人生リセットマラソン
朦朧とする意識の中、目を瞑ったままの天文の鼻に独特なにおいが届く。
匂いだけでそれがなにか分かってしまうほど身近に存在するそれはひんやり冷たくとても硬い。
――これは、土だな
砂遊びをした直後の手に残る独特な匂いと全身に感じる硬い大地の感触。さらに肌に喰い込む砂粒の圧迫感。眼を開けて確認するまでもない、ここは地面の上。今天文は地面の上に横たわっている。
まだ意識が完全に目覚めないまま重たい瞼をゆっくり開けるとぼんやりとした水色と緑色の世界が目の前に広がる。
――あれは…空?…と、木かな?
色と形だけで背景を想像し、ここが自然の中であることを認識する。
なぜこんな森の道端に寝転がっているのかは全くもって意味不明だがそんなことを考えている余裕はすぐになくなった。
――寒っ……んん?
突如全身を撫でるように吹き抜ける風によりタカフミは今の自分の状況にある違和感を覚える。
――……服着てなくね?
直接見て確認するまでもない。
真冬のお風呂上がりに全身を襲う寒気に近い感覚と布の肌触りを一切感じない子の感じ、そう何を隠そう、今現在天文は下着すらも着用していない完全生まれたて全裸の状態なのである。
ここが地面の上だとわかった時なぜ同時に肌への違和感に気づかなかったのかが不思議なくらいすっぽんぽんの丸裸、つまり天文は目が覚めると露出狂の変態に転生していたのだ。
――あんのロリ女神、今度あったら覚えてろよ
イリスへの仕返しを考えながら体を起こそうと試みるが何故か上手く起き上がれない。いや、起き上がれないと言うより……首が動かない?
地面から頭を持ち上げようにも首がグラグラして自力では持ち上がらないうえに頭の向きすらも変えることが出来ない。
手足も指は何とか動かせるが、腕や膝の関節は今の体勢から上手く動かすことが出来ない。そう、例えるなら自分の体が赤子になったみたいなそんな感じだ。
――……まさかな
直後ドシーンッドシーンッと地の底から湧き上がってくるような地響きが鳴り響き大地が上下に大きく揺れる。そして地響きが鳴るたびに天文の身体がほんの少し浮き上がって跳ね、浮き上がって跳ねを繰り返す。
この体勢では何が起きているのか把握することも出来ず、どこからともなく聞こえてくる鳥の騒ぎ声を聴きながらただただ見えない恐怖に怯えるしかない天文。
地響はまるでこちらに近づいているかのようにだんだん大きく激しくなり、突如モザイクになった視界が急に暗くなったかと思うと、直後目の前にナニカが写り込む。
ぼやけすぎてそのナニカが今目の前にあるという程度にしか認識できないが、よくよく見るとそのナニカはどんどこちらに向かって近づいているように見える。
やがてそのナニかが視界全てを覆い尽くす頃になってようやく大体の形と色、さらにその正体が何のかがなんとなく分かった。
――足?
直後天文は正体も分からないナニカの足に潰され、血肉をその場にブチまけながら赤い肉塊となって死んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
気がつくと天文は見覚えのある空間にいた。
相変わらず視界はモザイクだがなんとなくここがどこかは分かる。しかもありがたいことに今回は真っ直ぐ正面を見れるように体の軸が固定されて浮いているので、ここが自分が転生する前に転生女神イリスと話していた空間、転生の間だということに気づくのに時間はかからなかった。
『えっなに、もう死んだの?』
聞き覚えのある声とともに黒い何かがフェードインする。
セルフモザイクが施されているのでただの黒い物体にしか見えないが声からその正体は推測できる。
その名もゴスロリ幼女神イリス。
「――――――」
目の前の存在がイリスであることが分かった瞬間、天文は転生後裸だったことや謎の足xなど多くの不満をありったけ浴びせてやろうとしたが何故か声が出ないだけでなく舌も動かない。
『あぁごめんごめん』
パクパクと口を動かすだけの天文を見て察したイリスがパチンッと指を鳴らす。
すると一瞬にして視界がクリアになり声も流暢に喋れるようになる。
「おいイリス、これはどういうことだ?」
『なにが?』
「まずなんで俺は赤ん坊の姿なんだ?」
『なんでって、転生したんだから赤ちゃんからのスタートになるのは当たり前でしょ』
「……あぁはい、そう言う感じなのね。あぁ、うん俺が勘違いしてた」
オタクで異世界転生モノが大好物な天文はすぐさまイリスの言っていることを理解して勝手に自己解決する。
いや、よくよく考えれば理てきにイリスの言っていることは至極当然、普通のことなのだ。
最近の異世界生モノは転生後の幼児期描写がカットされある程度成長した時期から物語がスタートする場合が多いので、転生したら赤ちゃんからのスタートいう常識がいつの間にか抜け落ちていた。
「……だとしても服……いや、タオルくらいは巻いて欲しかったな」
『産まれたてはみんな全裸でしょ』
「はい、そうですよね。もういいです」
不満は若干残るが、現実的に考えてイリスの方が100%正しいので転生後の姿と格好については一応納得し次の不満へと移る。
「転生後の外見は納得した。けどさ、けどだよ、なんの前触れもなくいきなり道端に放置はさすがにどうかと思うんだが」
『えっ?ダメだった?』
転生後赤ちゃんとして人生がスタートするのにあの状況は不自然だろと抗議する天文の言葉に、何故か驚いた反応を見せるイリスに逆にこちらが驚愕する。
「いやいやいやいやいやいや、ダメに決まってるだろ、なんでそっちが驚いてんだよ。産まれたての姿で転生するならせめて母親の腹の中から出てきた直後とかさもっとふさわしいシーンがあるだろ」
『いや待ってこれは言い訳させて。今まで私が担当してきた転生者はみんなこれで問題なかったの。たがら私は悪くない』
――まさかの俺がアウェイか!?
