1話
「すっぞおらぁッ!」
「待てや、おらぁッッ!!」
「ぎるぁッ!!ごらぁぁッ!!」
「いぃぃぃぃぃやぁぁああじゃぁぁああッッ!!!」
はい、鬱蒼と生い茂る森の中、赤青黄色のモヒカンを頭部にこしらえた蛮族スタイル三人組と、絶賛おいかけっこを繰り広げているえっちゃんです。よく見てくださいよ、あの三人組。核戦争後の世界とかにいそうな風貌ですよ、笑えますね。
そして妾の姿を見てください。でかでかと『見習い用』と書かれた笏をもち、体中は葉っぱと土にまみれてます、半べそをかきながら必死の形相で、かつてないほど全力で走っております。
おやおや、まともに走ったことのない足が悲鳴を上げておりますよ。今までの怠惰のつけがここに来て現れています、笑えますね。いや、笑い事ではないんですけど。
ふふ、こうして脳内で現実逃避しながら普段使ってもいない丁寧口調で語っていないと、精神を保てないくらい疲れ果てています。あ、そうそう。一つだけ皆さんに誇れる点がありました。
私、実は……、美少女なのじゃ!! かわいいじゃよ? 妾、本当に可愛いじゃよ!? ずーっと食っちゃ寝してて筋肉は全然ついてないから赤ちゃんみたいなふわふわボディじゃし、肌だってほらきめ細かいつるつるペタペタじゃ!! 見た目だってロリじゃぞ、ロリなんじゃぞ!? 愛されるべきじゃろう!
こんなところで言葉通じんのこいつら……? みたいな蛮族共に追われているなんて間違いじゃろ!! そうじゃろっ!!?? クーラーの聞いた涼しい部屋で、ベットにゴロンとしながら、服は着替えさせてもらって、ご飯も食べさせてもらい、可愛い可愛い言われながらチヤホヤされてごーろごーろと過ごすのが妾にふさわしい生き方じゃろ!? こんな目に合うのは間違っておる、そう思わんか、だから助けよ、笏ぅっ!!
でかでかと、本当にでかでかと書かれた『見習い用』と書かれた文字がかき消え、現れるのは『笑』の一文字。そしてその下に小さく小さく『怠惰死スベシ』。
「ほんっま、お主。ほんっまッ! 糞の役にもたたんのッッッ!!」
「「「すっぞおらぁぁぁッッ!!!」」」
「いやじゃぁぁあああ、近づいておるぅぅうううううッッ!!!」
可愛さだけでは生きて行けぬ、悲しき無常を感じながらこうなった原因を、こうなった元凶を思い返す。全てはあの男のせいだった……のじゃ。
「閻魔様、あなたは一体何をしておられるのですか!!」
「何って、仕事じゃよ、仕事」
激高する爺を尻目にバナナサンデーバナナ抜き、チョコレート仕立てに舌鼓を打つ。うまいの、スプーン持たなきゃならんのが面倒じゃが。というか、カビ臭い閻魔殿の中でやりたくもない裁判やってやっとるだけ感謝するべきであろうに、何を怒っとるんじゃこの爺は。
「仕事? それは若くして人を救いたいと医者を目指し、人望も厚い好青年を地獄に落とすことですか!」
「そうじゃよ?」
「ならば、たかりゆすりを繰り返し、親兄弟を含め、多くのものを苦しめた屑が極楽行きとはどういうことですか!!」
「いや、だってのう……」
「だってではありません!!」
バンっと机を思いっきり叩く爺。これだから年寄りはいかんのう。なんじゃ、これが最近流行りのキレる老人か。いかん、いかんぞ。カルシウムか甘いものでも食べて落ち着くのじゃ。ほれ、あ~んしたろう、あ~ん。
「や、やめッ! まったく、あなたという方はッッ! そんなものを食べている場合ではありません! 一体どういう意図があってこのような裁定を!」
「うむ、顔じゃ」
「は?」
「じゃからぁ、顔じゃよ顔。よく見てみい。好青年の方はイケメンじゃろ? そして屑の方はほれ、ブッサイクじゃろ?」
「それが何の関係が」
「何言っとるんじゃ。美男美女が多いほうが楽しいじゃろうがッッ!!」
「は……?」
何をほうけた顔をしておるのかのぅ、この爺は。なんじゃ、醜男や醜女が苦しんでおるのが好きとか、そういう趣味か、この爺は。妾にはわからん趣味じゃ。地獄の鬼共もあれじゃろ、美男美女のほうが苦しめがいがあるじゃろ。福利厚生の一貫じゃよ一貫。ES(従業員満足度)というやつじゃよ。
「そんなくだらないことで決めたと申されるのですか」
「くだらなくはないじゃろ、見た目は大事じゃぞ。お主だって妾がこんな姿してなかったらぶん殴っとるじゃろ」
「殴られるようなことをしているような自覚があるなら改めてください!!!」
「嫌じゃ」
「……あなたという人は本当に、この件は先代に報告させていただきますよ!!」
わざわざ言わずとも好きにすればいいじゃろうに。まぁよい。どーせ、先代もこの程度のことで妾になにかしようとはすまい。何かよほどのことがなければ……のう。
まだごちゃごちゃ言っておる爺を知り目に、己の地獄美男美女化計画の行く末に思いを馳せていたその瞬間、それが起こった。
まるで大砲が直撃したような衝撃が閻魔殿を襲う。原因は一目瞭然。だってのう、眼の前で壁を突き破り何かが放り込まれてきたのじゃから分からんはずもあるまいて。てかなんじゃ、このボロ布みたいな……の……!?
