106 サラ
私の人生が狂ってしまったのは一体いつからだろう
貴族の家系に生まれ、小さな頃から何不自由なく育った
両親がいなくなるあの日までは
突然家に押し掛けてきた人達に両親が連れていかれた
今思えばあの人たちは憲兵だったのだろう
でもお父様とお母様がどんな悪いことをやったのか私は知らない
結局周りの数少ない知人は私に何も話してくれなかった
ただ一度だけ知らない人に、「人殺しの娘」と怒鳴られたことがある
両親は誰かを殺してしまったのだろうか
両親が連れていかれた次の日
部屋で一人籠っていると、怖い顔の人達が数名押し掛けてきて
「この家を差し押さえる」と言って追い出された
それからは本当に辛かった
行く当てもなかったので家の近くをウロウロしていたら
私を追い出した怖い顔の人に「どっか行け!」とお腹を蹴られた
お腹が空いたからパン屋の前で物欲しそうにしていると
野良犬を追い払うように「シッシッ」と手で払われた
他の店では水をかけられたりもした
そうして王都中をフラフラしていると
北のスラム街に辿り着いた
ここには私と同じように
死んだ目をした人が沢山いた
ここでは誰かに追い払われるようなことは無かった
ゴミ捨て場で拾った残飯を食べていると
身なりの綺麗なおじさんに声をかけられた
その人は私に暖かいスープとベッドを用意してくれると言ってくれた
なんて優しい人なんだろうと思った
私は喜んでおじさんについていった
そして案内された建物に入ると
「孤児たちの名簿を作らなきゃいけないから、これに名前を書いて?」と言われたので言う通りにした
するとおじさんは恐ろしい笑みを浮かべ私を奥に連れて行った
おじさんに案内された建物は奴隷商館だった
そしておじさんは奴隷商だった
私は私自身の手で自分を奴隷商に売ったのだ
それもタダで
結局スープもベッドも私には与えてくれなかった
しかし死なないようにと最低限の食事にはありつけた
すこしばかりの水と豆だけが私の食事だった
ただ幸運なことに奴隷商館で居た時間は短かった
次の日には買い手が見つかり商館を出ることができた
私を買った人は商人で、私を小間使いとして使うと言った
私が不安を感じないように「怖がらなくていいんだよ?」と優しい笑みを浮かべてくれていた
その時はいい人に買ってもらえたと喜んだ
私は労働というものが初めてだった
しかしこの人に役に立つところを見せれば、私でも必要としてくれる、優しくしてくれると思って必死に働いた
しかし商人は昨日とは別人のように容量の悪い私を怒鳴りつけ、鞭で打った
それでも私は『仕事ができない私が悪いんだ』と必死で働いた
それなのに商人は些細なことで難癖をつけてきて私を叩いた
『もういい、こんな思いをして生きていても良いことなんかない』
そう思いこの商人に殺されようと思った
私が失敗をすればこの人は私を叩く
そうやっていればいずれ死ぬことができるだろう
だから私はわざと手を抜いた
商人に強く、私が死ぬくらい強く暴力を振るわせるために
今思えば私は箱入り娘だったと思う
世間のことを何も知らない
だから両親がいなくなって一人では何もできず
悪い人たちにあっさり騙されてしまう
自業自得なんだと思う
こんな私に生きている価値なんて無いと本気で思った
行商の帰り道、夜を越すために小屋で休むことになった
そこで商人はナイフを取り出し私を殺そうとした
なのに『とうとう死ねる』とは思わなかった、思えなかった
ただただ恐怖を感じ
死にたくないと思ってしまった
さっきまで死にたいと思っていた私が
ナイフを、殺意を向けられただけで情けなく助けを求めた
でもこんな街から外れた休憩用の小屋に偶然通りかかる人なんているわけない
いるわけないと思ったのに
少年が颯爽と小屋に飛び込んできて商人をあっさりやっつけてしまった
それがルシオ君だった
「あなたはだれ?」と聞いたら
「正義の味方?」と疑問形で返されたのを今でも覚えている
