6話
ま、それはそれとして羅睺の動きは面白い。妾を投げた直後、音を置き去りにせんばかりに駆け抜けた。ここで称えるべきは武ではなく『歩』。歩法である。
獣の走りというべきか。勁の移動が異様なまでに無駄がない。この場合、勁が指すのは力の伝達そのものじゃ。
地に足を踏みしめる。力を込めて走り出す。この際の速さとは踏みしめた力をいかに無駄なく推進力に変換するかにかかっとる。羅睺の歩法はこれが異様に上手かった。
体幹を制御し、地の質を読み、それに合わせ踏みしめる。するとどうなるか、『見る者の経験とズレる』のよ。これぐらいの大きさのものが動けば、これぐらいの速さじゃろうと無意識に立てた予測を上回る。熟練する者から見ればより一層の。
さすれば、まぁ当然じゃが矢は当たらん。真正面からならまだしも木の上からじゃとより一層。慣れれば別じゃが、そんな間など羅睺は与えんじゃろうしの。
無駄なく加速し走り抜け、射手の一人が登っとる大木にたどり着く。ここからが一番大きな違いかの。走ることを生業とする者と、戦うことを生とする者の。
目前で地に踏みしめる脚の速さは閻魔殿で見せた震脚を上回る。けれど、大地が割れることはなく、走り抜け踏みしめた全ての勁は、拳へと集い炸裂する。
しかしまぁ、これはちょっとでたらめじゃと思うのよねぇ。両手を伸ばした大人二人分はあろうかという太さの樹木を一撃でへし折るなどということは。
やはり才だけでなく根本的な規格が異なっとるの。先天的か、後天的かはしらんけど。後、めっちゃ楽しそうに笑うのやめよ、羅睺。怖いわ。
射手も完全に化け物を見る目をしとるぞ。
ここから何をするかと思いきや、殴りへし折った大木に指をめり込ませ掴み取り、構えてぶん投げた。槍を投げるのと同じ要領で。勿論二人目の射手に向けて。
このときはちょうど笏が反り返っとるあたりじゃな。ちょっと驚いたことがある。投げる直前に木を揺すり、射手を振り落としたことじゃ。落ちた高さは大人一人分程度。……妾より低い位置なのが気に入らんが怪我もないと言っていいじゃろな。
ここで一つはっきりした。羅睺は明確に殺りに来とる相手じゃろうに、モヒカン三人組と同じく『殺す』つもりがないのじゃと。不殺なんて柄じゃなかろうに。まぁ、殺す価値がないと判断しただけかもしれんけどの。
投げつけられた大木は木の上部へ。細い上部と太い幹。ぶつかりあえばどうなるか。へし折れ落下するのは必定よ。射手の悲鳴がなんかすごいの。おかあちゃーんとか言いそうじゃ。落ちながら枝を離そうとせんのも、必死さがよく伝わるの。
投げると同時に走り出した羅睺は落ちきる前に枝を掴み、自ら己の勁を殺した。
枝は静止し、そしてふるい落とされる二人目の射手。ここらへんから妾は笏と話し始めたんじゃよね。だってもう後はこれの繰り返しなんじゃもん。
話している間にも二つ三つと木は折れ曲がり五人目を地に落としたあたりでふと、目があった。羅睺が離れ気が緩んだのか六人目の射手がこちらを見ておる。
いや、妾のプリティさに目を奪われるのはもう、本能みたいなものじゃし全然良いんじゃけど、弓つがえたままこっちを見るのはやめてくれんかの。しかもなんか顔青ざめとるし。まぁ、羅睺は厳ついからのぅ。怖いのもよーわかるよ。じゃから一旦弓を置いて落ち着くと良いんじゃないかの。心の余裕がないから気づいとらんのじゃろうけど、全員骨すら折れとらんし。
じゃから安心しーよと言わんばかりに柔らかな、そうまるで幼子をあやす母親のような慈愛に満ちた表情を浮かべて射手に向けて手を降った。これでもう安心じゃろう。妾の可愛さに骨砕けになり、全人類がむせび泣き、妾という至宝の存在に換気する予定調和を幻視する。ま、しゃーなしよね。可愛いは罪よね。
「ひっ!」
射手は怯えたような声と目以外を隠していても伝わるしまったという雰囲気とともに無駄に正確に妾の額を射抜く一射を放った。……なぜに?