「あ、赤鬼ぃぃぃッッ!! 現世で大人気、大人から子供まで誰もが一度は紙製のお面をかぶったことがあろう赤鬼ぃぃぃッッ!!」
「い、痛いオニぃ……」
「こんな時まで、こんな時まで妾が戯れで言ったクソみたいなキャラ付けの語尾を全うしておるとは、お主の忠義しかと受け取ったぞ!!
じゃが血がつくから触るのは禁止じゃ。手を伸ばすな」
震えながら伸ばしてきた手を払い除けて無礼をしっかりと注意する上司の鏡。しかし何じゃな。強面がオニオニ言っとるのは可愛くないの。不気味じゃ。
「ひ、ひどいオニぃ。……い、いやいやそれどころではありません。閻魔王様、やつが、やつが来ます!!!」
「これっ、ちゃんと語尾をつけんか!」
「オ、オニぃ。いや、そんなことよりも早く、早く逃げてくださいオn────ッッ!?」
追加で放り込まれた青鬼(被ったことのあるお面ナンバー2)とともに吹っ飛んでいく赤鬼。勢いまま壁を突き破っていく姿は現実感ないのぅと、どうせ死なんから菩薩の如き適当な慈愛の目を向けておく。てか、あやつら名前なんだったかの、後で爺に聞いとこ。と心の片隅に落書きをしデカデカと空いた壁の方へ目を向ける、そこにいたのは────。
「弱い弱すぎるッッ!! 我、強者を求めたりッッッ!!」
筋骨隆々という表現が生易しいほどの大男。身の丈はあれか、大体三メートルあたりはあろうか。拳なんて妾の頭より大きいのう、なんじゃ、こやつ。
……うん? 化物みたいな見た目をしておるがよく見れば人間ではないか。え、なにこやつ死んどるの? 元気すぎじゃろ。死人なら死人らしくしとりゃいいのに。
「ぶ、無礼な! ここをどこと心得るか!!」
お、爺。すごいなお主。良くこの状況でそれに強気に出られるのう。妾結構怖いぞ。痛いのは嫌じゃからのう。ほら、こっち見たじゃろ、どうしてくれる。
「知らんし興味もないわ!! 戦いを闘争を、強きものをより強きものを、我より強きものを!! にもかかわらず雑魚しかおらぬ!!」
空気がビリビリ震える。声大きすぎじゃろ、聞こえておるわ。てか人間と比較したらさっきふっとばされた鬼二匹でオリンピックとヘビー級総なめできるんじゃがのう。なんじゃこいつ、やっぱ化物か。
「最も強き者をだせい!!!」
「強くはないが偉い者ならここにおるぞ」
「おん?」
なんか爺に任せるとろくなことにならなそうなのでしゃーなしに割って入る妾。あ、バナナサンデー溶けておる……。悲しいのう……。
「童子ではないか、強者の風格を感じぬ」
「じゃから強くはないと言っておろうが、それにこう見えてお主よりはよっぽど生きておるわ。見た目可愛い童子じゃが、レディぞ。褒めよ、可愛がれ」
「地位があるのならば強者を。我より強きものを求む。強きを、より強きをッッ!!」
「わかったわかった、しばし待っとれ。修羅道的な? 世界に落ちるように取り計らおう。そこで延々戦っとれ」
「な、なりませんぞ、閻魔王!!!」
なんじゃ、せっかく適当に話をまとめて面倒事を押し付けようとしておったのに。これじゃから頭の硬い年寄りはいかん。もっと柔軟に、いかに楽をするかを考えなければならんのじゃ。嫌じゃろう働くの。妾は嫌じゃ。
