20話
「冗談、ですよね?」
「だったらどれほど良かったか……」
華怜は否定してほしいと願いながら聞き返したが、むしろここから更に全く笑えない事を言わなければいけないサキはため息を吐いた。
「戦力が激減した一番過酷な頃に私から魔法少女を卒業したベテランに話して復帰してもらうか、と訊ねると『1日3時間は寝てます』とか『こっちで索敵移動中は極力電車とかにくっついて疲労回復目的で開発した魔法を使ってます』とか言って大丈夫と断ったのよ――いくら当時既に魔法少女歴4年目のベテランだとしても小学3年生が言う台詞ではないでしょうに」
ブラック企業顔負けの長時間活動を魔法少女関係者以外に全く悟られる事無く隠し通した、というとんでもない逸話に紛れてさらりと流された重要情報を華怜は聞き逃さなかった。
「え!? ちょっと待ってください! 小学3年生で魔法少女歴4年目って事は小学校入学前にモモさんは魔法少女になったって事になりませんか!?」
「モモさんの姉2人から『幼稚園児の魔法少女を妹にした』と聞いた事がある……ついでに言うなら私の知る限り最年少で魔法少女になった今年の夏で11年目の現役最長記録更新中の大ベテランよ」
沈鬱そうにサキは答えるが、華怜はモモの年齢の逆算に気を取られてそちらに注意を払っていなかった。
「話が逸れたから姉妹の件に戻すけど、この関係は姉の休息日を妹の指導に使う事で時間を効率的に使えるから広まったものなの。そして既に説明した通りモモさんに時間の余裕は無くて、君たちが姉妹関係になるとモモさんが時間をどうにかして捻出しなければならなくなって負担が増える結果になる」
そう言われては華怜も黙るしか無い。
「モモさんは無責任じゃないからね? 自分の代理として先達に根回ししてこのサイトも教えたなら十分なのよ? ――自慢になるけどここに蓄積されたノウハウはちょっとしたものなんだから……まあ、ある程度経験積んでからでないと理解出来ない代物も結構多いけれど」
その沈黙に少しサキは慌ててフォローをした。
情報交換サイトと称されるだけあり同じ境遇の者達が日々確認し報告をする。
また情報1つに命が左右される事も多いため発せられた情報は即座に実力者による審議や検証が行われてメディアの様に誤情報が真実の様に拡散する事はまず無く、確度の高い情報が次々と蓄積される様になっている。
「まずは座学で敵を知ってから、という事がモモさんの判断という事ですね。大丈夫、期待に応えてみせます、何から手をつければ良いですか?」
華怜の声は前向きなものでサキは安堵しつつ新人向けにまとめられた情報の場所を伝え、早速読み始めようとする華怜に待ったをかけた。
「全部読み終わったらすぐに試したくなるだろうけど、今日一日は戦闘禁止だからね」
「え? でも……」
「惨敗した敵の情報を調べてどうすれば良かったのか検討しなさい、戦闘した次の日は危なげなく勝ったベテランでも休息と一緒にそうするのだから負けたとなればなおさらよ――それにレンちゃんには姉がそばにいないのだし、更に休日のモモさんはあっちこっちに転戦しているから窮地を助けてくれるとは限らないのよ?」
命を大事にしなさいと言われては華怜も引き下がる事にした。
「それと、レンちゃんは絶対にまだ挑んじゃいけない領域が2つあるの――これは指導じゃなくて命令ね」
「えっと、それは一体……?」
今までの先輩後輩間の和やかといってもいい雰囲気から急にサキの声音が鋭く研ぎ澄まされて華怜は戸惑いながらも問い返す。
「1つは単に『奥』と私達が呼んでいる文字通り鏡界の更に奥、デモニア達の巣窟に繋がる空間に出来た黒い穴の写真はサイト上にあるから見ておきなさい」
「『奥』ですか……」
その存在は華怜がモモに助けられた時に教えられていたので相づちを打つとサキはその詳細と危険性を華怜に伝えるべく言葉を選んで口にする。
「『奥』は当然危険度が数段上だけど、鏡界に繋がっているだけでも危険度は跳ね上がる――新人の手に負えるレベルですまない事も多いから見つけたら即座に敵がどんなに弱くて少なくても撤退しなさい」
「ですが、撤退なんてしてしまっては……」
「勇気と無謀は別物よ? 手に負えないと判断したら引いて情報を持ち帰り、後続が優位になるように立ち回る事がレンちゃんにとっても関東の魔法少女としても最善なの」
サキからすれば新人の華怜を思っての内容なのだが、華怜の持ち前の責任感が撤退という行為を責任放棄と認識してしまったため受け入れがたかった。
サキも責任感の強い新人に起きやすい勘違いだと分かっているのでやんわりと窘めるが、それでも華怜の反応は芳しくない――理屈は分かるけれど感情が納得出来ない、という空気を察して説得の方針を変えることにした。
「今関東で活動中の先輩はレンちゃんが会ったことがない人ばかりだろうけど信頼なさい。モモさんが鍛えて1人前と認めた歴戦の魔法少女達が頼りない筈がないじゃない? 撤退してこのサイトか私に情報を託してくれればすぐに要請をして対処してもらうから、良いわね?」
サキは感情に少し訴えると後は有無を言わさず押し通した――華怜の不安は見ず知らずの相手に迷惑をかけてしまうことへの申し訳なさであるなら早く顔合わせを済ませる他に無く、助け合いで気分を悪くする様な子達では無いと知るサキは時間が勝手に解消すると判断した。