イリスの言い訳に今までの転生者たちは一体何者なんだ?と思いながら先行きの不安に大きなため息を着く。
「……死んでここに来たってことはもう一回転生出来るのか?」
死んで消滅せずにまた転生の間に来たということは楽しい異世界ライフの可能性がまだあるという事だろう。
転生して物の数分で無抵抗に死んだのはさすがに納得できないのでこうしてまだチャンスがあることは天文にとってはありがたい話、正直自分を殺したあの足の持ち主はチート能力で木っ端微塵にぶっ飛ばしたいと思っている。
『転生でもいいし蘇生でもいいよ。転生の場合、転生する前に持っていたチート能力はリセットされるから注意ね。蘇生の場合はただ単に死んだ場所に死ぬ前の状態で生き返るだけで能力も変わらない』
つまりコンテニューするかリセマラするかの二択という事。
回数制限があるかどうかは知らないが、どちらにするか選択できるのは結構良心的だと思う天文。
今回に限ってはどちらにするかは即決だった。
「前世の俺がどんな能力だったかは気になるけど、その言い方だと蘇生選んだらまた赤ん坊の姿で放置されるってことだろ。なら転生にしとく」
『オッケー、じゃあ転生させるね。あっ、今度はもう少し長く生きてね』
「なら普通の家庭に生まれるようにしてくれ」
『どんな家庭に生まれるかは完全ランダムだから無理です』
ランダムかよとギャンブル性の高い異世界転生にまた大きなため息をつき目を閉じる。
心の準備が整うと、前世の転生時と同じようにイリスが転生魔法を発動させ徐々に意識が遠のいていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
目が覚めるとそこは眩しくぼやけた世界、意識が戻ると同時に今度は周囲の状況を確認する暇もなく体が勝手に産声をあげ、声が枯れそうなほど激しく泣き続ける。
泣くと言っても中身は青年なので内心ではいつまで泣き続ければいいんだと思いながら全然言うことを聞かない自分の体が泣き止むのを待つ。
数十分泣き続けやっとこさ強制産声が終わると思考を巡らせるよりも早くどっと疲れが全身を襲う。
とりあえず泣いている間に分かったことは、イリスにリクエストした通り自分が生まれる瞬間から異世界ライフがスタートしたということくらい。それ以上の事は考えようにも疲労が邪魔して頭が回ってくれない。
だんだんと閉じてくる瞼に抗うことは出来ず天文はそのまま眠りに落ちていく。
再び目を覚ますと視界には当たり前のようにモザイク世界が広がる。
体は産まれたての赤子でも前世と前前世の記憶は引き継いでいるのでここが屋内だということにはすぐに気づいた。
前世の肌寒さは微塵も感じず体はふわふわの柔らかい布団に包まれ実に心地がいい。
「おはようアスト」
ゆるりとした女性の声、おそらくこっちの世界での母親だろう。
『アスト』どうやらこれがこの世界での天文の名前らしい。
しかもこのアストという名前、偶然にもアストがまだ天文だった世界で使っていたアカウントの名前と完全一致するのだ。
実名よりも使う回数が多かったこの名前をまさか異世界でも使うことになるとはさすがに予想していなかったので謎に上機嫌になる。
「あっ笑った」
「笑った顔もお前に似て可愛いな」
母親が嬉しそうに話すと今度は男らしい低い声が現れる。こっちは異世界の父親だろう。
それにしてもどの世界でも両親がイチャイチャしている光景はぼやけていてよく見えないとはいえかなりキツい。
べつに中身も赤ちゃんで転生していたらなにも気にする事なくスルーできるのだが現実はいつどこでも厳しいらしい。しかも精神年齢は高校生なので余計にキツく感じてしまう。
そんなアストがこんな光景に耐えられるはずも無く、なんか吐き気もしてきたので思いっきり泣いて両親のイチャイチャを強制終了させる。
「あら、お腹空いたのかしら?」
突如泣き出したアストに母親はお腹が空いたと思ったのかボロンッと胸を出しアスとの口元に乳首を近づける。
――お"お"ぅ"ぅ"……
表には出さないが内心搾り取るような「おぅ」を呟きドン引きするアスト。
粉ミルクを期待していたアストだったがこの異世界には存在しないのか、存在するけどこの母親が母乳派なのか、真相は分からないが完全守備範囲外の異性、しかも実質赤の他人の乳を吸うなんて両親のイチャコラ鑑賞会よりも断然キツい。
粉ミルクがないなら諦めて吸うがあるなら本当に今すぐそっちを用意して欲しいと願うアスト。いや、母親の判断は正しいのだが、中身が高校生であるがばかりにどうしても嫌悪感が出てしまう。
粉ミルクがある可能性に賭けて乳首から顔を背けようとした瞬間また体が勝手に動き母親の乳首に吸い付く。中身以外の全てが赤子だからなのか本能的な生理現象は自分の意思ではどうにもできないらしい。
口の中に液体が流れ込んでくるのが分かる、味はまぁ味覚が赤子なので美味しくは感じる。
中身青年の赤子が母親のお乳を吸うかなり高度なプレイがここに実現したわけだが、アストにとっては地獄でしかなかった。
――もしかして離乳食に入るまで毎日これ経験しないといけないのか?
