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3話

 気の抜けるようなやり取りに少し不安になった華怜であったが、お陰でほどよく肩の力が抜けたためかふと気になった事を口にした。


「ところで、移動しなくても大丈夫なのでしょうか?」

「敬語は別にいいよ?」

「あ、その、移動しなくても大丈夫なの?」


 モモに言葉の訂正を求められ少しためらいながら口にするとモモはため息をついて真意を口にした。


「敬意はうれしいけど、一瞬が生死を分ける以上たかが言葉使いに気を回すのは危険だよ? それで、どうしてそう思ったの?」

「わ、わかり……わかった。敵が逃げていったのだから援軍を引き連れて襲ってくると危険だと思い……思う」

「くだけた言葉が慣れないならもうそのままでいいや……そうだね、わざわざ場所が分かりやすいように光球を打ち上げたんだから異常を察して仇討ちに燃えて襲いに来てくれる事を待っていたんだけど、臆病なのか知恵が回るのか――どちらにせよ面倒だね」


 華怜が丁寧な言葉使いがデフォルトな人間だとモモは理解して要求を取り下げてから華怜の疑問に回答した。


「え? それって危険じゃないですか?」

「敵の残り全部を一気に倒すのと小分けにして倒すのならどっちが安全だと思う?」


 モモからすれば今回のデモニア程度100体だろうが200体だろうが問題なく一方的に蹂躙できるものの、今回は要救助者がいるという事実にモモは自分の頬に右手を当ててため息を吐く。


「貴女を守りながらだと私が大変なの――貴女を私の魔法で傷つけない事が」

「私を巻き添えにしてしまう心配ですか!? さっき自分のそばが日本でも指折りの安全地帯って仰いましたよね!?」


 安全地帯という言葉を真っ向から歯向かっているかのようなモモの危惧に華怜は思わず叫んでいた。


「その心配はいらないよ? ただ、効率的に潰す魔法は余波で熱や爆風が発生したり建物を倒壊させてしまったりする代物が多いから貴女の安全の為にそれらを封じて貴女を連れて敵の拠点攻めをしないといけないと思ったら敵の数が減った方が嬉しいなって」

「うぅ、ごめんなさい。でも、モモさんのそばがいくら安全だとしても私も向かう必要があるのでしょうか?」


 モモはキョトンとすると言い方が悪かった事を理解して補足の説明をし、華怜は早合点したことを謝罪して気になる部分を再度問いかけた。


「残念だけど貴女を今は向こうに送る事が出来ないの。それとこっちでは何が起きても不思議ではないから急に奥との繋がりが増えるなんてこともゼロじゃない……敵地に乗り込む私についてくる事に比べて私から離れる事の方が圧倒的に自殺行為だよ?」


 申し訳なさそうに首を横に振って同行以外の道を与えないモモに華怜は諦めてついていくことを決めて根本的な事を訊ねる事にした。


「分かりました、ついていきます。あと、向こうとかこっちとか何を意味するかは何となく分かったんですけど、今更ながらそもそも『ここ』は何なんですか?」

「そういえば言ってなかったね。私達の業界用語だけどここは『鏡界』と呼んでいる空間だよ。鏡の世界を略したのか境界とかけて名付けたのかは知らないけどね――待っても無駄みたいだからここからは歩きながらでいい?」


 モモは華怜に答えると華怜に確認の体で訊ねながら答えは聞かずに歩きだし、華怜は慌ててモモの後をついていく。


「その鏡界? に、どうして私たち以外いないのでしょうか?」

「普通は誰もいないんだけど、貴女は発生直後で不安定な鏡界に落ちちゃったみたい。とても不幸な話だけど交通事故にでも遭ったと思って諦めて」


 特に周囲を警戒する様子もなく質問に答えながらスタスタと歩くモモの後ろを左右に首を振りながら華怜は恐々ついていく。華怜の行動が何を意味するのか解るのでモモは種明かしをすることにした。


「さっき打ち上げた光球は周辺を探知する効果もあってデモニアが私達に向かってきていない事は分かるの。もし近づいてきたら警告するから心配しないで」

「は、はい……あの、何処に向かっているんですか?」

「敵の集まっている場所、少し高い位置にあるから何かの建物に陣取っているのかな」


 それきり会話が途絶えてしまう。


 華怜としては会話をして気を紛らわせたいのだが、質問の回答中一度も振り返らなかったモモが精神統一の最中のように感じて声がかけづらかった。


 しかし、目の前にいるのは母校の制服を纏う謎の有名人である。色々と聞いてみたいという感情とやめた方がよいと止める理性がせめぎ合った。


「あの、魔法少女になるってどういう感じなのですか?」


 もっとも、元々好奇心の強い華怜の理性もこの機会を逃せば次は無いという意見にあっさりと屈してしまったのだが。


 その問いにモモは唐突に足を止めて振り返る。華怜を見上げるモモの表情は不思議なものを見るようで華怜は猛烈な羞恥を覚えた――だが、言った言葉は既に取り消せない。


「いくら私がいるといっても訳が分からない状況でそんな事聞くとは……さてはお主、大物か!?」


 しかし、モモには好評だったらしくモモは大袈裟なリアクションでおどけてみせた。しかもどこにツボがあったのかモモはクスクスと笑いだして先ほどまで華怜が感じていた空気が消えていた。