そう遠からずこれから説明するケースに遭遇して嫌でも頼らざるを得ないのだから、と……。
「そしてもう1つは私たちが『悪魔の悪戯』とか単に『悪戯』と呼ぶ緊急事態、これは災害級と称されるデモニア事件の実に9割近くの原因になっているわ」
「……! 一大事じゃないですか――その時私は何をしたら良いですか?」
驚いて声を上げそうになるのをなんとか抑えこんで華怜はサキに対応を教えて貰おうと問いかけたが……。
「察知した事を私たちに伝えたら何もしないで、それはレンちゃんの手に負えない」
華怜は戦力外であるため関わるな、とサキは明確に告げた。
「私も新人ですが、魔法少女です――何か出来ることが……」
「例え家族、兄弟、友人、知人が巻き込まれたとしても手を出さないで――被害者を増やす結果にしかならない」
「ですが……」
華怜は食い下がるがサキは更に念を押すだけで抗議に耳を貸すことは無かった。
サキも責任感の強い新人魔法少女はこの指示を不服に思うのは分かっていた――なにしろサキも姉に食い下がったのである。
「一度でも経験すればとても戦える状態にならないって分かるわよ――参考までに私が初めて遭遇した時は真夏なのに冷や汗が出てすぐにその場から逃げ出したいのに恐怖で体が竦んで動けなかったわね」
「……」
そして一度『悪戯』を経験してしまえば姉の指示は非常に妥当だったと身にしみて理解する事も経験済みである。
サキの実体験を聞いて黙った華怜について少なくとも当時の自分よりは分別があるとサキは評価し、これ以上釘を刺す必要も無いかと判断するとチャットに自分の携帯番号を打ち込んだ。
「これが私のアドレス、ちょっとそっちからかけて頂戴」
「はい、分かりました――」
華怜は言われた通りチャットに書かれたアドレスに電話をかけて相手の名前を互いに確認しあうとサキの方から通話を切って通話アプリの方で会話を続けた。
「これで私とアドレスを交換出来たから、戦闘後や何か緊急時は私に報告を頂戴――あ、携帯から通常回線でかける時は魔法少女であると一般人にも簡単に分かるような内容は避けて主語とかも可能な限りぼかす事、通話は基本傍受されていると考えていいから正体隠す訓練だと思って頑張って」
「え!? 傍受って――え!?」
サキから軽く、それこそ仲の良い級友にノート貸してという程度の軽さでとんでもない国家機密級の秘密が明かされて華怜が困惑した声を上げるとサキは苦笑交じりに経緯を教える事にした。
「モモさんからそういう仕組みが有るって聞いてそれ自体は私でも知っていた陰謀論だったんだけど、モモさんは何か証拠をつかんだのか冗談を言っている様には見えなかったから私はモモさんの協力を得て裏サイトやデータベースにインターネット経由だけではアクセス出来ないようにモモさんが特殊魔法を開発して私はそれに合わせたサイトの仕組みに作り替えたの」
サキの話が事実ならとんでもない歴史と規模の諜報戦を2人で出し抜いたというのに口調が軽くてサキからすれば大した出来事では無かったかの様であった。
その事に歴戦の貫禄を感じて目指す道のりの遠さに華怜は絶句してしまうが気が乗ったのかサキは更に続けた。
「この裏サイト内の機能を使う限りはモモさん以上の魔法少女がクラッカーに協力しない限り安全だし、万が一魔法少女の協力があって特殊魔法を突破したら今度は肝心のデータが物理的に遮断される仕組みで情報漏れはあり得ないから安心して」
自慢げなサキから仕組みを聞いても華怜には全く理解出来なかったが、モモもサキも自分には想像出来ないほどのスペシャリストだということは理解出来たと納得することにした。
その後サキは華怜に比較的安全な時間帯を考えて伝えるとその時間帯に一戦のみを許可すると通話アプリを切った。
華怜がサキの指示通りに初心者用資料――正確には朝早くに送られてきたモモが作成したと思しき新米姉への手引き書を早速読み始めた事を月読から報告を受けてスマートフォンからあるアドレスを選んで電話を開始する。
10コール目で相手が受け2回筐体を叩く音がしてサキは3回筐体を叩く。
「俺です、何かありましたか?」
「今回も君か、お互いあの子に振り回されて大変だね」
「いえ、俺もアイツと一緒に貴女にご迷惑おかけしている立場ですので」
符丁を確認してから通信相手の青年から挨拶を抜きに本題を問いかけられた。
いつも通りの青年の性急さを無視して世間話を振ると苦笑気味に青年はつきあってくれた。
少し場を解してから電話の相手、魔法少女モモとの中継の役割を担っている青年からの依頼――正確にはモモからの依頼の経過を報告すべくサキは意識を変える。
「いいのよ、君もあの子も学生の本分で忙しいんだから――今日はあの子から紹介された同好会の新人の件よ」
隠語だらけの会話を盗み聞きされても不自然にならない様にこれからの会話をアドリブで乗り切らないとならないのだ――万が一この会話でモモの正体がばれるような事態になってしまえば関東の切り札を失うと思えばサキも緊張してしまう。
「一応、あの子に無理が無いように早めの時間に同好会活動時間を許可したから注意してあげて――でないと新人の子は親御さんから真っ直ぐに育てられたみたいだから同好会をすぐ退会するかもしれないわよ」