今日から始まった食事と言う名の地獄に絶望を打ち消す勢いで満腹になった後の睡魔が追い打ちをかけてくる。当然赤子の体のアストがそれに耐えられるはずも無く目を閉じてすぐに眠りに落ちる。
幸せそうな家族の明るい日常、しかし光るある所には影がある。窓の端に映る黒い影、まだ外は明るいというのに不気味に光る赤い目、そんな獲物を狙うかのような目が家の外からアストをじっと見つめている。
寝ているアストもアストの寝顔に癒されている両親もその存在に気づくことは無かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
本日何度目の目覚めか、意識が戻ると真っ先に異変に気付く。と言っても視界は当たり前のようにモザイクだし首が座っていないので当然の様に天井しか見えない。が、ぼやけた視界でもさっきまでいた部屋とは明らかに目に映るものや雰囲気が違うことにアストは気づく。紺の背景に黄色がちりばめられた星空らしき絵が描かれた天井からつるされたモビールらしきもの、おそらく寝ている間に連れてこられたのだろうがここがいったいどこなのかアストには見当もつかなかった。
「ほんぎゃー、ほんぎゃあああああ」
「ふぅ~ゆ、うぶぅ」
「ねぁあああ~」
――どこかの預かり施設とかか?
周りから他の赤ちゃんの泣いている声や楽しそうな声が聞こえるため幼稚園のような場所かなにかだろうと結論付け、両親の迎えが来るまで寝て待っていようと再び目を閉じる。
「はいはい、みんなちょ~っと待っててね~…ェッヒッヒッ」
目を閉じていざ眠りに入ろうとした瞬間寒気がするほど不気味で癖のある声が聞こえ、寝落ち直前までいっていた眠気が一気に吹き飛ぶ。
声の高さ的に恐らく女性。この施設の人だろうか?だとしたらここにいるのは場違いだろう。なぜならこんな人間とはかけ離れたバケモノのような醜い声で話しかけたら赤ちゃんはみんな不快で泣き出してしまう。
そう思いこの部屋に赤ちゃんの泣き声が充満することを予想したアストだったが、不思議なことにものの数分で不快を伝える鳴き声の方がほとんど無くなり逆に喜びの感情を持った鳴き声が四方八方から湧き上がる。
――はっ?えっ?なんで?
いったあのバケモノ声の主は何をしたのか、声の数からして百人はいると思われる赤ちゃんを同時に喜ばせた。魔法でも使ったのだろうか?少なくともアストはあの声で愉快になれる気はしない。
「おや~?キミは笑ってないね~」
大勢いる赤ちゃんの中には一部まだ泣き続けている子がいるらしく、寝っ転がった体勢のアストの足元あたりで鳴いている赤ちゃんの方からバケモノの声がする。
「おやおや~私の能力が効いていないね~、キミの能力が関係しているのかな~?」
――能力?やっぱりそっち系の仕業だったのか…
バケモノが能力で強制的に赤ちゃんたちを喜ばせていたとが確定する。
しかしそれならこのバケモノはいい奴ということになるのだろうか?声や笑い方は正直アレだし能力で強制的にそうさせているだけで、やっていること自体はただ赤ちゃんをあやしているだけ、今のところ特に問題視するような点は見当たらない。
自分が早とちりしただけかと少し安心しアストは再度眠りに入ろうとうとする。
「ヤィッヒッヒっ。私の能力が効かない子は何をしでかすか分からないからね~イヒッ、処分♪処分♪」
バケモノが不気味な笑い声をあげ耳を疑う衝撃の告白をすると、泣いていた一人の赤ちゃんがいっそう激しく泣き叫んだかと思うとグチャヌチャリ、バキッゴキッという何かが潰れる音と折れる音が合わさった気味の悪い音と共に泣き叫ぶ声が途切れる。
それと同時にバキバキ、ボリボリ、クチャクチャと何か硬いものを噛み砕きながら咀嚼する音が施設内に響く。
首が動かせないので何が起きたかは見えないが泣いていた赤ちゃんがどうなったかはハッキリ予想が出来た。想像するだけでも吐き気を催す悍ましさ、こういう時は自分の妄想力が嫌いになる。
想像でここまで精神的ダメージが大きいのだから見えなかったのはある意味幸運だったのかもしれない。
「っごきゅん……さ~て他に効いていない子は~…ェヒッ」
二人目、最初の赤ちゃん同様泣きわめいていた声が生々しい音が鳴り響くタイミングで途切れ静かになると直後同じように咀嚼音が聞こえてくる。
そんな異常な空間の中でも大半の赤ちゃんはバケモノの能力のせいなのか未だに機嫌がよく可愛らしい笑い声をあげている。
「やれやれ今回はハズレが多いね~、まぁ減った分はまたさらってこればいっか、ヒヒヒッ」
バケモノの犠牲になった赤ちゃんは10人を超えてもまだまだいるようでアストはいつ自分の番がくるかの恐怖に襲われていた。
しかしどんなに恐怖に飲まれても泣くことどころか声を出すこともできない。これもバケモノの能力なのだろうか?能力が効いている赤ちゃんみたいに笑うことも効いていない赤ちゃんの様に泣き開けぶこともできないままただただ恐怖に怯え続ける時間。
