109 それぞれの思い 弐
『サラのやりたいこと』
「・・・ん」
部屋に差し込む朝日で目が覚めた
(今日も朝までぐっすり眠れた)
同じ家にルシオ君がいるからだろうか?
それとも夜寝る前ルシオ君が「おやすみ」と言ってくれるからだろうか?
それともまさかルシオ君が上書きしたと言っていた傀儡術のおかげだろうか?
理由はなんにせよ
ルシオ君と共に過ごすようになってからびっくりするほど安眠できるようになった
セルドロのところに居た数年間は風が吹いて窓が少し音を立てるだけで目が覚めていた
そして一度目が覚めたらもう一度眠ることもなかなかできず、常に気が張っていたと思う
ルシオ君は私のことを幸せにしたいと言ってくれているが
普通の生活を送ることができるだけで私には十分幸せなことだった
それを伝えても「それじゃ今度は生きがいを見つけようか」と言われ、数日経った今でもルシオ君の家に居候を続けている
正直申し訳なさに苛まれて居心地は少しだけ悪い
使うことも無かったのでお金は少しだけ持っている
なのに私が宿泊費を払うと言ってもルシオ君は食費しか受け取ってくれない
しかもその食費ですら「テラさん達が管理してくれているから」と言って雀の涙ほどしか受け取ってくれない
そしていつもその後に「サラが何か目的を持った時にお金がないと困るでしょ?」と付け足す
それは確かにそうかもしれないが、今の私にやりたいことと言われても困る
ルシオ君は私に色んな質問をして、私に向いていそうな仕事などを一緒に考えてくれる
身に着けた戦闘技術を活かして騎士団に入るのはどう?とか
隠密スキルを活かして猟師になるのは?とか
私が昔は花を育てるのが好きだったと言えば花屋はどう?とか
マルク君が似合ってたと言うから教会のシスターはどう?とか
しかし当の自分がどれもしっくりこない
ルシオ君はクラウスさんかメリアム王子に頼めば騎士団に入れるかもしれないというが
元殺し屋の私が騎士団に入っても正直気まずい、それにそもそも騎士になりたいと思わない
猟師になるというのも、できれば殺生から離れたい
そういうとあっさりルシオ君は他を考えてくれた
花屋になるのも、正直今の私は花を見ても何も思わない
ここ数年でそんな感情どこかに落としてきてしまったみたいだ
シスターになるというのも、司教殺害に深く関わってしまった私が教会で働くのはまずいだろう
それに私はセルドロに何度も抱かれ汚れてしまっている、シスターなんて一番無理な仕事だ
あれも駄目これも駄目と私が言ってもルシオ君は諦めずに色んな案を出してくれる
全く関係のないことではなく、私のスキルを活かせる
もしくは私が少しでもやりたいと思える、やりがいを感じられそうなことを考えてくれる
本当に頭が上がらない
ルシオ君を早く安心させられるように私がしっかりしなければいけないのに
両親が捕まり、家を追い出されてから私は生きるために生きてきた
だから今の私に生きがいになりそうなことなんて何も思いつかなかった
どうやってルシオ君に返しきれない恩を返せばいいのか悩むくらいだ
部屋の外は静かなので皆はまだ寝ているのだろう
起こさないようにと静かに一階へと降りた
「おや、おはようございますサラ様。お早いですね」
「おはようございますテラさん・・・私に様はつけないでください」
「ルシオ様の御客人ですのでそうもいきません」
これもこの家に居づらい理由の一つだ
「テラさんはこんな早くに何を?」
「食事の準備と屋敷の掃除でございます」
「マルさんとシエロちゃんももう起きて働いているんですか?」
「はい、もちろんでございます。それがメイドの仕事ですので」
昨日皆が眠るときもまだ仕事をしていたのに
こんな早くから起きて仕事をしているというのか
皆より遅くまで起きて、皆より早く起きる
「大変じゃありませんか?私も何か手伝います」
「いえサラ様、お気持ちだけ受け取っておきます。朝の散歩でもなされてはいかがでしょう?」
「でも・・・」
子供の頃家に居た使用人もここまでしてくれていたのだろうか
あの頃は使用人から奉仕を受けることが当たり前のことだと思っていたからか何も思い出せない
「毎日毎日・・・嫌になることはないんですか?」
「そうですね・・・幸いそのようなこと今まで一度も思ったことはありません」
「メイドという仕事にやりがいを感じているんですか?」
「はい・・・いえ、正確にはメイドという仕事そのものではなく主人に仕えることにやりがいを感じております」
「・・・・どう違うんですか?」
「私の主人は・・・今はルシオ様ですが、元々私が仕えていた主人には大恩があります。その方の役に立てることこそが私の生きがいであり喜びです。今は訳あってルシオ様に仕えていますが、ルシオ様も大変お優しい方でとてもやりがいを感じております。ですのでこの仕事を辛いと思ったことは今まで一度もありません。私は主人に恵まれているみたいですので」
「・・・・」
そうか、どうしてこんなことを見逃していたのだろう
こんなにすぐ近くにお手本が居たのに
ルシオ君が私に提案してくれることは一般的な職ばかりだったからだろうか
だからルシオ君を安心させてあげられるのは私が自立することなんだと勝手に思い込んでいた
私のやりたいことがルシオ君への恩返ししかないのならそれを仕事にすればいい
仕事としてルシオ君が許可を出してくれるかどうかは怪しいが
一生かけても返せない恩なら一生かけて返す努力をしてみればいい
「サラ様?どうかなされましたか?」
「ありがとうございますテラさん」
「はい?何かお役に立てたのなら幸いですが・・・」
「はい。テラさんのおかげで目標が見つかりました」
「そうですか。それは良かったです」
「あ、あとやっぱりこれから私に様はつけないでくださいね」
「?・・・それはどういう?」
「ふふっ、もうじきわかります。テラさんが言ってくれたようにちょっと外を歩いてきますね」
「承知いたしました」
テラさんは不思議そうな顔で私を見ていた
朝の冷えた空気が心地いい
不思議だ
目標がハッキリしただけでこんなに体が軽い
果たしてルシオ君は許してくれるだろうか?
