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え?今からでも救える手だてでもあるんですか?


俊介が消えてから数十分の間、俺は横断歩道に転がった俊介の鞄がぐしゃぐしゃになっていくのを呆然と見ることしかできなかった。

「そんな…」

俺の呟きは通行人の耳には入らず、億劫そうに俺を避けて通り過ぎていく。二、三人俺と同じように、しかしまったく違う目的で立ち止まった。横断歩道に散らばった鞄を物珍しそうに写真で撮り、知人と思わしき人物にその写真を見せていた。

学校近くの横断歩道のため、学校の連中がチラホラと視界に入りだし、不審そうな顔をして遠ざかっていったが、中には善意から俺の放り投げた鞄を拾ってくれた者がいた。俺はゆっくりと首をもたげ、感謝の意を伝えることしかできなかった。


俺は信号が青になったのを見計らい、俊介の鞄の中身を急いで拾い集めた。バキバキに壊れ、破片にしかなっていない筆記用具は無視し、平べったく衝撃をそこまで受けなかった教科書類はなんとか数冊集めれた。それから、何重も踏まれたせいで平たく、汚いタイヤ跡等でみすぼらしいゴミになった鞄を拾えた。点滅しだしたので、急いで走り渡り、俊介の鞄に手を入れた。

大分古い機種の俊介のスマホが、薄くなって表面がバキバキに割れて鞄の隅に存在した。

俺はそれだけを自分の鞄の中に忍び込ませ、振り向き、横断歩道をもう一度眺め、逃げるようにその場を去った。

あぁ、なんであいつがあんな目に合わないといけないんだ。

俺は重い足取りで俊介の家へと向かった。畜生、異世界は、異世界は金持ちの道楽だろ?なのに、なんで俺たちに目をつけるんだ。なんで、明らかに払えない連中をターゲットにするんだ、あいつらに人の心ってもんがないのか。いや、あるわけないか、あん畜生の金の亡者どもめ、あいつの家は共働きで、大学に行ってる息子が二人もいるんだぞ。俊介はその負担にならないように高校を出たら、すぐに就職しようとしていたのに。それなのに、そんな俊介達から金を奪おうってか?きたねぇ詐欺軍団、サディストごみクズカスカスカスカス!!!!あいつの貯金はコツコツ貯めたお年玉貯金だ、それが一体いくらか知ってんのか?7万円だよ!!!!!!


俺は心中で頭が痛むくらいの罵倒の限りを尽くしつつ歩いた。沸々とした怒りが脳内を占領していく。そして一歩進む毎に自身に課せられた責務の重さに挫けそうになった。鼻先が痛み、目頭が熱くなってくる。ローン返済がまだ十年は優に残っている俊介の自宅の表札前で俺は一度嗚咽と共に涙を吐き出し、袖で乱暴に拭き、インターホンを鳴らした。明るく出迎えてくれた俊介の母親は俺から事の顛末を聞き、青ざめ、その場に座り込み、顔を覆ってしまった。





異世界転生は金が大量に掛かるために、対象は限られ、金持ちの贅沢だと認識されていた。ニーズ層を限定しなければ応募者があまりに多すぎるためだが、不公平の象徴にもなっていた。

しかし、昨今とんでもないことに、異世界を利用したあまりに悪徳な商法が徐々に横行していた。


それが異世界詐欺である。


異世界転生を突如ターゲットに向けて行い、そしてその時の異世界転生費用の請求をターゲットの親しい人(大抵は親)に送り付ける手口だ。

当たり屋に近いやり方でターゲットを飛ばすものから、携帯のワンクリックで簡単に案内されてしまうものまで種類は様々で、まだそれに関する法律や対策も万全ではないのが現状だ。かなり本腰を入れなければいけない犯罪なのに黙って騙されるしか道はないのだ。それは何故か。

物品があれば、クーリングオフすればいい。クレジットなら引き出すのをストップすればいい。

しかし異世界詐欺は一筋縄にはいかなかった。何故なら異世界へ行くのは経験だ。証拠がなく、ターゲットとなった人間もその場に存在しない。詐欺に引っかかったと証明できないのだ。