そして私はルシオ君のおかげでまた生きることができた
しかし無事に王都に帰ったからといって私が孤独なことに違いは無い
家も無く仕事も無く
かといってまた奴隷になるのも嫌だ
死にたくないけど、生きる希望もない
そんな私にルシオ君は「生きてさえいれば、何か良いことがあるかもしれない」と言ってくれた
ルシオ君は無責任なことを言ったと気にしていたけど
その後セルドロに引き取られ
また騙された
本当に私は人を見る目が無いと思う
そもそも差し伸べられた手をすぐ掴んでしまうのが良くないのだけど
でもそれもしょうがないと思う
藁にも縋りたい私にはいつも選ぶ権利も時間もないのだから
私は色んな人に騙された
でもルシオ君になら騙されてもいいかな?と思えた
だから騙されたつもりで、彼の言う通りとにかく生きてみた
地獄のような日々だった
ノワールとの稽古では体中痣だらけになりながら
怪我をしては治して、また怪我をして
稽古が終わるとセルドロに呼び出され夜の相手をさせられる
気持ちのいいことなんて一つも無かった
ただ気持ち悪く、痛いだけだった
それでも「男を喜ばせるためには気持ち良いふりをしろ」とセルドロに調教された
そして何の恨みも無い暗殺対象をセルドロの命じるままに殺した
でも、そんな日々に終わりがやってきた
その幸福は前と同じようにルシオ君が運んでくれた
私はようやく自由になれた
もう痛い思いをしなくてもいい
もう乱暴に抱かれることもない
もう誰かを殺さなくてもいい
私を助けてくれるのはルシオ君だけだった
私にとってルシオ君は生きる希望になりつつあった
だけどこのまま彼の近くに居ることはできない
一人静かなところにいるとセルドロの声で
「あいつを殺せ、あいつを殺せ」と呪文のように幻聴が聞こえてくる
そのたび気が狂いそうになる
私がルシオ君の近くにいると、いつか私の手でルシオ君に危害を加えてしまうかもしれない
そんなの私が耐えられない
だから王都を去ることにした
私はもう一人でも生きていける
ルシオ君にもらった自由をもう二度と無くさないように
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そう思っていたのに
「夜のお散歩?」
「っ!?・・・・ルシオ君・・どうしてここに?」
「何度もやり直したから」
「やり・・・なおす?」
今私がいるのは王都の北側、城壁の外にある風車小屋だ
今日牢屋を出て、その足でルシオ君に挨拶に行った
そこで「また明日会いに来る」と嘘をついて
私は北のスラムへと足を運んだ
王都の北には関所がない
しかし外に出る道はいくつかある
その一つがこの風車小屋の中へと続く地下道だ
この道を知っている者は一部のスラムの住人と私のような暗殺稼業くらいだと思う
だからこの道なら足もつかないと思ったのに
まさか先回りされるなんて思わなかった
「どうしてここに来ることが分かったんですか?」
「その前にいくつか聞いても良いかな?後で全部話すから」
「・・・・・はい」
「サラは一人でこんな時間に何処へ行くつもり?」
「・・・・・・・・どこでしょう?私もまだ決めていません」
「あてもなく、ただ王都から出たかった?」
「そう・・・ですね」
「どうして?」
「それは・・・」
「・・・・・・・俺は別にサラが目的をもって王都を出るなら止めないよ。でもこんな風に、逃げるようにいなくなられるのは嫌だ。今度こそ、ちゃんとサラを助けるって決めたんだから」
「・・・・・・」
「なんで何も言わずいなくなろうとしたのか教えてくれないかな?」
「・・・・・・」
「いいよ・・・待つのは得意だから」
ルシオ君は優しく私に微笑み
私が喋るのを待ってくれている
長い沈黙が続いた
本当に話してしまってもいいのだろうか?
でもルシオ君なら本当に私を救ってくれるかもしれない
いや既に二度も救ってくれている
私は遠慮しているのだろうか?