「これだけの狼藉を働いた者に対して何の罰則もなく、更に希望を聞いてやるなどありえません!!」
「いや、そうは言うてものぅ。ほら死にたてなんじゃし、寛大な心を持っての」
「面倒なだけでしょう、あなたは!!」
なぜバレた。だって面倒じゃもん。よく考えてみ。どう考えても関わってはいかん人種じゃろ、そやつ。
「ならもう先代にでも問い合わせてはどうかの」
「ええ、ええ! そうさせていただきます! あなたは閻魔としての自覚が足りませんからな!」
別にやりたくてやっとるわけじゃないしのぅ。ぶっちゃけちょっと前に言われるまで忘れとったし。
「浄玻璃鏡をここに!」
「た、直ちにッッ。 ……オニ」
うんうん。妾、こういう無茶振りに答えてくれる赤鬼は結構好きじゃよ。じゃが、その語尾はやっぱりキモいの。
それよりも先代か。う~ん、まぁ、大丈夫じゃろ。あやつは法を重んじるお硬いやつじゃから、一度退けば何もすまい。
ちょっと小言を聞くことになるかもしれんが、そんなもの聞き流しておけば良いし、それで爺が満足するなら問題あるまい。こやつは一度カーっと怒ってしまえば、すっきりするタイプじゃからな。
お、来たの来たの。相変わらず大きな鏡じゃ。妾では天辺に手が届かん。もうちょっと大きくなったほうが良いかの。小さい方が菓子のたぐいが大きくて好きなんじゃが。くーるびゅーてぃなるものも流行っておるようだし。妾も目指すべきかの、くーるびゅーてぃ。
というか、冷静に考えてみると浄玻璃鏡の使い方全力で間違っとるよな。いや、いいんじゃけど。
「鏡よ、先代を映し出すのです!!」
爺の掛け声とともに鏡が光り輝き映し出されるのは青い海、青い空、白い砂、輝かしいばかりの太陽。最近内蔵した音声出力機構により、さざ波と若い男女のはしゃぐ声。
……ビーチじゃな、これッッッ!? 何やっとるんじゃ、先代ッッッ!!
妾がこんなかび臭い糞みたいな場所で、惰眠と菓子貪り食ってゲームしとる間に何全力で楽しんどるんじゃ!!
熱いのが好きなら窯で茹でたろうか、先代め。 というかあやつはどこじゃ。若者の楽しそうにしとる声なぞ何が楽しゅうて聞かねばならぬ。どこじゃどこじゃ、先代を映せ……。
あーーーーッッ!!! カクテル飲んでおる。なんかトロピカルな果物刺さっておるカクテル飲んでおる!! しかもパラソルに白いベンチまで用意しとる!! サングラスにアロハシャツもばっちりじゃと!? 何しとるんじゃ、お主はッッ!! ずるいずるいぞ! 代われ、妾と全力で代われ!!
「おお、先代様! なんとお元気そうで!!」
「ん、補佐官か。なんだ、こちらは多忙な身でな。手短に話すが良い」
「はっ!」
『はっ!』じゃないわ、糞爺。今見たものをちゃんと理解しとるのかお主は。思いっきり遊んどるじゃろ。ほら、今もカクテル飲んで笑っとるじゃろ。てか、よく見たら女おるぞ、女。女侍らせた髭面にサングラスしたガタイのいい親父とか、ハリウッドかッッ!! お硬いやつとか言っとった妾が馬鹿みたいじゃろ!!