その時間は恐怖が永遠に続くかのように錯覚するほど長くアストの精神は崩壊寸前にまでボロボロになっていた。
そしてついにアストの番がやってくる。
「あらあら、こっちにはまた珍しい子がいるね~ヘヒィッ」
バケモノがアストを顔をのぞき込む。
顔と顔が触れ合いそうなほど近づけばさすがにピントも合いバケモノの顔がはっきりと視界に映る。
見た目は二十代後半くらいの女性の姿で群青色の長い髪に立派な二本の角、黒い肌に鋭く光る赤い目、耳まで裂けた口には尖った牙のような歯がずらりと並んでいて口の周りは赤く塗りつぶされていた。バケモノが吐く息からは腐敗臭と鉄分の混ざった匂いが漂い一気に気分が悪くなる。
「笑っていないということは私の能力は効いていない…かといってハズレの赤子の様に泣き叫ぶ訳でもない……エィッヒッ、面白い子だね~」
そういうとバケモノはアストを摘み上げいろんな角度から観察していく。持ち上げられた時の高さからこのバケモノの身長は4、5メートル程と推測でき、手のひらがアストの身長とほぼ同じくらいの大きさだ。
摘まみ上げられた際アストのぼやけた視界に入ったのは部屋いっぱいに敷き詰められたベビーベッドとそこに寝転がる赤ちゃんたち、そして所々のベビーベッドの上に見える飛び散った赤色。アストの予想は的中した。
――やっぱり、喰ってやがった
このバケモノの能力が効いていないであろう自分も今から喰われることを覚悟する。
この世界に来てろくな死に方してないなと前世での最後を思い出す。今回も短い人生だっただけに走馬灯は無くただただ恐怖だけが体を支配する。
「面白いけど念には念を、この世界では油断しない事が長生きの秘訣さねエィッヒッヒッヒッ」
そう言うとバケモノはバカと大きく口を開きアストの体に長い舌を巻きつけるとぺろりと丸呑みで口の中に運び入れる。口に入るとアストを舌から解放させその鋭い歯で一気に肉を裂き骨を噛み砕く。
痛みを感じ激痛の叫びを声に出そうとした時にはすでにアストの身体は細切れになって腹の中へと送られており二度目の異世界人生もあっけなく終わりを迎えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして帰ってきた転生の間、果たして何回ここにお世話になるのだろうと今後の展開にさらなる不安を抱きつつ過去最長の大きなため息を吐く。
息をすべて吐き切るほどの溜め息をした後顔を上げると、前まではなかったはずの体に見合わない巨大な玉座が目に入る。しかもそこに座っているのは、哀れみの目をこちらに向けながら頬杖をつくイリスだった。
「また死んだの?ちゃんと異世界ライフ送る気ある?』
退屈そうに大きな欠伸をして足を肘掛に置きながら玉座をベッドがわりにくつろぐイリス。
いろいろツッコミどころは満載だが、そんなことはこの際どうでもいい。それよりも二度目の異世界ライフで起きた出来事とその元凶であるバケモノについて詳しく知る方が今のアストにとっては大事な事だ。
「いや俺もなんでこうなったのか全然分からないからいろいろツッコませて」
『どうぞ言ってみな』
もうなんか癖になっているのか、それとも相手が神で本能的にそうしてしまうのか、特に理由はないがアストは無意識に玉座の前に移動すると赤子の体で正座する。イリスは変わらずだらだらしながらもアストの愚痴に耳を傾ける。
「まずさ、あいつ何?」
『あいつとは?』
「バケモノだよ鬼のバケモノ、なんなんだよあいつ」
あの不気味な顔と声は死んでもなお鮮明に思い出すことができる。いや、思えだせるじゃなくてトラウマになったと言った方が正しいだろうか。とにかくあのバケモノの見た目と声だけは今後何があっても忘れないだろう。
『あれは鬼女の一種『子喰』。人間の赤子をさらって食べる悪鬼だよ。この世界のモンスターの中では最底辺の強さ、弱小モンスターだよ。ちなみに子喰界隈ではさらった子をすぐ食べる派と肥やしてから食べる派に派閥が別れているらしい』
流石は神様と言ったところか、すぐにあのバケモノの正体を答えると聞いてもいない派閥まで説明してくれる。
説明を聞いてあれが最弱モンスターかよと驚いたアストだったが、こちらには転特典チート能力があるので次あったらぶっ殺してやろうと心に決めるだけで終わる。
「じゃあなに、俺はその子喰にさらわれて食われたってことか?」
『そうなるね』
「正体不明のナニカに踏み潰されたり悪鬼に食われたり、なに、俺はろくな死に方しかしない呪いにでも掛かってるのか?」
そう呟くとアストはダルそうに気だるい鉛の声を喉から漏らし、正座していた足を崩してポカーンと口を開け遠い目をする。
思い描いていた異世界ライフとのギャップに次はどんな死に方するんだろうと悪い方向にどんどん気が滅入っていく。
――成功してる奴らと俺の差ってなんなんだ?
