9話
「……ざっとはわかりやした。そういう事情がお有りだったんですねぇ。見知らぬ土地でお二人と一本では心細かったでしょう」
「話しといて何じゃが、信じるん? 妾じゃったら信じんぞ」
「あ~……、正直にお話しても?」
「よい、許す」
妾の言葉に安堵の吐息を示すアージェン。とりあえずこれでただの気狂いの類とは思われんとうれしいの。良くも悪くも印象は大事よ。最初に狂人のたぐいと思われれば、いかなる正しき言葉も戯言よ。むしろ当然のように信じる者がおったら怖いじゃろ。妾は怖い。
「はっきり言ってしまいやすと、全く信じておりやせん」
「では、何故話を合わせたのじゃ。答えよ」
「いくつか理由がありやすが、まず第一に旦那さん達がお強いからですねぇ。機嫌を損ねれば、ほら、あっしは争い事は不得意ですんで。殺されないための知恵ってやつでさぁ。力ある方とはただそれだけで、白を黒に、黒を白に変えられやすから」
「なら、その『立場』として問おうかの。他の理由も話せ」
「わかりやした」
笑みをなくし言葉に圧を滲ませて淡々と、淡々と。じわりじわり押しつぶすように。本当なら羅睺のほうが威圧感あるから向いとるんじゃけど。ほんとにしゃべる気ないようじゃし。ま、後ろでムスッとしとるだけで怖いからいいんじゃけど。
しかし、此奴思ったより肝が座っとるの。おおよそ機嫌を損ねるような回答をしたんじゃから動揺してもいいじゃろうに、内心は別として表には欠片も出しておらん。
その『立場』として問うなどと、暗に『機嫌を損ねれば殺すぞ』と言ってもなおも飄々としておるわ。射手達を殺していないという事実と自分の目を信じとるんじゃろう。いいのいいの、悪くない。
「も一つ言いますとそういうのもあるかもしれないなと思ったんでさぁ」
「ほう、どういうことじゃ?」
「世界すべてを知っていると言えるほどの知恵者じゃありやせんからね。他の世界、見知らぬ地平があると思ったほうが……」
「思ったほうが?」
「楽しくありやせんか。どっちにしろ答えがわからないんですから、楽しいほうがいいでしょう。無駄なことを考えるより」
ニカッと笑う様は少年のよう。邪気なく笑えるのも才能じゃの。そういう演技の可能性もあるにはあるが、これは本心でもあるんじゃろう。なかなかに良い子じゃ。あとでいいこいいこしたろ。
「後これがいちばん重要なんですが」
「なんじゃ」
「旦那さん達がどうしても悪い方たちには見えないんですよねぇ。こればっかりは感のたぐいになるんですが、最後にものを言うのはそういうものだと思いやすから」
「ふむふむ、よくわかっておるの! 妾は心優しいぷりてぃ閻魔じゃからそう見えるのも仕方なかろうて。もっと褒めよ」
「いえ、本当に心優しいと思いやす。こうしてあっしの首と胴がしっかりとつながってやすからね」
「も~う、そんな事するわけ無いじゃろぅ! 妾なりのちょっとしたお茶目じゃ」
「いや、本当にお優しく可愛らしい」
「じゃっろじゃっろ!」
『節穴、眼球交換推奨』
「笏、戻ったら賽の河原で子供の玩具にするからの」
『!?』
なんか笏が「嘘だよね、嘘だよね!?」みたいな感じに左右に頭の部分をふっとるけどつーんと無視したろ。
あ、そうじゃそうじゃ。妾この人間、結構気に入ったぞ。なので『アージェン、地獄行き』と心の中の手帳に記して保管する。顔をよく見て覚えておいてやろう。かわいい妾と一緒におれるんじゃからもちろん感謝するじゃろう!