「テレビではそういう個人的な感想は極力避けていたんだっけ――そんなに気になる?」


 うーん、とモモは気乗りしない様子だったが華怜の目に隠しきれない期待があるのを見つけてため息をついた。


「最初は大抵魔法少女になれて嬉しいとか言うけど、半年も過ぎれば魔法少女になんてなるんじゃなかったって後悔する子がほとんどだね」


 先ほどまでの生き生きとした表情から一転して感情が抜け落ちた形だけ取り繕った笑みでモモは華怜の質問に回答した。


「で、でも魔法なんてすごい力を使えるようになるのに後悔だなんて」

「それは力を持っていないから言える事、過ぎた力には義務と責任が生まれる事を理解して魔法少女になる子なんていない……だから後悔するのは当然だよ」


 その表情に胸を締め付けられる思いで華怜は反論したかったが、モモは被せるように当事者としてその反論を否定した。


「力が無ければ人の身に余る災難は受け入れて嘆けばいい――でも、人を超えた力を持つと災難に抗う事が出来てしまう」


 無知な華怜の目を見つめる全てを見てきたモモは諦めか疲労なのかどんな時でも明るく前向きなイメージの強いモモには似合わない後ろ向きの笑顔で華怜は言葉を失った。


「災難に抗って傷を負っても力が無い自分の責任、傷つくことを恐れて何もしない事を選んだって被害の大きさを知れば少しは自責の念を覚えてしまう」


 その生々しい吐露にとうとうモモの形を取り繕った笑顔さえ抜け落ちる。


「選択肢があるために選んでも選ばなくても結局は責任を負う事に気づけば心が軋んでいくの、どうして私がこんな報われない事をやっているの? ってね」


 そしてモモは俯いて自分の両掌を見つめ、握りしめた。


「夢と希望を振りまく愛と正義の魔法少女なんて、それこそ()()()()だよ」

「――なら、モモさんはどうして魔法少女を続けているんですか!」


 独白するモモの両手を華怜は片膝を地面について掴むと叫んでいた。


 モモが否定したおとぎ話は他ならぬ否定をしたモモが体現しているといっても過言ではない。


 他国ではデモニア事件後に多かれ少なかれ治安の悪化やカルト的新興宗教の拡大という形で傷痕を残している。


 日本でもその傾向はみられたが、災害時に団結する規律正しい国民性と世界で唯一表舞台に上がった魔法少女モモの存在で今ではほぼ見られなくなっている。


 何故モモの功績とされているのかといえばデモニア災害の際に近在の魔法少女と自身をデモニア事件現場へ投入できるように国を動かして制度を制定させた事にある。


 それ以前は政府側から魔法少女達に協力を要請する方法がなく、魔法少女達も正体を明かさないように距離を置いていたために現場レベルで辛うじて連携をとれていただけに過ぎない。


 しかし、モモが双方の橋渡しをして緊急時のみに使用可能な秘匿性の高い連絡手法の確立と魔法少女達が協力する為に必要な前提条件を開示し時間はかかったが国民の理解と協力を得ることが出来た。


 以降は天災級と呼ばれる何千人もの死傷者が出てもおかしくは無い規模のデモニア事件にモモは何度も制度を利用して介入し終息させてきたのである。


 この制度が上手く機能する限りは長引いていつ終わるともしれなかった事が珍しくなかったデモニア事件が『一日力を合わせてしのげれば制度を利用して魔法少女達が、モモさんが助けてくれる』と国民に浸透するのはあっという間であった。


 いまや作り上げた制度に沿って要請をすれば一度たりとも断る事のないモモは被災者達にとって間違いなく希望そのものである。


 そして華怜もまたモモが助けてくれることを信じて行動し実際に助けられた。


 自分を含めた大勢の人たちが感謝をしている事を忘れないで欲しい、華怜はモモにそう訴えたかった。


「誰かがやらないといけないなら私みたいにやれる人がやらないといけない」


 しかし、華怜の思いはモモの心を動かせない。


「それに私はほぼ全てを理解した上で魔法少女になったんだから、覚悟も無く過酷な魔法少女になってしまう子を少しでも減らしたいと思っているの」


 そう告げて微笑むモモにあるのはただ使命感のみ。


 我が身を顧みず他者を救い続けた小さな勇者にとって救うことはあっても救ってもらう事は無かった。


 誰にも頼れず、期待に応え続けた小さな聖者が笑顔の仮面で隠した悲鳴を華怜は初めて耳にしたと感じ、それ以上は善意の押しつけなど出来なかった。


「そう、なんですね」


 当たり障りのない返答で胸にこみ上げる悔しさをモモに悟られぬようにすることが華怜にとって精いっぱいだった。


 空気がおかしくなってしまったがそれを2人は回復させる事は出来ずモモの先導で敵地に向かった。


 モモはアーケード街の駅側の入り口の十字路で壁に近づいて立ち止まった。


「止まって。これから最後の準備をするよ」

魔法少女は名前の響きに反して決して甘くないのです。

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