自分以外の転生者や前前前世の頃ラノベで読んでいた主人公たちとの差はなんだろうかと色々考える。
真っ先に思いついたのは生まれる家庭を安全なところにするというものだったが、前世の転生時イリスがどの家庭に産まれるかはランダムと言っていたのを思い出しあまり期待できないとして断念する。
次に思いついたのはチート能力を使っているかどうか。
イリスの言うことが本当なら転生後のアストにはチート能力が宿っている。
しかも能力自体は異世界に生まれ落ちた時には既に持っているから発動させさせてしまえばもしかしたら理不尽な死を防げたかもしれない。
「なぁイリス」
『様を付けなさい様を』
「イリスサマー」
「なんです?」
『今更だけどチート能力ってどうやって使うんだ?』
今思えばチート無双している作品にはたくさん触れてきたが、なにを意識してどういう動作をして、なにをどうすれば力が使えると言った説明をちゃんとしている作品は少ない。大抵は無意識とか感覚、思い描くだけなどざっくり曖昧な説明で終わっている。
それでは全然参考にならないし、そもそもファンタジーとは真逆の世界で生きていたアストにとっては魔法ってどうやって使うの?という次元である。
しかもこういうのは大抵最初から使いこなせているパターンと暴走してしまうパターンで分かれるのだが、もし後者の場合チート能力を制御する方法も考えないといけなくなってくる。
『発動させたいだけなら使いたいって思えばあとは本能的に体が動いてくれるよ』
「それって具体的にどういうイメージなんだ?能力を使いたいって思うだけでいいのか、実際に使っている場面とか技のイメージを想像するのか」
『普通に能力を使いたいって強くイメージするだけでいいよ、例えばそうだねー…自分の体からこう、エネルギーみたいなのが大量に放出されてるみたいな?そんな感じ』
「なるほどそう言う感じか…ありがとイリス様。じゃあ三度目の正直、今度こそ異世界ライフを楽しんでくるよ」
『行ってら~』
毎度の如く転生魔法が発動し視界が白い光に包まれていく。
能力の発動の仕方は分かった、これならあのバケモノにまた遭遇したとしても、もう死ぬことは無いだろう。逆に今度はこっちがボコボコにしてやろうと意気込むアストは三回目の異世界ライフをスタートさせる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
転生が完了するとアストはまた地面に放置され泣いていた。
身体は本能的に泣いているが内心は落ち着いているのでなぜ泣いているかの原因を追求する。目はギュッと閉じられているので視覚以外の感覚を頼りに現状を整理する。
――なんか……熱っ痛ってえええ!?
ます真っ先に感じたのは肌が焼けているような痛みと熱さ。
木材がが激しく燃えている音と焦げ臭さい炭の匂い、息をするだけで灰が器官に入り激しくむせ返える。
以上のことからここが炎の中で自分がまさに焼け死んでいこうとしているところなのだと――、なんて推測している余裕はない、マジで今、現在進行形で自分の体がこんがりジューシーに焼かれようとしている。やけどをしたことがなあんかいかあるがそんなものとは比べ物にならない程とにかく痛い、意識が吹っ飛んでしまいそうだ。
暑さから逃れようとしてみるもやはり首の座っていない赤ちゃんの体では移動どころか転がることもできない。
肉がじわじわと焼け、炭になったところから感覚がなくなっていくのを感じる。拷問のようにゆっくりと意識がある限り永遠に続く痛みに耐えきれずアストはついに内心でも激しく泣き叫ぶ。
遠くから聞こえてくる人々の悲鳴や獣の雄叫びすら耳に入らない程今は自分の事で精一杯、助けがくる気配もない完全な詰み状態。
――あ゛あ゛あ゛クッッッソっ、痛てえぇぇ…ちくしょっちくしょっちくしょっ、こうなりゃ……
今世の自分のチート能力がこの状況を打開できる効果であることに賭けアストは一か八か、イリスに教わったイメージの方法でチート能力を全開で発動させる。
この時アストがイメージしたのは、自分の肉体から発せられたエネルギーが星ひとつを飲み込むほど肥大化するというもの。
すると体中を覆っていた炎の熱さは一瞬で消し飛び代わりに冷たい空気が体を撫でる。焼けた箇所は酷く痛むのでまだ目を開けることはできないが炎から解放されたことだけは分かった。
そしてアスト本人が気づくのはこの後になるが、この時炎だけでなく周りから聞こえていた悲鳴や雄叫び、瓦礫の崩れる音すらもすべてが消えさっていた。
直後体が重力により落下する感覚が全身を襲い、落下速度に比例する様に意識が薄れていく。
ドボォーンッ…………
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……二度あることは三度あるだったか」
四度目ともなれば流石に適応力も上がり、自分が死んだことをすぐさま理解して次の転生のためイリスの座る玉座へと向き直るアスト。
『ねぇアスト、私になんか恨みでもあるの?』
今回のイリスは前の転生時に見たぐーたらな態度とは打って変わり、玉座に深々と腰を下ろしてかなり不機嫌そうな顔とただならぬオーラを発していた。
呆れていた時の前回とは全く異なる、負の塊のような雰囲気の大きなため息交じりの声で愚痴るように話してくる。
「えぇっと…俺なんかしました?」
全く何のことだか見当もつかいなアストはなろう主人公の様にすっとぼける。
するとイリスは大げさなほど大きくハッキリとしたため息を吐きそのまま頭を抱えて下を向くと地の底から皮肉ような声をあげる。
