序話
この小説はいわゆる「探偵もの」ではありません。推理シーンの欠片もありません。基本的に異世界でファンタジーのつもりなので、剣や魔法があっても許せる方のみお読みください。
「あ〜、ヒマだ〜」
俺は事務所のソファーにだらしなくねっ転がっていた。もともとくびれたスーツがさらにシワになる。まあどうせたいして変わらないので問題はない。
俺の名前は狢沢恭一、一応探偵だ。
探偵というのは恐ろしく地味な商売だ。漫画や小説のように行く先々で事件が起こるなんてありえないし、あったとしても解決するのは警察だ。科学捜査を前に探偵の出る幕なんてのはありはしない。
「ヒマすぎて死ぬな…トランプでタワーでも作ろうかな」
机の上に無造作に置かれたトランプの束を一瞥する。手垢のついた、きれいな絵が描かれているトランプは俺のお気に入りだ。なんとなく古めかしいところが探偵っぽくていいと思う。
探偵である俺が何をして日々食いつないでいるかというと、もっぱら人探しだ。たまに浮気調査なんかも依頼される。
もっとも依頼そのものが少ないので、常にカツカツだが。
「動いたらカロリー消費するよな…うんやっぱり寝よう」
パラパラとめくったトランプを再び机の上に置き、俺は本格的に寝る体勢になった。すぐに睡魔がやってきて、意識が混濁する。いつどこでも寝れる体質は暇つぶしに最適だ。遊ぶよりなにより、俺は寝るのが好きだからな。
正直、普通は探偵だけで生活していくのは無理だろう。だが俺はこうして生きている。その秘密は俺が行う『人探し』にある。
この世には警察がどれだけ人手を動員しようと、時間をかけて綿密に手がかりを探そうと、決して見つけることができない行方不明者というものが存在する。
トゥルルルッ トゥルルルッ トゥルルルッ
心地よく意識を手放そうとした俺の耳に、無粋な電話の音が鳴り響く。安眠を妨害するものには容赦しないと心の中で誓っている俺だが、仕事用の電話に出ないわけにはいかない。あとひと月もすれば真剣に永眠の危機が来てしまう。
「はいもしもし・・・黒須さんですか、何の用ですか〜?え、寝てませんよ。失礼ですね。」
寝てはいない。寝ようとしていただけだ。
俺を担当する『目付役』の黒須からの電話だった。俺にしかできない仕事の連絡は、いつも黒須から来る。
「・・・はい、『神隠し』がでたんですね?はいどうもーすぐいきます。」
俺は全国でも数少ない、『神隠し』にあった人を見つけて連れてくることのできる人間なのだ。