『ミストルティン』
竜巻が消え去った事で一緒に巻き込まれていた鉄塊が全周にばら撒かれ容赦なく建物のガラスを突き破っているが、鏡界の中での事なので見た目は悲惨だが問題は無い――異常が起きたのは『悪食』の方である。
ミミがそこに居ないにも関わらずミミと『悪食』の間にある空間へ触手をてんでばらばらに伸ばしていたのである――そして、そんな隙を見逃すような教育をミミはされていない。
奇襲前に攻撃を察知できる感覚と矢継ぎ早に何処から来るか分からない攻撃を視認し回避できる反射神経を持つミミが進行方向を妨害している程度で足止めされる筈がないのだ。
「ローバーの生態はイソギンチャクと同じ待ち伏せ型、変種である『悪食』だって同じで奇襲前にどうやって獲物の位置を感知しているのかはまだ仮説程度だけど、なんらかの動体感知である事は経験則で分かってる――あんな風にデコイをばら撒けば勝手に食いついてくれるんだから」
「なら、その準備を予めしておけば危険は減るのでは……」
「レンちゃんの言う通りだけど『悪食』は所詮珍しい敵にすぎなくて出たとこ勝負の魔法少女が常に準備するには負担でしかない。多分空間操作魔法の事が念頭に有るんでしょうけどあれは――お、そろそろ大詰めよ」
解説をするモモに育ちの良いレンはどちらに視線を向けるべきか迷っている様で視線をチラチラとさまよわせていた。
かなり貴重な機会なのでレンには解説を聴きながら現場を見続けて欲しいモモはミミが手首のスナップで鋭く投擲したのを見逃したレンに集中するように促す。
ミミと『悪食』の間は15メートルを切り、このままの速度であれば瞬く間に接近戦の開始であり――その瞬間『悪食』の生える地上から1メートル程の高さの胴体からびっしりと5メートル程の長さの触手が全方位に伸び槍衾ならぬ触手衾を作り出した。
神経をすり減らしながら突如襲ってくる触手を回避し続け、やっと殴り合いに持ち込める距離まで近づいたと思えばこのように物理的に近づけなくなるのだ。背中を向けて逃げてはまず間違いなく攻撃を回避出来ず毒を打ち込まれるという嫌らしい習性が『悪食』の事を近接型魔法少女の天敵とまでミミが言った理由である。
そして現場の光景を安全地帯から見たレンが咄嗟に放った言葉は以下の通りである。
「大きいカニ!?」
そのあまりにも脈絡のない叫びはレンが見逃していたミミの投擲に答えがある。
最低限の動作で走りながらでも正確に投擲をする技を弱点を補う手段として近接戦闘メインのモモの姉妹は叩き込まれる――もっとも、優先順位が少し下がるだけで魔法主体で距離をとる魔法少女も投擲技術は必須技能として早い段階で叩き込まれる事に変わりはないのだが。
天敵とまで言った相手に無策で突撃するほど関東のエース級戦力は愚かではない――実際にやろうと思えば無策の力技でも十分勝ってしまいそうではあるのだが、それはともかく今回は連携を重視しているため後衛からの援護があった事を覚えているだろうか。
ミミがコトリから預かった『かに座』の魔石を先に投げて地上付近の触手が伸びる範囲に送り込み魔石に該当する使い魔を召喚する。
現れた巨大カニの目立つ特徴として全体的に色は白く左右の鋏は大きさがまるで違うという地球で言うシオマネキのような鋏をしていた。
そして甲羅の幅は3メートルはゆうにあり、足はその巨体を支えるべく太く長く――その足を曲げ、まるで相撲取り土俵で腰を落としている時のようなどっしりとした前傾姿勢で立っている。
その巨大カニの召喚がきっかけなのか迫るミミを阻むためなのかは不明だが『悪食』は触手衾を放つ。
そして相対する巨大カニは左右で大きさが違う鋏のうち、巨大な方を自分の腹を守るために地面に振り下ろす。
触手の勢いは強く、巨大カニの体を揺さぶるが後退させるには至らない――そして反撃とばかりに巨大カニは小さい方の鋏を伸ばして『悪食』の胴体を挟み、その攻防の間にミミは巨大カニが触手から守っている空間に滑り込む。
胴体を触手衾など関係ないとばかりに挟まれた『悪食』は空間跳躍攻撃後に漂っていた全ての触手を引っ込めて体を逸らし――巨大カニへのしかかるようにして自身の体を叩きつけた。
対する巨大カニは自身の作り出した安全地帯に飛び込んできた使役者を守るためにミミの頭上へ覆いかぶさるように姿勢を変えて真っ向から迎え撃つ構えである。
少なくとも地球上生物同士の激突では決して生まれないだろう重たい音が響き、威力に負けたコンクリートがひび割れて陥没するが、巨大カニは耐えきった――というより、コンクリートの陥没分を引かずとも僅かに沈んだ位という実は重量と衝撃を押し返してさえいる恐ろしい事実は、コトリが最終防衛ラインと太鼓判を押すのも頷ける堅牢さである。