「…えっと…イリス様?……なにかありました?」
『はあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
「…イリス様?なにか――、」
『はあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
「……あの…えっと…なんかすみません」
なにがなんだかさっぱり分からないこちらの呼びかけに長い長い溜息でしか反応しないイリスにアストもどうしていいか分からず沈黙する。
『……島が一つ地図上からえました』
「えっ?」
数分の沈黙の後ようやくイリスが口を開く。
しかも何を言うのかと思えば島が一つなくなったという訳の分からない報告。
『キミの元いた世界で例えるなら九州とほぼ同じ面積の島が跡形もなく消し飛びました』
「九州?嘘だろおい、いったい何が……」
島ひとつと聞いて小さな無人島レベルのスケールだと思っていたアストだったが、その消えた島の大きさを聞いて驚愕する。
誰が何のためにどうやってそんな規模の島を吹き飛ばしたのか……いや、九州を吹き飛ばせるほどの力と言ったらもうチート能力以外の何物でもないだろう。
問題なのは誰が何のためにそんなことをしたのか、そしてなぜイリスはこのことをアストに伝えたのか。
と、ここまで整理して気づいた…と言うより犯人に心当たりがひとつ、アストはまさかと思い言葉につまりながらその犯人の名を口にする。
「……俺か?」
『そう!大正解!!マジでふざけるな!!!』
三段階で声のボリュームを上げマジギレするイリス。
世界の崩壊は良くて島一つ消し飛ばすのはダメなのかと内心矛盾を感じたが、今揚げ足をとるとなんか逆ギレを喰らい、判霊体とはいえただでは済まなそうな雰囲気なので言いたいことはもう少し落ち着くまで待つ。
そして島を消し飛ばした犯人がアストだとすると分からないことがもうひとつある。
「あの、俺全く記憶にないんですが」
アスト自身イリスの助言通りの方法でチート能力を発動した自覚はある、しかしそれ以降のことが全く記憶になくなぜ島が消える結果になったのかも見当もつかない。
『そりゃそうだろうね、島一つまるまる消し飛ばしてキミ自身はチート能力の反動で気絶してそのまま海に落ちて溺れたんだから』
――島ひとつ消しといて死因溺死かよ俺
やらかしたスケールからは想像できない程しょうもない死因に内心自分にツッコむ。
『おかげで私は島にいた全ての生き物の転生処理をする羽目になりました。どっかの誰かさんのせいで』
「全ても生き物って……俺一人しかいませんけど」
あたりを見渡しながら転生に間に自分一人しかいないことを確認するアスト。
『転生の間は一生命につき一空間なの、ここはキミ専用の転生の間。今他の転生の間でも分身使って同時進行で他の生き物の転生もやってるの、ちなみに今キミが見ているのも私の分身ね』
言っていることが分かるようで理解しきれず首を傾げる。
ようは種族ではなく生き物一匹一匹に対してこのような転生の間が存在し、今こうして話している間にもイリスは分身を使い同時進行で島にいた他の生き物の転生をしているということなのだろうか?
かなりスケールの大きい話だが、神様だからそういうことも出来ると思えばあっさり納得できた。
「島ひとつでこんなに機嫌悪くなるのによく世界を崩壊させたいなんて言えましたね」
最初の転生時、イリスに魔王になって世界を滅ぼすよう勧められたことを思い出したアストは皮肉を込めてツッコむ。
『世界崩壊レベルはいいんだよ』
「いや、世界崩壊したら今よりもっと忙しくなるでしょ」
『と思うじゃん。世界レベルになったら逆に開き直れるから気持ち的には楽』
つまりやるなら中途半端ではなく徹底的にやれという事だろう。その発言を聞いて未だにこれが神様、しかも転生女神とは思えないアストだった。
『そんなことよりアスト、キミ死にすぎ。なに、自殺願望者なの?』
そんなストに今度はイリスが指摘する。
確かにこんな短期間で三回も死ねばそう思うのも無理はない、しかし異世界に来たからといって好き好んで死ぬほど頭のネジは飛んでない。これはしっかり否定させてもらう。
「そんな訳ないじゃないですか。てか、すぐ死ぬのはイリス様の仕業なんじゃないんですか?今回また野放しだったんですけど?」
イリスが仕込んでいる証拠として状況は違ったが、最初に転生した時と同じように赤ちゃんの姿で地べたに置された状態で転生させられていたことを指摘する。
『それはごめんいつもの、と言うか今までの癖でつい』
「ほらやっぱりイリス様の仕業じゃないですか」
『いやいやいや、確かに野放し転生したのは私だけど、だからって島消し飛ばさなくてもいいじゃん』
「それは本当にごめんなさい。俺も好きでやったわけじゃないですよ、能力使ったらこうなってしまったんです」
お互い自分に非があることには素直に謝りつつも総合的には自分は悪くない、悪いのはそっちだと主張し合う。
『ろくにコントロールも出来てないのに暴走させればそうなるに決まってるでしょ、頭おかしいんじゃないの?』
「いや、能力が最初からコントロール出来ないとか初耳なんですが」
『新しく与えられた力をいきなり使いこなせる人間なんてそうそういるわけないでしょ常識的に考えて』
チート能力の発動の仕方は教えてもらったけどコントロールの方法は教えてもらっていないから教えなかったイリスが悪いと主張するアストと、今まで接点すらなかった強大な力が入手早々にコントロールできるなんて現実がそんな甘いわけないじゃんとアストの常識不足を主張するイリス。
