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異界探偵  作者: 黒助
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一話

 黒須が来る前に、俺は適当に身なりを整え、部屋を片づけた。奴は非常に几帳面なので、散らかっていると露骨に嫌な顔をする。それだけならまだしも、ある程度片付かないと部屋に入ろうともしない。そうなると仕事にならないから、俺はしぶしぶ片づけるのだった。


「ムジナ、入るぞ」

「どーぞー」


 いつも通りの仏頂面が事務所に入ってきた。どうやら今日は合格らしい。

 それにしてもいつになったらこいつはムジナ呼ばわりをやめるんだ。人聞きが悪いからやめろと何度言ったことか。狢沢か恭一と呼べばいいものを。・・・いや。黒須にファーストネームを呼ばれるのは気持ち悪いな。狢沢と呼べ。


 心の中で黒須に注文をつけながら、俺は二人分のコーヒーを入れた。豆から挽いた本格的なものだ。探偵たるものコーヒーにはこだわるべきだと思う。


「コーヒーどうぞ」

「ああ、ありがとう。」


 この時だけ黒須の仏頂面はほんのかすかに緩む。礼を言うのもこの時だけだ。コーヒー好きというのが俺と黒須の唯一の共通点なのかもしれない。


 だが俺は自分のコーヒーが評価されるのは嬉しいが、黒須と必要以上に仲良くなりたいとは思っていない。黒須のほうもそうに違いない。


「今回探してもらいたいのはこの娘だ。谷野辺由美。年は十八。親と兄弟で五人家族」


 黒須は鞄から茶封筒を出し、中身を出して見せた。いなくなった状況を記した書類や顔写真などが入っている。

 それによると、由美という娘は外で友達と歩いている途中に忽然と消えたらしい。その瞬間を見たものはおらず、気がついたらいなくなってたのだそうだ。

 平日の通学路、人通りも多かった。彼女らの歩いた道は一本道で、見晴らしの良いところにもかかわらず、その後彼女を見た者はいない。


「警察は状況からして物理的に不可能だと判断した。消えたとしか思えないとな。」 

 

 黒須は不愉快そうに顔を歪めながら言った。警察の無力を嘆いてるのかもしれないが、解決できないものはしょうがないだろう。こういう時のために政府は俺のような、得体のしれない能力者を飼っているのだ。公式には認められないから、目付役(くろす)という連絡係兼監視者をつけて。


「なるほど。じゃ、とりあえず現場まで行ってみましょうか。『神隠し』なら僕には分かりますんで。」


 のほほんとした顔で言うと黒須はまた不愉快そうに顔を歪めた。なんだ。俺が何かしたか。


「お前の笑顔は気持ち悪い。いつもニコニコしているが、腹の中で何を考えている?」

「これは地顔ですよ。いつも仏頂面の黒須さんの方がよっぽど分かりませんよー」


 ヘラヘラ笑いながら俺は空の食器を片づけた。その間中黒須は俺の顔を睨みつけて、俺の心中を少しでも読み取ろうとしているようだった。



 黒須と二人で現場の様子を見に行くことにした。とりあえず今回の失踪が本当に『神隠し』なのかどうか鑑定する必要がある。それが確定して初めて俺への依頼が完了するのだ。


 地図を持って俺の前を歩く黒須は、心なしか落ち込んでいるように見えた。普段は偉そうに見えるくらい背筋をたてて歩くのに、微妙に肩を落としている。(地図を見てるせいかもしれないが)そんなに俺の心中が分からなかったことを気にしているのだろうか。


 俺はそこらに落ちていた石を拾って手の中で転がしながら、つらつらと考え事を始めた。


 黒須は、けして無能ではない。たとえ俺の考えていることが分からなくても、さっき俺が黒須に言ったことが嘘だと見抜けなくても(俺の顔は意識して作ってあるし、黒須は普段無表情だから何かあると分かりやすい。今みたいに)少なくとも俺をただの能天気な奴だとは考えていない。大抵の人間はそこに気がつかないんだが。


 別に、俺の本来の性格を隠すことに意味はない。ただ子供のころからの習慣が続いているだけなんだが、ここまでくるともう表に出しようもないし、その必要もない。きっと死ぬまでこのままなんだろうと思っている。人間なんて多かれ少なかれそんなものだし、それに黒須はともかく、他の人間にとっては本来の俺よりも表の俺のほうが好ましいはずだ。そのように作ったのだから。

 問題があるとするなら、稀に黒須のような勘のいい奴に気づかれることぐらいだ。何か隠してると思って嫌ってくる。気づかなければ、今よりうまくいっていた筈なのに。


そんなことを考えながら歩き続けていると、黒須が立ち止まった。どうやら目的地に着いたらしい。


「ここから100メートル先までの間で由美という娘は消えてしまったらしい。この広告板に書いてあることを由美とその友人が話題にして、その友人たちが由美の消失を確認したのが100メートルほど先だったという話だ」


 黒須が何かの広告版を軽く叩きながら言った。周りを見渡すと、店や建物はない。道の両脇は田んぼだった。

 こんなところで誘拐なんてしたら、さぞ目立つだろう。自分から気付かれないように離れるのも至難の業だ。後ろにも他の生徒のグループがいたらしいから、ほぼ不可能といっていい。


 俺は少し目を細めて、この世と『異界』の接点を探し始めた。左右に目を向けながら、ゆっくりと歩く。


 俺は『異界』の入口を見ることができる。多くの場合入口は一度何かを飲み込むと閉じてしまうが、その『傷跡』はかなり長い間残っている。それをむりやりこじ開けると、そこには『道』が残っていて、それをたどれば『異界』の向こう側へといける。


 ただし何度も行き行きすると入口が閉じなくなってしまう。そうすると、この道を通るものは次々と消え、逆に得体のしれない何かが向こう側からやってくるかもしれない。

 だから俺が探しに行けるのは一回まで、向こうに行ける期間は十日までと決まっている。『傷痕』は最低でも一年、長いものでは十年も残るが、期間が十日までと決まっているのは俺が異界を利用して何か余計なことをしないようにするためだ。魔法や錬金術をこの世に持ち込まれるのも、向こうに何か影響を与えるのも、政府は遠慮したいようだ。


 『異界』というのは本当に未知数の場所だ。何があるのかわからない。何のためにこの世の人を連れていくのかもわからない。そして人とはわからないものにこそ恐怖する。

 おそらく政府は人命救助というよりも、『異界』にこの世のいかなる情報も渡したくないのだろう。もしここが『異界』にとって魅力的な場所だったら、侵略されるかもしれないとでも思っているに違いない。

 人ひとりがやっと通れる入口なのに、そこらへんはよく理解してくれないのだ。まあ、たしかに断定はできないんだが。一人で百万の軍も蹴散らせる化け物が、向こうにいないとは限らない。


70メートルほど歩いた所で俺は立ち止まった。空間の一部が、陽炎のように歪んでいる。


「ムジナ、見つけたのか。」

  

 黒須が気味悪そうに周りを見渡している。すぐにでも離れたいと思っているに違いない。


「ビンゴです。ありましたよ。これで依頼成立ですね」

 

 俺がニヤッと笑っていうと、黒須は呆れたような、げんなりした顔をして、


「よかったな」


 と言った。そんな得体のしれないところに行くのに、何を笑ってるんだと思っているに違いない。


 

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