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争いのない世界でまったり暮らす  作者: 談儀祀
第1章:名もなき村と初めての旅
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07.旅路(1)

「とりあえずサイヒの街に向かってみようと思うんだ」


 そう言って歩き始めたタビとルルは今、猛烈に後悔していた。


「まさか……こんなに雨が降るとは……」

「はい……知りませんでした……」


 サイヒの街とトウロウの街をつなぐ東西連絡路、そこからほど近い森の中で二人はテントの中にいた。既に一晩をこうして過ごしているが、雨が止む気配はない。

 しとしとと降る雨は決して強くはない。強くはないのだが、いかんせん雨対策をしていないのである。たびたびテントが浸水しては、水魔法で掃除して火魔法で乾かし、風魔法で換気する……という作業を繰り返していた。


(うーん……、前は初期で雨の時は適当に死んでリスポーンしてたんだっけ)


 ERがゲームだった頃、基本的に馬車などで移動していたタビには雨はあまり関係がなかった。冒険を続ければ続けるだけ移動は快適になっていくので、こちらに来た後はひとまず馬車を手に入れるまで頑張ればよいと考えていたのだ。

 ところがタビにはイレギュラーが1つ存在した。ルルの存在だ。そもそもタビは従者を序盤で拾う想定をしていなかった。というかゲーム時代のERではできなかったのだ。そして同行者がいる以上、無理に死に戻りをするつもりはタビにはなかった。

 幸い食料は多めに仕入れてきているので、1月降り続けたりしない限りは何とかはなる。容量無制限のアイテムストレージがなければ強行軍せざるをえなかっただろう。


「とはいえ暇だよねぇ……」

「そうですね……、すみません」

「いやいや、別にルルのせいじゃないから」


 とはいえ、先日討伐した骸骨ウサギは全て解体済みだ。道を歩いているからか、村を出てから他の魔物には出くわしていない。

 となると……、あまりこんな場所でやりたくはなかった選択肢しか残っていないな。


「ルル、筆記具は持ってたよね?」

「はい、村を出る前にいただきましたから」

「よし、じゃあやるか……、写経」

「……しゃきょう?」


 タビはストレージから<基本魔法・火の書>を取り出す。それを見た瞬間筆記具と魔導書が紐付いたのだろうルルの表情が、さっと青くなる。

 タビは最初は自分もそうだったなぁと思いながら、これからやることの説明を始める。


「魔導書、というものの説明からになるが、こいつらには原典が存在する――オリジナルの魔導書があるんだ。伝説に残るような大魔法が使えるらしい。もっとも、危険すぎて王族が管理してるとかっていう噂があるくらいだけど」

「……」

「そして必然、俺が持ってるこの魔導書は原典の複製になる。複写した写本だな。複写した以上、その効果は落ちている。なんでも店売りの魔導書はある程度品質を揃えてるらしい。原典の品質を100とすると、写本の品質は2〜3くらいだそうだ」

「…………」


 話を続けていくと、どんどんルルの顔色が悪くなっている。タビが言うことが恐ろしいことだからなのか、それとも自分がこれからさせられるであろう労働を考えてのことか。


「当然、写本から写本を作ることもできる。品質はさらに下がるけどね。これからするのは、村で手に入れた写本からさらに写本を作ろうってことだ。これによって何かあった時の生存率を上げよう、というのが目先の目標」

「…………タビお兄ちゃん。その先を聞くとすごく大変な気がするので聞きたくないんですが」


 目先の目標という言葉を言った途端、いやいやと耳を塞ごうとするルル。タビは冷静に「聞いてねー」と言って続ける。


「2つ目の目標は【複写】の称号Lvを上げるため。火水風土の基本4属性だけならともかく、上級魔法の魔導書を複写しようと思ったら結構な【複写】Lvが必要だからね」

「……………………」

「3つ目、魔法の理解度を上げるため。【火魔法】みたいな称号はこういう座学でも上がるみたいなんだよね。メインの属性の称号が上がると、やっぱり生存率に直結するしね」

「……………………」


 後で聞いたところによるとこの時ルルは急な情報量で頭がいっぱいになっていたんだそうだ。顔色が真っ青なのはただ単にやりたくないだけじゃなかったんだね、なんて聞いたら固まってしまった。


「それに何より、魔法の仕組みを理解したい。俺が聞いてる限りでも魔導書のオリジナルは10冊近くはあるみたいなんだ。片っ端から写経していけば、きっとその先にたどり着けると思うんだよ!」