「現閻魔王様が職務放棄著しく、ほとほと困り果てております。なので先代のお知恵をお借りしたいのです」
「ほう」
何が『ほう』じゃ何が。サングラスを取るな、サングラスを。マフィアか、お主は。
「そやつは堕落しきっておる身だ。多少のわがままは仕方あるまい」
「ですが、先代……」
「答えを急ぐな。堕落しておるのならば徳を積ませればよいのだ」
パチンと先代が指を鳴らすとフォンという音とともにキラキラと光り輝く楕円形の……、ワープゲートじゃとうッ!? 何じゃそれ、なんかちょっとかっこよいぞ!! 妾、こんなのできぬ!!
「お主も極めればできるぞ」
まじで!? 閻魔すごいなっ!?
「この先は二千年ほど前から魂魄の流れが停滞している世界につながっている。その堕落しきった魂を鍛え直す意味でもお主に正してもらいたい」
「なぬ!? 嫌じゃぞ、そんな未開のど田舎になぞ行きとうない!」
「ならん、お前の隣にいる補佐官を含め全員分の陳情書も届いている。まだ代替わりは完全ではない今の内に叩き直してほしいとな」
な、なんじゃと!? 妾こんなに可愛いのに、裏切ったのか補佐官共!! こんな髭面のおっさんよりも妾の方が癒やされるじゃろ、思わず飴ちゃん上げたくなるじゃろ!
「外見が猿でも猪でも構いません。仕事をきちんとしていただけるなら」
この仕事人間が! だからこんな爺になっても独り身なんじゃ!!
「故に────」
先代の発言を遮るように爆音が周囲に響き渡る。震脚……、言うてしまえば足を地に叩きつけただけであるが、石でできておる閻魔殿の床にめり込み周囲がひび割れ砕け散っておるならば、ただそれだけとはとても言えまい。
「御託はいい。そこの童子がどうなろうと知ったことではない。我は強者を求めているのだ。後にせよ」
「ならばちょうどよい。お主も其奴とともに行くが良い」
「なに?」
「その先には二千年の永きに渡って正しき循環を阻害する何かがおる。それはお主が見たこともないほどの『強者』であろう」
「……ほう」
鬼が笑うということわざがあるが、意味を無視すれば今このときほど言葉通りの光景はきっと他にはないだろう。
地獄の鬼を蹴散らして、閻魔殿に殴り込んだ男が笑う姿はまごうことなき鬼だった。
……と、ちょっとに語ってみたんじゃが、なんで妾はこんな化物みたいな男に頭を掴まれとるんじゃ? てか、此奴の手でかいな。妾ちみっちゃいけども頭を手の平でスッポリはちょっとびっくりじゃぞ。
「現閻魔王とともに歩めば必ずやその強者と戦う場は整うだろう。さて補佐官、閻魔王に渡してやれ」
「はっ!」
そう言って妙に清々しい顔をした爺は妾に近づき懐から取り出した笏を握らせる。それにはでかでかとこう書かれておった。『見習い用』と。
「お元気で、閻魔王様。立派になって戻ってこられると信じておりますぞ。貴方はやればできる方ですからな」
「え、ちょ、本気か!? 本気で妾を放り出す気か!! こんなのと!」
「信じておりますぞ、閻魔王様!」
そんな無垢な期待はいらんのじゃ!! あかん、こやつら本気じゃ、本気で放り出す気じゃ! 洒落で済みそうにない!! 普段一切発揮しておらん全力を持って逃げねば─────、ヴァッッ!?!?
急激に伸縮した笏が妾のぷにぷにしたもっちりぼでぃを拘束し、『見習い用』と書かれた文字はかき消え『逃走厳禁』と浮かび上がる。
ば、馬鹿な! 器物の分際で全力では向かって来おってからに。今すぐ解け、今すぐ解くのじゃ!! あかん、大男が頭ひっつかんだまま走り出しおった。やばい、ほんとにやばい!!
『不可』
「なぜに!?」
『教育必須』
「ちゃんとやる、ちゃんとやるから今回は許せ!」
『偽証』
「本当、本当じゃから! 今逃げねば間に合わ───」
『怠惰死スベシ』
「いざ、行かん。強者のもとへ!!!」
「嫌じゃ、嫌じゃああぁぁぁああああッッ!!!!」
ゲートを潜るその瞬間最後に見たのはハンカチを取り出し目元を拭う補佐官と、元気に手を振る赤鬼の姿だった。
久しぶりの投稿なのでちょとでも面白かも、と思ってもらえたら嬉しいです!
ここまで呼んでくださったすべての方に感謝を!
ありがとう!