実はミミとコトリは互いの『13星座の使徒』がどのような成長をしているか全く知らないためこんな怪獣の決戦じみた応酬がミミにとってぶっつけ本番だったのだが全く不安は無かった。
それはミミも『13星座の使徒』を育てているからではなくコトリがかに座を最終防衛ラインと評価して自分に託してきた、ただその事実だけでミミにとって信頼に値する上級の評価(最上級の評価は長女のもの)であり防御を完全に任せ自分の最後の役目を行う機を伺う事に専念できる――そしてその瞬間はすぐにやってきた。
巨大カニに今の一撃があまり効いていないと解った『悪食』は再び攻撃しようと体を起こそうとしたその瞬間を狙いすまして『あまり甲殻類を舐めるな』とばかりに巨大カニは巨大な方の鋏でかち上げた――コトリが育てた最終防衛ラインは堅牢に防ぐだけではなく強烈な反撃まで備えている。
全ての足の屈伸を連動させて放たれた一撃は先ほどの音に比肩する音を響かせ『悪食』を直立にさせるだけではなくややのけぞらせ――同時にミミの視界を塞いでいた鋏という障害を除く結果を生み出し、ミミは拳を握りしめて半身になって右腕を振りかぶると準備していた魔法を具現化する。
巨大カニの上空に巨大な右腕が突如として現れる――この右腕はミミの右腕と連動しているようで今にも拳が放たれそうであり、再びしなって反撃してきた『悪食』を真正面から殴り返しこの一撃は『悪食』を仰け反らせすぎて道路に叩きつける結果になる。
「――コトリ!」
ミミはここまで大きな隙を作った以上、コトリに合図などは不要だろうなと思いつつも具現化させた腕が消えつつある最中に叫んだ。
実際、互いの魔法や能力を知り尽くしていて止めがコトリの持つ切り札と決まっている以上はミミの取れる有用な連携など相談するまでもなく絞られる――唯一のリスクである外れの確率を可能な限り下げる事、これに尽きる。
「――『聖樹の槍』」
いつの間にか空中を制止していたコトリを映していた鷹がコトリのすぐ近くでホバリングしていた為にその魔法の名が映像と共にレンの耳まで届いた。
コトリの右腕が撓り、その手に握られた棒状の何かを投じる――その何かは明らかに投擲モーションから予想される速度を遥かに超えて飛んで『悪食』の胴体に突き刺さると見えなくなった。
『悪食』の体内に埋もれたり貫通した訳ではない――命中地点から何かが芽吹いた。
瞬く間に樹高1メートル程に成長したヤドリギは白い花を咲かせて直ぐに散った――異常に気付いた『悪食』は反撃で再び自身の体を叩きつけようとしつつ、不運にも近くにあった触手の発射口から触手を勢いよく伸ばして排除しようとしてしまった。
伸ばされた触手はヤドリギの枝を突き抜けてしまい引き抜く事は出来ず、しかし位置が良かったため巨大カニの甲羅に叩きつける事は出来た。
ペシャンコにされながらそれでも取れないヤドリギは健気で――とっくに役目を終えていた。
ヤドリギを排除しようとした触手の先に新たなヤドリギが芽吹いていたのである――それだけではなく最初のヤドリギより低い位置の胴体やその周囲からもヤドリギが芽吹いている。
そして全てのヤドリギが瞬く間に成長し、花を咲かせ、散らした――。
そこからはもう一方的である――排除しようと触手を伸ばせば周囲にヤドリギが芽生え、そして少しずつ繁殖範囲を広げていく。
それでも『悪食』は触手を勢いよく伸ばしたり胴体をよじったりとなんとかしてヤドリギを取り除こうとするがそれはかえってヤドリギが広がる結果しか生まない。
それほどの繁殖力を持つヤドリギだが、近くに居るミミはおろか直接叩きつけられたはずの巨大カニにも一切芽生えてこないのである。
直撃から5分とかからず『悪食』はヤドリギに覆い尽くされ、目に見えて干からびる様に痩せていく。
「あ、あの……一体どうなっているのですか、あれ」
そこでようやく恐ろしくて目が離せなかったレンは隣にいるこの魔法を良く知るであろう人物に問いかけた。
「レンちゃんは神話上の『ミストルティン』を何処まで知ってる?」
「……すみません、名前を聞いた事があるくらいで詳しくは知りません」
その答えにモモはアーサー王レベルの知名度があるわけじゃないし、ファンタジーに触れて無ければそんなものか……と思いつつ答えを口にする。
「詳しくは調べる癖をつけた方がいいから説明しないけど、大雑把に言えばとある神話で不死の太陽神を唯一殺すことが可能だったヤドリギで出来た槍のことよ……そしてあれはその神話から要素を抜き出し解釈を加えて私が組み上げた神話・伝承級魔法の『聖樹の槍』」