そのため、被害を受けた家族親戚類は多額の借金を背負わされることになってしまう。

無視すればいいのだが、人質を取られているのと同じなので、渋々払う羽目になるのが大半だ。

俊介が引っ掛かってしまったのは異世界詐欺の中でも最近横行しだしたトラック詐欺。明らかに急に現れたトラックが出現と同時に当たりその衝撃で異世界へ転生させるという手口だ。当たり屋戦法とも呼ばれる。予測することが非常に困難であるため、現れてしまったらもうどうすることもできない。問答無用で送り飛ばされることになる。

俊介の母親はどろどろの鞄を握りしめ泣き腫らした目元に持って行った。恐らく、数日後には多額の請求書が来ているだろう。俺は無力な自分の歯がゆさに涙がまた溢れそうになったので、慌てて上を向いた。俊介は今頃異世界ライフを始めたばかりだろうか。俊介の母親の姿が痛ましく、居心地が悪かったので俺は早々に切り上げ、脱兎の勢いで帰った。非難めいた目に変わってしまう前にその場を離れたかったのだ。


自室に入る前に母親が俺の様子がおかしいので気分はいいかと聞いてきたが、俺は別にいいも悪いもないよと答え、追及の手を振り払った。

部屋のベッドで寝っ転がっていると、嫌な…悪寒に近いものを感じ俺は肌寒さで肘辺りを摩った。

ふと、ズボンの右ポケットが角ばっているのに気づき、俊介の壊れたスマホを取り出した。取り出す瞬間、破片がパラパラとこぼれ、シーツに散らばったので、手早く欠片を一か所に集めた。

何重に踏まれもまれていたので付くか不安だったが、ボタンを長押しすると充電をしてくれという画面が現れ、電子音がフアフアと鳴った。慌てて飛び起き、スマホの充電器を枕元まで引っ張ってきてそれと繋いだ。バキバキと、破片が未だに振り散ってくる画面を見つつ、俺は一か所に集めておいた破片を握りしめてゴミ箱に捨てた。

充電している間手持ち無沙汰なので自分のスマホを取り出し、検索サイトを起動した。検索レバーに詐欺、と打てば予測変換ですぐ異世界と出てくる。俺はその予測変換を押し、素人の考察や、自称弁護士、自称学者のはぐらかしたまとめを見ては、溜息を着き、次のページへ何度も飛んで行った。

とあるサイトなどでは、記事広告で異世界へ行こうという別種の詐欺が現れたりもした。ふざけんなと俺は履歴そのものも消した。体験談は皆悲壮に包まれていて、質問には諦めろの一言しか返されていない。騙された奴が悪いんだと、運が悪かったんだということしか書いておらず、俺はまた頭が沸騰しそうなくらい腹を立てた。ふざけんな、じゃあ泣き寝入りしろっていうのかよ!悔しくて、シーツを握りしめた。俊介のスマホが生き返ったということを告げた。俺は対策ばかりで起こってしまったことへの解決策をもう少しだけ探そうとしたが、やはり有力で胸が軽くなる話をするものはどこにも存在しなかった。

「はぁぁぁ、やはり難しそうですね」

スクロールする手が止まる。

声がしたほうを、つまり俺の右後ろを振り返るのはあまりに恐ろしく、俺は全神経を硬直させ、肌が泡立つほど心臓をビリビリとさせた。肌寒くなった季節なのに、手の甲はじっとりしだす。静寂が何分と勘違いしてしまうくらいの長さだったので俺は気のせいだと、己を納得させた。

「どうかされましたか?」

「ど、どうって!?」

俺は自分の目前に男の、いや中世的なので確定していないが、顔が登場したので腰が抜ける程驚いてしまった。手にしていたスマホはすっぽ抜け、壁に盛大に全体重をかけてぶつかってしまった。

上から覗き込む体制だった男は下半身が壁に貫通していて、その先は壁に吸い込まれていた。男はくるりと仰向けになり、一回転し、空中に漂っていた体を直立にさせあまりの驚きにベッドから滑り落ちそうな俺にうやうやしく、お辞儀をした。あまりに丁寧で、逆に馬鹿にされているのかと思うくらい悠長な動きで、男は胸に当てていた手を下ろした。

「い、い、、異世界人か!?なんだよ、俺んちには、何もねぇぞ!貧乏人から何を絞ろうってんだ」

「異世界人、古臭いですね。ではあなたは太陽系惑星人?異世界と一括りにされるのはあまり嬉しいことではないんですよ。そもそも私は人ではありませんし。ま、もっともあなた方からすれば異世界の人々の差異などわかりゃしないでしょうが」