「では、色々お聞きしたいこともあるでしょうし、私自ら拠点に案内させていただきたいんですが……」
「なんじゃ、何かあるのかの?」
「いえ、おまたせしてしまいやすが、仲間を起こしてもよろしいですかい?」
「ああ、別に良いぞ」
「そうさせていただきやす。……あ~、お名前をお伺いしても?」
「閻魔じゃ」
「エンマ……。では、エンマのお嬢。少しばかり失礼致しやす」
「手早くすますのじゃよ。シンデレラ」
「?」
最後の妾の言葉に首を傾げながらも、仲間の元へ向かってゆくアージェン。なんか容赦なくひっぱたいて起こしとるけど大丈夫なんじゃろか。妾も移動の準備をしとくかのぅ。羅睺の服をちょいちょいと引っ張って。
「ん!」
「……なんだ」
「わかっとるくせにぃ。はようはよう」
『怠惰! 怠惰!!』
「じゃあ、お主は歩きじゃ。笏じゃけど」
『!?』
なんか苦虫百匹くらい噛み潰したような顔をしながらも、妾を抱えて肩に乗せる羅睺。やっぱり此奴、面倒見いいの。妾は妾を甘やかしてくれる者は大好きぞ!
目的地、集落というよりは野営地かの、に到着して二秒で不機嫌になる妾。理由? 妾って雑に隠し事されるの嫌いなのよね。ついでに雑に嘘をつかれるのも嫌い。じゃから罪の意識とかで隠し事告白する展開妾は嫌いじゃ。なら最初から隠すなって思うんじゃよね。完璧な出来なら感心してそこまでして隠そうと頑張るならすごいすごいと褒め称えるのに。
十人程度しかおらん男達を軽ーく見つめて何ということもないかのように訪ねてみる。
「のう、灰被り。この者たちだけか?」
「ええ、そうでさぁ」
なんか当然のように嘘つかれたんですけどぉ。いや、多少の頑張りは認めとるよ? きっと妾たちを連れてくる予定はなかったじゃろうから、大慌てて隠したんじゃろうけど、チラホラと消えかけの子供の足跡とか見えるのよね。それにぐるっと森を見てみると、一箇所だけ妙な枝の折れ方しとるところがあるし、底をよく見るとちゃんと隠されとるけど足跡続いとるしぃ。結構な人数移動しとるじゃろ。大きさ的には女子供の類が多いの、ん~、数十人くらいか?
妾全く信用されてなくて悲しいぞ、ヨヨヨヨヨ。心のなかで泣き崩れ慟哭し絶叫する妾ムーヴをコンマ数秒で行った後、気持ちを切り替えちょっぴり嫌がらせをすることにした。ちょっぴりと言ってもまぁ、多分こ奴らにとってはある種致命的な気もするが。
「あー、あー」
「どうされました?」
「いや、ちょっと久しぶりじゃから発声練習おな。あー、《あー》。おお、これかの。よしこんなもんでいいじゃろ。よっと」
羅睺から飛び降りてとん、と絶妙に愛らしさと神秘性を感じさせる絶妙な着地を見事成功させる。こういう細かいところが大事なのじゃよ。『いめーじせんりゃく』というものじゃ。
そして空に向けてただ一言。
《妾が命じる。降りてこい》
声と羽音を殺し、周囲に溶け込む数十の小鳥たちが一斉に羽音を響かせ妾のもとに集ってくる。
《あ、妾の服に爪を立てたら串焼きにするからの》
一斉に妾から距離を取る数十羽。なんかめっちゃガタガタ震えとるんじゃけどぉ。遅かれ早かれ食われるんじゃし誤差みたいなもんじゃろ、小鳥たち。むしろ妾に食われるなら光栄では? 妾は訝しんだ。
……というか来てもらって悪いが妾が読んだのはお主たちではないぞ。小鳥たちによる鳴き声と羽音による情報伝達。考えたのはアージェンじゃろうけど、しかしそれは人間のとしての司令塔。ならば鳥にも居るじゃろう。おまえたちの司令塔が。
一際、大きな羽音が空より轟く。風は逆巻き、木々は揺れ、鳥たちは王を称えるように吠え立てる。降り立ち地を踏みしめるは竜の如き双脚であり大地に深々と突き刺さる鉤爪は語らずともその威力を物語る。
「クルッポーゥ……」
外見が巨大な鳩でさえなければの!!