完全に『悪食』が干からびて倒れ、ヤドリギが全て枯れるのを確認してからモモは続きを口にする。
「私の暴走を防ぐ現実的な抑止力となるように、当たれば私の根源魔法でも癒せず必ず殺せるように、そして魔法少女なら誰でも素質に関係なく使えるように――そんな思想から生まれた私の理論に穴が無ければ生物に分類出来る存在を一撃一殺する、現時点で殺害成功率10割の魔法道具よ」
飛行魔法開発秘話
―約5年前―
「なんで魔法少女になったのに魔法を教えてくれないんですか?」
ついさっきまでコトリはモモの指示で運動公園のトラックを限界まで走らされて息も絶え絶えだったのだが、大の字で倒れて少しの間休憩が出来たからか訓練初日でもう我慢出来ず問いかけていた。
「おバカ、コトリちゃんの魔法よりずっと燃費の良くて威力もある私の魔法を教えた所で敵を全滅させるより先に魔力が尽きる――魔力がなくなってただのか弱い女の子になったらデモニアの餌食になる未来しか無いでしょうが」
「私、運動は苦手で……」
「なら頑張りなさい、敵は苦手ならしょうがないって言って見逃してくれる筈ないでしょ? せめて10キロは走れるようになってくれれば生き残れる可能性はグッと上がるんだから」
「無理です! 今だって2キロ走れなかったんですよ!? そ、そうだ魔法少女なんだから空を飛びましょうよ!」
弱音をバッサリ切って捨てると容赦なく目標を積み上げるモモにコトリはガバリと上体を起こして必死に訴えつつ良い事を閃いたとばかりに案を上げる。
「はぁ、空をねぇ……重力に逆らって飛ぶための出力部は足の裏で良いとして、方向転換の為に膝上、腰、肩にも調整用の出力部が必要で、空中制止時にバランス取り続ける専用の魔法と逆に高機動過ぎてバランスを崩した時に安定姿勢に戻す緊急魔法が最低限必要で、出力に負けて骨折ったり姿勢が崩れたり腰を傷めたりしない様に筋力が結構必要になる、と――適当に考えただけでもこれだけ必要になる訳だし、普通に走った方が楽に遠くに行けると私は思うかな?」
しかし、そんなコトリのフワッとした閃き程度モモがため息交じりに必要事項を列挙してみれば現実の重みに耐えきれない。
「う……そ、それなら箒! 箒で空を飛びましょう!」
「何の映画に影響されたのやら……」
コトリの往生際の悪さにモモは呆れ気味だったが自力では難しくても道具を使うという考えは悪くないので思考実験のつもりで考えてみる事にした。
「棒部分の前後に上下左右前後に出力部をつければ……あれ、それだと箒の回転が止まらない? ……まぁ何とかするとして」
早速技術的な問題が見つかったが後回しにした。
「細い棒に跨るからお尻かなり痛いだろうけど我慢してもらって、姿勢をというか重心を崩さない体幹が必要で、高速で移動しても箒を掴み続ける握力も必要で、両手を何らかの理由で離した上にバランス崩して体が逆さになっても箒から離れないように……むしろその時は安全に着地できるように魔法なりパラシュートなりを用意して落ちた方が安全かな――大分問題を筋力で解決した上でサーカス団員じみた能力も必要になって魔力は自分の力で飛ぶ時とほぼ変わらないほど大量に消費する箒なら出来そうだけど、欲しい?」
どうやら人類の夢である自由に空を飛ぶ、というのは未だに難問のようである。
「ファンタジーって夢が無いんですね……」
「どのファンタジーも『この物語はフィクションです』って書いてあるでしょ?」
現実を受け入れたコトリをモモは少し慰めた。
「じゃ、諦めてまた走ろうか? 大丈夫、10キロ程度なら毎日走っていれば魔法少女の体は普通の人より強くなろうとしてくれるから3か月位で何とかなる――その後は追加で筋トレと投擲紐の練習と魔法の訓練を入れるからね」
違った、自覚なくコトリを千尋の谷に突き落とした模様である。
「……はぃ」
そしてモモの指示に従って走り出したコトリを見送ってからモモは適当な棒を拾って地面に何かを書き始めた。
先ほどの半分程の距離でもう歩いた方が速そうな速度になっていたコトリは限界だったのでモモの方へフラフラと歩いていき……。
「何、ですか、これ……」
モモの手で地面にびっしりと細かい文字で書かれた読めない何かを見つつコトリは息も絶え絶えに問いかけた。
「うん? ちょっとね――限界なら今日はここまでにしましょうか」
しかしモモはコトリの問いに答えず書いた物を足で消しながら誤魔化して今日の訓練を終える事を宣言した。
「(うん、この方法なら使用魔力を何とか減らせればいけるかも――『空飛ぶ箒』)」




