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Never Lost in THE GAME  作者: 真山 優
プロローグ
2/23

決意の夜に

静止する。

17年。ただの一度として起こりえなかった現象。

衝撃の告白。

途端に熱を帯びたように掲示板のレスがものすごい勢いで流れ出す。


[マジ?ソースはよ。]

[適当なこと言ってると特定されるぞ]

[全部廃棄されたのにどっからサルベージした?]

[なんで今更?]



キリがない。

その後の展開を左右する可能性のあるレスだけを抽出してスクロールホイールをなぞる。

書き殴られる罵詈雑言には飽き飽きだ。

今までも適当な能書きをくどくどと並べた投稿に幾度となく非難のレスがついたことはあったし、結局その後の進展は何もなく投稿主が失踪するまでが1セット。

そのたびに手前にマウスを投げ出し、悪態の1つや2つをついて伸びをする。

やがて疲れて眠りにつく。そんなことは幾度もあった。

だが今回は違う気がしたのだ。

理由や賛美の声を受けたい旨はなく、ただ一言「ROMを見つけた」と。

シンプルであれど重たい一言は、斗也の心に酷く刺さった。



[証拠をお見せします。ただ、遊び半分でダウンロードし、あまつさえ興味本位で遊ぶなどとは考えないでください。]



2度目の投稿。

非難の声に怯む様子は感じられずただ淡々と確かな情報を吐き出すようにも思える文章。

この投稿をきっかけに大半の人間は証拠もなく騒ぎ立てることをやめた。

斗也は掲示板が異様な空気に包まれていることを感じながらじんわりと滲み出した額の汗を袖で拭う。

余計な書き込みや、話の腰を折るような真似でみすみすチャンスを逃してはならない。

そんな密約がユーザー間で交わされているかのようにレスはみるみると減りだした。



[私は当時のゲームROMを入手し、ゲーム機本体がなくともプレイができるように、ROMをexeファイル化しました。]


口火を切ったかのように投稿主は続ける。



[テストプレイはしておりません。ここで私が書き込んでいることが何よりの証拠になるはずです。]

[ただ、確実にプレイができるだろうという確証が私の中に生まれたため、この投稿をする運びとなりました。]

[結論から言うと、このゲームは噂の通りプレイすると死ぬでしょう。ただ、厳密にいうとその場から消え去るのです。]

[失踪届から7年の失踪機関満了を経て、正式にプレイヤーが死亡したと法的には定められておりますが、真実はわかりません。]

[自殺の道具としてこのゲームを使用するというのであれば、あなたはその目的を成し遂げる事ができない可能性がありますのでご了承ください。]

[私が伝えたいことは以上です。謎を解き明かすもよし、通報するもよし、すべての選択は貴方がたに委ねるとします。]


この投稿を境に投稿主は沈黙を始めた。

更なる投稿を待っての事か住民たちは誰一人として書き込まない。

嵐の前の静けさだろうか。斗也は約束の20時をとうに過ぎていることに気付かぬまま更なる続報を黙って待った。




[お待たせしました。]




添付ファイルが一つ。

ファイル名は「THE GAME」。


突如として掲示板が沸き立つ。

ある者は驚き、ある者は喜び、ある者は糾弾し。

ありとあらゆる感情が渦巻いていた。

その渦の中心である「THE GAME」のROM。

斗也の右手の人差し指は押し込まれず、動けずにいた。

探し求めていたものが手に入ってしまうことへの恐怖か、はたまたどうしようもない達成感か、現実を未だ理解できていないが故の驚きか。


「ずっと探してたモノだろ…。なんでビビってんだよ…俺。」


斗也の右の人差し指がマウスに触れる。

時間にして約数秒後、斗也はその指を押し込んだ。

ダウンロード時間の表示がモニターに映し出される。

もう戻れない。いくつもの感情が交錯した結果、斗也はダウンロードを始めた。

興味が、あらゆる負の感情を押しのけたのだ。

映し出されたメーターに向ける眼差しは、子供が未知に向ける期待のそれとなんら変わらない。

次第にかたかたと揺れだす膝。体は既に待っているのだ。その時を。


ダウンロード中のメーターが右に振れるにつれ身体に力が入る。

完了までの時間約2分。

深呼吸。吐いた息が震えているのが自分でもわかる。

落ち着かない心を急かすようにメーターは右に振れる。


「あっ。そうだ!8時!」


目を見開いて背中が強張る。

学校の帰り際、2人とした約束がふと頭に過った。

時刻は21時30分を回る頃、1時間半の大遅刻。

ROMのダウンロードが終わるや否や、ファイルを開くことはせず、オンラインゲームへログイン。

見慣れたタイトルがモニター上に映し出される。


「あいつらまだやってるかな…。」


これだけの大遅刻だ。寝落ちしたと考えられていてもおかしくはない。

ただ、待つことを諦めて寝ていたとしても、その事実を確かめずにいることはいけないことだ。

ログアウトしてしまっていたなら謝罪のメッセージを送ろうといつものサーバーへ潜り込む。

ゲーム画面が描写されるとすぐにメニュー画面を起動。

フレンド欄にマウスカーソルを合わせ、左クリック。


「待っててくれたのか…。」


ほっとするとともにこみ上げてきたのは罪悪感だ。

来るかもわからない人間の為に貴重な時間を1時間半も割いてくれているのだ。斗也の抱く感情は正しい。

すぐに二人のもとへ駆けつけようと思った矢先、画面上に樹と直人が飛んできた。


[遅かったなー。寝たのかと思ったぞー!]


