14話
翌日、華怜は見るからに上機嫌だった。
なれないと諦めていた魔法少女になる事が叶い、モモの役に立てるかもしれないと思えば無理もない――それに不謹慎ではあるが、平穏な日常から危険な非日常に足を踏み入れるというイケナイ事をしている、という未知の感覚に胸が高鳴ってしまったという事もある。
そして華怜は契約直後に心が求めるままにいきなり初陣に挑もうとしたのだが『降りたモノ』に自分の能力について把握してからにするよう制止されてしまいその日は流れてしまったのだ。
新しい挑戦に水を差されてしまった格好になった華怜はまるで遠足を待ち望む子供の様に、自由になれる放課後を楽しみにしていたのだった。
その為、朝から華怜は周囲が声をかける事が躊躇われる程そわそわしていた。そして待ちに待った放課後に華怜はせわしない様に見えないギリギリの速さで下校をしていった。
その結果、華怜は真っ先に校門を抜けた為に少し校舎から離れた所で網を張っていたマスコミ達に取り囲まれてしまったのであった。
何故取り囲まれてしまったのかと言えば華怜がファンクラブサイトに自分の体験を載せてしまった事に原因がある。
マスコミ達は魔法少女絡みの情報は世間の注目も高く、視聴率が稼げる事を知っており可能な限り独占をしたいと考えている。
しかし魔法少女達は基本的にマスコミどころか人前に姿を現す事も滅多にない。
唯一の例外たるモモも過去にマスコミ関係者と色々あった為に印象が悪いと公言する程で彼らに対し非常にガードが固く、表舞台に現れる唯一の魔法少女にも関わらずマスコミからはほぼ接触もままならないという存在なのだ。
更に付け加える事があるとすれば、モモが人前に出る様になった頃から何度も繰り返してお願いし続けてきた事がある。
『私達が罪を犯してしまったのならばともかく、もしも私達にほんの少しでも恩を感じてくれているというのなら――どうか私達の秘密を今までのように無理矢理暴こうとはしないで欲しい、そんな私達魔法少女の身勝手な願いを許して欲しい……決して無理にとは言えないのだけれども』
これは、命がけでデモニアから人々を守るために戦い続ける自分の意思を訴える事をしなかった魔法少女達の代表としてモモは発言したのだが、その言葉をいつものように国民の知る権利を掲げて無視してしまったマスコミは『こんな恩知らずの奴らに慈悲はいらない』と日本中から嫌われ株価も信用も暴落したため慌てて謝罪会見を行ったものの経営状態が悪化して結局潰れてしまった所も出たほどだ。
情報を操り世論を動かすマスコミがたった1人の魔法少女に完敗を喫し、世論もこの件は魔法少女達にとって非常にデリケートな内容だと認識しマスコミがその聖域に踏み込まないか厳しい目で監視をしている状況が常態化してしまったのである。
そこで次にマスコミが目をつけたのは魔法少女達に助けられた者達……なのだが、これもまた難航している。
魔法少女に助けられるという事がそもそも日常的にはあり得ないといっても良い程なのに、助けられた場合はまず間違いなくデモニアに殺されかけるというトラウマものの事態を経験している――そんな恐怖体験を吹聴する物好きはまずいない。
なんとかして例外的人物に取材をすることが出来たとしても、マスコミにはそれが事実なのか裏付けを取る方法がなく――事実とかけ離れた酷い記事を掲載してしまった場合にはモモが定期的に出没するニュース番組で名指しの批判を受け、世間からここぞとばかりに叩かれてしまう。
そこでマスコミはこの話題に手を出す場合には他局にとられるより早く出すために裏取りが出来ていなくても速報としてまず報じる方針から広く情報を集めてから信憑性の高い物を自身の嗅覚を頼りに絞り念入りに裏取りをするという本来報道機関としてやるべきものに改め――偶然、ネットを監視していた職員がいつも以上にモモファンクラブが活況な事を気づき原因を突き止めたのである。
その原因となった文章は起きた事、感じた事を書かれているだけで人の目を惹くような加工は特にされてはいなかった――にも関わらず活況になっている、という事はある程度の信憑性を閲覧者達は感じているのかもしれない。
そう判断した職員は記事元のファンクラブを運営しているのはモモの着る服と酷似した制服を採用する天下原女学院生徒である事、ネットセキュリティーの甘い学生達の書き込みから文章を書いた生徒の名前を割り出す事は容易だった。
後は独占取材で報道出来れば文句はない――そう考えて張り込んだマスコミの数が多かった、ということである。
そんな事情など知らない華怜はマスコミに話しかけられて礼儀として足を止めて少し話してしまった。そして彼らの興味が自分であるという事に気づくとすぐに逃げを選んだがその反応はマスコミからすれば慣れ親しんだ情報を話したくないという仕草そのものだった。
そのマスコミは華怜を追って引き下がることなく取材を続け、その様子から周りのマスコミ達も群がって華怜を包囲してしまった。
華怜は見ず知らずの人間に囲まれて取材を受けるという未知の経験に足を止めてしまい対応が碌にできなかった。
「はいはーい、ちょっと通してください、道を塞がないで」
そんな中1人の少年がマスコミをかき分けて華怜の前に現れた。
背の高さは華怜より少し低く、天下原女学院の近くにある公立高校の男子制服を身に纏っている。
その少年は華怜の顔を見る事も無く華怜を守るように背中を向けてマスコミに問いかけた。