「………………………………………………」


 そこまで勢いよく話すとルルは「どうしようこの人……」みたいな顔でドン引きしていた。


「えっと……、俺の話そんなにおかしかった……かな……」

「いえ……あの……はい……。そこまでストイックに頑張る人を……あまり見ないので……」

「あぁ、まあそうね。放浪の民でもなきゃそこまでやらないだろうし」


 放浪の民以外の住民は基本的に”神”に与えられた役目を果たすべく生活している。だからそれこそ治安維持が役目の衛兵でもない限りひたすら自分を鍛え抜くみたいなことはしないだろう。


「ちょっとやりたいことがあってね。いや、ちょっとじゃすまないかもしれないんだけど……」


 一応逃げ道を用意してから「聞いてくれる?」とタビは問う。卑怯な手だ。恩を与えておいてその逃げ道を使いづらくさせているのだから。

 ルルは目先の問題である写経や、ほぼ最終目標にも思える魔法の研究が「ちょっと」になるような遠大な計画であることを察してさらに引いていた。それでも断れないと悟ったのか「タビお兄ちゃんじゃなきゃ聞いてないです」それもそうだ。

 タビは今後の目標を同じにするためにも、と今までのことを話すことにする。写経よりも優先度は高い。あとで「聞いてませんでしたけど!?」と喧嘩になるのは(ましてそれでルルがもう嫌だと飛び出してしまうことまで考えると)大変にリスキーだ、とタビは思う。

 タビの話を聞いてルルがついてくるのをやめるのであれば、早ければ早い方がいいのだ。


「えっと……、タビお兄ちゃんは違う世界の人で……?」


 案の定ルルは頭を抱えていた。もし従者を増やすのであれば、早めに話し合う時間を作る必要がありそうだ、とタビは手帳に記しておく。


「何にせよ、俺の昔話はあまり関係ないよ。この世界を隅々まで旅したいってことさえわかれば」

「ぇうぅ……はい……」


 ルルはあまり大丈夫そうではない。ないが、もう話す話題もない。


「じゃ、写経やろうか」

「……」


 ルルは頭を抱えてうずくまったけど、すぐに諦めて筆記具を手にした。






 ERの世界には基本属性として4つの魔法属性がある。火、水、風、土。RPGではよく聞く属性だ。

 習得の難しい属性としては他に音、氷、雷、天、地、重力、結晶、融解、植生、無属性の10属性が見つかっている――というのが攻略サイトに記載されていた内容だ。土と地は丸被りに見えるし、属性の規則性がまるでない。

 この中でもともと住民が認識していた属性は基本4属性と氷、雷の2属性くらいだ。後は主に古代迷宮から発見された魔導書があるくらい。つまり魔法をコンプするためには古代迷宮を漁らなければいけない。

 一応発見された各迷宮は控えていたんだけど、マップが変更されている以上まずはその迷宮を探すところから始めないといけないだろう。難易度も高いので並行してレベリングが必要だ。


 タビは考え事をやめて目の前の魔導書を見る。<基本魔法・火の書>はゲーム時代におおよそのところを解読してあった。と言っても集合知の暴力だ。<基本魔法の書>が4冊と数十人の検証班がいれば、それほど難しいことではなかった。

 どうやらこの世界の魔法は五行思想に立脚しているらしい。火、水、土はそのまま。風は五行の木と対応する。五行の金に対応する属性は存在しないか、まだ見つかっていないかのどちらかだろうというのが検証班の見解だった。

 そして<基本魔法の書>で定義される魔法4属性はいわば「それらを作り出すプログラム」のようなものらしい。


 タビが骸骨ウサギ討伐で使用した<ファイアバレル>が典型的だが、魔法ごとに決められたキーワードを発言する、空中に火の玉を生み出す、目標を決定する、魔法ごとに決められた役割を実行という手順を踏んでいる。

 火魔法による乾燥は<基本魔法・火の書>には載っていないので、タビが追加したものだったりする。目に見えるかどうかの小さな火を大量に発生させてその近くの空気だけを温める……みたいなことを書いてあるのだ。


 カリカリとタビとルルの筆記具が走る音と、いまだに降り続ける雨の音だけがテントの中を満たす。

 二人は休憩を挟みつつ夜まで<基本魔法の書>を写して、半分ほどを書き終えたところで眠りについた。


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