脳筋ここに生まれる
ふと目が覚めるとそこは森の中。
枝の合間を縫って差し込む光が妙に暖かくて気持ちいい。
そのまま二度寝してしまいたいという気持ちは一瞬にして混乱にすり替わる。
「―――えぇっ!?なにこれ!?ここどこ!?」
半身を起き上がらせ辺りをぐるぐると見渡す。
青々と生い茂る草木。見たこともない花々、小鳥の囀り。
心が洗われるような穏やかな景色。
―――綺麗。
「―――じゃなくて!!」
ほわーっと口を開けた自分に違うだろと軽いビンタを一発。
寝惚けた目を覚ます。
「今の今まで私…部屋でゲーム…してた…よね…?」
私の言っていること間違ってる?と言わんばかりに小首を傾げて周りに賛同を求めるが勿論返事はない。
「プレイしたら死ぬゲームって聞いてことは私もしかして死んだの…?」
彼女もまた、「THE GAME」のプレイヤーの一人であった。
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時刻は21時。
小綺麗にされた自室の机の上のパソコンをかたかたと叩く。
モニター上では美しいグラフィックで描かれたゴリラのような大男が身の丈に余る大剣を振り回して暴れまわる。
[ぬぅんっ!!そおぉらぁっ!!]
顔に違わない野太い咆哮がパソコンに備え付けられた簡易的なスピーカーから流れだす。
なおも少女は片手でキーボードを忙しなく叩き、マウスについた無数のボタンを次々に押し込む。
炎が、雷が、氷が。画面上に映る巨漢から射出され空を舞う。
巨漢と相対する貧相な槍兵たちは悉く倒れ、やがてクエストクリアの文字が画面上の真ん中にエフェクトと共に映し出される。
「ふぅー。今日のノルマは終りね。」
少女は画面の文字を読み終えるとホッと一息つき、机に置かれたマグカップに手を伸ばす。
音もたてずに丁寧に飲み干すと、開かれたゲームのタブを閉じ、ネットサーフィンに興じる。
ブラウザの上部にあるブックマークから一つのサイトをクリックすると明るかった画面が切り替わるとマウスホイールで画面をスクロールし始めやがてその手を止める。
[ついに「THE GAME」が見つかった件]
アクセス数はほかのスレッドに比べても一目瞭然。
今日のゲーム板のホットスポットだ。
「ニュースでやってたゲーム…見つかったんだ…。」
帰宅した際の荷ほどきの最中。居間のテレビで見た「THE GAME」の話題。
話題のゲームのROMが見つかったのだからネットも大忙しだろう。
彼女も実際気になってはいた。
プレイしたら死ぬゲーム。
そんな売り文句で世の注目を集めるゲームはいくつか知っているものの現実としてそうなったゲームなど知りはしない。このゲームを除いては。
発売と同時に世界的な失踪事件を引き起こし、その危険性から異例の大々的なリコールが掛けられ世間からその姿を消した幻のゲーム。
現に失踪者がいるのだから存在はしているのだろうとは思っていたが、見つかるとは思ってもみなかった。
ささやかな興味がマウスホイールを軽快に滑らせる。
[「THE GAME」のゲームROMが投下されたらしいな]
[プレイしたら死ぬらしいから誰かやってみて]
[17年ってタイミングとか今更感]
[興味はあるからちょっとやってみようかな]
[動画サイトのネタにされる程度で終わりそう]
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時折そのゲームに執着を見せる人間の書き込みは見えるもののその大半は面白半分に口を突っ込んだ者たちだろう。
レスこそしないが彼女もまたその一人には相違ない。
「あ、あった。これかー…。」
いくつかの掲示板のリンクを踏み、辿り着いたスレッドにその投稿はあった。
要約すると当時のハードでないとも、現在のパソコンでプレイできるようにROMをexeファイルにした。遊び半分でプレイしてはいけない。プレイしたら死ぬというよりは厳密にいうとその場から忽然と消え去る。
このゲームをクリアするもよし。通報するもよし。好きにして欲しい。ということのようだ。
彼女が知りたかった肝心のゲーム内容は知らされぬままそのスレッドは終わってしまっていたようだ。
「ふーん。ちょっと気になるかも…。」
このゲームに異常なほど執着し、覚悟を決めダウンロードした人間がいるなんてことはつゆ知らず、いずれ消されて遊べなくなる前に取り敢えずダウンロードしておこうというもったいない精神で彼女はROMファイルをダウンロードする。
いずれこのROMをもっているだけで価値が生まれるかもしれないという野次馬根性も込み込みだ。
ただ、ダウンロードしたまま放置し続けるのも違うような気がしていた。
ここ数年で芽生えたゲームへの熱ではあるが、新しいものをプレイするという高揚感は持ち合わせている。
ダウンロードしたファイルを開くとなかには「THE GAME」.exeというアプリケーションソフトがひとつあるだけ。
噂を信じていないわけではないが芽生えた好奇心に勝る理性はない。
飲み終えたマグカップに飲み物を注ぐ片手間に彼女は「THE GAME」を起動した。
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赤い月と夜の闇、空を割く稲光と照らし出される崖の上の城。
スタートボタンを押すとあらすじがドットのフォントで流れ出す。
古いゲームの割には凝った導入だなと彼女は舌を巻く。
大概の少年であればまず胸躍らずにはいられない設定だろうが、彼女には思いのほか響かない。
彼女がゲームに求めるのは爽快感や達成感。
早くゲーム画面に移行しないものかとそわそわしている。
[パラメータをわりふってください。]
「この時代にこのシステムってあり得るの…?」
やはり健全なゲーマーならば誰もが驚くことなのだろう。
現在でもここまで充実したパラメータ画面は少ない。
退屈なあらすじを読み終え、半ばがっかりした彼女の目にうっすらと輝きが見える。
・体力 2 + -
・魔力 0 + -
・攻撃力 3 + -
・防御力 1 + -
・魔法攻撃力 1 + -
・魔法防御力 0 + -
・知力 1 + -
・敏捷 1 + -
・技巧 1 + -
・運 0 + -
残りポイント 0
「こんな感じかな。」
満足げに鼻を鳴らす彼女は決定ボタンを押す。
続いてゲーム画面は彼女に職業を選択するようその候補を提示する。
「…うーん。この中なら戦士一択よね!」
出来上がったのは本人の見た目からは遠く離れた攻撃特化型の脳筋タイプ。
淑女の佇まいでありながら、奥底から活発な本性が見え隠れするギャップのある現実の彼女とは打って変わりパラメータは火力ガン振りである。
オンラインゲーム上のキャラクターが筋骨隆々な巨漢の男なのも納得のステータス。
職業の選択を終えると画面は切り替わる。
[こんとんしたこのちにいま―――]
[―――――きみはまいおりる。]
「―――え?」
瞬き一つで視界が暗闇に包まれる。
椅子に座っていたはずの身体には妙な浮遊感と這い寄る悪寒。
視界の遥か先には言葉で言い表せないほどの暗黒が渦巻く。
絶句だ。
言葉は出ず。体は動かない。
迫る闇に抵抗する術などなく、彼女はただその目で強く拒絶を訴え続ける。
「―――――待っ…」
その喉から咄嗟に絞りだした声は、言い終えることを許されず。
闇は彼女を飲み込んだ。