これ以上彼に迷惑をかけたくないと
自分の気持ちすらちゃんとわからない
「さっき言ったやり直すって、どういう意味ですか?」
「ん?・・・・まぁ先にそっちを話してもいいか。・・・えっとね・・・」
沈黙に耐えきれず話題を変えてしまった
それなのにルシオ君は嫌な素振りも見せず説明を始めてくれた
「・・・・そんな、まさか・・・でも」
「証拠になるかわからないけどこうやって先回りしてみせたでしょ?」
ルシオ君の話した内容はとても信じ難い内容だった
好きな時に記録して、好きなだけそこからやり直すことができる
とてもじゃないが信じられない
「四年前、切り裂き魔からサラを助けたのも偶然じゃないんだ。友達が事件に巻き込まれて、その時期にちょうどサラが切り裂き魔の被害に合ってさ。こう言っちゃなんだけど、サラを助けたのって・・・友達を助けたついでだったんだ」
「・・・・・」
「俺はサラの死体を何度か見てるんだ、でもこの能力で助けられると思ったから助けた。じゃないとあんなにいいタイミングで助けに入ることなんてできないでしょ?」
「・・・・確かに、そうかもしれませんけど」
「今ここにいるのだって・・・いつまで経ってもサラが会いに来てくれないから、王都中の宿を回って、教会とかお城とかスラム街とか虱潰しに探し回って・・・それでも見つからないからやり直してサラを尾行して、そしたらスラムで変な建物に入ったっきり出てこなくなるしさ・・・んでそこで逃げられたって気付いて、中に乗り込んで。部外者は通れないとか言われたからちょっと気絶してもらって・・・んでここに繋がってるのが分かったから先回りして・・・んでようやくサラを見つけたってところ・・・滅茶苦茶大変だったんだからね!」
「え、えっと・・・すみません」
「まったく・・・このことはサラに話すのが初めてなんだ、両親ですら知らないんだよ?・・・んで?話す気になってくれた?」
「・・・・・」
まだよくわからないけど
ルシオ君は人智を超えた力を持っているのかもしれない
もしかしたら本当に、私に幸福を運んでくれる神様なのかもしれない
私は全部話すことにした
私の気持ちを
私の不安を
「・・・・これが、正直な私の気持ちです」
「・・・そっか。ありがとう、俺のこと心配してくれて。でも大丈夫・・・サラが俺を殺すことなんかできっこないよ。サラはそんなことできないし、やらないよ」
「で、でも・・・セルドロのかけた魔法が消えてなかったとしたら?・・・ルシオ君は良くても私が駄目なんです!ルシオ君にナイフを向けてしまうかもしれないことが怖いんです!」
「う~ん・・・わかった!じゃあセルドロをぶっ飛ばしに行こう!」
「は、はい!?」
「要はセルドロの呪縛がなくなればいいんでしょ?魔法をかけられたはずのサラが自分の意志でセルドロをぶん殴れば、それは魔法が解けてる証拠にならない?」
「どうなんでしょう・・・」
「ん~・・・それか俺が傀儡術を上書きするってのは?」
「上書き?」
「そう、セルドロのかけた傀儡術を俺が上書きするの」
そんなことできるのだろうか
それにルシオ君に傀儡術をかけられるということは、セルドロにそうされていたようにルシオ君の好きなように操られてしまうということでもある
まぁルシオ君にならそれもいいか
ルシオ君になら騙されてもいい
その気持ちは今も変わっていない
「わかりました・・・お願いします」
「わかった・・・じゃあ悪いけど髪の毛一本貰うね?」
「あ、はい。どうぞ」
「サラの髪って綺麗だね。月明かりに照らされて光ってる・・・綺麗な銀色」
「そ、そうですか?」
そんなこと言われたの初めてなので少し恥ずかしい
「えっと、これをこうやって・・・これに魔力を籠めて・・・よし完成!」
ルシオ君は私の髪を抜くと背を向けコソコソと何かをやっていた
「よし!終わったよ。これでセルドロの傀儡術は解けてるはずだ」
「・・・・何も変わってないと思いますけど?」
「俺はまだ何も命令してないからね。でもセルドロのかけた術は解けてるはずだよ」
どこかルシオ君の口調は演技臭い
ルシオ君が適当なことを言っているだけのような気がしてきた
しかしそれならそれで構わない
彼にならどこまでも騙されてみようと思うから
「では何か命令してみてくれますか?」
「うぇっ!?え、え~っと・・・じゃぁ・・・」
「ふふっ」
何も考えていなかったのか、それとも私の提案が予想外だったのか
ルシオ君があたふたしている
それがおかしくてつい笑ってしまった
