくりと開ける。
部屋は木造の二人部屋、ベッドが二つにテーブルが一つというシンプルな造り。テーブルの中央には一輪の花が飾られており少しきついがラベンダーのようなとてもいい香りを放っていた。
しかし気になる点もいくつかある。一つ目は床や壁のいたるところに赤黒いシミが付着している事。二つ目は部屋に窓が一つもない事。三つめは全体的な部屋の汚さに比べてベッドのシーツだけが異常に綺麗な事。
「この部屋にあるシミは全部血で、部屋に窓が無いのはご主人みたいな人が外の風景を見ないで済むように。シーツだけきれいなのは流石に血みどろのシーツにお客様を寝かせるわけにはいかないから。ちなみにこの花は部屋に充満する臭いを消臭するために置いてある」
幼女がアストの心を読んだかのように全部説明してくれる。その顔は完全にいたずらっ子のその目だ。
知りたいとは思ったがやっぱり知りたくなかった不穏な事実にアストは強力な精神ダメージを受けベッドに突っ伏す。絶対に楽しんでいる。けど幼女が楽しそうで何よりと思うアスト。
しかし宿代がタダとはいえこんなホラゲーみたいな村にいたらSAN値が秒で削れて明日には発狂してしまいそうだ。
「うーん…まぁ、流石にご主人が可哀想だから今日か明日で稼げるだけ稼いで旅に戻ろうか」
「うん、ありがとう」
幼女の予定ではこの村に数日滞在して軍資金を稼ぐつもりだったが、アストの様子を見て早めに村を出た方がいいと判断し滞在期間を大幅に減らす。そんな幼女の心遣いにマジで感謝してお礼を言うと幼女は「うん」と短く返事をして小さく微笑みベッドに腰掛ける。
「………なぁ」
「なに?」
「ここってどんな村なんだ?」
この村の第一印象からこの宿で安心して眠れる気がしないアスト。もし泊まりに来た部外者を生贄に黒魔術とかしていたらどうしようとか都市伝説とかにある一度踏み入れたら二度と出られない村だったらどうしようなどと不安が不安を掻き立てこのままでは思考がショートしそうだ。
「…知りたい?」
よりによってこの幼女は不てみな笑みを浮かべて聞き返してくる。けどその表情は嫌いじゃない、むしろ最高。
「正直知りたくないけど、知ってた方が万が一の時に役立つかもしれないし」
「……あぁ、最初に行っとくけどここはお化けとか呪いとかそう言う類の村じゃないよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあ知りたい」
村に来た時の第一印象で都市伝説みたいなホラー系の村だと勘違いしてたアストはそっち系の村ではないという事を知り、肩の荷が下りる。
「いいけど、多分実際に見てもらった方が分かりやすいだろうからその時が来たら――」
『カンッカンッカンッカンッカンッカンッ』
幼女がもったいぶるように一旦話を置いておこうとすると甲高い鐘の警報音が鳴り響く。
それと同時に隣や上の部屋からドタドタと慌ただしい足音が響き、外からは祭りの様に騒ぐ男たちの声が壁越しに聞こえてくる。
「おっ、噂をすれば。行くよご主人」
「行くってどこに」
「ご主人が知りたがってる答えが全部ある所にだよ」
そう言いながら幼女はバックパックを背負い何が起きているのかさっぱり分からず内心結構焦っているアストの手を引き走って宿の外に出る。
外に出ると村人や冒険者が老若男女問わずそれぞれ武器を持ってみんな同じ方向に向かって走って行くのが見える。その様子はまるで敵地に突入する兵士そのもの。
「ご主人、急ぐよ」
「情報不足なんだが?」
「あとで全部説明するからとにかく急いで」
そう言うと幼女はアストを置いて村人や冒険者と同じように村の奥へと走っていく。
状況が全く理解できていないアスト。だがこんな死体の山が転がった場所に一人で残るわけにもいかない、いったいこの先に何があるというのか、アストは複雑な心境のまま急いで幼女の後を追う。
はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおひさです。IZです。
えっ?前回の投稿からちょうど一か月って本当ですか?
………あの…えっと……その………大変お待たせいたしましたm(__)m。
【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】更新です。
この作品は本家【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】のオリジナルキャラver.となっています。
本家の方はpixiv小説にて連載中ですので更新を待っている間にでも読みに行っていただけると嬉しいです。
https://www.pixiv.net/users/58648155/novels
それでは今回も登場キャラクターのプロフィール書いていきます。
今回紹介するのはまだ対戦描写は無いものの人間の中で5本の指に入るギャンブラー、カイです。
≪名前≫
カイ・ルーファ・サマ
≪通称≫
カイ
ボス
≪種族≫
人間
≪性別≫
男性
≪年齢≫
31歳
≪容姿≫
白いスーツに身を纏ったダンディな180センチ超えの男性。
左瞼には刀傷が一本入っているが目は見える。
≪性格と人柄≫
ギャンブルにおいては勝利は絶対。引き分けすらも負けと考えており、勝負に負けた部下には厳しい罰を与える。
自分より強い相手との勝負を極端に嫌い、ここ数年はずっと格下のギャンブル依存症の人間から金を巻き上げている。
基本的に冷静沈着だが自分の想定外の展開になると感情的になる。
≪所属ギルド≫
なし(商業の国を含む複数の国で地下カジノを経営している)
≪性癖≫
リョナ寄りの強姦
≪能力≫
不明
≪弱点≫
不明
≪戦績≫
ギャンブル:156億4964万3366戦中 156億4964万1365勝 1996敗 5分
それでは次回の【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】の後書きでお会いしましょう。