男はあまりに顔が良かったんで、一目で異世界人だと俺は気づいたが、男はそれをすっぱりと否定し、皮肉めいた言い方で人を馬鹿にした笑みを浮かべた。サディズムがきらりと切れ長な目の奥に潜んでおり、悔しいことに清々しいほど似合っていた。

身長も高ければ存在感のある男は急に現れ、平均的な我が自室は圧迫感でいっぱいになった。水色の目に、黄色い目、オッドアイの目はビー玉より光り輝いていて、瞳孔が小さく収縮を繰り返していた。

「不法侵入だ!」「それはあなた方での法律上でしょう?」

気が動転した俺は俊介が消えた時には思い切ろうとしなかったこと、警察を呼ぼうとして男の背後で死んだように横たわっているスマホに手を伸ばしたが、男は断言し、足元にあったスマホを拾い上げた。そこで俺はその男が土足で上がっていることと、空中に数センチ浮いていることに気づいた。ドラえもんの足みたいだと思いつつ、シックなスーツの胸ポケットの封筒は何かと気になった。

「そんなに警戒せずとも、危害を加えようなんて思ってませんよ。どうせ金がなんだのとで疑心暗鬼になってるでしょうが、その金という概念は私には何にも関係ありませんので」

わたくし、だ。と俺は男の一人称が随分かしこまっていて、というよりさっきからかっこつけた動作に少しずつ冷静を取り戻した。男の後ろ髪だけ金髪で、前髪ら辺はカラス色なのはどうしてかと疑問視できるほどには、幾分か。前髪は4,6くらいでわかれており、一方は異常に長く、一方は眉にも掛からないくらい短く切られていた。

「人を幾ら眺めても良いという法律もあなた方の世界には存在するんでしょうか?私はそうして興味ありげに眺めるのは良くないことだと教わったと思うのですが」

俺はすぐに目を伏せた。男の物言いからは敬語による敬意が一切感じられず、どことなく鼻にかかった。わざとらしく咳払いをし、男は名を名乗りだした。

「名前を伝えておきましょうか。そう長い付き合いにならないようにお互い祈りましょうが、やはり名がないのは不便ですからね。私はアダマ。偉大なる我らが神に仕えている、世界管理のひとりでございます」

「世界、管理?」「はい」

アダマと名乗った男は、俺のスマホを弄りだしたので、俺はそれを止めようと立ち上がる。

「暗証番号ねぇ…。何か思い浮かぶ4桁の数字在ります?」

「勝手に触んなよ!」

奪い取ろうとするが、アダマが少し腕を天井に近づけるだけでスマホにはちょっとも触れれなくなる。俺は一応170はあるはずだが、この身長差で推測すると180は悠々と超えているようだ。それに加えて足元は浮遊しているしで、取り返せるわけがなかった。アダマはチラリとカレンダーを見てスマホの画面を片手で操作した。

「世界管理とは、随分と昔から存在していた巨大な組織のことです。今は名を改めて異世界管理とするか、上は揉めているようですが、その辺りは私の管轄外ですのでどうでもいいか。簡単に説明しますと、様々な世界のバランスを調整する、といった具合ですかね」

アダマは腕を上げて操作しつつ説明しだした。何を弄っているのか気が気でない俺は取り返そうと躍起になっていたが、とりあえず話を聞くぐらいはできた。

「バランスだって!?」「カンスト、インフレ、チート。ゲームはされますか?するでしょうね、一介の男子高校生はゲームをするのはどこの世界でも同じですし。でしたら、聞いたことくらいはあるでしょう?これらすべてはバランスがキチンと均衡取れた良い状態をぶち壊すこと。私共はバランス無礼化と呼んでおります」

アダマは一呼吸置き、俺と真正面から向き合う。その視線がいやに迫力があって、圧を感じてしまう。「名を伺いましょうか。名をどうぞ申しなさい」「なんだよ、マジで…。澁谷だよ。結構むずい字で…おい、つうかスマホ返せっていってんだろ!」

アダマはスマホを無造作に投げ捨て、俺は慌てて伏せてスマホに手を伸ばす。アダマは頭が低くなった俺に問いかける。甘ったるい果実に人類は手を伸ばしてしまう。その問いかけに俺は一も二もなく目を輝かせ、薄ら笑いしているアダマを見上げた。


「ご友人である俊介さん。今からでも救えますが、協力していただけますよね?」



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