「ふっは、くひゃっ、ひっひ!!」
だめじゃ、耐えられぬ。こんなんずるいじゃろ。大地に膝を付き口元を押さえつけ、必死で笑いを抑え込む。やばい、これはやばいぞ。妾の賢く美しい支配者ムーヴが崩れてしまう。非常事態じゃ。耐えろ、耐えるのじゃ妾。今ここで死んでもいいとその覚悟を持って耐えるのじゃ!!
「シュナイゼルが命令を聞くとは……」
「ぼふぁっっ!?!?」
シュナイゼル、シュナイゼル、『シュナイゼル』!? あかん、やめて、ホントやめて。鳩じゃろ、それ鳩じゃろ? やめてお腹痛い、ごめんなさい、許すから、嘘ついたこと許すから助けて。こんなの耐えられんじゃろ。いまだかつてない精神攻撃にさらされとるのじゃけど!?
限界を二回りくらい通り越した先で、藁にもすがる想いで手に持った笏に視線を向ける。こういう本当に苦しいときこそ助けてくれるのが教育というものじゃろう。一応名目上は『教育用笏』と言われとったんじゃし。流石に助けてくれるよね?
『シュナイゼル』
ご丁寧に可愛らしい鳩の絵を添えて。それがもう、妾の最終防衛地点をぶっ飛ばした。
「アッハハハハハハ!! もう無理、なんじゃこれ。ひー、あーダメじゃ、ひひひ」
「クルッポーゥ?」
「ほんとちょっと黙ってくれんかの!? 妾いま限界なのっ!!」
『シュナイゼル』
「もうお主なんぞ嫌いじゃ」
『!?』
吐き捨てるように言った妾に対してなんか笏がめっちゃピョコピョコ動いとるけど完全に無視しておく。
あー、ちょっと落ち着いてきたわ。鳩の方は全力で見ないことにする。そして心のなかで『シュナイゼル』を『サブレ』に変換しておく。サブレサブレ。よし、これならいける。無駄にかっこいい名前しおってからに。しかしどうするかの。
ここからさっきのノリで会話はちょっと無理じゃ。てか、顔をあげられん。今、どんな目で妾見られとるんじゃ。嫌じゃ、妾のなんかこうすっごそうなイメージが崩れちゃう。『みすてりあすびゅーてぃー』なイメージが崩れちゃう。誰か今の空気を変えてくれんかなー、くれんかなー? という空気を羅睺に必死に送っていく。察して。妾の心を察して、へるぷみー。
思いが伝わったかどうかは定かではないが無言を貫いておった羅睺の動く気配がする。ドシンドシンと地が響き、辺りは謎の緊張感に包まれる。そのまま巨大な鳩のもとへ行き、首に腕を回した。あ、ここからは顔をちょっと上げてチラ見しとるんじゃけど、やっぱりこの鳩でっかいの。三メートルはある羅睺よりでかいぞ。どうやって飛んどるんじゃ一体。
「ク、クルッポーゥ!」
羽をバサバサと抵抗するサブレ。それを羅睺は睨めつけながらぼそりと一言。
「黙れ、畜生」
「クルッポーゥ……」
微妙に嫌がるサブレをズルズルと引きずっていき元の場所へ戻っていく。
「座れ」
「クルッポー……」
すっごいテンションひっくいけど、すごすごと従うのはなんかこうかわいそう感あるの。なんか羅睺サブレ撫でとるし。なんじゃ、巨鳩フェチか? しかし、おかげで空気はだいぶ変わったわ。もう誰も妾見とらんしの! よし、ここから気を取り直して進めていこう。
「あー、まぁ、妾的に? このサブレはなかなか愉快であったから寛大な心で一つ一つ進めてゆこうと思うのよ」
「……サブレ? シュナイゼルの」
「サブレ」
「いえ、シュナイ……」
「さ~~ぶ~~れ~~っ!!」
「……わかりやした。サブレ、頑張れ」
「クルッポッ!?!?」
なんかめっちゃ撫でられとるサブレが「え、今日から俺の名前サブレなの!?」みたいな反応しとるが見なかったことにする。お主は今後ずっとサブレじゃ、サブレ。それ以外絶対許さんからな。