2話
「けぴゃッ!」
はい、妾のやんごとなき現実逃避は木の根に躓いてすっ転んだところで中断されました。あかんのじゃ、いかんのじゃ。大体歩幅が違いすぎるのじゃ。赤青黄色の信号機ヘアーの世紀末共に見つかった、その距離なんと三十三尺(10m)余りにすぎず。そして転んだときには十尺もなし。つまりつまりは───。
「つっかまえたぞおらぁ!!」
「ぎにゃああああああッッッ!!」
足首捕まれ逆さ吊り。世界は逆巻。天地は逆転。妾にできるは、じたばたじたばたするのみよ。ちらっと笏を見てみれば相も変わらず『怠惰死スベシ』の一文が……。って変わっとるし、変わっとるしッ!!何が『無様無様』じゃ。このくそ笏がぁっ!!
この状況、妾悪くないじゃろ! むしろ必死で逃げた分、頑張ったと主張する!!
そうじゃ、妾頑張ったじゃろ、こーんなちみっちゃい体で精一杯。さながら運動会でなかなかお仕事で会えないパパ上や、いつも優しく抱きしめてくれるママ上に、良いところを見せようと頑張って走る、幼子のような頑張りを見せておったじゃろ。
これはもう相当にきゅーとじゃろ、相当にぷりてぃじゃろ。じゃから妾を助けよ。ほれ。助けよ、笏よ!
『ペッ』
「己はほんっま妾に対して厳しすぎんかのッッ!?」
「アアン? 何いっ」
「お主に言っとらんわ、赤モヒがぁッ!」
温厚で清楚で優しくかわゆい妾もついにキレる。ほら、逆さにされてちょっと頭に血が上ったしの。なんか目の前に顔があったから笏への怒りを込めて笏を赤モヒの口の中にぶっ刺した。驚きのけぞる赤モヒカン。よだれまみれになったクソ笏。そして支えを失い地面に頭を叩きつけられる妾。
「ぼふぁッッ!?」
『汚染汚染!?』
「くぴゃッ!」
は、はは。ざま、ざまみ……。痛い、なんかすっごく痛い。なんかちょっとびっくりするぐらい痛いんじゃけど。石にゴンって、石にゴンっていった。痛い痛い。こういうときはなんかこう八つ当たり的に半径十キロくらい焦土に変えたくなったりするんじゃけど。まぁ妾そんなことできんのじゃけど。ほら、今の妾はきゅーとでぷりてぃな幼子じゃし。
ここはなんかこう、あれじゃろ。そっと頭に手を当てて、驚いたような顔をして、少しの間の後に、目の縁に涙をためてこう「びええん」と泣くのがいいんじゃろ? ほら、妾愛されてなんぼなところあるしの。こういう細かいところであぴーるは大事じゃろ。そういうのがいざというときに響いてくると思うんじゃよね、妾。さて、どうするかは決めたんじゃし、目を開けて驚いた表情の準備をせねばな。
「…………」
目を開けるとそこにはもんどり打っとる赤モヒカンと「なにしやがんでぇ」とか言いそうな目を青モヒと黄モヒが向けておった。そこで妾の深遠なる灰色の頭脳は再び回りだし、一つの結論をはじき出す。
……此奴等に可愛いと思ってもらっても妾になんの得もないのじゃと。
冷静に考えればそうよな。てか、むしろ何じゃ。可愛いとか思うようならまだ良いのじゃけど、情欲を向けるような特殊性癖をされとったら妾こまるしの。生産性がないのはいかんよ、生産性がないのは。せめて子を為せる年齢でなければの。え、今は子供産めるだけではだめなの。そっかぁ。大変じゃの現代。
と、妾が全力で自堕落するための各種道具を持ち出しておるとある第三惑星の現在の風習に思いを馳せながら、もうめんどくさくなったので最終手段をとることにする。てか、最初からそうしとけばよかったじゃろうに。なんで逃げたんじゃろ、妾。
なんとなく頑張って逃げる妾って可愛いのでは?とか思っておったような気がするの。まぁ、よい。それでは行くぞ。みんなも一緒に、せーのっ!
「わ~らわはここにおっるぞぉぉぉおおおおおッッッ!!」
幼子特有の「あの声どっから出してんの」と言わんばかりの高音域での爆音を喉の奥から絞り出す。おおう、エコーが掛かって妾の美声が跳ね返ってきおるわ。鬱蒼と生い茂った森を駆け巡る妾の声に野鳥の歓喜の鳴き声もこだましおるわ。そこのモヒカン共何耳塞いどるんじゃ。喜びむせび泣け。もしくは気絶しろ。多分その方がこの後の展開的に気が楽ぞ。
「な、なななんつー声を出しやがるッッ!! この化け物共が!」
ん、化け物? ……なんか此奴等勘違いしとるのか? 見た瞬間追ってくるからとりあえず逃げとったんじゃが。まぁ、良いか。どちらにしろ……。お、来おったな。途中途中木がへし折れて倒れとるかのような音がするのがなんか人間離れしとってやばいの。ここらの樹木はなかなかの太さがあるじゃろうに。
「見つけたぞ、我を強者の元へ連れてゆけいッッ!!!」
モヒカン三人と妾の前に木をねじ切りながら現れたるは天を衝くような大男。怯えるモヒカン、ためいき妾。さて、ここからどうしようかのう? ま、なるようにはなるじゃろう。