華怜の違和感
遅くなってしまい申し訳ありません。
華怜が違和感を最初に覚えたのは悪戯の翌日の事だった。
流石に凄絶な戦いを特等席で見させられて悪夢で汗を書いて寝汗でべとべとになってしまっていた。
そのためシャワーを浴びようとパジャマを掴み脱ぎづらかったので多少強引でもと力を込め――ビシッ、というあまり聞かない音が響き、驚いて手から力を緩めて今度は慎重に脱ぎ終えて調べてみると首の後ろの生地が小さく穴が開いていた。
着始めて少し長いパジャマだったので脱ぐときの癖で少しずつダメージが溜まり今日とうとう破れてしまったのだろうか、と華怜は判断して目立つ場所でも大きい穴でもないので後で縫って補修しよう、その時はそう考えていた。
問題はその日の体育で行われた体力測定である。
少し時期が遅いがそれは体育館の工事が終わり、室内で計る測定が五月目前までずれ込んでしたのである。
華怜のクラスは幾つかのグループに別れて測定を始め、華怜はシャトルランの音を聞きながら反復横跳びで自分の順番になるのを待ち、自分の順番で3本のラインの真ん中に立った。
誰かと記録を競っている訳では無いが運動部の平均は取りたいと感覚を掴むため軽く予行してみようと横に跳んだ時にそれは明確に異常として現れた。
「――!?」
明らかに華怜の予想より速く、そして遠くに跳んでしまったのである。
「華怜さんは運動部ですもの、やっぱり気合いが入っておられるんですね?」
「え? あ、はい、そうですね。低い記録を残せないと力んでしまったみたいです――お恥ずかしい」
ペアで計る事になった相手が大らかであったお陰でちょっと気合いが空回りした失敗として周囲に印象づけられ、微笑ましく見られただけですんだが華怜の内心は冷や汗ものである。
細心の注意を払って何とか周囲の記録から逸脱しない範囲で測定を終え、制服に着替えると何とか昼休みまで隠し通してサキに助けを求めるため電話をした。
サキは一応華怜が悪戯の後に平身低頭で電話越しに謝罪したので『次は(華怜の命が)ない』と釘を刺すだけで心配をかけた事を不問にしていたのである。
サキは華怜の異常を聞くと医者の問診の様に幾つか心当たりや気づいた状況を聞き出すと華怜にこのままバレないように過ごす事を指示し、より詳しいだろう人物に連絡して今夜華怜の元へ向かってもらうようお願いすると約束して電話を切ったのである。
誰が来るのだろう、と思いながら残りの授業は座学だったため指示通りクラスメイトから自身の異常を隠し通して自室で気もそぞろであまり頭に入らなかった授業の復習をして待っていると――ノックされたので音がした方向に華怜は顔を向けた。
「……ここ、2階ですよモモさん? 普通にドアから入ってきたらいいのに……」
窓の外から顔を覗かせる魔法少女モモに華怜は現実逃避気味になるのをとりあえず思ったことを口にして平常心を取り戻して鍵を開けるために椅子から立ち上がろうと……。
「変な時間に有名な人と接点が無さそうな人と会うのを目撃すると意外に記憶に残ってしまうからこれでいいの――入って良い?」
華怜が立ち上がる前にモモが軽く窓をつつくと鍵がカチリと音を立てて勝手に開き、上下開きの窓を押し上げて華怜に入室の許可を求めた。
モモが常識ズレをしているのかと華怜は思ったが筋の通った理由があったためになんとも言えないもやもやを抱えながら頷いて許可を出すとモモはヒョイと窓枠に腰掛けて靴を脱いでスルリと部屋に入り、窓を閉めて鍵をかけるついでに結界を張って音が漏れないようにして華怜の方に体を向ける。
「あ、有名な人は華怜さんの事だからね? 私の正体はここでは無名もいいところなんだから」
華怜の微妙な表情にモモは見当違いなフォローするが今度は常識ズレの方だ、と華怜は思わず苦笑い――知名度が全国レベルの有名人と比較して有名かどうかなんて一般人が思うはずがないでしょう、と。