まぁ仮に許可が下りなくても勝手にやるつもりなのだが
この仕事ならたとえ無給でもやっていく自信がある
「ルシオ君・・・ルシオ様・・・ふふっ」
テラさんの言っていたこともわかる
自分の思う主人に奉仕することが生きがいだと
ルシオ君に仕えると考えただけでもこんなに胸が躍る
一人目は人を切り裂いて喜ぶ快楽殺人者の行商人
二人目は裏で悪事ばかり働き私を道具としか思っていない貴族
三人目にしてようやく素晴らしい主に私は出会えた
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『マヤの花嫁修業』
数日前ルシオが突然アタシに「連れていきたい場所がある」と言い出した
訳も分からず転移魔法陣で移動すると
ルシオの部屋ではなく綺麗なお屋敷の一室に到着した
訳も分からずルシオに手を引かれるまま屋敷から出ると
外から見たその屋敷は本当に大きくて立派だった
そして突然
「今日からここで一緒に住もう」と言われた
状況が理解できず、きっと間抜けな顔をしてしまったと思う
ルシオが一から経緯を説明してくれてようやく喜びが込み上げてきた
もうわざわざ転移魔法陣を使ってあちこち行き来しなくてもルシオと好きな時に好きなだけ会えるなんて
それに話ではリリーの家も近くにあるらしい
なんと素晴らしいことだろうか
しかし気になることがあった
同居人のことだ
マルクとアリスが一緒に住むことはもちろん構わない
当然それは構わないのだけど
この屋敷には三人のメイドがいた、揃いも揃って美しい女性ばかりだ
テラさんはキリッとした顔立ちで、後ろでまとめた髪を持ち上げているのだが
セクシーなうなじがルシオを誘惑しないだろうか
眼鏡をかけているところも、できる女という感じで魅力的だ
そしてなにより胸が大きい
シェーネの一件でルシオは胸の大きな女性が好きなのかもしれないとわかったので要注意だ
そしてマルさん
この人はストレートの長い黒髪がとても綺麗で
背も高く長い髪がよく似合う
スラっと伸びる長い手足もとても綺麗で、スレンダーな美人だ
ルシオはリリーの頭をよく撫でていた、もしかしたらマルさんと同じように長く綺麗なリリーの髪に興奮していたのかもしれない
なのでこの人も要注意だ
そしてシエロさん、もといシエロちゃん
この子はリリーと同い年らしい
あどけなさの残る見た目は愛らしく、いつも笑顔でいる
それはまるで小動物のように、見ている人物を幸せにしてくれる
なぜかこの子だけルシオのことをお兄様と呼んでいる
そしてやたらルシオと距離が近い、メイドという立場なはずなのに平気でルシオに抱き着いたりしている
子供相手に嫉妬するのも見苦しいとわかってはいるのだけれど
ルシオはアリスのことはもちろんリリーのこともとても可愛がっている
もしかしたら年下趣味をルシオが隠している可能性もあるので当然この子も要注意だ
そして最後にサラさん
この人はメイドではないそうだけど、だからこそ危険だ
まるで人形かと思うほど整った顔つきをしていて
胸はアタシのほうが大きいけど、マルさんのようにスレンダーな美人だ
珍しい銀色の髪をしていて、暗いところでみると淡く輝き息が止まるほど美しい
ルシオから事情を聞いたが、今までとても辛い思いをしてきたそうだ
そのことには同情するが、ルシオがあまりにもサラさんのことを気にしているのでちょっと嫉妬してしまう
そんなサラさんがルシオの従者になった
メイドではなく、ルシオを全てのことでサポートする付き人
身の回りのお世話はもちろん
この間みたいにルシオが危険な目に合ったとき力になれるよう護衛の意味も含んでいる
サラさんがルシオにそれを提案したとき一悶着あった
まぁ別に喧嘩になったというほどではないのだけど
そして結局サラさんが意地を通し、ルシオが根負けした
どうやらルシオはアタシに遠慮していたみたいだった
婚約したばかりのアタシがいるのにサラさんを傍に置いていいのか悩んだらしい
サラさんがルシオの従者になり、ルシオをとられないか心配になってその日の夜ルシオの部屋に忍び込んだ。その時ルシオが自分の気持ちを全部話してくれたから知ることができた
「不安になったらいつでも話して」と優しく抱きしめられ、それだけで安心できた