「いやこっちの世界の常識とか知らねぇし、そもそもどうやってコントロールするんだよ」
『自然とコントロールできるようになるまで待つか、暴走覚悟で短時間の発動と解除を繰り返してコツを掴むかの二択だね』
イライラしつつも次の転生のためにちゃんとコントロールのやり方を乞うアストと、しっかり教えておかないとまた広範囲を消し飛ばされて仕事を増やされては困ると考え丁寧に教えるイリス。
「自然と使えるようになるまでどれくらいかかるんだ?」
『能力は言ってしまえば体の一部みたいなものだからね、その人の才能とかどんな能力にかもよるけどだいたい20年前後かな』
「20年か…長いな」
あんな異世界で20年も能力無しで生きられる気がしないと自然コントロールは即諦める。
『どうしても待てないならひたすら反復練習だね、前世のアストみたいにいろんなところに危険と迷惑がかかるけど、ちゃんとイメージすればあそこまでの事にはならないと思よ。それにこの方法は思わぬことでコツを掴むケースも珍しくないからね』
「つまり能力使う時と同じようにイメージすればいいってことか?」
『そうだね、解放し続けるんじゃなくて解放したエネルギーを自身の体の周囲にとどめておくような感じ。そうすれば少なくとも島ひとつ消し飛ばすなんて事にはならないと思うよ』
コントロールの仕方はなんとなく分かったので反復練習の道を選ぶアスト。しかし能力の発動中は常にイメージを保たないといけないためまともな攻撃はできないだろうと予想するアスト。
身動きしなくても敵を倒せるような極限チートが当たることをお祈りしながら転生の意志を固める。
「今度こそまともな異世界ライフを送れますように。よし、じゃあイリス様よろ」
『はいはい。次はすぐ死なないこと、前世みたいに余計な仕事増やさないこと、これだけは気をつけてね』
「善処します」
注意しようにも産まれ落ちた時の環境やチート能力の内容次第では即死なので下手な約束はぜずイリスの入念な注意事項には曖昧に返事する。
イリスは期待なんて一ミリもしていないだるそうな顔で転生魔法を発動させアストは四度目の異世界転生をする。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はぁ~…だる~い」
転生神の間、イリスの本体はアストを転生させて心の声を叫んだあと、別空間で行われている転生作業を速攻で終わらせると分身体を本体へと戻し、無駄に疲れた体を休ませるためベッドに向かう。
仕事終わりのけだるい声を発しながらベッドに倒れ込んだ瞬間、赤ちゃん姿のアストが転生の間に戻ってくる。
「…………………………」
「……あれ?イリス様?」
「…………………………」
「イリス様ーどこですかー?」
『うるさい、今寝てるから邪魔しないで』
転生の間に自分の分身を送ることすらも面倒になったイリスはベッドに突っ伏したまま声だけ接続しイリスの姿を探しているアストに注意する。
「バリバリ起きてるじゃないですか、どこにいるんですか?」
『今分身引っ込めて声だけ接続してるのでその空間に私はいませんよ。あと神様は寝たままでも会話できるんです』
「じゃあ寝たままでいいので俺の文句聞いてください」
無駄に便利そうな神の力は一旦無視してアストも愚痴り出す。
『…………』
「俺は早く異世界ライフを楽しみたいんですけど」
『じゃあすぐ死なないでちゃんと生きて』
「生まれた子供を生け贄に捧げるあたおか家庭に転生させられたら誰でも難しいと思います」
またもやピンポイントで最悪の転生を果たし即死してきたアストはもうこの理不尽にも慣れてきたのか落ち着いた口調で正論を飛ばす。
『4回連続で即死……なんでそんなに運が悪いかね?』
「いや俺に聞かれても…転生しても引き継がれる呪いとかにかかってるんじゃないんですか?」
流石にアストもここまであっさり死にまくっていると黒幕が存在しているのではないかと疑いたくなる。
最初はイリスに原因があると思っていたが、転生させることが仕事のイリスが自分でエンドレスワークをしないといけなくなる展開にするとも考えにくい。
ゆえにシンプルに呪いとかの類の方が納得がいく。
『いや、見た感じそういった呪いにはかかってないね』
「その言い方だと呪い自体はあるんですね」
『あるよ、気をつけてね。まぁ気をつけたところでかかる時はかかるんだけど』
「なんだそれインフルエンザかなにかか?」
『確かに人間は予防しててもかかる時はかかるけど…』
転生の間に分身を送るどころか相変わらずベッドから起きようともしないが、アストの分かりやすいようでよくわからない例えに苦笑いを浮かべるイリス。
「結局この理不尽な死の連鎖はなんなんでしょうね」
『……多分だけど、キミの運が絶望的に低いのかな?』
「運…ですか?」
『そっ、この世界で生き抜いていくにはそれなりの運も必要なの。そうじゃないとどっかの誰かさんみたいにすぐ殺されちゃうからね』
「それ俺の事ですよね」
少し嫌味を含めた言い回しにノリノリでツッコむもイリスはアストのツッコミを無視して話を続ける。
『運は普通転生時に一度リセットされるはずだから三連続で超低運を引いたんだろうね、しかも産まれて直ぐに死んでるから数値にすると運はほぼゼロに近いね』
『それ逆に運よすぎません?』
