一章:悩みにそっとアイマスク (3)
最近、楽しみは自分で楽しむ事だと思っていた。
料理は一人でやる。登下校の些細なことを見るのも一人だ。読書も普通は一人でやるものだ。
私は一人が好きだった。
けど、村上とクレープを食べた。お互いに違う味のクレープを注文して、それを互いに食べさせ合った。
ただ、それだけなのに。嬉しい。
口にはまだ、甘酸っぱいイチゴの風味が残っている。チョコバナナの甘さに負けない酸味だ。
湯船に肩、そして顎辺りまで浸かる。お風呂は本当に素晴らしい。毒気が白い湯気となり、天井の換気扇が吸い上げる。
ふあぁ~、これはダメになるやつだ。
今の心には、幸せしか残っていない。
「もう、悩みとかどうでも...」
!?水面が、否、湯面が波打った。あれ、呼吸した?声に出てたっけ?誰もいないが無意識に手を口に当てる。その動きと共に、湯面が激しく波打つ。
わからない、だけど今はどうでもいい。頭の歯車が汗と共に流れ、複雑な思考をが出来そうにない。
当日。18:00。学校近くのファミレスで、夜を迎える事にした。普通の高校生が夜出歩いたりしていたら補導される可能性が高い。なら、高校生らしくファミレスで勉強する体裁を作る方が自然というものだろう。
高校生らしく、更にこの夏休みにファミレスでできそうなこと。
つまりは、夏休みの宿題を持ってくる羽目になってしまった。
私はこつこつやる派なので、一気には気が進まないのだが、せっせとこなす村上や柏木の手を借りて終わらす方が効率が良いと思えた。
だが、こつこつしている理由は、その集中力のなさだ。ラノベや漫画みたいに「集中モード!」ってできるなら良いのだが、私は凡人である。できる二人と違って、時々のだらぁっとした休憩がないと続かないのだ。心のなかでため息が漏れる。
こうして4人は、夜中の0時手前まで宿題とにらめっことなった。
23:30
「ふぅ、そろそろ頃合いだな。準備しよう」
キラッとメガネがファミレス内の蛍光灯を反射する。確かに中学の時より進みはよかった。
私は、今の今まで数学の問題に苦戦していた。そのせいで眠気と自信の無力さで心をすり減らしていた。村上に聞くこともできたのだが、今日の始め辺りに結構質問をしてしまった故の負い目が発動していた。それにいづれは越えるべき壁。カンニングは遠回りだ。
「大丈夫?水飲む?」
水の入ったコップを私に差し出す。そういう村上はまだ平常運転だ。宿題の分からないところも聞くと教えてくれるし、本当勉強に関してはスペックが高い。楽しんでやっていたのだろう。あのスケート選手も楽しそうだった。
「大丈夫だよ、ありがと」
グビグビと入る水は、胃のなかをキンっと一気に冷やした。
(村上のために自販機へ)
目的地は学校の近く。私と村上は駅のそばのベンチで(女子は固まった方が危険も少ないとのこと)、北村は一応裏門近く(「校門」という文言が裏門を指す事を考慮しての配置だ)。そして柏木は校門が見える通りで見張りをすることとなっている。
歩道を避けるため、できるだけ短い時間で切り上げる予定だそうだ。その後はまたファミレスで夜を越す予定。さすがに宿題はごめんだが。
互いに無料通話でリアルタイムの連絡を取り、怪しい人物が学校の方角に近づいたらその様相を伝える。女子グループは村上の携帯一つで通話していた。普通に考えてバッテリーの無駄遣いだし。
今年の夏は暑い。夜は特に日光の熱を日中に吸収したコンクリートやアスファルトがその熱を発しているため、体感温度はともかく、気温は日中と変わりない。
ファミレスではお世話になったため、このまま村上になにもしないというのも負い目が付きまとう。
「ジュース買ってこようか?何がいい?」
村上の横顔には、キラリと汗が滲んでいた。
「そうだね、水でいいかな。下手なジュースよりも美味しそう」
「わかった。ちょっと買ってくるね。」
「うん、暗いから気を付けてね。」
まるで地上がここだけのようだ。自販機が照らす光は辺りの闇を際立たせる。長く待たせるのも悪いからさっさと買ってこよう。
鞄から財布を取り出そうとするも、宿題が入っていて出すのに手間取った。やっとのことで財布の革らしきものが見えた。それを引っ張る。しかし、財布のストラップが宿題のノートに引っ掛かり、小銭が2、3枚落ちてしまった。ファミレスの会計がなければもっと落ちていたことだろう。
落ちた小銭の一枚は光を金色に反射させ、光の足場から姿を消してしまった。500円玉じゃないか!見逃すまいとしっかり目で捉えていた。500円玉は大金だ。あれ一枚あればクレープに紅茶が飲める。なんたる贅沢か!
後を追い、足元の10、50円玉を後にする。
光の足場から足を出す。すると、なんということだろう。
ガクン。
中学の頃、ボーッとしながら階段を下っていた頃を思い出した。階段がまだしたにあるのだという勘違いから、足を踏み出したとき、それは階段ではなく地上だったのだ。以外にビックリするんだよねあれ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私、田中あかねは闇に落ちたのだ。物理的に。