サラさんもアタシとルシオの関係を知っているので気にはなっていたみたいで
「奥様が不安に感じるようなことがあれば何なりとおっしゃってください」と言われた
アタシは言われた内容より「奥様」と呼ばれたことに浮かれてしまい、あっさり許可を出してしまった
自分でも思ったけど、他人からすればアタシって本当に扱いやすいだろうなと思う・・・
「ってわけでルシオに好きで居続けてもらえるようにアタシも何かしたい!」
「ふむ・・・」
直接ルシオに聞くことにした
「何かアタシにやってほしいこととかない?なんでもするわよ!」
「う~ん・・・ごめん、そういう言い方されるとエッチなことしか思い浮かばない・・・」
「それは・・・もちろん頑張る!」
「ありがと、でも今は真面目な話だよね?・・・う~ん」
「何かないかしら?」
「別に今のままでいいんだけど・・・俺がマヤを好きになったのって、小さい頃からの積み重ねのおかげだと思うし。でもそれじゃ不安なんだよね?」
「うん。だってそれじゃ、これからテラさん達やサラと一緒にいたら同じように好きになっちゃうかもしれないってことじゃない?皆アタシより美人だし・・・」
「そんなことないと思うけど・・・う~ん、そうだな・・・」
ルシオはアタシの無茶ぶりにも真剣に頭を悩ませてくれている
だからこそアタシもルシオに何かしてあげたい
「妻になるんならやっぱり料理かな」
「料理ね・・・頑張る」
ママの手伝いをしてたくらいで一人で全部やったことはないけど
ルシオのために頑張ろう
「でも料理ならテラさん達が作ってくれるの凄くおいしいのに、アタシが作ったのでいいの?」
「もちろんテラさん達が作ってくれる料理も好きだよ?学園の食堂の料理も好きだし。でも俺がなんだかんだ一番好きなのって母さんの味付けなんだ」
「それは良いことを聞きました。機会があればアリシア様の味付けを勉強させていただきたいですね」
「だ、駄目よ!それはアタシがやるの!」
「それは残念です。ですが私にできることがあればなんでも協力いたします奥様」
「ありがとう」
お茶を持ってきてくれたテラさんが会話に参加してきた
「ありがとうテラさん。ってわけでマヤには母さんの味付けを勉強してもらおうかな。あ、別にミアさんの味付けでもいいよ?その方がマヤは好きだろうし」
「ママの味付けか・・・でもルシオはお義母様の味付けの方が好きなのよね?」
「そうだね」
「わかったわ!お義母様に頼んでみる!」
「楽しみにしてるね」
「頑張ってください奥様」
「うん!早速行ってくるわね」
ちょうど昼時、転移魔法でローリスへ行けばお義母様が料理しているかもしれない
ルシオが屋敷とローリスのルシオの家とを転移魔法陣で繋いでくれている
行こうと思えば一分もかからない
「お邪魔します。お義母様」
「あら!マヤちゃん。どうしたの?ウェルクシュタットに帰るのも屋敷から直接行けるんじゃなかったっけ?」
「はい、それはそうなんですけど。今日はお義母様にお願いがあって来たんです」
「お願い?何かしら、何でも言って?」
お義母様はアタシからのお願いをとても楽しそうに聞いてくれる
その笑顔はとても暖かく、テラさん達ともまた違った美しさがある
この人が義母になって本当に良かった
「お義母様に料理を教わりたいんです」
「私に?どうして?ミアさんだって料理上手じゃない・・・あ、もしかしてルシオが言ったの?」
「はい。一番好きな料理はお義母様の料理だって言うからアタシも味付けを覚えたくて」
「まぁ嬉しい!あの子がそんなことを?いいわよ!喜んで教えてあげるわ」
「ありがとうございます!」
「マヤちゃんはもう私の娘みたいなものなんだから敬語なんて使わなくていいのよ?」
「えへへ、ありがとう。お義母様大好き!」
「それじゃちょうどお昼の準備するところだったから一緒にやりましょうか。これからルシオが好きな料理は全部教えてあげるわ」
「はい!」
それから一緒にお昼ご飯を作って、昼食を食べに帰ってきたお義父様にも味見してもらった
血の繋がっていない義理の両親なのに本当の家族のように安心できる
この人たちと、ルシオと出会えて本当に良かったと
改めて幸せを噛み締めた