[大丈夫?なにかあった?]


開口一番お叱りの声が出ないのは二人からの信頼の証だろうか。

もちろんその絆に甘えることはしない。


[わり、ちょっと情報収集がはかどっちゃってさ]


[お、例のゲームの話か?みつかったんか?]


真っ先に食いついたのは樹。


[そういえば今日で17年だってね。帰ったらニュースで言ってたよ。]



そう。17年。

別に何かの節目の年でもないのだが、不意にその情報が全国ネットで放映されれば縋りたくなるだろう。

現に今年の掲示板は荒れに荒れた。

何せ当のゲームが見つかったのだから。



[見つかったんだ。例のゲーム。]



隠すことなく自然に伝える。

二人には知らせる必要がある。

勝負の話ではなく、友達として。



[え?ホントに?]


[マジかよ!やったじゃんか!!]


[ああ、どうしてもそれだけは言っておきたくてさ。今まで協力してくれてありがとな。]


これは紛れもなく斗也の本心。

そして覚悟。

掲示板に投稿された文には明らかな警告めいた雰囲気が漂っていた。

すべてがすべて本当ではないにしても、プレイすることでよからぬ何かがプレイヤーの身に起こる可能性は否めない。

この際、勝負なんてものは無視してでも、まずは自分がプレイしなければ。

そんな使命感が斗也にはあった。


[今までってどーゆーこった?]


当然だ、ゲームが見つかったなら三人同時にプレイを始め、誰が先にクリアするかを競う。

仮にそのルールで勝負を始めるとしても、今までというにはいささか重苦しい。

巻き込みたくないという斗也の遠回しな優しさは樹には届かない。


[結構危ないモノだってこと…?]


斗也のタイピングする指がふと止まる。

この言い回しを汲めるのは流石直人という他ない。


[ゲームのROMと一緒にプレイヤーへの警告じみた文も投稿されてた。正直、勝負云々の話じゃないことだけは確かだな。]


[そっか。ニュースにもなってるくらいだもんね…。]


無機質な文字からでも直人の心境は見て取れる。

事実、二人には悪いが、遊び半分で巻き込むことはできない。

無論斗也は挑戦する気でいるが。


[なんで俺ら置いてくつもりで話進んでんの?]


斗也の目が見開く。

沈黙した空気を切り裂いたのは樹のチャットだ。


[あぶねーもんならなおのこと俺らもついてった方がいいに決まってんだろ?]


?マークを浮かべるエモートとともに樹は続ける。


[ただの面白半分でゲームを探してるわけじゃねぇってのはこっちも薄々気付いてんだ。一人でいかせられるかよ。]


[そうだね。僕も樹とおんなじ気持ちだよ。もし行くなら三人で。だね。]



場の雰囲気が変わる。

二人がはいそうですかと、簡単に斗也の要求を呑むはずはないと思ってはいた。

ただ、二人は気付いていた。

「THE GAME」へ執着する斗也には並々ならぬ理由があるのだと。

その気持ちに気付いていながらも今の今まで言及してこなかった二人が、その話題を引き合いに出した。

二人の一言には文面以上に強い気持ちが籠っていたのだ。


[…死ぬかもしれないぞ?]


最終警告。

これで諦めてくれと言わんばかりの強い願望が、タイピングを速く、強くする。

そう。死ぬかもしれないのだ。

斗也に並々ならぬ理由があれど、そこに二人が命を懸ける理由などあるのだろうか。

斗也の疑問は尽きないが、死ぬかもしれない。その一言に全てを込めた。


[逆にお前が俺らならどうするよ?]


「は…。」


胸の中で渦巻く霧のようなモヤモヤがすっと晴れるような。心の中にある錘が軽くなってすとんと落ちるような。そんな感情。

腑に落ちるとはこういうことを言うのだろう。

斗也は、ふふっと鼻で笑うと軽快にタイピングを始める。


[今日の12時。始めるぞ。]


[急だな!?まぁ、でもオッケーだ!]


[わかったよ。絶対クリアしようね。]


二人の返事に迷いはない。

そう断言できる。

軽くなったその気持ちが揺れてしまわないうちに二人に掲示板のリンクを添付して、送る。


[ここでゲームのROMがダウンロードできる。]


そう言い残すと斗也はゲームをログアウトしてパソコンの画面を落とす。

ふーっと天井に向けて息を吐くとすくっと立ち上がり部屋を出た。

時計の針は10時過ぎを指していた。



――「THE GAME」開始まで、あと2時間。

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