「え~っと、じゃぁ命令!サラはこれから幸せになりなさい!」
「・・・・はい?」
「幸せの形なんかなんでもいい。とにかく『なんだかんだ楽しかったな~』って最後に笑って死ねるような人生を歩んでいくんだ」
「・・・・・」
「そしてその手助けを俺がやる・・・・今度こそ、本当の意味で俺にサラを助けさせてくれ」
どうしてこの人は
「どうして私のためにそこまでしてくれるんですか?」
「ん~・・・サラが辛い日々を送らなければいけなかった原因が俺にもあるから」
「ルシオ君に責任なんてありませんよ?」
「そんなことない・・・俺が切り裂き魔からサラを助けたから、もしくはあの時もっと上手にできていれば。そうすればサラが殺し屋なんかにならずに済んだかも、辛い日々を送らずに済んだかもしれない」
「でもあの時ルシオ君が助けてくれなかったら私はとっくに死んでいたんでしょう?」
「うん・・・でも生きていても死んだ方がマシなことって確かにあると思うから・・・」
「私はそうは思いません」
「そう・・・かな?」
「はい。辛くても生きてきたからこうやって自由になれたんです」
「・・・・そう思ってくれると俺も助かるよ」
「はい」
「えっとさ・・・サラさえ良かったら家に居候しない?ずっと宿をとるのも勿体ないし」
「家って・・・学園の寮にですか?」
「あ、違う違う。明日になったらわかるけど、ノワールを倒した褒賞で豪邸を貰ったんだ。それがまたでっかくてさ。よかったらサラも一部屋使ってよ」
「いえ、ですが・・」
「使ってよ!」
「・・・・あ、はい」
「ごめん、でも近くに居てもらわないとまた逃げられるかもしれないからさ・・・その度探すの大変なんだよ?」
「すみません・・・」
私が悪いのだろうか?
うん、私が悪いんだろう
多分
「サラがやりたいことを見つけたらちゃんと言って?その時は王都を出ていくって言っても止めないから。応援する」
「わかりました」
私のやりたいこと
何かあるだろうか
「ゆっくり考えていけばいいよ」
考える私にルシオ君が優しく呟く
やりたいこと、一つはもう見つかった
ルシオ君への恩返しだ
貰ってばかりで黙っているわけにはいかない
でも今はそっと胸にしまっておこう
これはきっと一生かけても返せそうにないから
「さ~て・・・今日の宿どうしよう?逃げるつもりだったから宿なんてとってないよね?」
「逃げるって、そんなハッキリと・・・まぁその通りですけど」
「家貰えるのも明日だしな・・・とりあえず今日は寮の俺の部屋に泊まってもらうことになるけどいい?」
「今からでも宿をさが・・・」
「い・い?」
「・・・・・はい」
「ま~た逃げ出されても困るしな~」
ルシオ君は私をからかうようにニヤニヤ笑っている
「もう逃げませんよ・・・」
「うん、でも今日くらいね・・・セルドロが怖いんでしょ?」
「!?」
「大丈夫。一緒に居るから。それに俺に危害を加えないって証明することもできるしね」
「わかりました」
不思議とそんな不安はとっくに何処かへ消えていた
本当に傀儡術の上書きというのが効いたのだろうか?
「それじゃ掴まって、一気に行くから」
「は、はい・・・きゃぁ!」
ルシオ君に掴まるといきなり景色が上空にとんだ
そのまま上空を瞬間移動しながら王都の中へと移動していく
あっという間に学園の上空付近まで来てしまった
そしてルシオ君は私を抱えたまま器用に魔法障壁を足場にして
寮の窓から部屋の中へと入った
「なるべく静かにね。どうだった?」
「・・・・貴重な、体験でした」
「みたいだね」
「あ、ごめんなさい」
凄すぎて景色を楽しむ余裕なんてこれっぽっちも無かった
部屋の中に入ってもルシオ君にしがみついたまま硬直してしまっていたくらいだ
「んじゃ今日はもう遅いしお休み。ベッド使っていいよ、俺はここで寝るから」
「いえ!ルシオ君がベッドを使ってください。私は床でも寝られますので」
「いいから。それともまた命令しようか?」
「・・・・ありがとうございます」
「ん。おやすみ」
「・・・・おやすみなさい」
お言葉に甘えて
というか半ば強制的にベッドに入る
(ルシオ君の匂い・・・)
ここ数年は夜が怖かった
一人でいるとセルドロの声が聞こえてくる気がして
もうずっと熟睡なんてしていない
ほんの少しの物音で目が覚めてしまうような夜が続いていた
それなのに自分でもビックリするほどすぐ眠りにつくことができた
セルドロの声も聞こえない
どこか安心する匂いに包まれて
私は四年ぶりに熟睡することができた