「それで、サキさんから聞いているけど一応レンちゃんの口からも確認させてもらうけどいい?」
華怜の苦笑いにこれ以上何か言っても泥沼かも、と判断したモモは本題に話題を変えることにして華怜も頷いたのでサキがしたように医者の問診のような質問を投げ……。
「一応聞くけど、魔石の用量はちゃんと指示した通り守っているのよね?」
「はい、それは間違いなく」
最後にモモはサキがしなかった質問をして華怜から肯定の返事をもらい、少し悩むように顎に手を当てて目を閉じると1つ頷いて顔を上げた。
「大体分かった、私が直接確認するからここで変身してみてくれる?」
そう言ってモモは華怜の両手を掴むと準備が出来たと目線で変身を促す。
「――うん、いいよ。それじゃ今度は変身解いてね……あぁ、やっぱり」
華怜がモモの指示通り変身と解除をすると症状も理由もほぼ確定という精度で診断したモモはため息まじりに一言呟いた。
「モモさん! どうなっているんですか、私の体は……!?」
「落ち着きなさい、ここは寮でしょ――結論から言えば魔力の過剰適応、別に命に関わる危険はないわ」
不安で仕方の無かった華怜はモモに詰め寄り、モモは入ってきたときに張った結界が問題なく機能している事を確認してその症状について答えた。
「過剰適応ってどういう症状なんですか……?」
「魔力の制御能力と釣り合わない魔力の上昇が原因で起こる身体能力の強化現象、程度の差はあれそこまで珍しい現象じゃない――のだけど、ちょっと珍しいレベルで重度化してるね」
そう告げてモモは顎に手を当てながら華怜をまじまじと観察した。
「……原因は魔石を使ったからですか?」
「きっかけはそれだろうけど、レンちゃんの魔力量からしてあの位の大きさの魔石じゃあ全部一度に使ったってここまで重度化なんてしない――レンちゃんの場合は根本的原因があって魔石は症状の顕在化を早めただけ、仮に使わなくても数ヶ月後には起きてたと思うよ」
モモの説明に真っ先に華怜は思いついた原因について訊ねるがモモは首を振ってそれを否定する。
「今回の本当の原因はレンちゃんの魔力制御能力の不足――私の見立てが甘かったわ」
「でも、それまで全然症状もありませんでしたけど……」
「だから私も騙された――そもそも、レンちゃんは他の魔法少女とは成り立ちが異なるって事を」
モモの指摘に華怜は首を傾げるがモモは確信があるようでしかしどう説明すべきか悩んだ。
「車を運転したことはある? この際マニュアル車でもAT車でも良いんだけど――無いよね」
「ありませんよ、というかモモさんだって……無いですよね?」
「法律上、公道での運転には免許が必要なだけだから自衛隊の敷地内を走らせた事はあるよ? 流石に戦車と航空機関係は乗るだけならともかく運転はお願いしてもダメだったけどね」
確かに道路交通法上は問題が無い――自衛隊として問題が無いかと問われれば疑問符であるが。
「まあ、私の立場の方が強いから多少の我が侭は聞いてくれるのよ――私が提供する情報は喉から手が出るほど欲しいものだからね……ただ、どうも私に黙ってアメリカに情報共有されているらしいのが腹立たしいけど、私にバレていないとでも思っているのかな」
華怜の呆れた様な視線にモモは補足していると少し思うことがあったのかいつの間にか愚痴になってため息を吐いた。
「まぁ、外交の世界なんだし日本の中とは違うルールで動いているんでしょうね――母国だから提供したのに、とか思わなくはないけど……そうじゃなくて、えっと自転車! 自転車は乗ったことあるでしょ?」
「ええ、まあ流石にそっちは」
盛大に脇道に逸れた会話をモモは頭を振って軌道に戻し、華怜が肯定したので先に進める事にする。
「例えば一般人は人力のみだけど、私たちは多段変速ギア付きの自転車を持っているみたいなもの――変身してない状態は押して歩いている状態で一般人と大差なく、変身時は自転車を乗っている状態みたいなもの……ここまでは良い?」