「いい大人が女の子1人を取り囲んで何やっているんですか」
「今回は君とは関係ないだろう」
「残念ながら魔法少女関係であれば無関係ともいえないんですよ、貴方達が次はアイツに向かうと思えばね」
マスコミの1人が放った文句を少年は軽く受け流して今まで色々と苦労したことを思い返したのか分かりやすく顔をしかめた。
「そもそもなんだけど、この子に許可は取っているの? 俺はこの子が去ろうとしたのにあんたらが取り囲む所からしか見てないからさ、念のため教えてよ?」
そう言いながら少年はポケットから折り畳み式の携帯を取り出して開くと堂々とボタンを3回押してみせるがマスコミは口ごもり――少年は半眼になった。
「強引な取材の類はモモさんがとても嫌っている事だよね? またモモさんに文句を言われて世間から叩かれたいの? モモさんはこの付近で強引な取材があればマスコミが結託して報じなくても関係ないって事を忘れた?」
「私たちは国民の知る権利のために……」
「そんなお題目どうだっていい、そう俺は今までも何度も言い続けているのは当然マスコミなら知っているよね? 一般人には犯罪が行われている疑いがあると通報する権利が与えられているって事は理解している? 警察にお世話になればモモさんの苦言確定だと思うけどいい?」
マスコミの中から自分たちの大義名分を掲げて少年に反論しようとしたが、少年はバッサリと切り捨てて携帯を耳に当て最後通告を行った。
別に通報をされた所で犯罪が行われていた訳ではないので精々マスコミ側は行き過ぎた取材に注意をされる可能性がある程度だった。
しかしモモに対して犯罪になっていないのだから問題はないというような理屈は通用せずニュースでマスコミのモラルを問われてしまえば結果は同じである。そういう判断がなされたのかマスコミ達は軽く謝罪を華怜にしてから包囲を解いて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
マスコミから解放されて華怜は大きく息を吐いた。見ず知らずの大人に取り囲まれるという体験はまだ高校生の華怜には恐怖を覚えて当然だった。
「ありがとうございました、少し驚いてしまって対応出来なかったので助かりました」
華怜がそう感謝を告げるとその少年は携帯を閉じて振り返り、その少年の顔を見て華怜は驚きに目を見張った。
その少年は華怜の驚いた表情から自分を知っている人間だと分かり少し顔をしかめた。
「別に俺はあいつらの対応には慣れているし、困っていそうなあんたを無視すると目覚めが悪そうだったからお節介を焼いただけだ」
そうぶっきらぼうに告げる少年の声は恩に着せるような響きは無く、華怜に対して興味を覚えているような様子も無い。本当に善意から手を差し伸べてくれたらしいと華怜は判断して頭を下げた。
「止してくれ、頭を下げられる様な事をしたつもりはないんだ」
少年にとって頭を下げられる事は予想外だったのか少し慌てた様子で止めに入った。
「これはいったいどういう状況? まあいいか――貴方が彼女を困らせている人間で間違いありません?」
その場に運悪く華怜が迫られて困っているという情報を受けて駆け付けた巴が現れ――感情のまま威圧感全開でそう口にした。
「ちょ、待った! 誤解だ!」
少年はその背筋を凍らせるような声に振り返るとかなり険しい巴の表情に重大な誤解があり敵視されていると判断して咄嗟に弁明しようとした。
「もしかして貴方、騎士様……?」
「そのあだ名は好きじゃない」
巴は少年の発言と慌て様に相手の顔を確認すると少年の素性に気が付いて彼女は少し警戒を解き少年を通り名で呼び――騎士様と呼ばれた少年は非常に嫌そうに肯定した。
「ごめんなさい、最上さん――それで誤解とは?」
「本名まで知られているのかよ……偶然彼女を取り囲んでいたマスコミを見つけて追い払っただけだ」
その少年、最上輝一はある意味非常に有名であった。
彼の幼馴染は魔法少女モモに非常に似ていると時の人となった少女『百瀬由梨』であり、彼は幼馴染をつけ狙うマスコミから体を張ってその騒動以来ずっと庇ってきていた。
マスコミという大人たちに立ち向かい続ける勇気ある少年を小さな騎士様と世間は呼び――輝一が成長して大きくなるとその呼び名から『小さな』が取れて騎士様だけが残ったのである。
輝一からすれば知らない相手からそんなあだ名で呼ばれるのは非常に恥ずかしくて勘弁して欲しかったが、だからといって芸能人でも無いのにしらない相手に本名を知られているのも当然嫌だったりする。
「成る程、そういう事でしたか……失礼な勘違いをして申し訳ありません」
輝一の端的な説明に巴は華怜に目配せして確認をすると華怜は小さく頷いて返答した事で今度こそ完全に警戒を解いて頭を下げた。
「分かってくれたなら良い、だから頭を上げてくれ」
異性に頭を下げられる状況に居心地の悪さを感じるのか輝一はそう答えた。
「これはお節介ついでの忠告だが、日常を外れた事に関わるなら1週間は危険だ――1人で行動はせず夜遊びも程々に門限を守れ、そうすればきっと誰かが助けに入れる」
「……危険とは?」
「色々、だ」
輝一の少しおかしな言い回しの忠告に2人は疑問を抱き、巴はとりあえず気になった事を訊ねたが輝一ははぐらかして明確に答えなかった。
「忠告はした、2度と会わないで済むよう祈ってる――さよなら、お嬢さん方」
次回、レンの初陣です。