イリスの言い方から低運になる確率ほど高いというわけではなさそうなので単に超低運を三回連続で引くくらい逆にが強かったという事だろう。
そんな確率起こせるなら普通にそこそこの運を引き当てて欲しいと自分の運勢に呆れるアスト。
『ホントだよ何とかしてくれないと私の仕事が増える一方なんだけど』
「俺にどうしろと」
別にイリスを困らせるつもりで超低運を引いているわけではないのだが、神様でもどうしようもできないことが人間の俺にどうこうできるわけがないだろうと自分の無力さを嘆くアスト。
『こうなったら、そこそこ以上の運を引くまでリセマラしよう』
「人の人生をガチャみたいに言わないでくださいよ」
「大丈夫、乱数調整すればすぐ終わる」
「おっ、さすが神様。でも乱数調整できるなら最初からやってくれればy――、」
「まぁ私には出来ないけど」
「できないのかよ!なんで言った!」
神様だからそれくらいできてもおかしくないと思い込んだ自分がバカだったと頭を抱えるアスト。この様子じゃ来世もろくな死にかたしないなと、もう既に死ぬ前提で来世の人生を斬り捨てる。
「乱数調整(勘)まぁなるようになるって」
「神様がそんな曖昧でいいんですかねぇ……」
仕事が増えるといいつつもこの最悪転生のループを切る明確な手段を持ち合わせていない使えない女神様にいつ異世界ライフが送れるようになるのだろうとスタート地点までの遠さにもう何回目かのため息が出る。
能力の発動のさせ方は分かったしコントロールの方法も聞いたので少しは長生きできると思うが、まだ全然心許ない現状にもっと長く生き残れる方法は無いのだろうかと考えるアスト。
転生時に何が不自由だったかを今一度考え直しアスとはひとつの結論を出す。
「………イリス様」
「なんだい?」
「ある程度歳を取った状態で転生する事って出来ます?赤ちゃんだと全然体動かせなくて不便なんですよね」
ひとつあった、転生するたびに経験していた不自由。体を動かせないという事。
一番最初の転生然り体さえ動かせば何とかなっていた状況はあった。
それなら結論はシンプル。自分で体を動かせるようになる歳まで成長した状態で転生すればいいのではないだろうか?ただしこれを転生と言っていいのかは不明、どちらかと言うと異世界転移や異世界召喚に近い。
意味的に違う気もするが死んで新たに生き返るという点ではある意味これも転生なのかもしれない。
『できるよ』
「えっマジで?」
『マジofマジ』
イリスの返答は可能との即答。
これにより逃げたり隠れたりすることが可能になり無抵抗のまま即死という未来を回避できる可能性がぐーんっとあがった。
内心できるなら最初に言ってくれよと思ったアストだったが、この可能性に早く念願の異世界ライフを送りたいという気持ちの方が強く文句は期待にかき消される。
『ただしその場合色々条件が着くよ』
「例えば?」
「まず異世界に自分の親が存在しない。どこかの家庭に生まれるわけじゃないからこれは当然だね。次に歳をとって転生してもチート能力の自然習得期間は短くならない。つまりゼロ歳に転生しようが百歳に転生しようが能力の自然習得には変わらずプラスで二十年必要ということ。わかった?」
「なるほど、おkわかった」
イリスの注意事項に特に問題は無いなと了解する。
「じゃあ何歳スタートにする?」
――ハーレム作るからやっぱ理想は10代後半がいいな……よし
「18かなー」
「じゃあ今回は18歳まで成長させとくね。あと今後の参考程度に何回でまともな転生できるか数えとくから」
そう言うと転生の間にイリスの指パッチンの音が響き渡る。
転生魔法が発動し視界が徐々に真っ白になっていきそれに比例するように意識が遠のいていく。
そしてプツンっと視界が真っ暗になり意識も完全に途切れると転生の間からアストが消える。
これよりアストの5回目の異世界転生が幕を開ける。
はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおひさです。IZです。
この度も【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】の閲覧ありがとうございます。
小説は超初心者なので至らぬ点が多々あるとは思いますがアドバイスや温かい目で見守ってくれると助かります。
この作品は本家【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】のオリジナルキャラver.となっています。
本家の方はpixiv小説にて連載中ですので更新を待っている間にでも読みに行っていただけると嬉しいです。
https://www.pixiv.net/users/58648155/novels
さて、今回の後書きは特に書くこともないので登場キャラクターのプロフィールでも書いて行こうと思います。
今回紹介するのは本作の主人公【矢野 天文】(転生前)です。
≪名前≫
矢野 天文
≪読み≫
ヤノ タカフミ
≪性別≫
男
≪性格≫
めんどくさがり屋で、休日は家に引きこもり動画見てゲームしてPCの前から一歩も動かずにだらだらと過ごすオタク。
しかしやる時はやる漢でもあり、極稀に見せるやる気モード発動中の集中力は異常。
口癖は「草 of the Days」
意味:今日一番の笑い
≪性癖≫
ロリコン(ロリ巨乳はNG)
≪能力≫
無し
それでは次回の【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】後書きでお会いしましょう。